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夜天の使い魔40話

 すっかり日が落ち夜闇が支配する室内で、ランプの灯りを頼りに彼女は軽やかにペンを滑らせる。淀み無く進む筆の様子を誰かが見ていたなら、それは明確な目的を持って綴られているという事が自然と察せられただろう。程無く彼女――ルイズ・フランソワーズが文を完成させると、予め窓際に待機させていた伝書梟にそれを括りつけ、夜空に彼を放つ。
「もうちょっと早く連絡する手段があれば良いのに」
 ――例えばこんな風に。
 と、傍らのリインフォースに思念通話でルイズは呼びかける。系統魔法と異なる体系を持ちまた系統魔法では為せぬ技を行う事の出来るリインフォースの魔法であるが、個人的にはこの思念通話が一番凄いとルイズは思っている。確かにこの魔法形態は戦闘する為の魔法が非常に発達しているが、どんな場所に居ても誰かと繋がっていられるこの魔法は人との絆と作れる素敵な魔法だから、他のどんな魔法よりも素晴らしいと思う。
『決して難しい魔法ではありませんから、基本的に魔法資質を持つこの世界のメイジの方々なら多少の練習で習得する事はできると思いますが』
『軽々しく教える訳にもいかないわよね』
『その方が賢明でしょう』
 そうよね、とルイズは嘆息する。リインフォースに言われるまでもなく、安易にこの魔法を広めるのは危険だと言う事は彼女自身良く判っていた。系統魔法でも無い未知の魔法。それを使えるという事を明かすのは、例え信頼を置いた友人相手でも危険だ。このハルケギニアの大地に遍く存在するブリミル教徒、始祖を奉る彼らにこの事が知れたなら、確実に異端として狩られる事になるだろう。その時に被害を受けるのは自分だけではない。彼らは異端に触れた悉くを狩りたてる。つい20年前にもブリミル教改革を目指した実践教義派、所謂新教徒が徹底的に弾圧され狩られた事はルイズも良く知っている。彼らは己の枠内からはみ出ようとする存在を絶対に許さない。だからこそ、慎重にならなければ、家族や友人たちに被害が及んでしまうだろう。
 それでも思う。いつでも優しいちいねえさまの声や、キュルケの軽口が聞けたらどんなに良いだろうと。そう、ちょっとだけ夢を見てしまう。
 ま、無いものねだりしても仕方ないわよね、と結論付けて思考に区切りをつけると、うーん、と大きく伸びをする。もう大分夜も遅い。そろそろ寝よう、と重くなった体を引き摺り、ベッドに滑り込んだ。
「それじゃ果報は寝て待ちますか」
 理由はどうであれ、久々に友人に会える日の事を思い心を僅かに高鳴らせながら、彼女は眠りに落ちた。


 それから数日後――。
 実家に隣接する領にある、とある村の外れに彼女達――いつもの制服に着替えたルイズと、いつも通りのメイド服に身を包んだシエスタ――は居た。
「待ち合わせはここで?」
「指定したのはここのこの時間ね」
 眠そうにあふーとあくびをしながらルイズは答えた。彼女が眠そうにしているのも仕方の無い事で、今は日が地平線から顔を出すかどうかという頃合だったからだ。それなりに早起きなルイズであったが、それに比べてもこの時間帯は普段の起床より随分と早かった。
「もう少し遅い時間を指定されれば良かったんじゃないですか。とっても眠そうですよ」
「そうしたいのは山々なんだけどね、あの二人が来るなら絶対にシルフィードに乗ってくるでしょ? こんな外れの村に竜で乗り付けたら騒ぎになりそうだから穏便な時間に待ち合わせたかったのよ。それにこの時間から移動すれば、多分今日中には家に着けるから」
 ふうむ、とシエスタは納得した。ルイズの実家から学院までの間を結んだ点からは少々この村の位置は離れている。この場所で一々待ち合わせをしたのは、きっと「もう一つの目的」に、関係するのだろう――シエスタは、一昨日ルイズと交わした会話を思い出した。
 
「お出かけ、ですか?」
「そう、二人でお出かけ」
 まあ途中までだけどね、と笑うルイズに、どういう事ですか?と問いかけながらもやはり笑顔で返すシエスタ。
 今は丁度昼も一刻を過ぎた頃合、昼食も終わり小休止と言った時分である。給仕として働くシエスタも仕事が一段落つき少しゆっくりとできる時間だ。自室に戻って少し休もうと足を進めていた彼女に、ルイズが話があると呼び止めて切り出したのがこれだった。
「いやね、キュルケをさ、家に招待するって言ってあるから、そろそろ呼ぼうかと思って。でも直に家に来て貰うのは色々と不味いから、途中まで向かえに行こうと思ってるの。だからその時一緒に着いて来て貰えないかしら。仕事の方は暫く休みが取れるようにこちらから言っておくから」
 なるほど、とシエスタは納得した。そのような用向きなら確かに自分が一番適任だろう。それに例えここが生家であって彼女の事を生まれてから知る者が多く居るとしても、それでもやはり一番ルイズ様のお世話を上手くやれるのは自分だという自負が彼女にはあった。だから遠出する際に自分を連れて行って貰えるのは、ルイズ自身もそう思っているのだと感じられるようで嬉しかった。
「それで何時頃出かけられるのですか?」
 シエスタの問いにそうねえ、とルイズはやや思案して、
「待ち合わせの日時から考えると、今日明日だとちょっと早すぎるから明後日かしら。どちらにせよ泊りがけになるからそういうつもりで準備しておいて」
と答えた。
「お迎えに伺うにしては、随分と遠出のような気がするのですが」
「迎えに行くついでに、今回はもう一つ用事があるの。それを済ませるにはちょっと遠くまで行く事になるから」
「そうなんですか。では、そのように準備しておきますね」
 では、と会釈して廊下を小走りで去って行くシエスタにルイズは手を振って見送った。

 友人たちと一緒にという事は、彼女達全員に関わる事なのだろうという予測はついたのだが、どんな用事なのか皆目検討はつかなかった。どんな用事だろうと付き従うだけなのだが、どうにも好奇心が収まらなくて、つい言葉が出そうになったのだが――。
「あ、来たわ」
 主の少し嬉しそうな声がそれを遮った。その視線の先にはようやく昇り始めた日の光を浴び飛ぶ竜の姿があった。点にしか見えなかったそれははぐんぐんと大きさを増し、あっという間に大きな姿となって二人の前に姿を現した。
「おはようルイズ。こんな睡眠が十分に取れない時間に待ち合わせしてくれるその心遣いに感謝しますわ」
「おはようキュルケ。あんたは最近眠りすぎだからたまには早起きした方が健康に良いかと思って」
「年寄りだってこんな時間にゃ起きないわよ!」
 風竜の背中から降りるなり始まった掛け合いに、相変わらずお二人は仲が良いなあと思い、シエスタはくすりと笑った。その後ろでは風竜の主のタバサが無言でその様子を眺めていたが、何時もよりもさらに物静かに見えるのは彼女も多少の眠気を抱えているのかもしれない。
「大体あんたね、手紙届いてから指定の期日まで間が無さ過ぎるのよ。もっと早く教えなさい、こういう事は」
「だって来るなら絶対にシルフィードで来るでしょ。この子の速度から考えれば大丈夫かなって」
「理屈だけで予定を決めないの。もし手間のかかるような事柄を抱えていたらどうするつもりだったのよ。準備だって慌しくしなきゃならなくなったし」
 もう仕方無いんだから、と溜息をつくキュルケ。
「まあ良いわ。それじゃ早速あなたのお家に向かいましょう。ふふふ、楽しみね。ヴァリエール家に直接乗り込むツェルプストーの女は多分あたしが初めてよ」
「ああ、それなんだけど」
 逸るキュルケに、ルイズが一言告げた。
「家に行く前に皆で行く所があるから。家に着くのは多分夜になるわよ」
「……そういう事も予め教えなさいよ!」
「ごめん、忘れてた」
「あんたってやっぱりお馬鹿よね」
 こういう抜けてる所とかは純粋に馬鹿だと思う、友人一号ツェルプストー。最もこういう所が見えるから嫌味になりすぎず可愛らしいというのを、本人は気付いていないようだが。「お馬鹿じゃないもん!」という表情も、相応に少女らしく、愛らしい。こういう面をもっと他人に見せるようになれば、周囲とももっと打ち解けられるだろうと思うのだが――。
 おっと、と彼女は思考を修正する。ついつい考えが横に逸れてしまった。
「用事があるならさっさと済ませてしまいましょ。それで一体、これから何処に向かって何をするつもりなのかしら?」
 その問いに、少女はただ一言答える。
「お墓参りよ」


 その場所は彼の村からそう遠く無い場所にあった。ルイズ達が乗ってきた馬車に四人が揺られる事一刻強、人気の無い丘の麓にそれはあった。こじんまりとした質素な墓標――それが眠るようにそこに存在していた。
 ルイズを先頭に、残りの三人がその後ろに従うように墓標の前に並ぶ。その墓を近くで見ると、小さく質素な作りであるものの非常に綺麗に手入れされているという事が良く見て取れた。誰かが頻繁に訪れ、その死を悼み、また故人を大切に思っていたという事が誰の目にも明らかに判る程、目の前の墓標は綺麗で、また死者の寝床としての荘厳さを欠片も失っては居なかった。
「これはあなたのお知り合いの……?」
 キュルケの疑問に、ルイズは首を振り否定を以って答えた。
「わたしは、残念ながら一度も会った事が無い方よ」
「ならどうして一々こんな場所に、そしてあたし達を連れて来たのかしら」
 当然の問いであった。その言葉に応えるように、そしてその先の言葉を遮るように――少女は凛として、世界の全てに告げるように言葉を発した。
「このお墓は」
 やや目を伏せるルイズの顔は、背後の三人からは窺い知ることが出来なかった。だが、声色に固さを感じたのは、彼女達の気のせいではあるまい。
「旧ワルド領主ジャン・ジャック・フランシス・ワルド子爵の母上のお墓よ」
 その名に――キュルケは身を固くし、タバサは表情を変えず何時ものままで、そしてシエスタは初めて聞いた名だと不思議な顔を浮かべていた。
「……どうしてあいつの母親の墓になんて来たのよ」
 キュルケの表情は見るからに険しかった。彼女にしてみれば自分が殺された相手であるし、それ以外にもルイズを瀕死に追い込みアルビオン王国崩壊の引き金を引いた男でもある。その名に良い印象が有ろうはずも無かった。
「あんただってあの男を許せないはずよ。自分の国を裏切り、アルビオンを陥れ、ウェールズ皇太子を殺した男。そしてあたし達の命を脅かし、この子の……シエスタの村を焼いた張本人。そんな奴の縁者に一体どんな用があると言うの? 恨み言でもぶつけるつもり?」
 捲くし立てるような赤髪の少女の言葉に、シエスタはどういう相手なのかやっと理解し、息を呑んだ。そしてまた、この場に集った四人はその男となんらかの関わりがあるのだと、何故この四人でこの場に来たのかという事に得心が行ったのだった。
「わたしも、許せないと思っているわ」
 そう言いながら、ルイズは墓標の前にしゃがみ込む。良く磨かれたそれはまるで鏡面のように見事な輝きを誇っており、野に晒されているとは到底信じられないような美しさをしていた。その表面を、そっと、何かを確かめるように彼女は撫でる。
「でも、恨みは無い。だからここに来たの」
 そして手元に置いた鞄からそっと取り出したのは――焼け爛れた、元は立派なものだったろう帽子であった。
 キュルケにはやはりその帽子に見覚えがあった。ワルド子爵が被っていた帽子。国を守る衛士隊である事の証であるそれに、その事を誇示するかのようにあしらわれた羽が、くすんだまま天を向いていた。
「あの後タルブの村を復興する時にね、誰かが見つけたんだって。立派なものだからきっと貴族様のものだろうって、でも誰のものか判らないからわたしの持ち物かもしれないって、持ってきてくれたのよ」
 如何なる奇跡か、また奇縁か。あの激しい炎の中、この帽子は奇跡的に焼けてしまわずその場に残っていた。当の主を失いながらも、何故かこの帽子だけは残ったのだ。まるで何かを語りかけるかのように。
 これを手にした時、それをどうするかルイズは悩んだ。かつての思い人であり、敵であった人のもの。少し逡巡した後、彼女はこれを持ち帰る事に決めた。自分の前にこの帽子が現れたのは、きっと何か意味があると思って。
 そうして暫くの時間が流れ、家から姉が迎えに来た時――ふとこの帽子の事を思い出したのだ。ヴァリエール領と旧ワルド領は隣接している。なら、この帽子を相応しい場所に返せるのではないかと。
「子爵さまの死体は見つからなかったし、国元に帰すならこれが一番だろうと思ったの。お母様の下に届けるなら、ね」
「あんたは……お人よしよ」
 キュルケがぽつりと呟いた。
「あたしだったら、自分を殺そうとした相手にそうは思えない」
「わたしだってそうよ。でも子爵さまは、わたしにとってそれだけの存在じゃなかったから。子供の頃から知っていた、そういう人だから」
 他の誰もが彼を国を裏切った男としてしか見ないだろう。だがルイズにしてみれば許婚であり、そしてまた――初恋の相手でもあった。例え命を脅かされようと、割り切る事のできるような間柄でもなかったのだ。
「それにね」
 寂しそうにルイズは言葉を続ける。
「子爵さまが裏切った理由すら知ってしまったら……恨めなんてしないわ」


 帰郷してより幾日か経った夜、ルイズは父の下を訪れた。こうして彼女が自らの父の下を訪ねるのは、とても珍しい事だった。訪れるよりも、説教をされる為に呼び出される事が多かった。だがそんな場所に、彼女は今自らの意思で赴いた。
「父さま、夜分遅くに失礼します」
 思わぬ訪問者に、公爵は驚きながらも、表情を崩し娘を迎えた。
「珍しいな、ルイズから私の所に来るなんて。どうした、何か大事な用があるのか?」
「はい。父さまに聞きたい事があって……きっと、父さまなら知っていると思うから」
 やや緊張した面持ちでルイズは話しを切り出した。かつては両親の前で常にこのような表情をしていたものだが、今の緊張はそういった類のものではなく、今から話す内容に関してであるように見えた。
「私に答えられることなら、なんでも話そう。遠慮なく聞きなさい」
「では……」
 そう言いながらも、僅かに逡巡する素振りを見せ――幾拍か置いた後、彼女は問うた。
「子爵さまの、事を」
「子爵……ワルド子爵か」
 ふうむ、と顎を撫ぜながら、公爵は難しい顔をする。
「聞いているかもしれないが、子爵は国を裏切りレコン・キスタ……今のアルビオン神聖帝国へと内通し、そして彼の国の尖兵となり、先程のタルブ会戦の折戦死した」
「知っています」
 ルイズは俯きながら答えた。
「子爵を討ち、最後を看取ったのは……わたしですから」
「そうか」
 親子の間に、重い沈黙が流れた。

「何故、子爵さまは国を裏切ったのでしょう。わたしの知ってる子爵さまはとてもそんな事をするような人ではなかったのに」
 沈黙をやぶるように、ルイズがぽつりと呟く。
 それは彼女の偽らざる本心だった。彼女の知るワルドという男は純粋で真っ直ぐで、いつも自分を勇気付けてくれる憧れの人だった。優しく、国に尽くし、世の男の鑑のような、そんな男だった。そんな彼が国を裏切ったとは、あの結末を得て尚納得が行かないものがあるのは確かだった。
「……国の重責を担う身としては決して許せはしないし、納得もできない。だが一人の人間としては……彼が国を裏切るのは仕方が無いと思ってしまうよ」
 そう語る公爵の顔に浮かんでいたのは、なんともやりきれないという渋面であった。公爵家としての顔と、個人としてワルドに向き合う顔が相克し彼を悩ませていた。
「父さまは知っているのですか? 子爵さまが何故ああなってしまったのか」
「知っているとも。彼が何を望み、何に絶望したのか。そしてあのような愚挙に縋らなければならなかったのか。その全てを知っている」
「なら、教えてください。わたしには……子爵の最後を知るわたしには、ならば何故あのような最後を迎えなければならなかったのか、それを知る義務があります」
 ルイズの言葉には、厳とした力があった。瞳に浮かぶのは、覚悟。全てを知って、受け入れようという巌のような意思。
「本当に大きくなったな、ルイズ。魔法が使えることなんて些細に思える程、たった半年で大きく強くなった」
 寂寥をも湛えた父の微笑み。そこには娘の成長を祝うと同時に一人立ちした手のかかる末娘が、もう自分達の庇護は要らないのだというはっきりとした自覚を感じた親の寂しさが混在していた。
「だとするならば話さねばなるまい。お前がこれを知る義務があるように、私にはこれを語って聞かせる義務がある。良く聞きなさい、我が娘ルイズ。彼が何故ああなってしまったのか」
 彼は語りだす。かつて国に全てを捧げた男の話を。


「ワルド子爵の父が早くに亡くなったのは知っているね?」
「ええ。ずっとお母様と二人で慎ましく暮らしていたと、聞いています」
 まだルイズが子供だった頃、ヴァリエール宅に訪れたワルドにそういう話を聞いた覚えがあった。父は彼が子供の頃に戦死し、残された肉親は母だけだと。もし結婚したら僕と君と母と三人で静かに暮らそう――そう笑っていた顔を思い出す。あの時の子爵の顔は本当に幸せそうで、きっとその時が来るのを心待ちにしていたのだろうとはっきりと理解できた。
「なら、母親が重い病にかかり、前年亡くなった事は」
「それは……初めて知りました」
「そうだろう、彼の母が発病したのはお前と子爵が顔を会わせていなかった間だからな」
 子爵の母が病に掛かったのは4年程前。元々体が余り丈夫では無く床に伏せる事も多かったのだが、その時の病は致命的だった。あらゆる秘薬が効果を持たず、高名な水メイジも匙を投げた。結果としてワルド子爵は、弱り行く己の母を黙ってみているしか無かったのだが――。
「だが彼は諦めなかった。まさしく身命を賭して、最後の希望に賭けたのだ」
 母が病に倒れて後、あらゆる治療法が効を為さないと知った子爵は、己から志願し次々と戦地を駆けていった。激しく、危険な場所に自ら赴き、誰にも上げられぬ戦果を次々と上げていった。
「子爵さまは何故そんな事を?」
 母親を見捨てる様な性格ではないと、他ならぬルイズが良く知っていた。
「このトリステイン王家が大事に秘匿する宝物の一つに、不死鳥の羽というものがある」
「不死鳥の羽、ですか?」
 そんなものがあるとは、聞いた事もなかった。
「ルイズが知らないのも無理は無い。これは王家に伝わる秘宝の一つ。故に存在を知る者も数多くはない。この不死鳥の羽はな、煎じればあらゆる万病を癒す力があると言われている」
「それじゃ、子爵さまは」
「そうだ、戦地を回り戦功を上げたのは、この羽を恩賞として受け取らんが為だったのだ」

 ――領地も、地位も、名声も要りません。ただ、不死鳥の羽をほんの僅かで良いのです、私にお与え戴きたい。さすればこのワルド、今より一層国に尽くし果てる事をお約束致しましょう――

 それは、切なる願いだった。全てを捨て、ただ肉親を救いたい。それだけの思いで彼は戦い、望んだ。だが、結果は――。
「例えどれだけの戦功を上げようと、秘宝を……例え一欠けらと言えど易々と渡せるはずはない」
「そんな……」
「だがそれでも彼は諦めなかった。戦って、戦って、戦って……彼は国に尽くし、たった一つだけを望んだのだ」
 彼は挫けなかった。まだ足りないのなら、さらに積めば良いというように、彼は戦功を重ね、「閃光」の二つ名で恐れられるようになっても尚戦い、求めたのだ。只一つ、たった一つだけを。
「だがな、彼が報いられる事はなかった。それどころか」
 宮廷の貴族達は、最初に示した恩賞に色をつけて、有無を言わさず追い返したのだ。これで満足しろと言わんばかりに、一方的に。
 そんな扱いを受けた彼の胸中がどうであったかなど、容易に想像ができることだった。
「欲深い宮廷貴族どもには理解できなかったのだ。ただ子が親を思う当たり前の気持ちが。それを強欲な若造が恩賞を釣り上げる口実としか受け取らず、鼻で笑い追い返したのだ」
「どうして」
 言葉が、自然と口を突いて出た。どうしても言わずには、いられなかった。
「どうしてそんな事ができるんですか? これがこの国の、貴族のやる事だと言うのですか? わたしには……理解できない」
「そうだ。悲しいが、これがこの国の現実だ」
 公爵の口調が、彼もそのような状況に憂いているという事を如実に表していた。
「貴族という特権に胡坐をかく事に為れ、己を肥やす事にばかり目を向ける。そんな者達ばかりになってしまった。そして貴族の責任を為し国に尽くそうという忠臣ばかりが蔑ろにされる……そう、子爵のように」
 嘆かわしい事だ、と公爵は嘆いた。
「本当に国に必要なのは、子爵のような男だったのに、我々は彼に報いる事はできなかった」

 ある日、公爵の下に子爵が訪れた。彼は膝を折り頭を垂れ、誇りすら投げ出して嘆願したのだ。
「どうか、どうか公爵様からお口添え下さるようお願い致します。叶うのなら、我が全てを捧げましょう。どうか……どうか」
 男のこのような姿を見て尚動かずにいる程、公爵は恥知らずではなかった。何より彼は自らが認めた娘婿である。きっと将来国を担い、娘を幸せにすると見た男。何れ己の息子となる男の嘆願であり、またそのような事を度外視しても彼は国に良く尽してくれている。彼に報いる事ができなければ、自分は一生彼に顔向けできないだろうと公爵は思った。
 だが、全ては遅かった。
 公爵が説得を始めようというまさにその頃合、子爵の母は力尽きた。我が子の努力に恥じぬよう、精一杯生き抜いた末の最後だった。ワルド子爵は、この世で最も大切な人を、救うことが出来なかったのだ。

 そして時を同じくして、ワルド子爵には魔法衛士隊長の地位が送られた。誰もが憧れながら、彼にとって何の意味も為さない地位に、彼は上り詰めた。

「母親の葬儀の後も、変わった素振りを見せたりはしなかったが……きっとその顔の裏では絶望していたのだろう。報いてはくれなかった国に、そして何もできなかった自分に」
「だからレコン・キスタに身を投じたと?」
「そうだろうと私は思っている。聖地奪還を唱え、伝説の虚無を使うと言われるクロムウェルの力に縋ったのだろう。聖地には様々な伝説が残されている。中には人を生き返らせるというものまで、な」
 だから、とルイズは思い返す。確かに彼は何も変わっていなかったのかもしれない。愚直なまでに努力を重ね、違う方法を試し、そこに邁進していったのだ……かつて語ったように。ただ悲しい事に、それが心を歪めていってしまった。その事に彼は気付いていたのだろうか? きっと気付いていたとルイズは思う。彼は聡明な男だった。そんな彼が、自らの思考の異常に気付かなかったとは思えない。ただその上で、彼は自ら狂気に身を委ねる事を選んだのだ。たった一つの願いを叶える為に。
 真っ直ぐに生き抜いた果ての、あまりにも悲しい結末。
 それを知った今、最早ルイズの心に彼に対する負の感情は残されていなかった。ただ悲しくて、哀しくて、辛かった。


「子爵さまのした事はどんな理由であれ、許される事じゃない。人を欺き、傷付け、多くの人を不幸にした」
 そう、どんな背景があろうと、為された行為が正当化される訳では無い。幼馴染の姫は思い人を失い、その思い人自身は命も国も失った。友人は胸を貫かれ、彼女を慕う者は故郷を焼かれた。ただ、それでも――。
「それでも、皆には知っていて欲しかった。彼が、ワルド子爵という人が何を思って生きたのか。……ごめんね、多分これはわたしの我侭。自分が好きだった人がただ恨まれてしまう事が我慢できない、そんなしょうもない気持ちが起した気紛れよ」
 そして焼け焦げた帽子を、そっと――寄り添わせるように、墓標の袂に置いた。
「もう誰も、貴方達親子を引き裂く者は居ないわ。だから、ゆっくりおやすみなさい」
 ルイズは、静かに祈りを捧げる。遠く空の果てに居るだろう人達に。届かぬと判っていながら、きっと届くと願いながら祈った。

 目を伏せるルイズは、隣に気配を感じた。
「馬鹿ねえあんたは。ほんとに何処までも馬鹿よ」
 そこには、同じように祈りを捧げるキュルケの姿があった。
「まあ乙女の柔肌に傷つけてくれたんだから、言いたい事なんて山ほどあるけどね? でも仕方ないじゃない、惚れた男が悪く言われて我慢できないなんて……判り過ぎる程判っちゃうんだから。全部が全部許せる訳じゃないけど、納得くらいしてあげる」
「あんた……」
 良いの、とキュルケは首を振る。今は祈りを捧げるべきだと、言外に彼女は言っていた。

 二人の目の前で、静かに花を添えたのはタバサだった。
 只一輪。ささやかなそれは、彼女の如何なる心中を表したものか。
「例え誰にも理解されないとしても」
 呟く言葉もまた、如何なる思いが籠められていたのか。
「わたしは理解出来てしまう。そして、責める権利も無い」

「えっと、村を焼かれたのは辛いし、恨みたい気持ちはあります」
 シエスタも続けるように言葉を紡いだ。
「でも文句を言うのは、いつか天に召された時で良いです。今はただ、この人にはゆっくり休んで貰いたいかなって……沢山沢山頑張って、哀しい思いをしたんだから、それ位は許されて良いんじゃないかなって。そしていつか休み疲れたら、あの空の上で謝って貰えれば……それで良いと、思います」
 そう言って、彼女もルイズの隣に静かに屈みこんだ。

 四人の少女は静かに祈りを捧げる。
 彼女達にとっては仇敵であり、許されざる男だった。それでも、今この瞬間位祈りを捧げても良いと、彼女達は皆思ったから――今だけは全てを忘れ、ただ祈った。
「泣きたければ、泣いても良いのよ」
 気遣うようなキュルケの言葉に、ルイズは首を振った。
「泣かないわ。涙を流す力があるなら、その分の力を前に進む為に使うって、決めたから」
「そう」
 キュルケは優しく微笑んだ。
「ま、頑張りなさい」

 ――子爵さま、あなたのやった事は許される事じゃありません。でも。
 ルイズの脳裏に、かつて彼から聞いた言葉が浮かんだ。
 
 ――わき目も振らず、真っ直ぐに、全力で。そうやって頑張れば、叶わない事なんてない――
 
 あの時の言葉がなければ、きっとわたしは今こうしていられなかったから。だから、ありがとう。そして、さようなら。
 この祈りを以って、初恋は終わりを告げるのだと、ルイズは漠然と思った。
 頬を流れる、一滴に恋心を乗せて――。


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20 : 09 : 29 | 夜天の使い魔 第二部 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑
<<年の瀬 | ホーム | ことだま>>
コメント
待ってました
by: * 2008/12/31 20:51 * URL [ 編集] | page top↑
毎日、毎日、更新されていることを願って、欠かさずこのサイトに来ていました。
多分、一日三回はカウンターを回してました。
年内の更新は絶望的かと思っていましたが、 最後の最後で読むことができて嬉しい限りです。
 
良いお年を。
by: ryu * 2008/12/31 21:26 * URL [ 編集] | page top↑
今年はいい年だった・・・
一日に最低一回は顔を出していました。今年中に更新されていてうれしかったです。来年もSS頑張ってください。
by: ふもっふ * 2008/12/31 23:40 * URL [ 編集] | page top↑
年最初の巡回に来たら更新が!これほど嬉しいことはないです

ワルドの裏切りのワケ…これは確かに恨みもするでしょうな
そしてやっぱりここのルイズは格好いい。真の貴族とはこういう人間の事を言うのかもしれませんな

次回はルイズと愉快な仲間達のヴァリエール家訪問ですか。実に楽しみに待っております
by: 青鏡 * 2009/01/01 03:02 * URL [ 編集] | page top↑
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
by: * 2009/01/04 02:58 * [ 編集] | page top↑
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by: * 2009/01/08 04:28 * [ 編集] | page top↑
ごはん10ぱいいけました
一読目はふーん だったんですが、読み返せば読み返すほど味が出る。
今回だけでごはん10杯はいけそうな満足感。
健康には注意してくださいね。(って他人に言えるほど健康ではなかったりする)
by: う゛ぃえ * 2009/01/08 21:59 * URL [ 編集] | page top↑
やっと続編きたか・・・

またせすぎだぜ!
by: toshiaki * 2009/01/11 22:42 * URL [ 編集] | page top↑
 いろいろゼロ魔SS読みましたが、ここまでワルドの裏切りの訳を掘り下げたものは初めて読みました。
 一方的な感情を押し付けないルイズは、立派だと思います。
 ノーブレス・オブリージュを体現していますね。
by: * 2009/01/20 18:44 * URL [ 編集] | page top↑
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
by: * 2011/05/10 09:30 * [ 編集] | page top↑

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