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夜天の使い魔38話

 平民が貴族が住まう居宅、というものを思い浮かべるならば、自分達の住む家などとは比べ物にならない大邸宅だろうと想像するのが常である。小さな村の住人程度なら全員住めてしまうのではないか?と思える程に巨大で、贅の限りを尽くし飾り立てられ、夢ですら見ることが出来ないような豪奢な建物だろうと考えるのだ。事実、のどかなタルブの出身であるシエスタもそのように考えていた。
 だが、彼女が目にしたものは、その想像を超えていた。
「うわあ……」
 思わず驚嘆の声が漏れる。
 これは、屋敷などでは無い。まさしく城。深い堀の内側には城壁が立ち並び、幾つもの尖塔が居並ぶ石造りの建物は、どこからどうみても城である。
 貴族ならば、贅を尽した屋敷にも住むだろう。しかし、大貴族であるのなら――王にも匹敵する力を持つ彼らが住まうの場所が城であるのはまた必然であるのかもしれない。
 また出迎えに出てきた侍従達もこれまた凄い。整然とした動きで並ぶと、まるで一つの意思の元動いているかのように全員が一斉にお辞儀をし迎えたのだ。魔法学院で奉公している自分達とは全然違う。これが貴族に仕える、所謂本物の侍従の動きというものなのだろうか。
 はわわわ、と目を丸くしているうちに、ささっと一人の侍女が彼女に近付いてきて荷物を抱えてくれた。
「あ、自分で持てます。それにわたしはルイズ様のお付ですから」
 いいですよ、と断るシエスタの言葉にも何も動じず侍女は、
「ルイズお嬢様から、貴方様を客人として迎えるように言付かっております」
 と答え、「さあこちらへどうぞ」と先導するように歩き始めた。
 うう、凄い。わたしと同じメイドなのになんか凄い! 同じ侍女であるからシエスタには余計その凄さが解かってしまう。感心するやら感動するやら、とにかく凄い、と言う感想しか思い浮かばなかった。
「これって、お嬢様というよりはもうお姫様ですよねえ」
 視線の向こう側、城に入り行くルイズの後姿を見ながら、また一つ感嘆の溜息をつくのだった。


 一方、エレオノールとルイズの二人はやや緊張した面持ちで自宅の門を潜り抜けていた。もし誰か、ヴァリエール家に所縁の無い者が彼女達に同行していたのなら、とても懐かしの我が家に辿り着いたとは思えない様子に首を傾げていただろう。二人とも平静を装ってはいるが、近くに寄れば明らかに緊張した表情を作っているのが見て取れたはずだ。それはまるで、これから戦地に赴かんとしている兵士のようであった。
「お帰りなさいませ、エレオノールお嬢様、ルイズお嬢様」
 そんな二人を恭しく一礼して向かえるのは、執事のジェローム。彼はヴァリエール家に使える者の中でも最も古株の一人であり、エレオノールが生まれた頃には既にこの家で執事として公爵に使えていた身である。美しく整えられた銀髪が、その年輪を窺わせた。
 声を僅かに震わせながら、エレオノールが口を開いた。
「ジェローム、父様と母様は?」
「只今はお部屋にてお休み中で御座います」
 その言葉に、二人はほっと胸を撫で下ろした。もしかしたら、あの母自ら出迎えるかもしれない、とそう思い緊張していたのだ。帰っていきなり顔合わせでは無くて本当に助かった、とルイズは久々に始祖に感謝の祈りを捧げた。おそらく、姉も同様の心中であろう。横目に見る姉の表情は、大分和らいでいた。
「奥様からは、暫く休んだ後晩餐に呼ぶよう言付かっております。まずは長旅で疲れたお体をお安めになってはいかがでしょうか」
「そうね」
 エレオノールは執事の言葉に同意を示す。今はまだ日が沈もうとその身を地平に隠し始めた頃合であった。家族揃っての晩餐にはまだまだ早い。
「折角久しぶりに家族全員が揃った晩餐ですもの、それなりに準備もしたいわ。では刻限になったならわたくし達を呼びに来て頂戴」
「かしこまりました」
 恭しい礼をし下がるジェロームを見送り、姉妹は本当の意味で緊張を解く事が出来た。実家に帰ってきて緊張しなければならないというのも滑稽な話だが、彼女達にしてみれば親と会うというのはそういう事なのだ。
「晩餐まであと二刻はあるでしょう。あなたも身支度を整えて着なさい。学院の制服姿のままで父様や母様の前に出る訳にも行かないでしょうから」
 姉の曰く通り、ルイズは学院の制服姿のままで帰ってきていた。余所行きのドレスなんて引っ張り出してる余裕は――性急な姉のお陰で――無かったので、手近にあった制服にそのまま袖を通して来たのだった。確かに、このまま晩餐に出る訳にも行かないだろう。
「気を緩めすぎて眠ったりしないように。それじゃ、また後で」
 言うだけ言ってエレオノールは一人でさっさと行ってしまう。どちらかと言うと姉さまの方が居眠りしそうよね、とルイズは思わずにいられなかったが、眠る眠らないはともかくひとまずゆっくりと体は休めた方が良さそうね、と一人ごちた。激しく運動するのに等しい位、また体を動かさずにいるのも疲労を蓄積させるものなのだ。

 ルイズの部屋は居城の一番高い階の一角に存在していた。遠くまで雄大な景色を眺める事が出来るこの部屋を彼女はとても気に入っていて、今は久しぶりにそれを楽しんでいる所だった。
「なんだかんだ言っても、やっぱり自分の家に帰ってくると落ち着いちゃうわ」
 夕焼けの赤い光を浴び、穏やかな風に髪を遊ばせ窓辺に腰掛けルイズは久方振りの眺めを堪能した。かつては毎日のように見ていた眺めでもい、半年もの時間を空けて見るとまた違った新鮮さを感じる事が出来る。人って面白いわね、なんて柄にも無い事を考えてしまい、思わず苦笑した。
『帰れる場所があるというのは幸せな事です』
 しみじみと言葉を返すリインフォースは、今は主の膝の上。照りつける陽光が金の十字を炎のように赤く彩っていた。
「そういえばリインフォース、大事な話をしておかなきゃいけないわ」
『一体なんでしょう、我が主』
「ここに居る間は、飛んだりするの禁止。解かった?」
 めっ、と子供を叱るような軽い口調だったが、一々こうやって伝えている以上その額面通りの軽さで受け取るのは間違いだろう、とリインフォースは判断した。
『我が身を迂闊に人に晒すな、と言う事ですね』
「まあそういう事」
 はあ、とルイズは溜息一つつくと言葉を続ける。
「普段わいわいやってると忘れがちになるんだけどね、あなたはどこからどうみても規格外、特別なのよ。古今東西意思を持って自分で動き回る本なんて存在しなかったし、そんなものが使い魔になるなんて出鱈目もいいとこよ。そんなものがあるなんて万が一知られたら、特にエレオノール姉さまに知られたなら厄介な事になるわ」
『何故お姉様に知られると厄介なのですか?』
「姉さまはアカデミー……王立魔法研究所の研究員よ。魔法技術や魔具の研究をするのが仕事なの。その中には、稀少な魔具を収拾して研究するというのもあるから、姉さまがあなたの事を知ったらなにがなんでも手に入れようとするでしょうね」
 妹の使い魔だから、とお目溢しするような性分ではないという事は妹であるルイズには良く解かっていた。未知の魔具ともなれば絶対に手に入れてアカデミーに持ち帰ろうとするだろう。
「まあ貴方なら一人で戻ってきちゃうかもしれないけど、面倒ごとにならないはずが無いでしょうね。だから絶対に知られないようにしなきゃ駄目よ」
 実家に向かう道中、リインフォース自身を鞄に入れたまま持ち歩き姉の目に触れさせなかったのもその為だ。装丁からして見るからに古くかつ立派な彼女の体である、万が一にも興味を持たれては不味い。仮にディテクト・マジックを一発掛けられただけで終了してしまう。
 ルイズ自身、戯れにリインに対しこの魔法を用いた事があるのだが、常識では有り得ないような尋常では無い魔力反応を示した。その規模は魔法学院の宝物庫に収められた品々も鼻で笑い飛ばしたくなる程である。これには流石にルイズも驚いた。そして心底凄い存在を召喚してしまったものだ、と嘆息交じりに思ったのも懐かしい話だ。このように凄いものだ、と予め知っている主の彼女自身ですらそうなのだから、他人が見たならば如何ほどの驚きになるだろう。
『解かりました、極力普通の本として振舞うよう努力します。対魔力用ステルスを使用しますので、主の魔力を少々お借りしても宜しいでしょうか? これを施しておけばこの地の探知魔法ならば欺く事も容易かと思います』
 リインフォースも主が言わんとする事が理解出来ないような使い魔では無い。即座に主の意を汲んだ。
「ん、了解よ」
『少々疲労し易くなるかと思いますので、余り激しい行動は控えるようお願い致します』
「実家だし、そうそう激しく動き回るような事にはならないでしょ。遠慮なく使っちゃって」
 ルイズの方もリインフォースの提案には即座に答える。本当の意味で主従となってからそう長い時間が経った訳では無いが、二人の間には既に深い信頼の絆が結ばれていた。

 二人の会話が一段落した頃合、それを見計らったかのように軽く扉を叩く音が室内に響いた。
「誰かしら?」
「あの……わたしですルイズ様」
 扉越しに聞こえてくる可愛らしい声は、紛れも無く良く知る侍女のもの。
「鍵はかかってないから、遠慮なく入って頂戴」
「失礼します」
 かすかに蝶番の軋む音をさせながら、扉がゆっくりと開く。そして「うわぁ、ここも凄い」という驚嘆の声と共にシエスタが部屋へと静かに入って来た。
「どこもかしこも立派で、凄くて、目にしてるものが信じられません。まるで夢の国です」
 少し興奮した様子のシエスタに、ルイズは苦笑を隠せない。
「トリステインに名立たるラ・ヴァリエール公爵家ですもの。これぐらいの見得は張っておかないと示しがつかないのよ。それに見える範囲は立派かもしれないけど、歩き回ってみると意外とボロっちいのよこの建物。結構年月を重ねてるから、何時の間にか固定化が切れてるのに気付かなくて痛んじゃってる部分とかあってさ」
「そんな事言われても、凄いものはやっぱり凄いです。わたしお城に入るのなんて生まれて初めてですから、驚くなって言う方が無理ですよ。今度家に帰ったら弟達に自慢しちゃおうかな」
 城なんて普通の平民なら一生縁が無い建物だろうから、そこに入ったという経験だけでも土産話には十分過ぎるのだ。彼女の視点からすれば納得は出来るのだが、ルイズにしてみればここは生家である為、そこまで仰々しく言われてしまうとなんだからむずがゆい気持ちがしてならなかった。
「立ち話もなんだから、適当に腰掛けて」
 しかし適当に、という言葉にシエスタは困ったのだろう、暫く逡巡した様子を見せてうろうろと室内を動き回ると、おずおずと椅子に座った。彼女にしてみればどこもかしこも贅沢品ばかりで、単なる椅子にすら軽々しく座ってしまって良いのだろうか、という迷いがあったようだった。椅子に座ってからも、どこか落ち着きが悪い様子で、シエスタはきょろきょろと室内を見渡していた。
「もう、落ち着きが無いわね」
「だってどこもかしこも凄く立派でぴかぴかで……床はふかふかの絨毯引きだし、壁はなんか凄い模様で埋め尽くされてるし、この椅子なんかも本当に木で出来てるんですか?なんか信じられない位立派なんですもの」
「こんなの三日もすれば馴れるわ」
「なんでもそれ位の期間で馴れるとは言いますけど、多分無理だと思います」
「なら無理にでも馴れるように努力した方が良いわ。こんあ下らない事で気疲れしちゃったら馬鹿らしいじゃない」
「それもそうですね」
 どちらからともなく、二人は笑いあった。

「きちんともてなすようには言っておいたんだけど、不自由はしてない? シエスタ」
 シエスタが此処に来る事になったのは自分の姉が無茶を言ったからだ。だから、できる限り便宜を図ってゆっくりと休んで欲しい、というのがルイズの考えであった。名目上は自分の従者だが、だからと言ってそれを理由にあくせく働かせる訳にも行かないだろう。
「分不相応な扱いをして頂いてます。あんまり丁寧過ぎて恐縮しちゃうくらいに」
「なるべく自由に動けるように言い含めておくから、滞在中はゆっくりくつろいで頂戴。こちらが無理を言って連れてきてしまったんですもの、その埋め合わせはしなくちゃね」
「あ、あの、でしたら一つお願いが」
 その言葉に、ルイズは珍しいわねと心の中で一人驚く。大人しいシエスタがこうやって何かお願いをするというのは今まで数える程しかなかったと思う。それ位、珍しい事だ。
「遠慮しないで言って頂戴。この城を寄越せー!とか言う我侭じゃない限り、なんとかしてみせるから」
「じゃあ遠慮無くお願いしますね」
 そこで一息言葉を切ると、真剣な表情をしてシエスタは言葉を放つ。
「このお城に居る間、わたしもここで働かせて欲しいんです」
 予想もしない、というかまったく出来ないお願いだった。
「まあジェロームにでも話を通しておけば大丈夫でしょうけど……こんな所に来てまでなんで働きたがるの? 良いのよ、ゆっくり休んでも」
「いえ、働きたいんです。働いて、ここの人達の技術を学びたいんです」
 そう言葉を続けるシエスタの表情は、やはり真剣なままだった。
「ここの方たちの仕事振りに感動したんです。だから、わたしもそうなれるように頑張りたいな、って思って……将来に備えて、ちゃんとした技術を学んでおきたいんです」
「そっか、シエスタはどこか貴族の家に奉公に出るつもりなんだ」
 魔法学院が貴族の子女達の修行場であるように、平民の娘達にとっても此処で侍従の仕事をするというのは将来にとっての下積みという側面があった。それなりに力のある貴族の家に使える侍従となる、その為の修行場である。有力な貴族達は優秀な侍従を欲するが、田舎から出てきた平民の子をいきなり召し上げても仕事を覚え一人前になるにはそれなりの時間がかかる。また平民側にとっても粗相をしでかし仕置きを受けてしまうのではないかという不安は常に付きまとう。そういう双方の思惑が絡み合った結果、ある程度仕事に馴れた者を召し上げ――または遣え――れば良いという方向に行き着くのは至極当然の事であった。そして、それを為す場がまさしくこのトリステイン魔法学院である。
 仕事に手を抜ける訳では無いが、同年代相手にそれなりに緊張せずに仕事が出来る環境であるし、一通り仕事を覚えるには不自由しない環境が揃っている。若い娘達はここで数年を過ごし、そして貴族の家に奉公に出る、というのが割と鉄板な将来の進路であった。勿論、魔法学院で小金を稼いだ後故郷に戻る等の選択肢もある。シエスタが選んだのは前者らしい。

「タルブはのどかで良い所なんだし、良い人でも捕まえて幸せに過ごした方が良いんじゃないかな、って思うちゃうんだけどね、わたしは。下手な貴族の家に行っちゃうと学院より給金下がるし仕事はきつくなるし良い事無いわよ?」
 それはルイズの本心からの言葉だったが、一方でシエスタがそのような進路を望むのも至極当然の事と頭では理解していた。シエスタの家族は多い。おそらく、家を継ぐのは彼女の弟になるだろう。その場合、シエスタがタルブに戻ったとしても、取り得る選択肢は適当な村の若者と結婚して家を出る位しか残されていない。それが悪いとは思わないが、決まりきった人生よりも自分で何かを選び進んで行きたいという気持ちは良く解かっていた。
「わたしも少し前まではそうしようかな、って思ってたんですけど」
 そう言ってシエスタは嬉しそうに笑った。
「仕えたい方を、見つけましたから」
「そう。なら敢えて反対はしないわ」
 彼女の願いを聞くと言ったし、それにその意思を尊重したいとルイズは思った。働いた分の給金はきちんと計算して渡せるように言っておかないとね、と彼女は素早く頭を巡らせる。
「でも今日のところはゆっくり休みなさい。貴方も馬車に乗りっぱなしだったんだから、大分疲れたでしょう?」
「そうですね、流石にちょっと疲れちゃいました。そろそろ戻って休もうと思います」
 それじゃ、と立ち上がり一礼し退出するシエスタを、ルイズも手を振って見送った。
「意外……でも無いか」
 シエスタが居なくなった後、そう一人ごちる。シエスタは気配りが出来るし、常に他人に敬意を払おうとする精神と礼節がある。修行を積めば、きっと彼女は良い侍従となるだろう。あの子が遣える貴族は幸せものよ、とルイズは見果てぬ彼女の将来の主に語りかけた。


 シエスタが立ち去ってから程無くして、再び部屋のドアが叩かれた。シエスタのノックよりもさらに弱く、控えめに鳴り響く軽い叩打音に、帰るなり千客万来ね、と思わずにはいられなかった。
「今度はどなたかしら?」
 再び放つ誰何の声に帰って来たのは、くすくすという笑い声。それは扉越しに微かに聞こえるだけだったが、ルイズにとってそれが誰のものなのかを知るには十分過ぎる程の声量だった。彼女はすぐさま窓辺から扉へ向かって駆け出した。
「ちいねえさま!」
 勢い良く開け放った扉の前に居たのは、忘れようも無い、彼女にとって最愛の家族の姿。ルイズと同じような桃色がかった金髪を湛え、柔らかい笑みで迎えるのは、彼女がこの家で最も会いたいと思っていた人物だった。
「おかえりなさい、わたしのルイズ。ずっと帰ってくるのを待っていたのよ」
「ただいま、ちいねえさま!」
 己の胸に飛び込むルイズを、彼女はしっかりと抱きとめた。
「学校がお休みに入ったらすぐに帰ってくると思ったのに、なかなか帰ってこないんですもの。すごく心配しちゃったわ」
「ごめんなさい」
 その言葉に、ルイズはうなだれた。心優しいこの姉は、きっと自分の身をずっと心配してくれていたのだ。そんな当たり前の事を忘れていた自分を彼女は心底から恥じ入った。ちいねえさまにだけは、決して心配をかけたくなかったのに、と。
「さあさあ、お部屋にどうぞちいねえさま。お話する事なら、山のように沢山あるんだから」
 そう言って姉の手を引くルイズの顔は、本当に嬉しそうで、まるで子供に戻ってしまったかのように輝いていた。

「体の調子は大丈夫なの、ちいねえさま」
 小さなテーブルに向かい合って座ったところで、ルイズは話を始める。
「わたしが前に帰って来た時には、あまり思わしくないようだったから」
 半年前家に帰って来た時は、確かずっと床に伏せっている毎日だったと記憶している。今こうして部屋に訪ねて来た事で無理をしていないだろうか、とルイズは心配になってしまったのだ。
「うふふ、大丈夫よルイズ。暖かくなってきてからは体の調子も良いの。さっきも久しぶりに辺りを散策してたから、あなたに会うのにも送れちゃって。帰って来たなら一番に出迎えてあげようって思ってたのに、ごめんなさい」

 ヴァリエール家の次女カトレアは、生来より体が弱かった。体調が落ち込めば床から立ち上がる事もままならず、普段は部屋から出る事も少ない。勿論、激しい運動などもっての他だ。両親はそんな娘をなんとかして治療したいと方々に手を尽くし、高名な水メイジや稀少な秘薬取り寄せるのに惜しげも無く財を投入したが、彼女が健康を取り戻す事は無かった。その原因は至って不明。謎の奇病を前には、魔法と言えどもまったくの無力であった。
 ずっと床に伏せる生活がそうさせたのだろうか、カトレアはヴァリエール家の女としては珍しい性格をしていた。他者からはしばしば鉄のようと例えられる厳格な母カリーヌ、とにかく気性が激しく男勝りな長女エレオノール、最近は気性の激しさこそなりを潜めたが、梃子でも動かぬ頑固者の三女ルイズ。三者三様どこか激しさを感じさせるに対し、次女カトレアはおっとりとして穏やかで柔和、日向の陽光のような雰囲気を纏った淑女である。使用人たちに話を聞けば、彼女が声を荒げた所など一度も見たことが無いと答えるだろう。そんな彼女がしばしば本当にヴァリエール家の娘なのか?と言われるのも至極納得の行く事だろう。
 しかしその容姿は母譲りの美しい髪の色をしており、姉妹三人並べばやはり顔立ちはよく似ている。黙っていればなるほど姉妹だと納得出来るものがあるが、一旦各々が動き始めてしまえばやはり疑問符を浮かべる者が大半であろう。それ位、彼女の持つ雰囲気は他の家族とは違うのだ。

「わたしの体より、あなたの方が心配だったのよ、ルイズ。春先に酷い怪我をして、その後また怪我をしたって聞いたから……。でも元気そうで良かった」
 本当に心配だったのだろう、カトレアはルイズの手をぎゅっと握り締めて離さない。本当にここに居る、と確認をしているように。
「ちいねえさまだって知ってるでしょ? わたしはしぶといのだけが取り得なの。そうそう簡単には死なないわ」
「もう、そんな事言って。女の子なんだから、体は大事にしなきゃ駄目よ」
 うふふ、と笑う姉に釣られ、ルイズも笑う。こうやって自然に笑顔を見せてしまうのは、家族の中ではカトレアだけだった。
 小さい頃から叱られてばかりだったルイズを慰めてくれた人物は二人。一人は婚約者であったワルド子爵。彼はルイズをずっと励ましてくれた。決して馬鹿にせず、いつかきっと、とルイズに力を与え続けた。そしてもう一人が姉のカトレア。彼女は決してルイズを叱責しなかった。ただ悲しい時に傍に居て、涙が止むまでずっと一緒に居てくれた。そんな姉の癒しが無かったなら、ルイズの心は折れていてしまったかもしれない。
 そんな風に心を支え続けてくれたこの姉が、ルイズは大好きだった。

「そうだルイズ、まずこれを言わなくちゃ」
 思い出した、と言わんばかりにぽん、とカトレアは手を叩く。
「遂にきちんと魔法が使えるようになったのね。おめでとう」
 簡素な一言――しかしそこには、万感の想いが籠められていた。ずっと涙に濡れる妹の姿を見続けてきたカトレア。その喜びは、もしかしたらルイズよりも大きいのかもしれない。
「ありがとうございます、ちいねえさま」
 答辞もまた簡素。だがやはり、そこに籠められていたのは、数え切れない程の謝辞だった。自分を支えてくれた最愛の姉、その姉に対しての感謝は万を万倍した所で尽せるものではない。故に辿り着く言葉は一つ。
 他愛ないやり取りだった。しかしまた彼女達にとって何よりも大切な一瞬でもあった。

「あなたの評判はこの屋敷まで届いているわ。エレオノール姉さまが耳にする位ですもの、本当に優秀なメイジになったのね」
「わたしなんてまだまだよ。これからもうんと頑張らなくちゃ」
 謙遜とも取れるルイズの言葉に、カトレアはくすりと笑う。
「あなたは本当に頑張りやさんねわたしのルイズ。目標を達成してもまだまだ努力を止めないつもりなのね。本当に凄いわ」
「あんまり煽てないでちいねえさま。ちいねえさまにそんなに褒められたらわたし、とっても良い気になっちゃうから」
 ルイズにしてみれば、カトレアからの賞賛の言葉は甘露に等しい。他の誰の言葉よりも心に染み渡り、それは何よりも甘い。そんな姉の言葉を受けては、増長せずにはいられない。
 ルイズのそんな態度に「あなたは変わったわねルイズ。とっても大人びたわ」と返したカトレアの表情は本当に優しいものだった。
「ちいねえさまもそう言うのね。そんなにわたしは変わったかしら?」
 エレオノールも自分が変わったと言う。二人の姉にそう言われては、そんなにわたしは変わってしまったのかしら?と流石に疑問を持たずには居られない。ルイズにしてみれば、自分自身ではそんなに変わってしまったとは思えないのだが――。
「とても落ち着いて、しっかりとした感じがするわ。もう一人前ね」
「エレオノール姉さまに言わせれば、図太くなった、らしいけど」
「まあ、エレオノール姉さまったら。悪気があって言った訳じゃないでしょうけど、可愛い妹なんだからもう少し言葉を選んであげれば良いのに」
「それはちいねえさまも心の中ではそう思ってるって事? もう、酷いわ」
「胆力が付いたって事なんですから、褒め言葉よ」
 久しぶりの姉妹の会話は止まる所を知らない。二人は侍女が呼びに来るまで歓談をただ楽しんだ。


 その頃、魔法学院では――キュルケがうだる暑さの中だらけていた。
「いやー毎日暑いわ。言うまでも無く暑いわ。もうどうしようも無い位」
 日が沈もうという頃合になっても、大気に貯留された熱はそう簡単に無くなるものでは無い。夜風が空気を冷やすまではまだまだ時間がかかるだろう。それまでは、熱気と湿度に包まれた環境にひたすら耐えるしか無いのだ。
 今キュルケは丁度建物の影になった部分に身を寄せていた。ほんの少し気温が低いだけのこの場所、しかしその僅かの差が今の彼女には福音である。人が居ないのを良い事に、上着の前は前回にしてだらしなく壁に寄りかかり涼しくなる夜を待ちわびる身であった。
 その傍には、彼女の使い魔である火蜥蜴のフレイムが鎮座していた。傍と言っても直ぐ脇に侍っている訳では無く、己の主から十分に距離を取り、日の当たる場所で存分にその熱を味わっているようだった。
「あんたは気持ち良さそうで良いわねー。そういや火山育ちだもんね、暑いのは平気どころか望むところか」
 炎の化身ともされる火蜥蜴は、その身から察せられる通り熱を好む。そんな彼にしてみれば、今の季節は快適そのものに違いない。
 冬になればこんなに出来た使い魔は居ない、って思えるんでしょうけどねー、とキュルケは心の中で呟く。火蜥蜴と言ってもその体温までもが燃えるような温度である訳では無いが、やはり他の動物に比べればかなり高い。凍えそうな寒い冬場に部屋に入れれば、たちまち暖房代わりになるだろう。
「まったく、こんな時程自分の属性を呪った事は無いわ」
 キュルケが得意とする属性は、その使い魔が示すとおり火。全てを燃やし尽くす炎の力は、彼女が涼を取るには微塵の役にも立たない。風や水の属性だったなら己の魔法でなんとかする事も出来たのだろうが、無いものねだりをしても無理なものは無理。友人のタバサに頼んで風を吹かせて貰うのも手だが、生憎小さな友人は図書室で調べもの中であった。暇を持て余して良そうなら遠慮なく頼むが、彼女がすべき事をしているのに我を通す程キュルケは傲慢ではなかった。
「あの子は今頃お家に着いたのかしらね」
 そろそろ着く頃だろう、とキュルケはもう一人の友人の顔を思い浮かべる。ルイズ、貴方は今何をしているのかしら?


 ヴァリエール家の食卓に一家が勢揃いする事は非常に稀な事だ。父は公爵という身分上多忙であり、家を空けている事が殆ど。姉のエレオノールもまたアカデミー研究員であり、そうそう家に帰ってこられる訳では無い。ルイズに至っては言うまでも無く、全寮制の魔法学院に居るのだから、学校が休みにならなければ家に帰ってくる事はできない。そんな三者が一同に会すのは実に珍しい事であった。
 三姉妹は静かに両親の到着を待つ。姉妹が揃っているというのに、誰も言葉を発しない。後ろに控える給仕達も彫像のように微動だにせず彼女達の後ろに控えていた。それは晩餐と言うには随分と重苦しい空気であった。
 エレオノールとルイズは見た目に緊張した表情を見せていた。まるで真夜中に身一つで暗い森の中に放り出されたように神経を尖らせ、まるで襲い来る敵を警戒しているかのように身構えていた。そんな中でもカトレアだけは涼しい顔で一人座っており、他の二人の緊張具合をより際立たせる結果となっていた。
 父さまと母さまには、一体どんな話をすれば良いんだろう? ルイズは一人そんな事を悩んでいた。自分の口から報告すべき事は多いような気がする。でも、どれを話して良いものか、今一解からない。やはり魔法がちゃんと使えるようになった事から報告するべきか。だとすれば、どうやって切り出そうか。この緊張感漂う晩餐の席で、どういうタイミングでそれを切り出すべきなのか。そもそも、家族で夕食を取るだけなのに、何故こんなに悩まなければならないのだろう。段々と頭が痛くなってきた。
 ルイズにとって、家族と食事を取るというのは決して楽しい事では無い。作法に厳しい母の前で粗相は許されないし、厳しい父の強面を見ながら食事をするのはとてもじゃないが落ち着いてはいられない。さらにルイズの場合は魔法が不得手な事に対しての小言が尽きないのが常であったから、これで楽しめという方が無理だろう。

 程無くして、公爵と夫人が食卓へと姿を見せた。それを確認してルイズは僅かに体を強張らせる。そんな娘の様子にも気付かず、二人は上座へと向かうと椅子に腰を下ろした。
「こうして皆が揃って食事を取るのは久しぶりだな」
 低いが、良く通る声が部屋に響き渡る。
「前に全員が揃ったのは、降臨祭が終わってすぐのあたりでしたわね」
 夫に答える夫人の声もまた、良く通る声だった。二人ともそれほど声量があるという訳では無いのに、不思議と耳に届く、そんな声質をしていた。
「もう、そんなに前の事になるか……軍務を退いたというのに、一体何時までこの身をこきつかうつもりなのか。こうして我が家に帰ってくる事すらなかなかままならぬとは」
 忙しいと言うものの、魔法学院が休みに入る頃合からずっと家に居た事はルイズ意外の全ての家人が知る公然の秘密だ。
「食事に入る前に、久しぶり顔を良く見せてくれないか、ルイズ」
 父の言葉に、ルイズは立ち上がると小走りで近寄り、その頬に親愛を現す接吻をしてみせた。気後れする相手ではあるものの、母と比べれば大分話しやすい父の相手をするのは大分気が楽である。
「申し訳ありません父さま、帰りが遅くなってしまって」
 娘の言葉に鷹揚に肯いて父は答えた。
「こうして無事に帰ってきてくれたのだ、何故とは問うまい。さあ、積もる話は後にして、まずは食事を楽しもうじゃないか」

 席に戻ったルイズの前に、次々と豪勢な料理が並べられていく。その豪華さたるや大貴族のヴァリエール家でもおいそれと食べられないようなものであるのは一目で見てとれた。
「お父さま、これは随分と……」
 エレオノールも絶句して二の句が告げない様子だった。それもそうだろう。海魚をふんだんに使ったスープや新鮮な生野菜のサラダはまだ解かる。しかしこの明らかに目玉と思われる皿のソテーは、おそらく竜肉だろう。食材としては最上級の高級品、王族とてそう簡単に口にする事は出来ないようなもの。ルイズが記憶する限り、自分自身も今までの人生で口にした回数は片手で数える程しかなかったはずだ。つまり、余程めでたい席でもなければ出てこないもの、ということだ。
「家族全員が揃うのは久しぶりですけど、他に何かお祝いするような事でもあるんですか? 父さま」
 流石にルイズも気にせずにはいられなかったので、思わず口を開いていた。
 娘の言葉に、公爵は少し困ったような顔をした。しかしそれにどこか悪戯っぽいものが含まれていたと気付いたのは、おそらくカトレアだけだっただろう。
「ルイズ、それはお前が一番良く知っているはずだろう?」
 はて、とやはり首を傾げるルイズ。そんな祭事など、まったく思い当たる節が無い。そういえば、エレオノール姉さまが婚約したという話を耳に挟んだような気がする。
「なるほど、エレオノール姉さまのご婚約のお祝いですね。うっかり忘れていました」
「うむ、それも大層目出度い事だ。だが、それを祝うのはもっと晴れやかな舞台にとっておかなくてはな」
 ルイズの言葉にエレオノールがきつい視線を送ったようだったが、彼女はそれに気付いていなかった。それよりも、疑問が頭を占めて消えてくれない。だとすれば、一体なんだと言うのか。
「初めて耳にした時は、似合わぬと思ったものだが……考えてみれば、頑として譲らない性格は確かにそれらしい。何よりずっと貴族たれという教えを頑なに守り通そうとしたお前には実に相応しい属性だ。民を守ってこそ貴族という、その生き方を体現する属性だ」
 朗々と語り始める公爵の言葉は、柔らかくも誰にも侵せぬような芯が籠められていた。その言葉は、まさに詩だった。
「長い間その小さな体に不相応なまでの艱難辛苦を与えられながら、それでも決して諦める事はしなかった。涙を流しても、恨み言ひとつ言わなかった。父の目から見ても、決して贔屓目ではなく頑張ったのだよ、お前は」
 その顔に浮かぶ笑みを見たのは、一体何年ぶりだったか。遥か記憶の彼方にある笑顔が、今目の前にある。
「おめでとうルイズ。遂に、お前の系統に目覚めたんだね。父さんにとって、これ程嬉しい事は無い」
 その一言に、不意に涙がこぼれた。
 魔法が使えるようになった事なんて、出来て当然、と言われると思っていた。出来ない方が以上なのだ、それは恥以外の何物でもない。そしてそんな出来の悪い自分を、好きではないのかもしれない、そう思っていたのだ。
 でも、違う。父は本当にその事を喜んでくれている。例え娘であっても、阿る為に笑顔を浮かべたりはしない、決して嘘で飾るような人では無いと良く知っているから、それが解かる。
 今まで数え切れない程涙を流してきたけれど、嬉し涙は何回目だろう。

 留まる事を知らない涙が、嬉しかった。
 ただ幸せで、本当に嬉しかった。


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22 : 14 : 41 | 夜天の使い魔 第二部 | トラックバック(0) | コメント(7) | page top↑
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コメント
更新お疲れ様です
シエスタが仕えたい相手って…読者なら一発で分かりますね。当の本人はまるで気付いてないみたいですが
あとカトレアさん初登場ですね。あと会話する相手は母上さんですかね。なんにせよ、次回が楽しみです
by: 青鏡 * 2008/07/19 23:06 * URL [ 編集] | page top↑
管理人様、更新お疲れ様&GJです
なんというか、ようやく本当の意味でルイズが報われた瞬間でしょうね。
次回はルイズママンからの言葉ですが、今から楽しみです。

それはそうと、ルイズが召喚した使い魔の話題になった時、ルイズはどう話をもっていくつもりなのか期待しています。
by: NYcat * 2008/07/20 00:40 * URL [ 編集] | page top↑
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by: * 2008/07/20 07:53 * [ 編集] | page top↑
よかったね~
ルイズちゃん、やっと報われた感じだね♪
うむ、良かった良かった。

後は頑張ってリーンを隠し通すのだ。
がんばれルイズ、負けるなルイズ♪
by: ぎるばと? * 2008/07/21 01:05 * URL [ 編集] | page top↑
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by: * 2008/07/21 19:01 * [ 編集] | page top↑
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by: * 2008/08/06 18:54 * [ 編集] | page top↑
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by: * 2008/08/08 03:13 * [ 編集] | page top↑

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