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夜天の使い魔37話

「さて」
 改めて姉妹は向かい合う。流石に寝間着のまま話合う訳にも行かず、一旦仕切りなおしをした形だ。暫しの時間を空けた後、ルイズは再び姉の部屋へと向かう事になったのだ。
「わたくしがわざわざ出向いてきた意味……解かりますね?」
「まあ、凡そのところは」
 実は休みに入ったのならばさっさと帰ってこい、と言う話になっていたのだ。それを反故にして暫く帰りません、と手紙を送ったので、なら無理矢理にでも連れて帰ろうという腹積もりなのだろう。
「一応聞いておきます。何故すぐに家に帰って来なかったのかしら?」
 エレオノールの口調はややきつい。しかしそれはルイズを詰問すると言うよりは、少し自棄になっているような印象を受けた。
「えーと、その……なんとなく?」
 自らの煩悶の原因は、おいそれと他人に話せるものでは無い。例えそれが家族であっても。仕方なしにごまかしとして出た言葉がこれだったのだが、流石に納得して貰えないだろうなあ、とルイズも内心感じていた。
 エレオノールにしてもそうなのだろう、あからさまに困ったような呆れたような顔をして溜息を一つ、やれやれと首を振りながら言葉を放つ。
「なんとなく、で都合を変えないで欲しいわ。まったく、お怒りな母さまの相手をするわたくしの身になってごらんなさい。それはもう毎日神経が磨り減る思いです。ですから……わたくしがこうして来た以上、何がなんでも家に帰ってもらいますからね」
 そうじゃないとわたくしの身が持ちません、と言う彼女の言葉は嘘偽りの無い本音だろう。
 幾ら気の強い姉でも、そのような母の相手をするのは辛かったに違いない。ルイズがこの世で怖いもの、と聞かれて真っ先に思い浮かべるものの一つが母だ。厳格で容赦無い母は、彼女にとっても恐れと畏れを併せ持つ対象。そしてそれはこの優秀な姉であっても同様なのだ。だから、自分の我侭が引き起こした事態にちょっとだけ心が痛んだ。うん、わたしだったら絶対に逃げる。
「姉さまがこうして来られた以上、わたしももう我侭は言いませんからご心配無く」
 まあどうせゴネても実力行使で連れて帰ろうとするだろうが、と心の中で付け加えるのを忘れない。ヴァリエール家の女の意地の突き通し方は、その家の娘である自分が良く心得ている。
 そんなルイズの返答を、少し以外そうな表情で姉は迎えた。意表をつかれた、と言う感じで、目をまんまるくして驚きを表していた。
「本当に言うようになったわねちびルイズ。まあ積もる話は道中いたしましょう。帰ると決まったのなら早速家へ向かいましょう。遅れれば遅れる程……母さまのお怒りが募るでしょうから」
「……そうですね」
 あまり遅れてさらに怒りを買うのはルイズとしても避けたかった。正直な所本当に母親が怖いから。家に着いたなり怒り頂点の母と鉢合わせするかもしれない、そう想像しただけで震える。
「では早速荷物を纏めて参ります」
「どれ位の時間で出来る?」
「半刻もあればなんとか」
「じゃあそれ位の時間で、学院の門の所に来なさい。わたくしもすぐに支度を整え参ります」
 即断即決、決めたとなると動きが早いのもまたヴァリエール家の女の特長と言えた。お互い言葉もそこそこに、すぐに支度に取り掛かる。二人がこのように育ったのも、ぐずぐずしているとすぐに怒鳴られるような毎日を送ってきたからだったりする。同じ苦労を分かち合った成果、と言うところか。


「おかえりー」
 暢気に転がるキュルケに貰ってきたサンドイッチを放り投げると、彼女にわき目も振らずルイズはクローゼットへと向かい、直ぐに荷物をまとめ始める。先日の着替えも洗濯に出してないのに、と愚痴りながら、てきぱきと新たな着替えを用意し、どんどん支度を整えていった。
「あら、またお出かけ?」
「家に帰るのよ。姉さまが向かえに来ちゃったし、一旦戻るわ」
 ふーん、と軽食をもぐもぐ食べながら思案するキュルケ。
「……あたしもついていきたいナー」
「いや、駄目でしょ常識的に考えて。というかね、ベッドが汚れるからそこで物食べないでって言ってる傍からハムを落とすなハムをー!」
「なんで駄目なのよ」
「だってうちとあんたの家って仲悪いじゃない」
 お互いの仲が良い為に忘れがちになるが、本来ヴァリエール家とツェルプストー家は仲が悪い。国境を境にお互いにらみ合う形になる両家は昔より諍いが絶えず、武力を突き合わせたものから寝取ったの寝取らないのといった痴話喧嘩まで様々なものに及ぶ。つまり、ルイズがキュルケを招くというのは仇敵を招き入れるに等しい、と言えた。
「難儀ねぇ。やっぱそっちにお邪魔したら不味い?」
「父さまなんか頑固だから、ツェルプストー家の娘が敷居を跨ぐなんて考えただけで卒倒するんじゃないかしら」
「そこまでとなると、ちょいとやばいかぁ」
 そうは言うもののキュルケはまだ諦めきれない、と言った表情で、なんとかならないものかと必死に考えているようだった。
「あんたが帰っちゃうとなると、結構暇なのよね」
「じゃあそっちも里帰りでもしてみれば? 去年も帰ってないんでしょ」
 そのルイズの提案に、まさか、と大袈裟にキュルケは否定した。
「帰ったが最後、無理矢理縁談組まされてそのままさようなら、ってもんよ。そんなの嫌よ、あたしは。どこかのヒヒ爺になんか嫁いでやるもんですか。あたしはあたしに見合う最高の男を探し出してみせるわ」
 キュルケ・ツェルプストー、留学の第一目的はお見合いからの逃亡である。
「あんたも色々大変ねえ」
 貴族の娘、それもそれなりの位を持つ家柄ともなれば恋愛で結婚など夢のまた夢。その事は公爵家の娘であるルイズにも痛い程良く解かった。そして何より、それが引き起こす悲劇に関わってしまったのだ、解からない方がおかしかった。
 そして、それを跳ね除けようとするキュルケの逞しさにもまた、ルイズは感銘を受けていた。彼女の行動は我侭かもしれない。しかしそれは与えられた宿命にささやかながらも逆らおうという意思の現われでもあった。己の生き先は己で決める、そんな強さがあるから、きっと自分は彼女が好きなんだろう。そう思うと、自然と顔がほころんだ。
「あ、笑うな。あたしにとっては一大事なんだからね」
「はいはい解かってるって」
 ルイズは適当に相槌を打ちながら、なんとかならないものかと思考を回転させた。家の事情はさて置いて、個人としては親しい友人を家に招きたいと思うのは当然の事だ。勿論素性を偽ってしれっと連れて行く、という方法もある。しかしそうやって一緒に馬車で連れて行っても、道中姉に詰問されれば素性がばれないという事は有り得ないだろう。彼女にはその光景がありありと想像できた。ムキになる姉とからかい続けるキュルケ、その果てに口を滑らせてさらなる舌戦が繰り広げられるのはまず間違いない。
 ――何か後から招き入れる良い口実でもあると良いんだけど。
 一緒に連れて行けないなら、後から招けば良い。しかしその口実が問題だ。堂々とツェルプストー家の者を招くのは少々不味い。こじつけでもいい、それなりに理屈が通っていて無碍に追い返すのは良くないというような理由をでっち上げられれば良いのだ。
 良い考えは無いものか、と考えながら箪笥をまさぐっていたルイズの手がふと止まる。彼女の持ち物として明らかに異質なそれが目に入ったとき、天啓のように妙案が浮かんだのだ。
「……多少日にちがずれても良いなら、うちに来られるかもしれないわよ」
「え、ほんと? やったぁ」
 思わぬ言葉に、キュルケは文字通り飛び上がって喜んだ。どうやら本気で遊びに行きたかったらしい。
「何日かしたら伝書鳩で詳しい事伝えるから、それまでシルフィードとだべって時間でも潰してると良いわ」
「あはは、期待して待ってるわ。ヴァリエール家に招かれるなんて、ツェルプストー家の誰も為しえなかった快挙よ」
 喜ぶキュルケを横目で見ながら、ルイズはそっとそれを取り出し、鞄に仕舞いこむ。友人を招く口実に使われる事に、それの主は苦笑しているかもしれない。でも、もしかしたら――喜んでくれている、かもしれない。だから、彼女は丁寧にそれを仕舞う。
「よし」
 幸い先日の旅行から帰った後、鞄を整理してないのが功を奏した。着替えを入れ替え多少の手荷物の追加で程無く支度は完了する。あとは、出かけるだけだ。
「それじゃ行って来る」
 いってらっしゃーい、という友人の言葉を受けながら、ルイズは部屋を後にした。

 学院の正門前に着くと、既に馬車は用意されており、何時でも出発できる状態のように見受けられた。彼女にとっては見慣れたそれは、間違いなくヴァリエール家所有の馬車である。ガリア謹製のゴーレムが御者を務める無人運転馬車であり、例え貴族であってもおいそれと手を出せるような代物では無い。作りこそ地味であるものの端々に格調を感じさせるそれはヴァリエール家の力が如何ほどのものかというのを無言のうちに語りかけていた。
 馬車の隣には姉のエレオノールが凛として――いると本人は思っているのだろうが、明らかに眠そうな表情を浮かべて――立っていた。あの短い時間で良く荷物を纏められたものだ、とルイズは我が姉ながら関心してしまった。気性激しく苦手な姉であるが、こういう有言実行な所は素直に尊敬している。
「ん?」
 近付いてから、エレオノールの隣にもう一人、人影がある事に気がついた。素朴な作りのワンピースに身を包み、小さな麦わら帽子を被った姿はいつもの見慣れたものとはまったく違うが、それでも見間違えようの無い彼女はシエスタであった。彼女なりに精一杯着飾ったのだろう、良く似合っている、とルイズは素直に思った。
「ぎりぎりよおちび。いつも常に時間に余裕を持って行動しなさい、と言ってるでしょう?」
 時間に余裕が無いのは時間設定に因るところが大きいのではないか、と思わずにはいられなかったが、一先ずその言葉は軽く受け流しておいた。姉は姉で、一言何か言わずには居られない性分だというのは、妹である彼女が一番良く理解していたからだ。
「それと、あなたの侍女としてこの子を連れて行くわ。以前おちびの世話をした事があるそうだし、丁度良いでしょう」
 エレオノールの言葉に倣うように、シエスタは小さく会釈をする。
 ――あとでちゃんと埋め合わせをしてあげないといけないわね。
 姉の事だ、有無を言わさず連れてきたに違いない。手に抱えられた鞄の大きさから言っても本当に最低限、日帰りですら怪しい程度の手荷物を用意する暇しかなかったはず。本当に強引なんだから、と気取られぬように心の中で嘆息した。
「さあ、早く乗りなさい。一秒でも早く着いた方が身の為なんですから!」
「はいはい解かりました」
 家に着くまでどれ位小言を聞かされるのかなあ、とうんざりしながらも、ルイズは馬車へと乗り込んでゆく。
 何故か郷愁はあまり感じなかった。それよりもただ、家に帰ったら余計疲れそうだな、なんてとりとめのない事を感じているのが、自分自身でも不思議だった。


 こつこつと、忙しなく奏でられる靴音が、広い室内に途切れることなく響き渡る。その音の主は豪奢な窓の傍をうろうろと歩き回っており、誰が見ても落ち着きが無いというのが一目で解かった。堂々とした体躯、王のように飾り立てた身形、威厳に満ちた顔立ち、それを彩る白が織り交ぜられたブロンドの髪と髭。立ち振る舞いさえしっかりとしていれば誰もが平伏しそうな雰囲気を放つだろう男だったが、今の様子は檻の中で動き回る小動物のようだった。
「ううむ……」
 こつこつ、こつこつ。途切れる事が無い靴音に、それを立てる事自体が目的なのではないかとすら思えた。
「エレオノールから、連絡は無いのか」
「ある訳無いでしょう。たかが魔法学院へと行き来するだけなのですから。伝書鳩が行き来する時間を考えれば、便りが届いた半日後にはもうここに着いてしまうでしょうから」
 男に答えるのは、ゆったりと椅子に座り込み読書をしている女性だった。既に老いを感じさせながらも、その美貌には些かの衰えも見られず、むしろ老いが彼女の魅力を引き立てているのではないか、と思わせる淑女であった。物静かでありながらも切れ長の目はきつめな印象を周囲に与えるだろう。彼の男とはまた違う畏れを感じさせる、そんな女性であった。
「でもそれって、半日後には絶対着きますよ、という事にはなりはしないだろうか? だとすれば有用だと思わずにはいられないのだが」
「それを一般では屁理屈と称するのですけれど、あなた」
「しかしだな、確かな情報を得るというのは実に大事な……」
「お分かりにならないようでしたら、よくよく教えてさしあげましょうか」
 少し語気を強める女性の態度に男は、
「ごめんなさい」
 即答だった。

 絵に描いたような、尻に引かれた旦那の夫婦漫才。
 この光景を見て誰が思うだろう、二人が――王家に次ぐ程の権勢を持つ家の者達なのだと。
 彼らこそ、トリステイン王国でも有数の力を持つ大貴族、そしてルイズの両親たるヴァリエール公爵夫妻であった。彼らに面と向かって歯向かえる貴族など国内には存在しない。新興国ゲルマニアとの国境に領地を持ち、護りを任されている程に王家からの信頼も篤く、また彼ら自身も三つの王権の血を引く、言わば正当な血筋の家柄である。もし王家になんらかの事情があり断絶が起こったのなら、次に祭り上げられるのは間違いなくヴァリエール家だろう。
 ――もしくは、王権を簒奪しようとすれば、する事も可能。
 しかし公爵はそんな事は微塵も考えぬような男であった。気性は激しいものの忠に篤く、ただ国を思い己の職務に励む。例え王家が滅びようと、己が王として祭られるよりも殉ずる事を選ぶ好漢であろう。だからこそ畏れられながらも、また彼に付き従う者達も多いのだった。
 そしてその妻でる婦人は厳格ながらも夫を良く支え貴族の規範とならんと己も厳しく律する淑女の鏡であった。
 傍目から見た二人は、まさに理想的なトリステイン貴族であった。

 とまあこれが表向きのヴァリエール公爵夫妻の姿である。しかしそんな彼らも一皮向けば所詮人の子、理想通りとは行かない。夫婦水入らずとなればどうしても覆い隠した生の部分が見え隠れしてきてしまうのだった。
「なあ、カリーヌ。ルイズにはなんと声をかけるべきだと思う? 良くやった、とか頑張ったな、とかでは月並み過ぎやしないか」
「その言葉を聞くのは、今日が始まってから何度目でしょう」
 5度目だったか6度目だったか。エレオノールが出立してからなら軽く二桁を超えるだろう、とヴァリエール公爵夫人――カリーヌは己の夫の言葉に頭を痛めた。
「だって、やっと訪れたルイズを褒める機会だぞ? わしはこのような時を何年待ち望んだ事か。ついに、ついに可愛いルイズを公然と褒める事が出来る日がやって来たのだ! こんなに嬉しい事はあるまい」

 畏れられてるヴァリエール公爵も、一皮向けば単なる親馬鹿であった。
 公爵にとって、末娘であるルイズはそれはもう可愛いものだった。男子に恵まれなかった事を最初のうちこそ残念がっていたが、三人目の娘ともなればそんな事はどうでも良くなってしまってただ単にまた可愛い娘が増えたと割り切って考えられるようになってしまっていた。ルイズが小さい頃にはそれはもう暇を見つけては家に帰ってきてなるべく相手をしていたものだ。
 しかし、そんな甘い時間も長くは続かなかった。それは、公爵家という重責を背負う故の宿命か。ルイズに魔法の才が無いという事が露呈してくると、彼は態度を変えざるを得なかった。

 彼ら夫婦は、子供を育てる際、出来るだけ厳しく育てようと決めていた。子供たちが望もうと望まざると、ヴァリエール家に生まれたという事実は彼女達を縛るだろう。どんな時でもヴァリエール家の子供だから、と言われ続けるに違いない。そんな時、自分自身で醜聞を雪げるような子供に育って欲しい。家柄に寄りかかったなどと言われない様に。そう考えていたのだ。
 長女のエレオノールも、次女のカトレアもそのように育ててきた。その甲斐あって、二人とも立派に育ってくれたと夫妻は胸を撫で下ろしていた。

 だが、たった一人、ルイズだけは違った。幾ら練習しても、ろくにコモン・マジックすら使えるようにならない。常識では考えられない程に、魔法の才に欠けていた。これは貴族としては余りに致命的な事だった。貴族とは、魔法を行使するものである。それは即ち始祖に連なる者であるという証でもあった。魔法とは、力にして印であった。ならば、魔法が使えないというのは、証を失うという事でもある。己を構成する地盤が否定される――それは、どんなに恐ろしい事だろう。
 当然、公爵夫妻もこの件には頭を痛めた。どうしてよりによってあの子に才を与えてくれなかったのだと、始祖に呪詛を吐いた日すらある。だが、どんなに悪態をつこうと現実は変わらない。だから、ただ魔法が習得出来るようにと、心を鬼にしてルイズに接するしか道は無かったのだ。
 二人は知っている。どれだけ自分たちの末娘が努力を重ねたか、それを放棄する事無く続けてきたのか、良く知っている。大事に大事に育てられた他の貴族の子女の数倍も努力を重ね、それでも何も得る事が出来なかった姿を、刻むように脳裏に焼き付けてきた。
 ルイズは良く耐えたと彼らは思う。涙を流し、歯を食いしばりながら、決して諦めなかった。決して言葉に出す事は出来なかったが、そんな娘を内心誇らしく思っていた。例え力は無くとも、生き様だけはまさしくヴァリエールの、貴族のものであったのだから。

 だからこそ、春先に武勲――巷を騒がす怪盗フーケより見事学院から盗まれた宝物を奪還せしめた――を立てシュバリエの位を叙勲された時は思わず一人小躍りしてしまった。シュバリエは純粋に功績のみによって与えられるもの。幾らヴァリエール家が権力を持っていようが金子を詰もうが与えられる事は無い、実力の証である。これを持っているのなら、魔法が使えずともそうそう馬鹿にされる事はあるまい。これでやっと、安心する事ができる。
 ルイズが陰口を叩かれているという事実は、当然公爵の耳にも届いていた。家に居る頃ですら使用人がそういう噂話をしていたのだ。貴族の子女達が集う魔法学院であるならば、謗りは免れまい、と覚悟はしていた。が、それでも自分の娘が受けている仕打ちは心情的にとてもでは無いが許容できはしない。休みの折帰宅してくるルイズの様子は、気丈に振舞ってはいるもののやはりどこか無理をしているように見えて辛かった。公爵家の娘であっても、いや、公爵家の娘だからこそ、魔法が使えなければその風当たりは大きい。それを一身に受け続けるのは余りにも辛い事だろう。
 だが、そのような日々を乗り越え、ルイズは遂に自分の力で自分の価値を示す事ができた。報せを受けた時、大きな安堵と共に肩の荷が下りた感覚を確かに感じた。この数年はルイズの事だけが心配だった。だがもう、そんな心配をする事は無い――。

 良い報せというものは続くものだ。
 それから幾らか時が経つと、アカデミー筋からルイズが非常に高度な魔法を使うようになったという噂話が漏れ聞こえてきた。アカデミーは魔法研究機関であり、常に優秀な人材を欲している。なので、彼らは常に魔法学院に目を光らせていた。将来を担うメイジの卵が集う場所だ、彼らの青田刈りの場所としてこれ以上相応しい所もあるまい。
 そんな彼らから話が伝わるという事は、ルイズが相応の能力を示しているという証である。幾つかの話を総合すると、愛娘は土の系統の優秀なメイジであり、能力的にトライアングルクラスは下回らないという事らしい。今まで殆ど魔法が使えなかったのにいきなり能力を開花させた、という点も彼らの興味を惹いているようだが、フーケ討伐の折、極限状態に置かれた事をきっかけに本来持っていた実力が発揮されたのではないか、という見方をしているようだった。公爵家の者達が何れも強力なメイジである所から見て、むしろ今の能力が当たり前とすら考えており、ルイズは芽が出辛かっただけなのだ、というのが彼らの見解だった。
 つまり、もう誰もルイズの事を笑えはしない。誰に憚ること無く、胸を張って生きていけるようになったという事だ。それどころか、今までの艱難辛苦に報いられるだけの幸せを掴めるはず。それは親として、どんなに嬉しい事だっただろう。

「フーケ討伐に加え、先の戦ではタルブの民の為に力を尽したという話ではないか。シュバリエを得るだけの功績を二つも立て続けに挙げたのだ、これは幾ら褒めても足りない位だとは思わんか?」
 思えば、10年はルイズを褒める事はなかった。逆に言えば、やっと公爵にルイズを褒める権利が手に入ったという事だ。素直に感情が出易いルイズは、他の二人の娘とはまた違った可愛さがある。エレオノールは妻譲りの気の強さに隠れてはいるものの真っ直ぐで誠実な娘であるし、カトレアはそんな姉とは正反対の穏やかな気性の持ち主だ。どちらも彼にとっては自慢の娘だが、そんな二人に比べると手のかかる末娘には格別の思い入れがある。出来の悪い子程可愛い、というやつだろうか?
 労いの言葉に、顔をほころばせる娘の様子を想像するだけで、もうどうにも堪らない気持ちになってくる。楽しみだ、本当に楽しみだ。
「ルイズが帰ってくる日の為に、ご馳走を作る食材も沢山取り寄せた。大好物のクックベリーパイを焼く為の腕の良いパティシエも呼び寄せた。他にも沢山プレゼントは用意してあるが……やはりこういうのは表し方が問題だろう。掛ける言葉で失敗してしまえば全て水の泡だ」
「どのような言葉であれ、気持ちが重要でしょう。一言であれ、あなたが心を籠めればルイズも満足するのでは」
「そういうものだろうか」
「そういうものです。むしろ、下手に飾る方が白々しいでしょう。家族の間なのですから、飾らず単純に行く方が良いんです」
 妻の言葉に、公爵はふむ、と一言唸る。確かにその通りかもしれない。過剰に飾り立てられた言葉は存外に薄ら寒いものだ。何か裏に隠されているのではないかと勘ぐりたくなる。
「ならば簡素に行く事にしよう……ああ早く帰って来ないかな」
 公爵の動きがより忙しさを増してきた。それは既に耳障りというにもおこがましい騒音と成り果てており、誰もが苛立ちを覚えずにはいられないだろう。それはもちろん、共に居る公爵夫人にとっても例外では無く。
「あなた」
 期待に空想を膨らませる公爵には、彼女が既に杖を――娘が使うような小さなタクトを――手に取っていた事に気付けなかった。
「どうした? カリーヌ」
 無造作に振り返った彼に襲い掛かったのは――。
「いい加減、お黙りなさい」
 若い頃から幾度となく食らい続けてきた、強力な風の洗礼だった。


 両親達が夫婦漫才を繰り広げいてる頃、その子供達と言えば平穏かつ退屈な旅路の最中であった。トリステイン国内を移動する分には大した危険も無い。家につくまでひたすら退屈に耐えるのが、彼女達に課せられた仕事であった。一日経ち、二日経ち、ようやくラ・ヴァリエール領に辿り着き、それでもまだ半日はかかるという所までやって来た時には退屈も頂点を極めていた。
「この分だと、着くのは夕刻あたりですね姉さま」
「ええ、そうね」
 出発した当初こそ話題もそこそこにあったが、一日も話せば種も尽きる。今や二人は退屈という責め苦に耐える囚人でしかなかった。
「……本の一冊や二冊、なんで持って来てないんですか」
 退屈のあまりついつい咎めるような事を口走ってしまうルイズに、「仕方無いでしょ、わたくしだっていきなりの話だったんだから」と反論するエレオノールも、内心同じような事を考えているらしかった。
「おちびこそ何か気の紛れるようなものを持ってくれば良かったのよ」
「寝て起きて食べてすぐ出発、という状況でどうしろと言うんですか」
 しれっと言い返すルイズに、エレオノールは呆れたような、驚いたような視線で答えた。
「あなた、本当に変わったわね」
 しみじみと紡がれた姉の言葉に偽りの色は無かった。
「そうですか? 特に変わりは無いと思いますけど」
「そういう風に言い返せる時点で全然違うじゃない」
 そうかなあ?と納得していないようなルイズの様子、それ自体が既に昔とは違うとエレオノールには思えていた。かつてのルイズなら、こんな風に口答え――いや、受け答えをする事など出来なかったはず。姉である自分の言葉に縮こまって大人しくしているのが精々だ。それがまあ、軽口まがいの返答を寄越すようになったのだから、これは大した変わりようである。
「まったく、図太くなったと言うか、落ち着いたと言うか」
 エレオノールの記憶の中のルイズは、いつも怒っているかふくれているか、もしくは泣いているかだったような気がする。とにかく感情表現が激しくて、手を焼いたものだ。
 今のルイズはそれとは正反対、常に余裕があり落ち着いているように見える。少々の事では動じない、そんな雰囲気があった。大人になった――いや、何か一つ乗り越えて変わったのか。今の妹は、母に似ている。激しい気性を内に秘めながら、常に静かに構えている母に。
 ――やはり、あなたも母さまの子供という事かしら。
 若かりし頃戦地を駆けた彼女達の母。その母のように、修羅場を潜ってきた妹は、己の親に少し近付いたのかもしれない、漠然とそう思った。
「まあ姉としては喜ばしい限りです。ラ・ヴァリエールの娘として、相応しい風格が備わってきたようでなにより。昔のまま落ち着きが無いようでしたらどうしようかと思っていたところですから」
「わたしは元から落ち着いてます!」
 そうやってムキになるあたり、まだまだか、とエレオノールは評価を改めつつ苦笑した。やはりまだまだ子供らしい。
「あまりさわがないでちょうだい。そうやって声を荒げると余計暑さが増したような気分になるでしょう。どんな時でも和やかに対応するのが淑女というものです。聞いてるの?ちびルイズ」
 言う方も、言われる方も不毛だなあと思いつつ――こんな小言ですら気分転換になってしまう現状に溜息が出た。こんな退屈も、あと少しの辛抱のはず。
 懐かしき我が家まで、あと半日。



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20 : 05 : 30 | 夜天の使い魔 第二部 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
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コメント
最新話キター

伯爵夫妻やエレオノールお姉さまのルイズに対する優しい気持ちに温かい気分になりました。

あと親馬鹿夫妻のやり取りにちょっとフイタ
by: * 2008/07/09 20:53 * URL [ 編集] | page top↑
行くんだキュルケ
もう騒動しか思いつきません(笑)
続き期待してマース♪

あとリーンに台詞を・・・・
by: ぎるばと? * 2008/07/09 23:36 * URL [ 編集] | page top↑
待ってました!
by: * 2008/07/10 00:03 * URL [ 編集] | page top↑
更新キター
公爵親馬鹿すぎるだろw奥さんとの温度の差がまた何とも笑いを誘いますな
キュルケ…いけるのか?行ったら行ったで一悶着巻き起こしそうで楽しみですね
リインに関しては家族にどう説明するのか。本を指して「使い魔です」とか言った場合の反応が読めないw
次回も待っていますよ
by: 青鏡 * 2008/07/10 01:52 * URL [ 編集] | page top↑
まぁ、リィンに関しては管制人格等がばれない限り大丈夫じゃないかな?
内部に記載されている術式を家族が理解しちゃったら大騒ぎになるだろうけど、基本的にありえないはずだし。

使い魔云々についてはディティクトマジックでもかけてもらえばある程度の理解はしてもらえるんじゃない?
by: NYcat * 2008/07/11 00:11 * URL [ 編集] | page top↑

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