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夜天の使い魔36話

「……これは一体?」
 夜も更けた頃合、短いガリアへの小旅行から帰ったルイズがまず目にしたのは、自分の部屋の扉が無残にへし曲がっている惨状だった。木製とは言えそうそう簡単に壊れるものでは無いのだけれど、一体どうしたんだろう。疲労の所為だろう、驚きよりも冷静さが勝った。なにせ体の方は疲労が蓄積されていると盛んに叫び続けているのだ。一刻も早くベッドに横になりたいという本音が感情をも捻じ伏せていた。
 とりあえず、扉の事は放置する事に決めた。開いた勢いで扉自体が外れかけたがそれも無視して彼女はベッドに突っ伏し、眠った。

 次の日の朝。
「お早うございます、ルイズ様」
「お早う、シエスタ。もしかしてわたし寝過ごしてた?」
 眠りから醒めたルイズを迎えたのはシエスタだった。こうしてシエスタがわざわざルイズを起しに来るのはとても珍しい事だ。普段のルイズはかなりきちんとした生活をしており、こうして他人に起して貰う程怠惰では無いからだ。
 おそらく疲労の余り寝過ごして、それを心配した彼女が起しにきたのだろう。ルイズはそう結論付けた。
「大分お疲れのようですけれど、朝食はどうなされます?」
「そうねえ……」
 窓の外を見やる限り、日の高さからして結構な時間寝過ごしたようだった。
「流石に食堂の方はもう片付けちゃったわよね」
「食事の時間からもう一刻は過ぎてますから」
 一通り仕事も終わった後です、とシエスタは付け加える。
「でも、まかないついでの軽い食事なら用意できますけど、どうしましょうか?」
「じゃあ、好意に甘えてご馳走になりましょうか」
 お腹も空いてるしね、と言いながら伸びをするルイズの視線に、壊れかけた扉が目に入った。壊れかけた、というかほぼ完全に壁から外れている様は既に扉の扉たる由縁を失っている。今視界に入った木製のそれは、壁にしがみつく何かでしかない。
「あー……あと一つ聞きたいんだけど」
 視線と表情からシエスタは何を聞きたいのか即座に悟ったのだろう、少し困った顔をして「その話はお食事をお持ちした後で」と言い残してそそくさと部屋から立ち去っていった。

「それで」
 シエスタが持ってきてくれた軽食を取り、多少腹が膨れて頭にも栄養が行き渡った所でルイズは改めて問い直す。
「わたしが居ない間に、この部屋の扉に一体どんな惨劇が降りかかったというのかしら?」
「ええと、昨日の事なのですが」
 やや困惑を見せながら――どのように話すべきなのか、明らかに戸惑いつつ――シエスタは話し始める。
「お昼頃でしょうか、学園にある方が訪れて……」


 ルイズ達が学園を離れた後、その部屋の管理を任されたのはシエスタだった。ルイズにとってはこの学園で最も信頼の置ける侍従であるし、シエスタにとっても敬愛する相手からの頼みを断る理由は無く、むしろ喜んで二つ返事で引き受けた。
 元々生真面目な性格のルイズの部屋は綺麗に整頓されており、シエスタが払う労力と言えば日々降り積もる僅かな埃を拭い去り現状を維持する事のみであった。日々学院の労務に携わるシエスタにとってみればこの程度の作業は仕事の内にも入らない。あとは換気を怠らないように気をつければ全て事も無し、である。
 魔法学院の生徒が住まう寮塔は立派な石造りの外観から想像されるように通気性が悪い。その癖壁に使われている石は存外に熱を通しやすく、夏は室温を高め冬は室内を冷やすという、悪条件を作り出す最悪な機構であった。はっきり言って、居住環境の点で言えば奉公人の住む木造の家屋の方が断然に上だ。貴族の方は何を好き好んでこのような部屋にしたのだろう?というシエスタの当然の疑問に、ルイズはうんざりとした様子で答えてくれた事がある。

 ――そりゃあ、出来る事ならこんな部屋には住みたくないな、って思うわよ。わたしに限らず皆そう。でもね、これも精神修養の一貫とか、過酷な環境下で勉学に励むのが始祖より連なる貴族の師弟の責務だとかそういう事らしくてね。まあしょうもない慣習って感じなのかしら? とにかく理屈じゃないって事よ。あーあつい。

 一見恵まれているように見える貴族というものも、彼らは彼らなりに大変な事が沢山あるんだな、と思わされた件の一つである。こうした苦労話を少しづつ耳にするたび、遥かな高みに居る貴族という存在がちょっとだけれど身近になっていくような気がした。
 両開きの窓を丁寧に開け、降り注ぐ眩さと多少の心地良さを含んだ夏の風を室内に招き入れる。
「今日もとっても良い天気」
 この太陽の下、今頃ルイズ様は何処に居るのだろう? 出来る事なら、ゆっくり疲れを癒せる場所に居て欲しい、とシエスタは願った。あの敬愛する貴族の少女にはそれが必要だと思う。自分たちの為に身を投げ打って力を尽してくれた彼女は、余りに自らを省みなさ過ぎる。少しは自らの体を労わって欲しい。傷は癒えたとは言え、体も心もまだ疲れている――そうシエスタには見えたのだ。
 ルイズが何処に向かったのか、シエスタは知らない。というよりも、ルイズ自身すら知らなかった。どうやら友人の――この部屋の隣に住むツェルプストー様のお誘いで急に決まった事らしい。いきなりの事で申し訳ないけど、お願いね?と苦笑しながら語るルイズの顔は、それでも少し楽しそうだった。
「旅先でも、こんな天気に恵まれていると良いけど」
 滅多に見られない高い場所からの景色を楽しんでいたシエスタの視界の端に、動く何かが入り込んだ。一体なんだろう、と視点を移し目を凝らす。
「馬車、かしら」
 魔法学院へと続く一本道を、緩々と馬車が走ってくるのが見て取れた。天蓋付きの立派な作りから見ておそらく貴族の乗るもの。平常時ならこうして馬車が学院を訪れる事もそう珍しい事では無いが、今は夏期休暇の真っ只中、学長のオールド・オスマンを始めとした教職員の大多数が避暑へと赴き学院を留守にしている状況では、何故、と疑問が首をもたげてくるのも無理ない事だ。
 他の可能性としては帰省した生徒が学院に戻ってきたというものだが、彼らも暑さを凌ぎ一時の安らぎを得る為に自らの家へと帰っていったのだ、暑さ極まるこの時節に一々戻ってくるとは思えない。
 そうなるとミスタ・コルベールのお客様かしら?とシエスタは小首を傾げた。今学院に滞在してる教師は彼くらいのものだ。教師の中でも古株で変わり者の彼は、暑さを凌ぐ事よりも人の居ない今の時期を見計らって思う存分自分の研究を進める事を選んだ。今日も一人自分の部屋に閉じこもり奇妙な研究に没頭しているのだろう。そんな変わり者の客ならばこのような時期に学院を訪れても不思議では無いかもしれない。
 とりあえず様子を見に行った方が良いかな、と判断したシエスタは小走りで部屋を――無論鍵をかけるのは忘れずに――飛び出す。教師生徒共に僅かしか残っていないのと同様に、奉公人もまたその大多数が一時の暇を楽しんでいるこの時期、その数はやはり少ない。おそらく、この唐突な来訪者の存在に気付いているのも自分だけだろう。幾ら平時で無いとは言え出迎えの一つも無しという粗相をしでかす訳にはいかない。

 やや緊張した面持ちで待ち構えるシエスタの眼前で静かに馬車の扉が開き、件の客人が姿を現した。その姿を認めた時、シエスタは唐突に湧き上がった驚嘆を抑えるのに全力を注がねばならなかった。
 夏の湿気を含んだ空気の中、微塵もそれを感じさせないように美しく流れる金色の髪、整った顔立ちに浮かぶ凛とした表情と、その雰囲気に奇妙に合致したかのようにかけられた眼鏡。身長はトリステイン女性にしてはやや高いものの大柄という印象を与えない、ほっそりとした体躯。そこに居たのは、何処に出しても恥ずかしくないようなトリステインの淑女の姿だった。
 だが、シエスタが驚いたのは彼女がそのような典型的な淑女然としていたからからでは無い。一目見た時、何故だかその姿が――自分が良く知っている少女のものに見えてしまったからだ。年恰好も全然違うというのに錯覚してしまったのは、何処となく似たような空気を見に纏わせているからだろうか。ややきつめの眼差しは、何時でも真っ直ぐな敬愛する少女のものに少し似ていた。

 ――ようこそ、トリステイン魔法学院へ。本日は一体どのような御用向きでございましょうか。
 そう、言葉を発しようとしたシエスタであったが――美しい客人は馬車から降りるや否や迷う事無く真っ直ぐに、先ほどまでの淑女然とした雰囲気を己自身で全力で打ち砕きながら大股で歩き出した。その印象の余りの落差に、シエスタも暫し思考を停止せしめた。
「そこの貴方!」
 振り返りもせずにかけられた声ではっと我に返る。
「着いて来なさい、案内をお願いするわ」
 有無を言わさぬ、はっきりとした物言い。そして告げる間も止めぬ足に、シエスタは遅れを取らぬよう急いでその後を追うのだった。

 彼女が向かった先は学院が誇る巨大な本塔では無く、以外な事に殆ど人が居ないだろう寮塔であった。
「あの、こちらは学院の生徒が暮らす寮塔ですが……」
 そうお伺いを立てるシエスタに、またもはっきりと「知っているわ、当然」と一言で言い切る。
「わたしだって、昔はここに通っていたんですもの」
 でしたら、というシエスタの声を遮り、女性は言葉を続ける。
「こんな馬鹿みたいな暑さの中、好き好んで残ってるおばかが居るでしょ。わたしはそのおばかを連れに来たのよ。ああもう、おばかなちびルイズ! なんだって帰ってこないのよ、お陰でお母様もお怒りになってらっしゃるわ。まったく、生きた心地がしないわよ!」
「お客様はもしかして、ル……ヴァリエール様のお知り合いでございますか?」
「知り合いも何も、姉よ姉」
 なるほど、とシエスタは納得する。姉妹であるなら、感じが似ていても不思議では無い。そう言われると、顔立ちもルイズにそっくりであり、あと何年かしたらきっとこんな風になるんだろうな、と思わせるものがあった。
「もしかしてあの子は使用人にまで名が知れ渡っているような有名人なのかしら?」
 険のこもった物言いからして、良い意味で「有名人」と言う言い回しをしたのでは無いのだろう。そういえば、とシエスタは思い出す。ルイズは春先まで魔法が全然使えず、生徒達の間では大層有名であったらしい。シエスタが知っているルイズは平民から見ても素晴らしいと思えるような魔法を使う姿だけであったので、まるで冗談にしか聞こえない話であった。しかし目の前のルイズの姉と称する女性の様子からすると、そんな恥が平民にまで知れ渡っているのか、と言いたげなのが言外からありありと判る。
「私、ヴァリエール様が体調を崩された時に身の回りのお世話を仰せつかっていた事がありますので」
 どう答えたら良いものか判断がつかなかったので、ありのままを正直に話す事にした。
「そう、ならあの子の部屋は知ってるわよね、案内して頂戴」
 案内しろ、と言う割に自分からどんどん進んで行ってしまう様子に、強引な人だなあとちょっと溜息をつきながらシエスタは走って前に進み出て先導する。これと決めたらお構いなしに突き進む姿もちょっと似てるかもしれない、と思いながら。

「ここがヴァリエール様のお部屋でございます」
 長い階段を昇り、やっとの事で目的地に着いた。毎日の事でなれているシエスタはともかく、客人の女性は少々堪えたのか端整な顔に汗を浮かべ少し息を切らせている。それでもなんとも無いという表情を保っているのは彼女が相当に意地っ張りな性分である事を感じさせた。平民の前で無様な姿を晒す訳にはいかない、と言った所か。
「ルイズ、わたくしです、エレオノールです。出てきなさい」
 こんこん、と扉を叩く音でシエスタはふと思い出す。そういえば重要な事を告げていなかった、と。こんなうっかりをしでかしてしまったのは、うだるような暑さがやはり効いているという事なのだろうか? うーん、しっかりしないと。
 と、シエスタがとりとめのない思考に埋没している間に、軽く叩かれていたノックの音が次第に大きくなり、こんこん、がどんどん、に変わり、やがてどがんどがんと女の細腕から生まれているとは思えない音に変わってきた。
「こらー! でてこーいこのひきこもり! 姉の言う事が聞けないって言うのこのおちび!」
 段々と激しさを増していく行動に、これは早く事情を説明しないと、と焦るシエスタ。
「あのう、実はですね、今ヴァリエール様はご旅行に出かけられていて……」
 失礼の無いようにおずおずと切り出したものの、そんな言葉も意に介さずにひたすら彼女はドアを叩き続ける。無視した、というよりも頭に血が上ると回りの言葉が耳に入らなくなるタイプなのだろう。「あのー、ですから今ルイズ様はお留守なんですよー?」と何度も放たれた言葉は一行に届かず、行動はさらに過激さを増していく。
「何時からわたしの言う事を無視する程偉くなったのちびルイズ! でて! こないと! 蹴り! 破るわよ!」
 拳で叩くのみならず、ついに足まで使い始め鬼気迫る様子で扉に蹴りを入れ始めたその姿はどこから見ても最早淑女ではない。それなりに肝が据わっていると自覚しているシエスタでもこの様子には流石に引いた。これは、もう手が付けられない。一介の侍従に出来る事は、あとは一刻も早く部屋の主が帰ってくるのを祈るのみであった。


「という訳でルイズ様のお姉様が扉を蹴破られまして」
 そりゃあ困るわよね、そんな光景を目にして、それを妹に報告するのは。俯きながらルイズは心の中で述懐した。そんな彼女の頬は紅潮し、体は小刻みにぷるぷると震えている。もう恥ずかしくて堪らない。自分の恥を見られるよりも、身内の恥を見られるほうが恥ずかしいのは何故だろう。穴があったら入りたい、という気分が良く理解出来た。出来たら100リーグ位深い穴に篭って暫く黄昏ていたい、とルイズは本気で思った。
「それで」
 羞恥心に身を震わせながら、なんとかルイズは声を絞り出した。
「その後、お姉さまはどうしたのかしら」
「えっと、その……この暑さの中あれだけの事をしたものですから、体力を使い果たしてしまったようで……少々お疲れになったご様子でしたので早々に本塔の客室でお休みを取って戴きました」
 シエスタ実際に見た光景では部屋に侵入した直後に「いなぁーい!」と奇声を上げたあとにぶっ倒れたのだが、流石にその事を話すのは忍ばれた。なんだか追い討ちをかけてしまうみたいで。

 はあ、とルイズは溜息をついた。この様子だと、姉と会わない訳にもいかないだろう。あの姉自らが足を運んで連れに来たと言う事は、何が何でも自分を連れて帰るつもりなのだろうから。それならば、帰りたくないと駄々を捏ね会う事を拒否したところで何の意味も無い。昔から姉には頭が上がらないし、何よりその姉を此処に遣わしたのは彼女が最も苦手とする母親であろう事は明白だからだ。つまりルイズの心情的に既に詰んでいる状態と言う訳だ。

 再び仕事に戻るというシエスタには姉に後で向かうという言伝を頼んでおいた。まあそう言った所であちらから乗り込んでくるかもしれないが、それはどうでも良い。とりあえずこちらは会う気があるというのは伝わるはずだ。少し膨れたお腹が僅かな睡眠欲を掻き立てる中、ルイズはベッドに寝転がり考える。
 正直な所、帰省する事のにまだ気乗りはしない。
 先のガリア旅行の際、己の向かう方向性は掴めて来たように思う。少なくとも以前程に迷いは無い。しかしそれだからと言っていきなり故郷でゆっくり過ごす気になれないのも確かだ。どうにも機会が悪いというか、巡りに恵まれないなと彼女は思った。こういう時は多少忙しい位が望ましい。そうやって忙殺され全力を尽す中に見出せる事もある。だが現状はそのまったく真逆、日々暇と倦怠に満ちた生活を送っているのだから。
 暫しの思索の後、仕方ないとルイズは腹を括る。避けられない事態なのだから、これに関しては甘んじて受け入れよう。問題は、家に帰ってから何をするかだ。折角実家に帰るのだ、それを活かした何かを模索しよう。

「あーおはよー。お腹空いたんだけどなんか食べる物持ってない……ってなか扉が凄い事になってるわよ? 何この全壊ぶり」
「聞かないで頂戴」
 ぼんやりとした表情とだるそうな声からして未だ眠そうな様子のキュルケがルイズの部屋にやって来た。彼女も今時分に起きたのだろう。
「もう暫くしたらお昼になるし我慢したら? まあ、わたしは食べたけど」
「アンタ一人で食べるなんて、なんて友達甲斐の無い子なのかしら。かわいそうに、その胸に詰まるはずだった思いやりの心が、乳が無い所為で十分に蓄えられなかったのね。なんて悲しい」
「どちらかと言うと、その躊躇無く的確な物言いがわたしを悲しくさせるんだけど」
「あら御免なさい。それにしても、ちょっと摘む為のお菓子位持ってないの? 普通少し位は隠し持っているものだけれど」
 魔法学院に通う子女達もその大半が育ち盛り、幾ら豪勢な食事を取っていようとも時に小腹が空く時がある。そのような時の為、部屋に軽く食べられるお菓子類を備蓄している生徒は多い。授業で使う秘薬類を買出しに行くついでに買ってきたり、見目麗しい生徒であるなら贈り物として受け取ったり、または実家から子の労を労う為に送られてきたりとまあそんな感じで手に入れる訳だ。
 ルイズ・フランソワーズはその点で言うなら変わり者と言って良い。彼女は基本的に一切の間食をしない。厳しい母がそのように育てた為だ。少し腹が空いたからと言って感情の赴くまま食べ物を口にするなどまるで畜生、はしたないと強く言い含められながら育てられた彼女は、魔法学院に来てからもその習慣を崩す事は無かった。心の隅では誘惑に駆られながらも自制が効いているあたりが貴族としての誇りを重視する彼女らしい。

「そういうあんたはお菓子とか隠し持ってないの? そこいらの男から色々と貢がれてそうだから沢山持ってそうなもんなのに」
「いやね、休みに入るまでは困ってなかったんだけどさー、ほら、今ってお休み中じゃない? だから補充が利かないのをすっかり忘れれていつも通りに食べてたらすっからかんでさぁ」
「要するに、貢いでくれる男が居なくなった、と」
「まあそういうこと」
 なんかとってもキュルケらしい話だ、とルイズは苦笑した。彼女の男性交友の激しさは学院でも周知のものである。学年を問わず彼女に言い寄る男は数知れず。トリステイン女には無い奔放で快活な雰囲気と年に不相応な色気が男達を虜にするのだろう、そんな彼女の気を引こうと彼女の下に届けられる贈り物は数知れず。その中には当然菓子類も含まれているはずで、そういう環境下にあった彼女は今まで間食に不自由しなかった事は確実と言えた。その感覚を引き摺ったまま宛てが外れるというのは、おそらく彼女にしか起こり得ない実に彼女らしい失敗談だった。
「タバサが持ってたりしないの?」
「あー、駄目駄目」
 何言ってやがるこの小娘、と言いたげな目でルイズの進言を否定するキュルケ。
「あの子、食い気より読み気よ。買うものと言ったら本だし、口に物を運ぶ時間も惜しんで読書をするような性分の子よ?お菓子の買い置きなんてまったく無いわ」
「確かに、想像出来ないわね」
 あのタバサが甘いものを頬張って「おいしー」と悦に浸っている様は、どうにも想像が出来ない。普段の彼女を省みるに、無表情でハシバミ草を食べ続けている方がそれらしい気がする。

「うーお腹空いた空いた空いたー」
 お腹が空いて力がでないよー、と言う意思を体全体で表したかのように、キュルケはふらふらとベッドに歩み寄ると力尽きたようにベッドに倒れ付した。
「もうだめ、このまま栄養が取れなくなったあたしは胸が萎んで人でなしのナイチチになってしまうんだわ。お父様お母様、先立つ不幸をお許し下さいよよよ」
「それはあてつけ? もしかしてわたしへのあてつけですかこの牛乳」
「もしかしなくてもそうだけど何か?」
「はいはい、判ったから」
 ルイズは仕方ないなあ、と立ち上がる。
「ちょっと人に会わなきゃいけないから、そのついでに何か貰ってきてあげるわよ」
「帰って早々、また忙しないわね」
 確かに、と心の中で同意する。国外旅行から帰った後は直ぐに自宅へ直行する破目になるとは、落ち着く暇もありはしない。
 暫く待ってなさい、と自分のベッドでぐんにょりしてる友人に声をかけ、蒸し暑い空気の充満する廊下へと歩を進める。向かうは本塔、そこには客人が訪れた時の為の宿泊部屋があるはずだ。存在こそ知っていたが、向かうのは初めてだ。これがあの姉と顔を会わせるのでなければ、多少の好奇心が満たされると喜んで向かえたはずの場所なのだが。腹は括ったものの気乗りしないものはやはり気乗りがしない。思わず溜息が一つ出た。

 ルイズにとって頭が上がらない――もう本能的にどうあっても敵わないと刷り込まれてる相手――は幾人か居た。その内一人がヴァリエール家の長女、エレオノールであった。公爵家の長女として厳しくそして期待されながら育てられた彼女は見事周囲の期待に答え才色兼備の見事な淑女として成長した。魔法学院を優秀な成績で卒業した彼女はそのまま王立魔法研究所、アカデミーの研究員となった。アカデミーに努める事が出来るのはメイジの中でも生え抜きの実力を持ったものだけ。学院を卒業してからは早々に嫁ぐ者が大半な中、働く女性貴族としては最大級の評価を得る事の出来る職業と見て良い。家の名に恥じぬ力を示した女性、それがエレオノールであった。
 またその性格は男勝りと言われる程に気が強く、一部の者達からは「なるほど、あの母親にしてこの娘あり」と言わしめるようなものであった。とにかく折れない、曲がらない。自分がこれと決めれば必ず通すその性格は妹のルイズにも見られるもので、これはヴァリエール家の血筋の為せる業と言えよう。
 しかしその気の強さは同じく気が強いルイズですらたじたじになる程のもの。それを数量化するならルイズの倍か、それともさらに上か。とにかくルイズをさらに尖らせたような女性が彼女の姉である。人は自分と同じ方向性の気質の者と折り合いが悪い。特にそれが自分よりもさらに尖った気性の持ち主となると最悪で、ルイズとエレオノールの関係はまさにそれだった。ルイズから見れば最悪の相手と言って良い。ただでさえ姉という立場で気後れするというのに、自分よりさらに気が強いとなると、普段の彼女はどこへやら、姉を前にしては竦んで縮こまった猫のように大人しくなっているしかない。
 しかも彼女はルイズが不出来――魔法の才を一向に開花させない事――について常に苛立ちを見せており、顔を会わせれば説教をしてくる。しかもその話が始まると平気で一刻は潰れるのだ。その事を思い返すだけでルイズは気分が沈んでくる思いだった。

『お姉様と会われるのがそんなに憂鬱なのですか?』
 一人になる頃合を見計らったのだろう、廊下に出たルイズの下に気遣うようなリインフォースの思念通話が届く。彼女も己の知覚範囲で話を聞いていたのだ、当然凡その事情は把握していた。
『子供の頃から頭の上がらない人だったから……それに魔法が使えない事では頻繁に怒られていたし』
 他者を凌ぐ程の研鑽を重ね、それでいて尚結果を残せなかったかつてのルイズにとって、それを口喧しく説教されるというのは本当に辛い事だったのだ。努力が足りず謗りを受けるなら良い。だが、幾ら努力してもそれに相応しい結果を得られない、そのような理不尽を責められるのは彼女ならずとも陰鬱な気分となるだろう。
『それならば、今やなんの負い目も無いのでは? 主は既に胸を張れるだけの実力をその身に備えておいでです。堂々とお姉様に会われれば良いのではないのでしょうか』
『まあ、それは至極正論なんだけどね』
 そう言ってルイズは苦笑いを浮かべる。
『頭で解かってても、刷り込まれた苦手意識ってのは中々抜けないものなのよ。フーケの一件ではシュバリエの位を下賜されたし、成績も実技面の不安が無くなった今主席卒業だって狙えるわ。これだけの材料があって、もう心配する事はないんだってそう理解してても、やっぱり気後れしちゃうのが人情って奴かしら。こういうのって理屈じゃないのよね』
 一言で言うならどこまで言っても妹は姉に頭が上がらないって事なのかしらね、と呟くようにルイズは言葉を続けた。
『申し訳ありません、軽率な発言でした』
『もう、こんな事であやまらないで。貴方の方こそこんな些細な事で負い目を感じないの。気遣いの言葉をかけられて嬉しくない訳がないわ、ありがとう』
 己の使い魔の相変わらず生真面目過ぎる態度には自然と苦笑してしまう。リインフォースは自らを従と位置付け、常に主を立てようとしてくれている。その為、過剰に身を引く事も多々あった。今回もその一つ。
 ほんの少しだけ、ルイズの心は奮い立った。こんなつまらない事で彼女に負い目を感じさせたくは無い、そう思ったのだ。未だ、心にしこりは残るものの、足の重さは完全に無くなった。躊躇いを完全に捨て去り、彼女は一歩一歩目的地へと向かっていった。


 客室へと辿り着いたルイズは、ん、と少し気合を入れなおすと意を決して扉を叩いた。いよいよ姉と対面である。
 こんこん、と軽く2回。控えめであるが、しっかりと響くように彼女は扉を叩く。しかし幾ら待てど返事は無い。
「留守かしら」
 ルイズは首を傾げた。先にシエスタを向かわせたし、自分がここに来る事はとうに知れているはずなのだが――。
 リインフォースに頼んで探して貰おうか?という考えが頭を過ぎる。彼女の能力であるなら、この学園の敷地内程度の距離は「己の掌を見つめるようなもの」であるらしく、仔細に状況が解かるそうだ。そんな彼女の力を使えば姉を探し出す事など造作も無いだろう。
『リインフォース、聞こえているかしら?』
『なんでしょう、我が主』
『人を探して欲しいのよ。多分学院の中に居るのは確実だと思うんだけど、何処に行ったのか判らなくて』
『もしかしてお姉様でしょうか? それならお部屋に居られるようですが……』
 なら、わたしが来たのに無視したって訳? ルイズの頭にふつふつと怒りが沸き起こる。それなりに葛藤を抱え、多少の覚悟も持って来たというのにこの仕打ち。ふざけんなばかやろー。
 反射的に、ルイズはドアノブに手をかけた。従って――。
『どうやら今はお休みに……聞いておられますか、我が主』
 続く言葉など、まったく耳に入っていなかった。

「姉さま!」
 ばたん、と勢い良く扉を開け踏み込んだルイズは、一瞬にして身を固まらせた。目に入ってきた光景が余りにも――彼女にとっては、それこそ想像すらしなかった――意外なものであったからだ。
 眠っている。真昼間だというのに、悠長に眠っている。あの他人に厳しいけど自分にもやっぱり厳しい姉がぐーすかと眠っている。それはもう気持ち良さそうに眠っている。枕を抱きしめ「伯爵さまぁ」などと寝言を漏らしながら眠っている。どこからどう見ても完璧に眠っている。

 ルイズは――暫し無言でその光景を見つめた。なんか見ちゃいけないものを見てしまったような気がする、と彼女は一人述懐した。姉の知られざる一面、極私的な部分を垣間見る。それはどうにもばつが悪い事だった。
 そういえば大分疲れているようだった、とシエスタが言っていたのを思い出す。つまり、姉妹揃って寝過ごした――しかも、片方は現在進行形で寝過ごしている――訳だ。シエスタはこの光景を見たのだろうか? まあ確実に見ただろう。言伝を頼んだのは他ならぬ自分なのだ、見たに決まっている。それどころかおそらく朝、世話をする為にこの部屋を訪れたのも彼女だろう。なんか昨日から姉の恥ずかしいところばかり見られている気がする。シエスタはそんな事気にしないだろうが、妹としては恥ずかしい事この上無い。
 ――まったく、日頃からきちんとしなさいと人に散々言っておいてこれなんだから。
 仕方ないな、と嘆息しながらルイズはとりあえず姉を起す事に決めた。あれだけ騒がしく部屋に侵入したのにまったく起きる気配も無いこの熟睡っぷりだと下手すれば丸一日眠りかねない。
「姉さま、起きてください。姉さま」
 ゆっさゆっさと姉の体を揺する。できれば激しくしたいのだが、余り激しくすると後が怖いので、なるべくゆっくりと、それでいて起せるだろうと思えるだけの力で揺さぶった。
「うぅん……」
 悩ましげな吐息は、ルイズが男性であったなら心奪われたかもしれない艶を伴っていたが、生憎彼女は女でしかも姉妹である。男性諸氏には宝物の如き光景も、めんどうだなあ、早く起きて欲しいなあという程度のものでしかなかった。これがキュルケなら遠慮無く蹴り落として起すんだけどなー、等と考えながら、彼女は姉の体を揺すり続ける。

 揺さぶる事1分強、流石にこれだけ揺すれば意識も覚醒してくる。ゆっくり上体を起し眼を半分開け、ぼーっとした様子で辺りを見回した。そこで彼女は自分が眼鏡をかけていない事を思い出したのか、おぼつかない手つきで寝台の脇を探り始める。普段凛とした姿勢を崩さない姉エレオノールからは考えられないような気の抜けた光景だった。
 うー眼鏡眼鏡、となかなか眼鏡を見つけられないのが余りにも不憫だったので、ルイズは眼鏡を姉に手渡してあげた。
「おはようございます、姉さま」
 その言葉で一気に覚醒したのだろう、エレオノールはやっと彼女が居る事に気がつき、そして身を固くした。
「な、なんでおちびがここに?」
 それはこっちが言いたい台詞なんだけどな、とルイズは心の中で呟く。
「姉さまがわたしに会いに来られたという事でしたので、お部屋に足を運んだまでです。まさか……熟睡中だとは夢にも思いませんでしたが」
「くっ、言うようになったじゃないちびルイズ。まあこのような時間まで寝過ごしたのはわたくしが至らぬ所為です。それは認めましょう。でもね」
 そう言うエレオノールの顔は笑顔だったが、明らかに目が笑ってない。眉も釣り上がっていれば、頬もぴくぴくと震えている。どう見てもお怒りのご様子である。
「日頃激務に身を晒している姉に対する気遣いを見せる位しなさい、妹なんだから!」
 そしてぎゅーっとルイズの頬をつねり上げた。
 なんか矛盾してる、その物言い矛盾してるよ!と激しく思いながらもやっぱり姉には逆らえ無かった。それでも一言言えただけ以前のルイズよりも成長しているのかもしれない。以前だったら、ただ姉の出方を窺うことしか出来なかっただろうから。

 一通り怒りを発散し終えると、エレオノールも冷静さを取り戻したのだろう、何時も通りの凛とした表情を作ると改めてルイズに向き合った。
「久しぶりね、ちびルイズ。元気そうで安心しました」
「お久しぶりです、姉さま。姉さまもお変わりないようで何よりです」
 ルイズとエレオノール。実に半年振りの姉妹の再会だった。


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22 : 26 : 20 | 夜天の使い魔 第二部 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
<<すっごいあいたよ! | ホーム | いつもこうならとてもハッピーなんだけど>>
コメント
ヴァリエール三姉妹編(?)キター
マッドサエンティストなエレオノールさんが
リインフォースに襲い掛かりそうでヒヤヒヤします(笑)
一体どんなドタバタ劇が起きるのか楽しみです
by: * 2008/06/22 22:59 * URL [ 編集] | page top↑
ジカイコウシンサッキュウニタノム(ぉ
by: * 2008/06/23 00:29 * URL [ 編集] | page top↑
投下乙です
満を辞して登場の姉その一。これからいかにルイズとからんでいくのかが見ものです
原作と違って普通の魔法が使えますからねぇ…その辺りも気になるものです
by: 青鏡 * 2008/06/24 20:13 * URL [ 編集] | page top↑
おねーさま♪
頑張れ、いろいろ(笑)
キュルケがやたら可愛いのですがー
うむ、もっと出して。
by: ぎるばと? * 2008/06/24 23:55 * URL [ 編集] | page top↑
お疲れ様です
いつも楽しく読ませていただいてます。
エレオノール姉さん登場ですね~
こちらのルイズさんは、幾多の辛酸を嘗めて(もののふの魂)をお持ちですから、象牙の塔のエレオノールさんとはシビアに対立しないか心配です・・・
これからも執筆頑張ってください!
by: タカジ * 2008/06/30 00:09 * URL [ 編集] | page top↑

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