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夜天の使い魔33話

 きい、と微かな音を立てて開いた扉の先は、闇。光の一切差し込むことの無い室内はまるでグラン・トロワ内に別の世界が設けられているかのようであった。
「父上?」
 イザベラの問いかけは、空しく闇に吸い込まれるばかり。
 本当に、この部屋だっただろうか。自分はもしかして勘違いをして別の部屋に辿り着いてしまったのではないだろうか、と彼女は己を訝しんだ。ヴェルサルテイル宮殿内に住まうとは言え、イザベラは殆どプチ・トロワから外に出る事は無い。勿論、グラン・トロワに赴くのもこうやって父と会う時位なものだから、この巨大な宮殿の全てを把握している訳では無いのだ。

 胸に不安が沸き起こったが――それでもイザベラは一歩足を踏み入れた。心の大部分はこの部屋を去り父を捜しに行こう、という思いで占められていたのにかかわらずそうしてしまったのは何故なのか、きっと彼女自身にも明確に理解出来ていた訳では無いだろう。だが彼女の意識の片隅では表層に上らぬような意思が己の二本の足を後押ししていた。
 それは予感だった。希望とも不安ともつかぬ判然としない何かが、見えない腕で彼女を部屋の中へと誘い、引き付けたのだ。

 一歩、二歩、少しづつ進む彼女の眼前は以前闇。指標となるのは背後の扉の隙間から僅かに漏れる淡い光のみ。幾歩か進む内、本当に真っ直ぐ進んでいるのか自分でも判らなくなってきた。
 辺りをきょろきょろと見回すが、ランプの類の一つも見つからない。一体この部屋はなんなのだろう。確かに、宮廷の貴族達が密かに会談を進める為にこのような外部からは窺い知ることの出来ない部屋というものはこの宮殿に存在する。だからと言ってランプ一つ無い闇に閉ざされているのは余りにも不可思議であるし、また己の父がここに自分を呼んだとしたのなら尚更にそうだ。イザベラの脳裏に疑問が過った刹那――。
 彼女が開けた時と変わらぬ音色を立て、背後の扉が自ら閉じる。
 きい、ぱたん、という音は、彼女の心臓に二度鐘を鳴らす。それでも驚愕が表情に出なかったのは、普段から己を偽り続けていたからであろう。誰に見られているでも無いというのに、己の心底を隠すよう一層気丈な表情を纏わせ彼女は闇を探ろうとする。
 しかし彼女は、三度目の正直という言葉を嫌という程に味わった。

「気の強い娘だと聞いてはいたけれど、確かに中々のものね。そういう精一杯な表情、悪くは無いわ」
 唐突に響き渡る声は、まるで彼女の心を捉えるかのように深く、確たるものとして届いた。それは女性の声だ。何の感慨も無いかのようでいて、底知れぬ感情を備えた響きに、イザベラは恐怖を覚えずにはいられず、無意識に言葉が突いて出た。
「だ、誰だ!」
 普段通り居気高で気丈に振舞ったつもりだったが、どもる様子ではとてもそれが成功してるとは言えなかった。
 咄嗟に言葉を放ちながらも、イザベラは思考を巡らせる。今耳に届いた声は、まったく聞き覚えの無い声だった。宮廷に出入りし父の横に侍る婦人達の中に該当するような声の持ち主は居ない。それにこの口調。その心底ではいざ知らず、表向き王女である自分にこのような態度で言葉を投げかける者が居るとは思えない。まるで自分自身の地位など眼中に無いとばかりの声色には、恐れの一つも無い。王族への不敬は時にそれだけで処罰の対象ともなり得る。それを意に介さないこの人物は何物だろう?
 何故足を踏み入れてしまったのだろう、という己の浅慮を悔やみながら我侭姫は僅かに身構える。まさか宮廷内で身の危険を感じる事になろうとは予想が甘かった。
「余り警戒しなくても良いのよ。私は貴方に害意を持ってはいないのだから。それにここに貴方を呼んだのはお父上でしょう? 何も恐れる事は無いのよ」

 彼女の姿は、唐突に現れた。
 闇の中、まるで最初からそこに居たかのように、薄暗い灯りに照らされるようにして彼女はそこに居た。小さなテーブルの脇、ゆったりと、軽く微笑みを見せながら。
 年の頃は三十半ばであろうか、長い黒髪を靡かせたその表情には歳相応の陰りが見て取れた。彼女の身は自身の髪と同じように深い色を湛えた洋服と外套に包まれており、この闇に包まれた空間の主に相応しいものであった。
 イザベラにとって初めてお目にかかる顔だった。しかし、だというのに誰なのかは察しがついてしまった。
「まさか……本当に存在したなんて」
 それは、数年前より語られるようになった、この宮殿のおとぎ話。居るようで居ない、居ないようで居る。蜃気楼のようなその人物の事を知らぬ者はこの宮殿の中には居ない。だがイザベラ自身は、その話をまったく信じていなかった。この話はきっと何かがきっかけで出来た噂話が変に広まってしまったのだろうと。侍従達が退屈を紛らわす為に作り上げたものだろうと、そう思っていたのだ。たった今までは。
 だが、それは真実だった。
「魔女」
 イザベラの零した言葉に、彼女は「そうね」と当然のように答えた。
「ここの方々は私の事をそう呼ぶわ。特に貴方のお父上はこの呼び名が甚くお気に入りよ。市井から生み出されながらにして、良く本質を表しているとね」
 椅子にかけなさい、と促されるままにイザベラは席に着く。
「わたしをここに呼んだのは、あんたに会わせる為だった、って事なの?」
 あの父が無意味に自分を呼ぶわけが無いとイザベラは確信していた。普段会う時だって、体面と、自分へのご機嫌取りが半分、残り半分はその他のなんらかの理由が絡んでいるのが常だ。ジョゼフという男は娘に余り価値や興味を見出していない。それは娘である自分が良く知っていた。
 とりあえず、目的はこの目の前の女性と自分を会わせる為だろうという事は推察できた。しかしその目的はやはり不明。この状況では、未だ警戒心を緩める訳にはいかない、と依然イザベラは身構えたままだった。
「正確には私が貴方を必要としていたから、お父上に呼んで貰ったの」
「わたしに用がある? できるなら、面白い用件であって欲しいね。いちいち呼びつけたんだ、退屈な話を聞かされたんじゃ骨折り損だよ」
「一体どんな話がお望みなのかしら。悪いけれど私は語り部じゃないの。子供相手の御伽噺は持ち合わせてないわ」
「そんなもの、誰が聞きたがる!」
 はん、と鼻で笑いながらイザベラは挑発的な笑みを浮かべる。どのような用件かは知らないが、まずは少し「自分」と言うものを印象つけておいた方が良さそうだ。そう考え、それを重ねるべくさらに言葉を続けた。
「どうせ聞かせてくれるなら夢のある話が良いね。山ほどの金を進呈してくれるとか……いやいや、わたしだけの国をくれるとか、そうじゃなきゃ始祖を超えるようなメイジにしてくれるとか、そういう気前の良い話が聞きたいわ」
 富に地位に、単純な力。卑属的な欲求を見せる事による印象付けだ。即物的な欲求第一と自分を見せるのは、相手の出方を制限する意味もある。自分を利用しようとする者ならばこれに食いつき御するべく要求をつきつけて来るだろう。そうでない者に対しては、一定以上自分に踏み込んでこないような防波堤としても作用する。まずは話を進める上での軽い牽制という訳だ。
 さて、どう出る。仮面の裏で窺うイザベラの目の前で、魔女は満面の笑みを浮かべると、「ああ、それは良かったわ」と言葉を放つ。
「私がこれからするのは、当にそういう話なのよ、イザベラ王女殿下」
 ――当にそういう話。
 敢えて風呂敷を広げたような与太話に対しての返答では無い。
「そりゃ、一体どういう事だい?」
「だから、当にその通りという事よ」
 幼子をあやす歌声のように甘く、心の奥底に切り込むように妖しく、それでいて絶対的な宣告にも思えるような声色で、魔女は語り始める。
「古来より連なる王家の血筋でありながら、魔法が不得手だった貴方。それがどんなに辛い事か、苦しい事か、良く解かるわ。貴方だって思った事があるでしょう? 周りで自分を馬鹿にする連中を見返してやりたいと。ならば与えてあげましょう、貴方の従姉妹よりも、天才と呼ばれたその父よりも強大な力を」
「100年に一度の天才と言われたオルレアン公よりも、だって? 伝説の虚無の使い手にでもならなきゃそんなの無理さ」
 何を馬鹿な、とイザベラは思う。シャルロットの父、シャルル・オルレアンは誰もが認める天才だった。才と努力が結実したその力に及ぶ者は、この広いハルケギニアの大地に片手の指の数程も居ないだろう。それを超える? 余りにも滑稽な冗談だ。それこそ、伝説の虚無でもなければ不可能だろう。
 だが――魔女の声色はそれを当然の事と肯定している。その溢れるばかりの自信に満ちた態度に、イザベラは僅かばかりの畏れを感じ始めていた。
「確かに虚無ならば、伝説と謳われた力なら、貴方の自尊心を満たすには十分でしょう。でも、それだけで満足かしら? 貴方が蔑まれてきたこの十数年という時間は、たかがスクエアなんて呼び名の上に立つだけで満ち足りてしまうものなのかしら?」
 与えられた僅かな間が、魔女の眼光に乗ってイザベラの瞳を射抜く。言葉に劣らぬ程に妖しく、しかし有無を言わさぬ強固な意志の乗った光だった。
「貴方は先程言ったでしょう? 『始祖をも超えるようなメイジ』と。それこそが本当に望んでいる事ならば、虚無では不足」
「あんた馬鹿か? そんなの無理だ。わたし達メイジの魔法はブリミルから始まったものなんだ。それより上に行きたきゃ化け物にでもなって先住の使い手にでもなるしか無いじゃないか。生憎、わたしは化け物になんかなりたくないね」
「その先住魔法の最たる使い手のエルフ達は、虚無の魔法を大層恐れているそうよ? ならそんなものを使えるようになったところでやはり無駄」
「なら」
 イザベラは声を荒げる。
「どうやったって無理だろ。先住魔法よりも、伝説の虚無よりも優れるような、そんな魔法なんてあるはず無い! そんなもの、この世界中を探したって」
「貴方は既に答えを得ている」
 凛とした声が、怒声を遮った。
「この世界に無いのならば、与えましょう、この世界に無い理を。6000年の年月をも超える、遥かなる未来に結実するべき英知を。この大地にただ一つだけの力を授けましょう。貴方が手にするのよ、イザベラ」

 それは誘惑か、脅迫か。イザベラには理解出来なかった。だが、そのどちらだろうと、魔女の語る言葉には力があった。荒唐無稽な、狂人のような戯言。それなのに彼女の口から流れ出るそれは真実だと何故か理解できてしまう。彼女の纏う威厳がそれを無言の内に語っているのだ。自分はその不可能を可能とする者なのだと。
「あんたは一体、わたしに何を……」
 不意にイザベラは恐ろしくなった。今目の前に居る女は一体何なのか。ようやく解かった、この目の前に居る存在は尋常では無い。明らかに自分達とは異なる何かだ。望外にある力を蓄えたもの。そう――まさしく、魔女。
 畏れはやがて恐れへと変わる。恐いものなど無いという振る舞いをしていた我侭姫の体がぶるり、と小さく震えた。今の彼女はまるで蛇に睨まれた蛙。ただ、テーブルを挟み向かい合っているだけなのに、生きた心地がしなかった。
「あら、そんなに恐がらなくて良いのよ」
 イザベラの纏う雰囲気の変化を察知したのか、今度は甘い囁きのようなしらべで魔女は語る。
「貴方は何より手に入れたかったものを手にする。とても良い話じゃない? でも貴方が思っている通り、その見返りとして私にもして欲しい事があるの。何、とても簡単な事よ。私の仕事を手伝ってくれれば、それで良いの」
「出来れば具体的に聞きたい。何をさせたいんだ?」
「私の目的は」
 言葉を区切り瞑目した魔女の瞼の裏に映るのは、如何なる光景なのだろう。その言葉は、イザベラに聞かせるというよりもまるで自分自身にそれを刻み付けるかのような響きで部屋に木霊した。
「遥かなる麗しの理想郷へと続く道、サハラの彼方にある聖地の門を開ける事。この世界の全てよりも重いたった一つの宿願を果たす為、私はそれを為すでしょう。あらゆる物を捧げ、全てを犠牲にしても」
 何故だろう。魔女からは未だ恐ろしさを感じるのに、その言葉を語る表情もまた凛とした冷たさを保っているのに、そこに何故か――悲しいような、優しいようなものが潜んでいるように見えたのは。
「でも、その為には多くの手順を踏まなければならないの」
 次の瞬間には、魔女は元の威厳を放つ存在へと戻っていた。今のは錯覚だったのか? イザベラは一先ず今の光景を頭の隅に押しやり、彼女の言葉を聞く事に専念する。
「その為に、貴方に色々として欲しい事があるの。私は表立って動く事が出来ない理由があって行動に制限がある」
「だから自分の代わりに手足となって動いて欲しい、って事?」
「そういう事。理解の早い子は好きよ」
「だけどわたしは王女だよ? 公に動き回り辛い立場の人間じゃない。そんな奴を指名するのはどうにも解せないんだけど」
 普段からプチ・トロワに篭っている我侭王女。手足として使うにはこれ程不適切な人材はガリア中探しても二人と居まい。
「貴方を指名した理由は二つ。一つは貴方が北花壇騎士団の長であるという点。貴方が私に協力してくれるなら、私は貴方の騎士団の力をも借り受ける事が出来る」
「それもやっぱり納得行かないね。北花壇騎士団は公式に存在しないやっかい事専門汚れ仕事用の集団だ。そんな連中を動かしたがるなんて、暗殺でもしまくるつもり?」
「それは、何れ解かるわ。そして二つ目。貴方に才能があったからよ」
「才能?」
 予想もしない言葉に、イザベラは面食らう。魔法が不得手で、表向き愚鈍に見られる自分に如何なる才を見出し、期待したのか。
 
 魔女はすっと手を伸ばすと、テーブルの上にことり、と何かを置いた。
 それは、小さな輝石だった。薄暗い部屋の中にあって尚深い闇のような黒を湛え鎮座していた。丸い小粒の石でありながら、しかしそれは何か意思めいたものを以って己を誇示しているように、イザベラには見えた。
「綺麗だけど、地味な石だね。これが今の言葉とどう繋がるって言うんだい?」
「それはある種のマジックアイテムで、担い手に強大な力を与えるものよ。しかしそれ故に才覚を持たぬ者には扱えない厄介な代物。でもこれを手にして使いこなす事が出来れば、貴方はあらゆるメイジを超えた力を備える事になるでしょう」
 こんな石が? 懐疑心を抱きつつも、イザベラは恐る恐る石へと手を伸ばす。そっとそれを指で掴むと、冷ややかな外見とは裏腹にほんのりと伝わる熱と石らしい硬質な感触が指先に感じられた。重みは外見相応のようにも、外見の割には重いようにも感じられ、それがなんとも不思議だ。
 掌に石を載せ、ころころと転がしてみる。単に丸いだけの、黒い輝石。それなのに何か目を惹き付けて離さない魅力がそれには備わっていた。宮廷貴族達なら歯牙にもかけぬだろうその石を、彼女はとても美しいと思った。
「気に入ったかしら?」
 玩具を与えた子供への問いかけのような言葉を、イザベラは「あ、ああ」と生返事で受け止めた。石の不思議な魅力に心奪われていたのだ。
 輝石のように見えて、全然違う。今まで見た事も無い不思議な物質。硝子にも石にも感じられる。それでいて、無機質さを感じさせない。とても、とても不思議だ。

 ――脳裏に響く声は、唐突だった。
 夢中になって石を眺めるイザベラに届けられたそれに、彼女はびくり、と身を震わせる。思わず椅子から立ち上がり、辺りの暗がりをきょろきょろと見回してしまった。
「今の声、何処から……」
「何処からでも無いわ」
 そんな様子に魔女は苦笑しながらも、幾分柔らかい態度で言葉を続けた。
「その声の主は貴方の手の内よ」
 まさか、とイザベラは視線を落とす。掌の内に湛えられた闇、これが今の声の主だと言うのだろうか?
「製作に色々と制限があった所為でね、本来備えているべき機能の幾つかはオミットされているのよ。外部音声出力もその一つ、お陰でそうやって触れていないと意思疎通出来ないの。でも貴方が彼を肌身離さず持っている分には何も問題が無いはずよ」
「これはあんたが作ったのか?」
「そうよ。でもだからと言って幾つも用意出来る代物じゃあないわ。既に材料は使い果たしているから、もう一つ同じものを作る事は愚か大きな損傷が起きても修理する事は不可能よ。だから、大事に使いなさい。彼はたった一つの、貴方にだけ与えられるべき力なのだから」
 その言葉を受けて、もう一度まじまじと輝石を見つめた。この掌に収まってしまうようなものが始祖をも超える力を授ける唯一無二の存在だと言う。俄かには信じ難い事であるが、イザベラは魔女の思惑に乗ろうと決めていた。
 彼女が自分にこれを与えて何をさせたがっているのか、未だ具体的な思惑は闇の中だ。相手の意図が読みきれない以上迂闊な行動は慎み慎重になるべきだと理性は囁くのだが、一方で彼女の心の奥底よりまた声がするのだ。力を持たぬ事が己の不自由なのだとしたら、力を持つ事でどれだけ自由になるのか、と。誰もが思わなかった事は無い「もし」という選択肢、本来なら与えられなかったはずのそれを手にする機会を目の前にして、どうしてそれを断れよう。イザベラもまた、その欲求に逆らう事は出来なかった。
 ――もし自分にもっと魔法の力があったのなら。
 より良く生きる事が出来たかもしれないと、思わない時は無かったのだから。


「着いてきなさい」
 唐突に立ち上がり部屋の奥、闇へと消える魔女の後を、イザベラは急いで追いかけた。自分に従うのが当然、というその態度に面食らったものの、そういう扱いをされる事には多少の新鮮さもあったので、腹立たしさは意外なほど小さかった。
「一体何処に行くつもり?」
 魔女に歩調をあわせながらイザベラは問いかけた。闇より先はこの世の理の範囲外なのだろうか、彼女達の歩みは明らかに宮殿の構造を無視している為、一体何処に向かっているか検討もつかない。
「力を授かる、と言ってもそれは誰かからぽん、と手渡されるように容易に手に入るものでは無いわ」
 魔女は視線を闇の先に向けたまま答える。
「先ずはその使い方を知る事が必要。その為の場所へ今向かっている所よ」

 闇に包まれながら歩いた為時間間隔は定かで無く、どれ位歩いたのか検討もつかない。しかしイザベラが歩くのに飽いてきた頃、ようやく光差す場所へと二人は辿り着いた。
「これは……」
 そこは大きく開けた空間だった。一辺100メイル程度の四角い空間で、上には遥か高い場所、30メイルは越えるだろうところに天井が付いていた。辺りは太陽とは違う白い光に照らされており、部屋の壁や床を不自然な色彩で彩っていた。
 しかし目を引くのは部屋そのものよりもそこに鎮座する存在だ。型膝を付くように畏まった姿勢で部屋の中央に居るそれは、巨大な土の巨人であった。
「あれは……ゴーレム? いや、術者が居ないという事はガーゴイルの方が適切かしら」
 しかしそのどちらであろうと、細く整った体型は洗練されており、一般的なそれらとは一線を画すものであるのは明らかだった。このように秀麗な造型をしたゴーレム(若しくはガーゴイル)をイザベラは見た事が無かった。
「魔法兵器開発途上に於いて、機動力を重視して作られたテストタイプの内の一つ。しかし重量削減に重きを置きすぎて満足する耐久力を得る事が出来ず、また魔力兵器を搭載するキャパシティを得られなかった為に廃棄された一品。所謂出来損ないよ」
 嘆息を交えながら語る様から本人にとっては無価値な代物なのだとありありと判るが、イザベラにしてみれば驚嘆すべき出来だと思えた。これを出来損ないと形容できるこの魔女の力は一体如何ほどなのだと疑問に思わずにはいられない。
「で、その出来損ないとわたしに何の関係があるって言うんだ?」
「私は学校の先生じゃないの。手取り足取り教えるなんて気は更々無いわ。だから」
 ふと気付く。先程まで隣に居たはずの魔女の姿が何処にも無い。そして、入ってきた入り口すらも。
「死ぬ気で頑張りなさいな? 必死に足掻いて、彼から力を引き出しなさい。その命尽きる前に、ね」
「冗談、でしょ……」
 否定の文言とは裏腹に、部屋の中央に鎮座した巨人はゆっくりと身を起しつつあった。辺りを見回す限り出口はおろか窓一つ無い。今この場に居るのは自分一人と、巨人が一体。どうやら彼女は己の身一つでこれをどうにかしなければならないらしい。
 ――洒落になってないよ、これは。
 焦る心を必死に沈めながらイザベラは必死に思考を回転させた。自分はおちこぼれ、精々ドットが良い所の無能なメイジだ。これに頼る事は不可能。それにそもそも杖が無い状況では魔法など使えない。辺りを見回し、何か役立つものは無いかと探してみるが、見事なまでに何も無い。つるつるに磨き上げられたような綺麗な鏡面状の壁や床にはくぼみ一つなく、立地を活かし立ち回るという事も出来そうになかった。

 部屋の中央に巨躯が屹立した。その高さ約10メイル、大型ゴーレムというには小型な部類のそれが、ゆっくりと状態をゆらし、光無い瞳でイザベラを捕らえた――ように彼女には思えた。
 刹那――。
「速い!?」
 土で形成されたそれは、イザベラの想像を遥かに超える俊敏さを持ち彼女に迫ってきた。ゴーレムやガーゴイルは動作が鈍い、という固定観念を持っていた彼女にとってそれは不意打ちに等しかった。一瞬身を固まらせるが、即座に気を取り直すと、何も考えずに部屋の角へと向かって駆け出した。
 まるで人間のようだ、とイザベラは思った。天上から吊るされた釣り糸で動いてるようなゴーレム特有の動作では無い。生き物が動くように、自然な動作で動いている。そしてそれが俊敏さに繋がっている、と彼女は分析した。
「何が出来損ないだ畜生」
 明らかに新技術も良い所だ。魔法技術が進んでいると言われているガリアが誇るガーゴイルでもこのような動きは再現できない。明らかに現状で望みうる最高の技術よりも数段上のものだ。これを出来損ないと言い切られては名のある土メイジ達は全員明日から職無しだろう。
 両手を掲げて迫る姿は、一見子供が無邪気に追いかけてくるようにも見える。しかしそれが10メイルもの巨体であるなら洒落では済まない。巨大な腕に掴まれれば体中の骨は砕け、その足の踏まれたなら間違いなくぺちゃんこだ。
 走る足を止めぬまま、イザベラは己の手の内にある感触を思い出す。
 ――こいつが切り札、って訳か。
 掌にすっぽり収まる程の小さな黒い輝石。今の状況を打開するにはこの石の力に縋るより他に無い。魔女の弁によれば、この石を使いこなす事が出来たならば「始祖をも超える力」を身につける事が出来るらしい。それが出来ればこの目の前の木偶一つ倒すのは造作も無いと、そう言いたいのだろう、あの魔女は。
「なあ、わたしはどうすれば良い?」
 イザベラは石に語りかけた。先程部屋に居た時の声から、この石が自分の意思を持ち合わせているという事は解かっていた。この石と、いや彼と意思を通じ合わせ、なんとかその力を借りなければならない。
 石は黙して語らない。それは答える気が無いというよりも、彼女の続く言葉を待ちわびているようだ、とイザベラは感じた。彼の心を動かすにはまだ言葉が必要なのだろう。何を語れば良いのか皆目見当もつかないが、彼女はただ今感じている気持ちを素直に述べる。
「わたしはまだ死にたくないんだ。こんな気紛れみたいな余興でなんて特にそうだ。まっぴら御免なんだよ」
 常に己を偽り、他人を謀り、そういった生き方に疲れ人生に厭いていると思った事もある。しかしだからと言って積極的に死にたいとはやはり思わない。全てを諦めるにはまだ、何かが心に引っかかっている。魂の奥底に隠れるように潜む何かが、諦めるよりも足掻くべきだと囁いている。だから、疲れきった心と裏腹に、両足には力が篭ってしまう。
 伸びる腕を寸でのところで避け、イザベラは走り続ける。彼の巨人の速度はドレス姿で走るのにも不自由する自分よりも確実に速い。しかし一旦脇にかわした後は一瞬こちらを見失うようで、ほんの僅かな時間を稼ぐ事が出来ていた。それを利用し、彼女は全力で逃げ回った。
「だからさ、あんたにこのくだらない状況をどうにかできる力があるんなら、わたしにそれを貸してくれないか? ……自慢じゃないけど箱入り娘だからさ、いいかげん体力も限界でね。そろそろヘバりそうなんだ」
 そこまで言うと、イザベラは立ち止る。巨人との距離は凡そ10メイル強、大股なら一歩で届いてしまう距離だ。最早退く事も進む事も出来ない、絶望的な間合い。しかしそこまで詰め寄られた状態で、彼女は真正面からその巨躯に向かい合うように足を止めた。
 ゆっくりと迫り来る巨大な掌を前にしても尚、彼女は怯まない。それどころか死にたくないという己の心に相反するように小さく一歩を踏み出した。

 ――逃げる事も進む事も出来ないのなら、わたしは――。

 それは決して意識してのものではなかった。ただどうしようもならない状況での、無意識に差し出された僅かな歩み。己自身すらも気付かなかったそれを、しかしただ一人だけ見ていた者が居た。

 あと数サントにまで迫った巨人の腕がぴたりと止まる。いやとまったのでは無い、止められたのだ。
 淡い青の光を放ち、陽炎の如く儚くも城壁のように堅固に、それはイザベラの前に有った。燐光により描かれた魔法陣、見たことも無い文字と幾何学的な文様に彩られたそれは彼女を守る盾のようであった。
「どうやらやっと、返事をしてくれたようだね」
 驚きよりもそんな安堵が先に来た。どうやら、ちゃんと力を貸してくれる気はあるらしい。今目の前にあるこれはこの石が答えた結果なのだから。
「まったく、あんまり焦らし過ぎるのも良くないんだよ。出来ればもうちょっと余裕を持ってエスコートしてくれると嬉しいね」
 その軽口に対する返答は無い。どうも余りおしゃべりな性質ではないようだ、とイザベラは判断した。無言ながら、己の為すべき事があれば口では無く行為で示すという実直さがそこには感じられた。
「しかし安全を確保出来たのは良いけどこのままじゃ千日手になっちまう。どうにかしてあのでかぶつを止めないと」
 どうしようか、と思案する呟きに応えたのか、今度は石から返答があった。しかしそれは言葉では無い。返されたのは、知識。ある二つの魔法を使いこなす為の手引きであった。
「これは……」
 まるで最初から全て知っていたかのように、魔法を使う手順が理解出来る。馴染んでいる、と言っても良いかもしれない。
 それは四大系統では無い未知の魔法。それでいておそらく伝説と謳われた虚無ですらない。この大地の魔法の理から完全に外れた、魔法ならぬ魔法。その存在に、今度は流石に驚きを隠す事が出来なかった。
「何をさせたいのか、ってのは解かったけどさ」
 与えられた二つの魔法から、石がどういう行動を取れと言っているのかは直ぐに察する事が出来た。しかし本当に出来るのか?という疑問がどうしても湧いてしまう。理性が十分にそれは可能だと理解していようと、心がそれを否定するのだ。魔法が不得手であるという長い年月を以って形作られた観念が行動を鈍らせる重しとなって圧し掛かっている。

 不安を掻き消すように、イザベラは両足に力を超め、跳んだ。大地に籠められた力が彼女を浮遊させ、体を大地より空に押し上げる。10サント、20サント、30サント。か細い足から繰り出された跳躍とは思えぬ程に、彼女は高く跳ぶ。1メイルを超え、2メイルを超え――。彼女は跳んだ。いや、飛んだ。遥か高く、巨体をも超え。やがて20メイルの高みに到達した所でやっと彼女は空に停滞した。
「詠唱無しでの『フライ』、本当に出来るなんて」
 巨人の手の届かぬ所で、イザベラは暫し自由に空を舞う。まるで空を泳ぐように自由に動き回れる感覚があった。魔法が不得手であった自分では決して味わう事の出来なかった、得難い感触。まるで高度な風の使い手のような動きを杖も使わず詠唱無しで行う、そのような望外の行いに、状況も忘れ彼女は興奮してしまった。
 それは、彼女にとっては久方振りの、純粋な喜びだった。

「おっと、あんまり遊んでもいられないか」
 イザベラは眼下を見下ろした。彼女の足の下では巨体が彼女を捕まえようと両の腕を必死に伸ばしているが、届く気配すら無い。その姿にはある種の哀れさすら感じさせるものがあったが、感傷に浸った所でどうなるものでも無い。
 彼女はすっと、指を差す。巨体に運命を告げるよう、真っ直ぐと。それはまるで、託宣を告げる魔女の如く――。
 そしてそれは放たれた。
 青き光の弾丸。数十サントもの大きさを持ったそれは一直線に空を切り、巨体へと吸い込まれていった。そして――爆散。巻き起こる土煙が消えた後そこにあったのは、上体を失った哀れな人型の姿であった。
 イザベラは続けざまに2発の弾丸を放つ。その二つの光は再び爆発を引き起こし、辛うじて残っていた人型は完全に土へと帰って行った。それを見届け、彼女はようやく床へと降りる。

「おめでとう、上出来よ」
 地上では何時の間にか魔女が姿を現していた。消える時も唐突なら現れる時もそうだ、とイザベラは心の中で毒づく。
「呆れる位に手荒だね、ほんとに。わたしが死んでたらどうするつもりだったんだ?」
「その時は哀れなイザベラ王女殿下は不幸にも何者かが放った賊に襲われ暗殺された、と言う悲劇譚が束の間の間市井を賑わす事になったでしょうね」
 まるで今日の天気は?という問いかけに応えるかのようにしれっとした返答に、本気で死んでも良いと思っていたのだと今更ながらに思わされた。やはり魔女、常識など通用する相手では無いようだ。
「元々処分する予定のものだったから、跡形も無く砕いて貰えたのはありがたいわね。良い気配りよ」
「別にあんたに気を配ってやった訳じゃないさ」
 上半身を吹き飛ばしただけで止まるか判らないから、念の為にやっただけなんだけどね、と心中で付け加える。それと、一撃目に放った攻撃の威力に対し、本当に自分でやったのか?という驚きがあり、確認の為に続けざまに撃ったという側面も少なからずあった。あれだけの大きさのものを軽々吹き飛ばせるとはまったく思って無かったのだ。
 まったくとんでもないね、と心に疲労を感じながら彼女はふとある事を思い出した。
「ところでさ、今一つ気付いたんだけど」
 これ位は聞く権利があるだろう、とイザベラは口を開いた。
「あんたの名前、まだ聞いて無かったと思うんだ。これからも色々と会う機会があるんだろ? ならずっと魔女、って呼ぶのもどうかと思うし、わたしに教えてくれないか」
 そうね、と魔女も肯く。少しおかしそうに微笑を浮かべながら。
「私はプレシア」
 誰も知らぬ魔女の名。それが白日の下に晒された、二度目の瞬間であった。
「プレシア・テスタロッサ」


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20 : 56 : 07 | 夜天の使い魔 第二部 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
33話更新おめでとうございます
今回も前回に引き続きイザベラの話ですね。某鬼畜のあれでも思いましたが、かっこいいイザベラというのもいいですね。思わず様付けしたくなります
プレシアも中々好き勝手やってるようで。こりゃ管理局がぶち切れそうな軍事介入になりそうな予感
次の話もいつもどおり楽しみに待ってます
by: 蒼月 * 2008/04/17 23:00 * URL [ 編集] | page top↑
更新おつかれさま。プレシアさんがイイ感じw
イザベラがミッド式魔法を覚えたって事は……これで前哨戦の用意は既に。
次回更新楽しみにしています。
ではでは。
by: joy * 2008/04/18 19:42 * URL [ 編集] | page top↑

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