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夜天の使い魔25話

 目を開けると、そこは白に包まれた世界だった。
 しんしんと降り積もる雪。それは辺りを一面に多いつくし、地面を純白に彩っていた。灰色に白んだ空からは止め処なく雪が降ってくる。そんな気候であるはずなのに、ルイズはまったく寒さを感じていなかった。むしろ、暖かく心地良いとすら感じられた。
 目の前に開けた空間から臨めるのは海で、見える光景から察するにここは海岸線近くにある何処か小高い場所らしい。丘の下には見た事も無いような建物が立ち並んでいる。
 ルイズは、そんな場所にある小さな広場に一人、立っていた。
 ここは、いったい何処なのだろう――。
 
「ご友人の事ならばご心配なさらないで下さい」
 ルイズの後ろから響く声。優しく、凛とした女性の声は、初めて聞くはずなのに懐かしい感じがした。
「我が内にあるのは一瞬と永遠の狭間、無限に続く夢の庭園の中ならば例え世界が終わりを迎えようと命を散らす事はありません」
 ゆっくりと、ルイズは振り向く。
 長い銀髪を靡かせ、恭しく臣下の礼を取る女性の姿が、そこにはあった。頭を垂れ、畏まるように彼女はそこに居た。
 その声、その姿。ルイズは彼女を知っていた。初めて会うはずなのに、良く知っていた。
「先ずは我が不明をお許し下さい。傷を負い不完全なこの身なれば、主と満足に意思を交わす事すら不可能な状況にあったのです。決して、私は自ら貴方に呼びかける事は出来ず、こうしてこの場にお出で願うしか方法はありませんでした。そしてそれも、主の強い意志の働きかけが無くては実現しなかったでしょう」
「強い……意思?」
「はい。我が身は御身にお仕えし願いを叶える為の道具、主の強い願望と意志とか引き金となって初めて力を行使する事が出来ます。故に、それが無くては私は動く事が出来ません。主は願ったはずです、『友人を助けたい』と。その想いが私と貴方とを繋ぎ、今こうして引き合わせた」
 彼女は静かに顔を上げる。その赤い二つの瞳とルイズの双眸とが放つ視線が絡み合った。ルイズは感じた、言葉以上の繋がりを。表す事など到底不可能な程の絆が二人の間にある事を。
「お会い出来る日を……お待ちしておりました」
 ルイズは惹かれるように、彼女の頬にそっと手を添えた。伝わる温もりは良く知っているものに相違無かった。どんな時も一緒に居てくれた、物言わぬ使い魔。
 添えられた手はそのまま誘うように捧げられた。女性は自らの手をルイズの手に重ね合わせると、促されるままに立ち上がる。
 
「不思議ね、ここは。雪が降っているのに全然寒くない」
 温暖な気候のトリステインでは、雪が降り積もるという事は殆ど無い。北の方の高い山脈等では良く見られるというが、彼女が実際にこの冷たく美しい景色を見たのは片手の指で数え切れる程の回数だ。だがその何れも、身を切るような寒さを伴っていたはず。だがこの場所にそれは無い。凍えるどころか、心までも包み込むような温かさと安らぎがここにはあった。
「ここは、私の心の内の世界です。そして、私が生まれた場所でもあります」
 女性は想いを馳せるように、瞳を閉じる。
「今の私は、この場所から始まったのです」
 ああそうか、とルイズは理解した。ここは、彼女の思い出の場所なのだ。彼女にとってかけがえの無い、忘れえぬ大切な場所。ここから見える街も、海も、降り積もる雪も、何一つ欠かす事の出来ない大切な記憶。だからこんなにも暖かく、まるで故郷のような安らぎを感じているのだ。

 二人の間に、暫し無言の時間が流れる。降り行く雪だけが時の流れを示すように、静かに、沈黙するような時間を二人は共有していた。だが、それが何より得難いものだと、ルイズには感じられた。きっと、こうした時間を過ごしたいとずっと思っていたのだと。

「わたしは、ずっとあなたに伝えたいと思っていた事があった」
 沈黙を破るように、ルイズは語りだした。ただこうしている事でも、気持ちは通じ合えていると思える。それでも、言葉に出して伝えなくてはいけないこともあると思ったから。
「使い魔召喚の儀式の日……わたしの心は不安で一杯だった。ずっとゼロだった言われて、魔法が使えなかったわたしが、きちんと使い魔を呼べるのか、って。だから必死に祈りながら呪文を唱えて杖を振ったわ。そしてあなたが来てくれた、こんなわたしの所に。最初はただの本だって思って失望したわ。でもあなたはずっとわたしの傍に居て、わたしを助けようとしてくれた。それは、どれだけ嬉しい事だったか。だから、言わせて。本当に、ありがとう。あなたが来てくれて、本当に良かった」
 それは、ルイズの万感の想いが篭った言葉だった。思えば、あの日から全てが始まった。たった一度のサモン・サーヴァントが彼女の人生を変えたのだ。使い魔を得たその日から、初めて人生の歯車が回り始めたような、そんな気がしていた。彼女には幾ら感謝してもし足りない。

「そしてもうひとつ、ありがとう。わたしの願いを叶えてくれて。キュルケの命は、助かるんでしょう?」
 ルイズの言葉に、女性は肯いた。
「私の内に居る間は時間が静止したのと同じ。治療を施す事は出来ませんが、多少ならば損傷の治癒を促す事が出来ます。我が命に代えても、決して死なせは致しません」
「そう、良かった」
「ですが――」
 彼女はさらに言葉を続ける。
「貴方の願いは、それだけなのですか?」
 わたしは確か、キュルケを助けたいと願っていたはず。ただ強く、ひたすらに、それだけを。それ以外の何を願っただろう?
 彼女はルイズの疑念を汲み取ったように言った。
「この蹂躙される光景から人々を守りたい。貴方はそう願ってここに来たのではないのですか?」
 燃える村の家々、傷付き、愛する家族を失い涙を流し悲しみに暮れる人々。その姿を見て憤りを覚え、助けたい、守りたいとルイズは思った。
 思い出す。国を奪われ自らの命まで奪われたウェールズを、散っていった王党派の貴族達の姿を、大切な人を失ったアンリエッタを。
 しかしアルビオンの軍勢を前に、彼女は抗える力を持たなかった。彼らが人々を蹂躙し、何かを奪い去っていく様を、ただ見ているしかなかった。どんなに願い、死力を振り絞ろうとそれがルイズ・フランソワーズの限界だった。
 きっと攻め入ってきた艦隊はこのまま他の街をも焼き尽くし、トリステイン中を戦火に巻き込むのだろう。どうしようも無い現実。
 ――でも、それでも諦めたくない。

 ルイズははっと目を見開く。
「そうです、貴方はまだ諦めてはいない」
「ええ、諦めてはいない。例え僅かでも、出来る事があるならあがくべきだと、そう思ってる。だからこの村まで来た。でもこれ以上、出来る事なんて無いわ。あの艦隊を押し止め、国を守るなんて――」
「出来ます」
 彼女は言い放つ。厳として、確かなものと告げるように。
「私は、貴方の傍に侍り、あらゆる艱難辛苦を退け御身をお守りし、その願いを叶えるものです。貴方は願い、それは私の元へと届いた。ならば、それが為せぬという道理など有りません」
 出来ると言うのか? アルビオンの一軍を押し止めるなどと、そのように途方も無い諸行が。そんな馬鹿な、と思ったが――彼女の目は真摯で真剣だった。その瞳の光が告げている。かならず出来ると。
 女性は再び身を下げると、臣下の礼を取る。
「さあ、ご命令を我が主。貴方が願うのなら、夜天の名に於いて例え神であろうと退けてみせましょう」
「信じるわ、あなたが出来るというのなら。だから……」
 そこまで言ってルイズは気付く。まだ一番大事な事を聞いていなかった。
「その前に、一つ聞きたい事があるの」
「なんなりと」
「あなたの名前を、教えて」
 一番最初に聞くべき事を失念していたのは、彼女と初めてあったとは微塵も思っていなかったからだ。ルイズには、彼女がまるで家族のように親しく長くいた存在のように感じられていた。だからすっかり、この大事な事を聞き忘れていたのだ。
 女性もそれに思い至ったのだろう、くすりと笑うと、己の名を告げる。
「私の名は――」
 それは千の願いと万の祝福が込められた名前。彼女が忌むべき存在ではなく、望まれて生まれたという証。強くささえるもの、幸運の追い風、祝福のエール。
「リインフォースと申します、我が主」
「リインフォース……」
 それは、この世で最も彼女に相応しい名前に聞こえた。ルイズはその美しい響きを持つ名を胸に深く刻み込む。
「お願い、リインフォース。わたしを助けて」
 ルイズが差し出した手を、リインフォースは確かに掴む。それは、今主従が結ばれたという証であった。召喚の日より幾日もの年月を重ね、ついに二人は出会い、そして真に絆を結ぶに至った。


 今ここに、幾千の世界の魔法を従えし最強の魔導師、夜天の王が復活を遂げる。

 
 竜騎兵の指揮を執るワルド子爵との連絡途絶、そしてそれと共に報告されたタルブの村での巨大ゴーレムの出現と地震の発生。タルブで起こった異変を調べる為、ワルド指揮下にあった竜騎兵達が村へと向かっていた。その数9騎。その彼等の眼前、丁度タルブの村の中央あたりにそれは出現した。天を貫くような光の柱。眩いばかりに輝くそれは、彼等の常識を超えた現象だった。
「あれは何だ?」
 一番歳若い騎士が素直に疑問を口にする。
「判らん。まさか先住の類ではあるまいな」
 先住、その言葉に一同が気を引き締める。先住魔法は人間が使う系統魔法とはまったく違う強力な魔法だ。それを用いるエルフ達は一人で一騎当千とも言える力を発揮するという。もしあの光がその類のものだとしたら、僅か9騎の竜騎兵では荷が重いかもしれない。
 その時、突如空が暗く翳る。晴れ渡っていた空はみるみる内に暗雲に覆われ、空は雷が鳴り響き、雲は激しい勢いで雨粒を生み出し大地を穿っていく。
 光の柱の出現と共におきた突然の天候の変化に彼等は恐れ慄いた。このように天候すら操ってみせるとは、もしや本当にエルフが居たりするのではないだろうな、と。
 豪雨は長くは続かなかった。家々を燃やす炎が消えうせるのを待っていたかのように、大地から赤い色が消えると同時に雨も止まる。暗雲も瞬く間に空へと溶けて行き、雲間から太陽の光りが差し込んできた。

 彼等は見た。その光の中に浮かび上がる姿を。
 
 遠く離れたタルブ南の森の中、不安げに空を見つめる村人や、シエスタ達もそれを見た。遠くに浮かんでいるのに、はっきりとそれは見えた。
 
 太陽の光を受け、美しく光り輝き靡く銀髪。右手には輝く黄金の杖を持ち、その身は白を基調とした簡素にして優美さを備えた法衣に覆われていた。背には力強く広げられた黒い羽を背負い、彼女は雲間から差す光の中、威厳を持って屹立していた。
 
『地上の火災は全て鎮火を確認しました。もうこれ以上この村が燃える事は無いでしょう』
 リインフォースの声がルイズの脳裏に響く。
 今ルイズとリインフォースは一体となっていた。リインフォース、その身は「ユニゾンデバイス」と呼ばれる特殊な魔導器。術者と融合する事によりその力を最大限にまで引き出す、古代ベルカの技術の結晶。そしてその中でも傑出した力を持ち、ありとあらゆる世界の魔法をその身に納める為に作られた強力なデバイス。それが彼女だった。

 ルイズはリインフォースと融合した事により、その力を知った。多数の魔法の使い方が頭に流れ込んできて、それが自然と整理されて納められていく。今ならリインフォースの自信も理解出来る。それ程までに、リインフォースの中に納められていた魔法の数々は強力無比なものばかりであった。

 先ずルイズがした事は、タルブの村の火災を消す事であった。もう既に殆ど燃え尽きてしまっているが、もしかしたら誰かの大切にしているものがまだ形を残しているかもしれない。だから、そんな僅かな希望の為に彼女は力を行使する。
「まったく、天候を操る? 出鱈目も良い所ね」
 系統魔法では到底及ばぬ境地。それを軽々と行使できてしまう自分に驚きを覚えるルイズだったが、それに心を奪われている余裕は無かった。
『竜がやってきます。数は9』
 リインフォースの報告に、気を引き締める。おそらく、アルビオンの竜騎兵だろう。ワルドとの戦いであれだけ派手に暴れたのだ、注意を引いてもおかしくない。ルイズは相手がどう出てくるのか見極めようと注意深く空飛ぶ竜の編隊を凝視した。
 
 光の中に浮かび上がる姿は、竜騎兵達を動揺させた。
「あれは……翼人か!?」
 翼人。このハルケギニアに生息する亜人の一種で、その名の通り背に鳥のような巨大な翼を持つ種族である。ひっそりと、人目を忍ぶように暮らす少数種族であるが、問題なのは彼らがエルフ同様に先住魔法を使うという事だ。それを相手にすると考えるだけで体に恐怖が走る。
 相手もこちらは見えているのだろうが、攻撃してくる素振りは無い。このまま様子を見るか? それとも、一体しか居ない相手だ、何もさせずに一気に叩き潰すか? 迷う内にもどんどんお互いの距離は縮まっていく。
 その緊張に耐えかねたように、歳若い騎士が突出して翼人に突っ込んでいく。全力で、一直線に。
「たった一人なんだ、先住だろうが数で囲めば!」
「馬鹿、止めろ!」
 しかしその静止の声も聞かず、騎士は突っ込んでいく。
「仕方ない、続くぞ! 相手を囲んで、周りから一斉射で決める!」
 残りの竜騎兵達も後に続いていく。こうなったら仕方ない、相手が何かする前に捻り潰す。彼等はそう判断した。
 
 唸りを上げて火竜が翼人へと突っ込んでいく。まずは真正面からぶちかます。近距離から火竜の息吹を浴びせかければ、いちころだ――そう考えていた騎士の思惑は、見事に裏切られる。
 距離があと20メイルと言ったあたりで、翼人が動く。避ける気か、と騎士は判断した。だがそれも計算済みだ、その軌道に先んじて息吹を浴びかけてやる、と気焔を上げる。
 翼人が飛ぶ。だがその軌道は、彼等の思いもよらないものであった。
 急速に加速し、鋭角に、かくかくと銀の奇跡を描いて翼人は飛ぶ。それは空を飛ぶ生き物の動きではない。自由に空に絵筆を走らせるかのように、銀光が伸び、翼人は飛ぶ。そしてあっと言う間に竜騎兵の後ろを取った。
 騎士は驚愕に目を見開く。ハルケギニア随一と言われたアルビオン竜騎兵の俺があっけ無く後ろを取られるだと? まるで悪い夢だ、と。
 
 当のルイズも、その動きに驚きを隠せなかった。本当に、思ったとおりに体が空を飛ぶ。フライの魔法で飛ぶ時とはまったく違う感覚だ。フライの魔法の場合、自分の体から空気を押し出して進めているという感覚がするのに対し、今の飛行はまるで天上から自分を俯瞰して、釣り糸で縦横無尽に動かしているようだ。
『落ち着いてください、主ルイズ』
 ルイズの動揺を感じ取ったリインフォースが安心させるように語り掛ける。
『制御の大半は私が担っています。何も躊躇う事はありません、思いっきり飛んでください。もし何か失敗しそうになっても、必ず私がフォローします』
 ルイズはこくりと肯き、言われた通りに思いっきり、躊躇いを覚えずに空を飛ぶ。縦横無尽に自由な軌道で飛び回るルイズの飛行は竜騎兵達を翻弄し、その連携を混乱させた。
 しかし相手もハルケギニアにその名を轟かせたアルビオン空軍の竜騎兵。混乱する中も巧みに連携を取り徐々にルイズの行動を制限し、囲い込んでいく。必死に飛び回るルイズが気付いた時には、既に四方八方を竜騎兵が取り囲んでしまっていた。
 竜騎兵達は各々杖を振り上げる。魔法の一斉射でルイズを消し炭にでも変える気なのだろう。
  次々と放たれる九つの魔法。暴風となった風の刃や、業火で形成された火球がルイズ目掛け飛んでくる。完璧な連携により放たれたそれを回避する事は不可能だ。
 ――やられる!
 身を固くするルイズ。
『怖れる事はありません。このような魔力収束が散漫な魔法攻撃など……』
 周りに響く衝撃音。耳を劈かんばかりのそれは、人一人消すのなど造作も無いだけの破壊力を秘めている事の証であった。しかし――。
『主の身を纏う甲冑はおろか』
 その衝撃はまったくルイズの元まで届かない。見えない壁に遮られるかのように彼女の周りで止められている。
『我が障壁を貫く事すら適わない』

 盛大な煙と轟音響く空の中、竜騎兵達はやった、と勝利を確信する。如何に先住魔法を使いこなす翼人であろうと、こうやって四方八方から魔法を浴びせかけられればひとたまりもあるまい。きっと塵一つのこさずこの世界から消えうせたはず。さああとは、消息を立ったワルド隊長の捜索でもしようか――そう考えていた彼等の目は、信じられないものを捉えた。
 爆煙が晴れる中、徐々にその姿が浮かび上がる。何かの見間違いだ、と最初は思った。しかし晴れ渡った先に存在する姿は紛れも無い、消え失せたと確信したはずの翼人の姿。
「馬鹿な……」
 度を越した驚きが、男達の腹から言葉を捻り出した。人一人を殺すのには過剰過ぎる程の魔法を叩き込んだはず。それなのに。
 目の前の存在は、まるで何も無かったかのように、変わらぬ姿でそこに居た。
 これが、先住魔法の力だとでも言うのか? いや違う、幾ら先住魔法と言えどあのような状況でまったくの無傷で居られるとは思えない。なら、今我々の目の前に居るこれは、一体なんだと言うのだ?
 竜騎兵達の対応は素早かった。一度で効かぬなら、と断続的に魔法を放ち、火竜の息吹を浴びせかけ、この翼人を亡き者にしようと必死になった。
 
 苛烈な猛攻の中、それでもルイズの体には僅かばかりの魔法も届く事は無かった。ルイズの周りに張り巡らされた魔力の障壁は彼女を完全に守りきり、あらゆる脅威を退けていた。
『例え効かない攻撃とは言え、好き勝手にやらせておく必要などありません。そろそろ反撃をするとしましょう』
 確か似そうだ、とルイズはリインフォースに同意した。確かに体には害が及ばないとは言え周りでどかんどかんやられているのは精神衛生上宜しくない。
 左手に持ったリインフォースの本体、夜天の書がひとりでに開いて行く。ぱらぱら、と捲られていく頁。右手では掲げられた杖が光り輝く。それに呼応するように、ルイズの周りに現れたのは無数の小さな短剣だった。赤黒い色をしたそれらがルイズの周辺に現れ、円周上に展開する。その数は9。目の前で攻撃をしかけてくる竜騎兵と同数だ。
 これが、反撃の狼煙だ。決してこのトリステインの大地を蹂躙させたりはしない。そんな決意と共にルイズは杖を掲げ、叫ぶ。
「避けられるものなら、避けてみなさい! 放て、ブラッディ・ダガー!」

 それは、ある意味幸運な事だったのかもしれない。竜の背に乗り魔法を放つ騎士達は、誰一人例外無く、その攻撃を知覚する事すら出来ず死んだ。魔力によって編み出された短剣は視認する事が困難な程の速度で飛来し、的確に敵を貫き爆散した。もし仮に反応して辛うじて交わしたところで、やはり結果は変わらなかっただろう。この魔力刃は風竜を凌ぐ速度で飛来するに止まらず、相手の魔力を感知し自動追尾する性質を持っている死の弾丸であった。この刃が編み出された時点で、彼等の命運は尽きていたのだ。

 竜騎兵達は一瞬の内に一人残らず倒された。増援が来る気配も無い。これで、タルブの空にも平穏が戻るだろう。あとは空から降りてきたアルビオン艦隊の元へと向かうだけだ、とルイズは判断した。
 ――あなた達には、もう何も奪わせない。わたしがきっと止めてみせる。
 決意を胸に彼女は飛ぶ。敵が居るであろう、ラ・ロシェールへと。
 

 空に伸びる銀光を、タルブの村の人々は食い入るように見つめていた。光の中から現れた翼を持つ少女は、瞬く間に自らの故郷を蹂躙した者達を打ち倒した。まるで物語のような光景に、誰もが言葉無く空を眺め続ける。
 あれは、きっと天からの遣いだ。
 誰かが、ぽつりと言葉を漏らす。我々の苦境を救う為に遣わされた天の御遣いだと。
 きっとそうだ、と他の誰かが声を上げる。天は我らを見放さなかったと。悪しき侵略者達を退ける為に力を貸してくださるのだと。
 村人達が口々に賛同の言葉を示す中、ただ一人シエスタだけは。その正体が何であるのか理解していた。姿が変わろうと、はっきり判る。あれは自分の良く知る少女に違いない。ほんの短い間だけ仕えた小さな貴族の少女。「助けに来た」という言葉そのままに、彼女はそれを為して見せたのだ。
 銀光は疾く、一直線にラ・ロシェールへ向かって飛んでいく。
 ――どうかご無事で、ルイズ様。
 シエスタは祈った。たった一人だけ、天ではなく、自分達を助けに来てくれた勇敢な少女の為に。
 
 迫り来る銀光に、艦隊の周りを飛び回る残りの竜騎兵達もようやく異変に気付く。彼らも高速で飛来するそれを敵と認めたのだ。竜に匹敵する速度で迫る人型。いったいなんであるのかは、理解出来ないが――敵であるという事だけは、はっきりと判る。精強なるアルビオン竜騎兵達の行動は早かった。まるで一つの生き物となったように編隊を組み未知の敵へと立ち向かう体制を整えた。
 
 ルイズは自らに向かい来る竜騎兵の姿を目に収めた。その数は12、先程よりも三割り増しの戦力だ。この騎兵達を打ち破り、敵の旗艦の元へと辿り着かなければならない。地上には歩兵達が展開する姿が見えるが、彼等に構っていた所でこの戦いを止める事は出来ないからだ。激しくラ・ロシェールの街に砲撃を加える艦隊、これを下さなければトリステインに勝ち目は無い。この戦いに一隻も戦艦が迎撃に出てきてない以上、おそらくトリステインに航空戦力は残っていないのだろうから。もし地上の兵達を全て打ち倒したとしても、戦艦が一隻でも残っていれば空からの砲撃でトリスタニアは容易く落ちる。それだけは防がなければならなかった。
 上空高くに存在する艦隊目指し高速機動をしながらの戦闘になる為、静止しなければ用いる事が不可能な先程のブラッディ・ダガーは使えない。今度は自分自身で魔力砲撃を行い、迎撃する。
 右手に構える杖の先に魔力が篭っていく。淡い銀の光を放つ光球が三つ、その先端に現れた。
「行けぇ!」
 裂帛の気合と共に振り下ろされた杖から光球は放たれる。三つの光球はそれぞれが別方向へと飛んで行き、まるで意思を持つかのように飛び回る。それらは幻惑するような機動を取りながら、巧みに空を飛びまわる竜の元へと近付き、着弾し――爆発した。

 あっと言う間に三騎が落とされた事に対し、残りの竜騎兵達は動揺を覚える。あのような光の球を打ち出す魔法など見た事も聞いた事も無い。そしてその威力は凄まじく、トライアングルクラスが作り出す火球に匹敵するか、それ以上。ばらばらと消し炭になって空に散っていった仲間の姿をみれば一目瞭然だ。何より恐ろしいのは、それが無詠唱で襲ってくる事だ。最後尾に着いていた騎兵の一人は、さらに二騎が光球の前に倒れるのを目撃した。僅か十秒に満たぬ間に5騎がやられる光景は、悪夢という表現すら生易しい程に絶望的だった。

「凄いわ、この魔力弾も考えた通りに動いて当たる。リインフォース、あなたって本当に凄いのね」
 いや、それは違う、とリインフォースは思う。彼女は大容量魔法ストレージ型ユニゾンデバイス。世に散らばる膨大な魔法を蒐集し収め行使するのが役割であるが、決して戦闘に特化した存在では無い。故に射撃魔法の類の収束や細かい制御等は苦手であるのだが、その欠点を感じさせないようにルイズは次々と魔力弾を相手に命中させて行く。これが始めての魔力攻撃行使とは思えないような精度だ。ルイズ自身の能力無くして、このような精密魔力射撃を為し得る事は出来ない。凄いのは自分自身では無い。この主の力なのだ。

 光球の攻撃は恐るべきものだ。しかしその威力故自らが巻き込まれる範囲で使う事は出来ないはず。そう判断した騎士の内一人が、うまくルイズの虚を突き肉薄する。
「貰った!」
 丁度死角となる角度、上後方からの急降下で彼は迫る。このままぶちかましの体当たりをして相手に組み付き、竜の鋭い爪と牙で引き裂こうという狙いだった。二者の距離が2メイル、1メイルと縮まって行き、ついに捉えたと思った刹那――その姿が、掻き消えた。本当に一瞬、瞬きするよりも短い時間で完全に姿が見えなくなった。これは一体どういう事だ、と混乱した思考が彼の最後の記憶となった。
 彼のさらに頭上から降って来た光の槍。乗っている竜をも包み込む程巨大なそれが、圧倒的な圧力を以って彼等を押し潰したのだ。
 
 遥か上空、そこには杖を槍を持つように両手で構え、大地を指し示すルイズの姿があった。短距離間ならば爆発的な加速力で、相手が姿を見失う程の速度を瞬間的に出す移動魔法。それを用いてこちらの頭上を取りに来た相手のさらに頭上を取っての砲撃を彼女は行ったのだ。
「これで……6騎」
 接敵から30秒にして、残り半分。
「リインフォース、一気に決めるわよ!」
『御意』
 ルイズの体が、激しく加速する。残りの竜騎兵達を引き離すように、天空へと向かい急上昇して行く。竜騎兵達もそれを追うが、ルイズと彼等との間にある距離はほんの僅かづつではあるが、その長さを増していった。
「この状態なら……」
 両者が同じ方向に全力で飛んでいる。追いかけられるルイズから見れば、追いかけてくる竜騎兵達はまるで空中に止まっているかのような光景であった。動いている状態の敵を狙い撃つのは難しい。しかし、それが止まっているのなら――確実に、当てられる。
 杖を構え、ルイズはイメージする。真っ直ぐと飛来し、敵を貫く弾丸の姿を。明確なイメージと彼女が編み出した魔力が光り輝く弾丸となって杖に集い、次々と発射される。それは寸分違わず敵の中心を射抜き、次々と爆発を引き起こしていった。4騎撃墜、残りは2騎。
 射撃を回避した2騎は編隊の中でも最も手錬の二人なのだろう、いち早く彼女の意図に気付き回避行動を取ってきた。2騎は左右に分散し、的を絞らせぬように各々が牽制しながらルイズを追撃してくる。
 だが、そんな事は徒労でしか無かった。外したかと思われた弾丸が踵を返し、残りの2騎をも打ち抜いた。彼女の打ち出した魔力弾は、その意思のまま自由に動く。それを知らなかった事が彼等の敗因であった。
 僅か2分にも満たない時間で12騎が姿を消した。ハルケギニア随一と謳われたアルビオンの竜騎兵も、夜天の王の前では敵ではなかった。
 
 レキシントン号の後甲板、そこで眼下に広がるタルブの街並みを眺めていた侵攻軍総司令官サー・ジョンストンの元へと届けられた報せは、俄かに信じ難いものであった。
「何だと……私の聞き間違いではあるまいな? もう一度、言ってみろ」
 そう聞き返してしまう程、それは有り得ぬ報せだった。
「サー。艦隊の周りを護衛していた竜騎兵は全滅したとの報告であります」
「本当に、全滅か。まさかトリステインがそれ程の戦力を隠し持っていたとはな。敵は何騎だ? 並の竜騎兵なら100騎も居なければ我等アルビオンの騎兵を落とす事など出来ないはずだぞ」
 アルビオンの竜騎兵1騎は、他の国の竜騎兵の3騎に相当する、と言われている。天空に浮かぶ白の国で鍛え上げられた彼等の強さは、それ程までに恐ろしいものなのだ。ましてや今艦隊を守るのは戦を勝ち抜く中実践でさらに実力を昇華させた精鋭とも言える者達ばかり。その強さは3騎どころかそれ以上に匹敵するだろう。そんな彼等を相手にするのなら、5倍の戦力は必要だと自惚れなしにジョンストンはそう考えていた。
「それが……」
 だが続く言葉は、さらに彼を驚かせる。
「敵は、一人、だと……」
 ジョンストンは、その言葉に呆然となり、暫く呆けていたが――はっと我に返ると自らの頭に乗っていた帽子を乱暴に掴み床へと叩き付け激しい怒りを表した。
「ふざけるなッ! 20騎居たはずだぞ、我が竜騎兵達は。それがただ一人に全滅だと!? ……そもそも一人とは何だ一人とは。一騎では無いのかッ!」
 空に響き渡る程の怒号。その物凄い剣幕に伝令は知らずの内に一歩後ろへと後ずさった。
「サ、サー。竜騎兵を次々と撃墜したのは、紛れも無く空を飛んでくる翼を生やし人の姿をしたものであると。信じられないような自由な機動で我が騎兵達を翻弄し、強力な光を放つ見たことも無い魔法で次々と騎兵を討ち取っていったとか」
「翼を生やした人、と言う事は翼人なのか!? そうでは無いのか!?」
「判りません!」
 伝令は半泣きになりながら答える。
「背に翼を生やしていても、少なくともあれは翼人では有りません。翼人が、竜を超える速度で飛ぶなど有りえません!」
「ワルドはどうした! あの生意気なトリステイン人は、一体何処へ言ったと言うのだ! こういう時こそあ奴の出番では無いか!」
「ワルド子爵とは既に連絡が途絶えております。おそらく、既に討ち取られたものかと……」
「ええい、役に立たん奴だ!」
 ジョンストンはぎりぎりと歯を噛み締めた。鍛え上げられた兵達、東方の技術によって強化された艦隊、そして旗艦たるレキシントン号に積まれた切り札となる兵器。決して負ける事など無いはずの戦いだった。物見遊山のように気楽に、そして圧倒的な勝利が手に入るはずだった。そしてその功績は全て自分の物となるはずだったのに。彼は今自分の目論見が崩れ去ったのだと知った。
 アルビオン帝国が切り札としてこの「主砲」を隠し持っていたように、トリステインも切り札を隠していたのだ。それがあの圧倒的な力を持つ未知の存在なのだろう。敵は切り札を切ってきた。ならばこちらも対抗して切り札を切ってやろうではないか。
「艦長」
 先程までの激昂ぶりから一転、ジョンストンは冷めた口調でボーウッドに語りかける。
「主砲を使うぞ。目標、ラ・ロシェールの街だ」
「……宜しいのですか?」
 念の為、とボーウッドはお伺いを立てる。主砲をラ・ロシェールに打ち込めば確実にあの小さな街は丸ごと消えて無くなる。ラ・ロシェールはトリステインとアルビオンを結ぶ玄関口、フネを係留する桟橋も存在する為、なるべくなら無傷で手に入れる事が望ましいはずだ。もしラ・ロシェールが壊滅したのなら今後予定されているトリステインへの降下作戦にも支障が出てくるだろう。そこまでしてしまって良いのか?と言う疑問を彼は持っていた。
 そんなボーウッドの疑問は重々承知だ、とでも言いたげにジョンストンは言葉を続ける。
「確かに、我が軍にとっても手痛い損失を与える一撃だろうな。しかしながら連中は形振り構わず奥の手を出してきたようだ。他にも何か仕掛けてくるつもりかもしれない。その前に、叩いてしまうのが得策だと思わないか」
 最もらしい言葉を並べてはいるが、結局の所個人的感情が先行する腹いせでしかないとボーウッドは看過していた。圧倒的な勝利に水を差された憤り。この男はそれをただ目の前に居る敵にぶつけたいだけだ。
 だが彼は軍人である、上官から下された命令が正当な物であるのなら、そこにどのような感情が含まれていようと実行を躊躇わない。
 それに、主砲で一気に敵をなぎ払うのは決して下策だとは言い切れない。今眼下に集っているトリステインの軍勢は急遽掻き集めた兵ではあるが、王室に近しい者達ばかりが集って編成されている軍のはず。それを殲滅すればあとは烏合の集しか残らない。取り込める貴族は取り込めば良いし、抵抗する者達は決してアルビオンを侵す程の戦力を持ち合わせはしないだろう。手としては中の下だろうか、とボーウッドは評した。

「主砲発射準備! 目標、ラ・ロシェール!」
 艦長たるボーウッドの声が響き渡る。伝令はそれを復唱すると、船内へと駆けていった。主砲は他の砲門とはまったく作りが違う。主砲を扱える特殊な技術を持った砲手にしか撃つ事は出来ない。伝令はその砲手へ命令を伝えに行ったのだ。
 間も無く発射される一撃でこの戦いは終わる。次はトリステイン攻略か。ボーウッドの思考は、既に次の戦いへと飛んでいた。
 彼は竜騎兵達を殲滅した存在に左程注意を払ってはいなかった。たった一人で瞬く間に20騎を落とす、それは素晴らしい戦果だ。英雄と称しても良い。だがそれだけで戦況を覆す事など出来ない。それが個人という存在の限界なのだ。そう、考えていた。ボーウッドのこの思考は至極当然で常識的なものだった。ただ一つ誤算があるのならば、今この艦に向かいつつある存在は常識などまるで通じない非常識の塊だという事。その馬鹿馬鹿しい可能性を考慮に入れてなかった事が、彼の失敗だった。
 
 ラ・ロシェールの街が存在する山々の間トリステイン軍は展開していた。
 眼前に広がる草原を悠々と行進してくるのは、誇らしげに三色の旗を掲げたアルビオン帝国軍。その数は凡そ3000、トリステイン軍の2000を大きく上回っていた。整然と進んでくる敵の姿を、アンリエッタは恐ろしいと感じていた。こうして敵と向かい合うのは生まれて初めての事。自然と体に震えが走るが、それを悟られぬよう必死に覆い隠し、毅然とした表情でそれを見つめていた。
 脇に控えるマザリーニは戦いは苛烈なものになるだろう、と冷静に予測していた。数の上でも負けているに及ばず、おそらく質でも我が軍は敵に劣っている。相手は戦を続け政権を簒奪した連中だ、ただ演習を繰り返すだけで平和の中に暮らしていた我が軍の兵士とは桁違いの強さを誇るだろう。それに、と彼は上空を見つめる。
 上空に展開したアルビオン艦隊。彼等が一番の脅威だ。何せあれを落とす手段を我々は持ち合わせていない。戦艦は一方的にこちらを攻撃し、蹂躙するだろう。
 マザリーニの考え通り、空からは雨あられのように砲弾が次々とラ・ロシェールへ向けて打ち込まれていた。数百発という数のそれは岩肌を削り砕き、辺りに岩塊を撒き散らした。メイジ達は岩山の隙間を埋めるように風の壁を作りそれらを押し止めようとするが、大量に降り注いでくる岩を完全に防ぎきる事は出来ず、轟音が起こる度にあたりは悲鳴に包まれた。
「この砲撃が終わり次第、敵はこちらに突っ込んでくるでしょうな」
 苦々しくマザリーニが呟いた。
「地の利を活かし、なんとか迎え撃つしか手はありません」
「勝ち目は、ありますか?」
 そう問いかけるアンリエッタの声は、震えを帯びていた。体の震えはなんとか覆い隠せても、声に乗る震えを隠す事は不可能であった。
「おそらく、五分五分と言ったところでしょうな」
 五分五分。希望が無い訳でも無く、かと言って希望が持てそうでも無い。そんな表現が彼の精一杯の気休めの言葉だった。空からの砲撃は容赦無く兵達を襲い、その戦意も命も奪いつつある。そこに、万全の体制を揃えた一軍が突撃を仕掛けてくる。如何に守りやすいラ・ロシェールであっても勝ち目は無い。それが良く理解出来ていたからこそ、敢えて動揺を誘わぬよう五分五分、と表現したのだ。
 アンリエッタも、それが気休めの言葉だと判っていたのだろう。深く静かに肯く表情は明るいものではなかった。
 
 やがて砲撃が緩む瞬間がやってきた。
 いよいよか、と身構えるマザリーニであったが、すぐに様子がおかしい事に気がついた。砲撃の勢いは些かも緩んでは居ない。ただ、正確にこちらを射抜いていたはずの砲撃が、てんで出鱈目な所に着弾するようになった為、まるで砲撃が緩んだかのように錯覚したのだと彼は気付いた。
「あれは一体……なんなのでしょう」
 空を見つめながら呟くアンリエッタに習い、マザリーニもまた空を見上げる。そこに見えたのは、激しく空を動き回る銀の光。砲門はその光に向けて放たれているようで、その為に地上に居る彼等にはまるで出鱈目な方向に射撃しているように感じたのだ。
 

 謎の光は空飛ぶ生き物では到底真似出来ないような鋭角の軌道を描き、かくかくと細かく動きながら少しづつ空に居並ぶ艦隊へと近付いているようだった。あれがなんなのか判らないが、どうやら自分達を助けようとしているように見える。一体どのような助けが来たのか――と目を凝らすマザリーニは、同時に忌むべきものまで見てしまった。一際大きな船体を誇る敵軍の旗艦、レキシントン号がゆっくりと旋回し、船首をこちらの方へと向けつつある姿を。その船首には、舷側に突き出たものとは比べ物にならない程巨大な砲門の姿が見て取れた。あれでここを狙い撃つつもりなのか。常識を超えた巨砲の威力を想像し、流石のマザリーニも肝が冷えてきた。あんなもので狙い撃ちにされたら、きっと想像出来ないような酷い損害が我が軍には出るだろう。そうなれば、僅かな奇跡にすら縋る事は出来なくなる。文字通り、壊滅だ。
 マザリーニは、己の死を覚悟した。
 
 護衛の竜騎兵を失ったアルビオン艦隊は、今度はその数多の砲門を以ってルイズを落としにかかってきた。どん、どん、と盛大な音を立てて巨大な砲弾が少女目掛けて飛来する。魔力によって編み込まれた強固な騎士甲冑を身に纏い、魔力障壁を展開出来る今のルイズにとっては左程脅威ではないが、それでもまともに食らえば無傷では済まないだろう。絶え間なく降り注ぐ砲弾の間を縫うようにして掻い潜り、少しづつ敵の艦隊へと近付いて行く。

『魔力反応の増大を確認! 場所は敵旗艦!』
 ルイズが初めて聞く、リインフォースの焦ったような声色。それは何か只ならぬ事が起きている事の証であった。
「一体どういう事?」
『巨大な魔力を用いた広範囲攻撃が予測されます。予測するに、その照準は下に広がるラ・ロシェールの街です』
「それが街に当たったらどうなるの……」
『魔力規模からして、下の街は壊滅するでしょう。街並みは消えうせ、街に居る人々の生存は絶望的です』
 ルイズは眼下に広がるラ・ロシェールの街を見やった。彼女にとっては色々と思い出深い街。岩山に囲まれた、小さな港町。その全てが、消え失せる? 彼女の脳裏に蘇ったのは、「女神の杵」亭に泊まった時の事や、マリー・ガラント号での航海の事だった。決して忘れられないあの度の始まりとなったこの街が消えてしまう。
 その時、ルイズは感じた。ラ・ロシェールの街にはトリステイン軍が展開している。その中に、アンリエッタ王女が居る事を、確かに感じていた。視認する事は適わなくとも、幼馴染の発する魔力がリインフォースの魔力感知に反応し、彼女に懐かしい感覚として伝えていたのだ。
 空では巨大なレキシントン号が大きく船体を傾け、地上を狙い撃とうとしている所だった。
 ――あのロイヤル・ソヴリンに乗って、アンと二人大空を往く。それがささやかな私の夢だった。
 ニューカッスルの城で、ウェールズが語った言葉が脳裏を過ぎった。あの大きなフネで、愛する人と二人、広大な空を旅してみたい。それが勇敢に戦い死んだ、あの皇太子のささやかな夢だった。
 それなのに今、そのフネは巨大な砲門をアンリエッタの元へと向け、その命を奪わんとしている。それは、彼女にとっては決して許し方い所業であった。
 ルイズは急速に方向転換をすると、全力で飛ぶ。
「そのフネは……皇太子さまのフネなのよ」
 レキシントン号の主砲の先は眩い燐光を放ち、傍目にも力が満ち溢れていると判る。最早発射まで時間が無い。間に合うか? ルイズは何も考えずにただ真っ直ぐと飛ぶ。時折着弾する砲弾の衝撃が身を襲うが、それにも構わず彼女は飛んだ。
 あれは皇太子様の想いの詰まったフネ。そこに大砲を積み、アンリエッタ王女を殺そうとするなんて――。
「そんな事、絶対にさせるもんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 レキシントン号の主砲より、激しい光が放たれる。それは砲弾と言うよりも、光の帯と形容するのが正しい代物であった。激しい輝きを纏いながら、一直線にその砲撃はラ・ロシェールへ突き進んで行く。
 
 アンリエッタを始めとしたトリステイン軍の面々はそれを呆然と見ていた。光が、天から降ってくる。太陽が落ちてきたような、目を覆わんばかりの光景は、まるで天より人に下された戒めの光のように見えた。あれに飲み込まれて、自分達は消えるのか。絶望も無く、ただそういう思いだけがアンリエッタの心を支配した。人知を超えた光景に、我を忘れ、畏怖に震えていた。

 だが――その光が大地に到達する事は無かった。

「間に合え!」
 間一髪、ルイズは斜線へと割り込む。光と大地の間にその身を盾として彼女はラ・ロシェールの街を護るように立ちふさがった。
 襲い来る、圧倒的な圧力。
 ルイズは己の全魔力を注ぎ込み魔力の盾を前方に作り出す。あらゆる攻撃を跳ね返す無双の盾。彼女は細い両腕に力を籠め、耐える。膨大な魔力の塊は彼女の体を容赦なく押しつぶそうと空からのしかかってくる。だが負けられない。ここで自分が落ちてしまったら、ラ・ロシェールに暮らす人達も、アンリエッタやトリステイン軍の人達は皆死んでしまう。だから絶対に、この手を下げたりはしない。
 砲撃の威力は想像を絶する程凄まじい。魔力障壁を展開しているにも関わらず、その余波はルイズの体を激しく打ちつけ、騎士甲冑を傷つけていく。前に掲げられた両腕からは血が滲み、そこにかかる圧力で手は砕けそうだった。手だけではない、体中が苦痛に悲鳴をあげ、意識が段々と遠くなってくる。
 ――もう、これが限界かもしれない。
 意識を手放しそうになる刹那、脳裏に声が響く。
『諦めないでください。貴方は一人で戦っているのではありません。私が居ます。貴方と一緒に戦っています。だから、諦めないで』
 魂から咆哮を上げながら、ルイズは再び闇から意識を引き摺りだす。
 キュルケ、タバサ、シルフィード。わたしを助けてくれる大切な友達。
 勇敢に戦い、わたしの命を助け、願いを託してくれたウェールズ様。
 今この眼下で勤めを果たそうと懸命になっている幼馴染、アンリエッタ姫さま。
 そして、あの日からずっと傍に居てくれたわたしの大切な使い魔。この世で最高の使い魔、リインフォース。
 ――そうだ、わたしは一人じゃない。
 
「わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」
 両腕に、さらに力を籠める。目の前で展開される魔方陣は輝きを増し、光の奔流を押し返していく。
「こんなものに……負けてなんかやるもんか!」
 空に、光が弾けた。
 
 ジョンストンは、眼下で発生した激しい輝きに目を覆った。世界が閃光に覆われてしまったように、このラ・ロシェール一帯が輝きに満たされていて、その場に居る誰もが目を覆い、何事かと驚きの声を上げていた。
 何が起こったのだ!? 攻撃は成功したのか!? 閃光が収まるのを感じ、覆う手を退けたジョンストンは、声も無く叫びを上げた。
 
 遥か眼下、このレキシントン号とラ・ロシェールの間にそれは居た。銀髪を靡かせた、黒い翼を持つ少女。少女は真っ直ぐ、こちらを、いやジョンストンの姿を見つめ、射抜いていた。遥か空の彼方に居るというのに、彼にはそれがはっきりと理解出来た。
 彼女の瞳は怒りに燃え、それは自分達に向けられている、と。
 ああ、とジョンストンは恐怖にへたり込んだ。あれは、尋常では無い。竜騎兵を軽々と打ち倒し、今我々の切り札である主砲すら止めて見せた。人でも、エルフでも、亜人でも無い。もっと恐ろしいもの。
「あ、悪魔……」
 ジョンストンはがくがくと震える体で無様に這いずり回りながら、必死に叫ぶ。
「悪魔だ、悪魔が出た! あの悪魔を殺せ、殺すんだ。そうしないと、我々が皆殺しにされるぞ!」
 その声を契機に、砲撃が再開される。雨あられと砲撃が少女の下を襲い、甲板からはメイジ達が集中砲火を浴びせかける。だが、彼女はまるでそれを意に介さないように空に浮かんでいる。砲弾は宙で砕かれ、魔法は見えない壁に遮られる。
 ――それは、まさに地獄から命を刈り取りに来た悪魔のように彼等には感じられた。
 
 自らに襲い来る嵐の如き攻撃を、ルイズは静かに眺めていた。全ての攻撃はリインフォースが魔力障壁によって無効化している。だから彼女はだた一つの事に集中する。夜天の書を開き、杖を掲げ、魔法を紡ぐ。
 レキシントン号、いやロイヤル・ソヴリン号。それは一人の男の儚い夢が籠められたフネ。自分の愛する人と添い遂げたいという切なる想いが籠められたフネ。戦争をして良いフネでも、お前たちのようなものの手にあるべきフネでも無い。だから。
「殿下、今あなたの下へお返しします」
 きぃん、と音を立て、杖が光輝く。それは、彼女が皇太子へと送る最後の鎮魂歌だった。
「デアボリック・エミッション」

 突如、レキシントン号の上空に黒い球体が現れる。深遠の闇のように黒く、それでいて輝いている、不可思議な球体だった。それは暫くフネの上空で停滞し、刹那――膨張した。一瞬にして膨れ上がったそれはレキシントン号と周りの艦隊を飲み込み、押しつぶしていった。闇に飲み込まれていった船体はばらばらに砕け、空に散って行く。
 ボーウッドは最後の瞬間まで、眼下の少女を見つめていた。最後の最後になって、彼は思い出した。英雄とは、単なる戦果を挙げた個人の事では無い。御伽噺にでてくる彼らは、あらゆる理不尽に立ち向かい、困難に傷付き苦しみながらも不可能を可能にする、そんな存在なのだと。それを、忘れていた。今目の前に居る少女が何なのか判らない。だがきっと、彼女はそういった類のものだと、そう思った。
 闇に飲み込まれ消え行く意識の中彼は思う。だが英雄とは一人傷付き、苦しみ、最後は孤独に死んでいくものだ。それはきっととても悲しい事だ。たった一人の少女がそれを背負うなら、なんて悲しい事なのだろう――。
 そしてボーウッドも、ジョンストンも、アルビオン艦隊全てが闇の中へと飲み込まれていった。
 
 その光景を信じられない、と地上に居る誰もが思いながらも、それを見つめていた。黒い太陽が突如出現し、アルビオン艦隊が飲み込まれたのだ。やがてその黒い太陽が消えると、空を覆いつくしていた艦隊は跡形も無く消え失せていた。
 これは、一体如何なる奇跡か? アンリエッタはこれは夢なのではないか?と自分の目を疑ってしまった。
 目の前に居る敵の軍も、いきなりの出来事に浮き足立っているようだった。この隙を突けば、勝てるかもしれない。アンリエッタとマザリーニの視線が交錯した。二人の考えは同じようだ。
 何がどうなっているのかは判らない。だが、折角の奇跡だ、それに感謝しあやからせて貰おうと、我に帰った王女は杖を振り上げ、号令をかける。
 アンリエッタは真っ直ぐ空に伸びる銀光を見ていた。その輝きが、何故か懐かしいと、そう思わずにはいられなかった。
 
 
 それは、選ばれる事を拒み、自ら選ぶ事を望んだ少女の物語。
 ルイズ・フランソワーズとリインフォースが駆け抜けた、風のような生涯の記録。
 後世、誰もが知る御伽噺が今、始まりを告げた。
 
 
 夜天の使い魔 第一部「幸運の追い風」終


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by: * 2008/06/26 00:03 * [ 編集] | page top↑

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