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夜天の使い魔24話

 タルブ領を治めるアストン伯は行動の早い男であった。アルビオン艦隊の動きを察知するや否や即座に伝令を飛ばし、自らも出陣の用意を整える。彼の優秀さがあったからこそ、トリステイン王宮の面々は早々にアルビオン侵攻を知る事が出来たのだ。
 しかし、その第一報が入った時、王宮では既に会議が開かれている真っ最中であった。それはアルビオンに対してどうするか審議する為のものでは無い。アルビオン急襲が報じられる僅か一刻前、突如送られてきたゲルマニアよりの書簡の内容を議題として開かれたものだった。その内容を要約するなら、婚姻と両国の同盟の破棄、並びにアンリエッタ王女に対して釈明を求めるものであった。
 この場に集まる王宮貴族達の大半はアンリエッタがウェールズにしたためた手紙の存在を知らない。故に彼等はこの突然の成り行きに対する理不尽さ、そしてアンリエッタ王女に対する不信感を持っていた。一体このお姫様は何をしでかしたのだ?と。
 口々に王女を責める席上で、マザリーニ枢機卿は鎮痛な面持ちをしながらその光景を眺めていた。彼は王女の手紙の存在を知る数少ない存在の一人。それを知ったのはアルビオンが帝国と名を変えてすぐの頃だった。誰も居ない夜闇の中そっと王女から告げられたその事実に、彼は顔色を変えた。アルビオンの侵攻が懸念される今、ゲルマニアとの同盟関係は命綱に等しい。それが崩れかねない要素の出現に、彼は目の前が真っ暗になる思いだった。しかし嘆いてばかりはいられない、最悪の事態を想定して枢機卿は密かに軍備拡充を急ぐ事とした。同盟が崩れ去った後、それでもアルビオンを牽制するだけの力をなんとか備えようと考えたのだ。
 しかしそんなマザリーニの考えとは裏腹に、一向に件の手紙がゲルマニアの手に渡ったという気配が伝わってこない。婚姻の話はつつがなく進み、ついに式が三日後にまで迫っていた。一体アルビオンの連中は何を考えているのか、と思った矢先にこの報せ。マザリーニにはアルビオンの意図がさっぱり読めなかった。一体何故、このタイミングで破談になるように仕向けたのだ? この日にそれをしたのは何故? 思考を巡らす彼は、ふと思い出す。そういえば今日はアルビオンの艦隊が親善訪問の為に艦隊を寄越してくる予定になっていたはずだ。まさか――。
 
 当たって欲しくない予感程良くあたるものだ、というのをマザリーニは最悪の形で味わう事になった。紛糾する会議室の中へ、ノックもそこそこに飛び込んでくる兵の姿を見た時、自体は最悪の方向へと向かっている事を知った。
「申し上げます! アルビオン艦隊の攻撃によりトリステイン艦隊全滅! アルビオン艦隊はそのまま地上に降下、兵を展開しております!」
 その瞬間、会議室の空気が変わった。耳に入るその話は、余りに信じられない事態であったからだ。
「アルビオンとは不可侵条約を結んだばかりではないか! 一体何故このような事態になったのだ?」
「それが、アルビオン艦隊は先に我等が攻撃をしかけてきたとの一点張りで。どうも答砲を打った際、先方の艦の一つが偶然同時に火災を起したらしく、それを我が方が攻撃したと誤解したようです」
 うろたえながら報告する兵の言葉に、何が誤解なものか、とマザリーニは心の中で毒づいた。ゲルマニアとの同盟の破棄、それと合わせたかのように起こったこの事故。それは綿密に機会を計り仕掛けられたものなのだろう。アルビオンははなからこの瞬間に攻撃を仕掛けようと狙っていたのだ。
 
 ゲルマニアへの対応を審議する会議はそのままアルビオン侵攻対策会議へと姿を変えた。
 会議室には、次々と報せが入ってくる。タルブ領主アストン伯並びにその指揮下の兵の全滅、斥候として放った竜騎兵の未帰還、そしてタルブの村の炎上。事態は急展開を告げていた。
 マザリーニは、この事態をどう収めるべきなのかと思案していた。彼は戦を好まぬ性であったので、基本的には外交を以って事態を収拾するのが望みであった。だがアルビオンのこの侵攻、確実にトリステインという国を滅ぼしに来ている。そんな相手に交渉など、出来ようはずも無い。ならば最早取り得る手段は一つ、徹底抗戦のみ。
 平和ボケしている宮廷貴族達はこれが単なる小競り合いで、話し合いでカタが付くと思っているようだ。今自分達の首筋に刃を突き立てられているとも理解せずに堂々巡りの水掛け論を展開している。これは一つ現実を想い知らさなければなるまい、とマザリーニが発言しようとした刹那、彼の言葉は意外な人物の発言によって遮られた。
「あなた方は恥ずかしくないのですか! 今我が国土は侵され、民が蹂躙されているのですよ。このような先の見えぬ議論を交わす前に、する事があるでしょう!」
 会議室内に、アンリエッタの毅然とした声が響き渡る。
「しかし、これは些細な偶然と誤解から起こった小競り合いですぞ。直に誤解も解けましょうぞ」
 宥めるような貴族の言葉に、アンリエッタは頭を振る。
「誤解? これの何処が誤解だと言うのです。ゲルマニアからの同盟破棄、それを見透かしたかのようなアルビオンの行動。全ては彼等の筋書き通りなのです」
 静まりえる会議室の中、彼女はさらに言葉を続ける。
「経緯がどうであれ、今無辜の民の血が流されているのは事実なのです。これを守らずして、何が貴族、何が王族か。我々が今すべき事は、卓上で無駄に言葉を交わしあう事では無く戦地に赴き戦う事なのではないですか?」
「その通りで御座います」
 王女は己に追従するその言葉に、はっと振り返る。言葉を発したのはマザリーニであった。彼女は思いもよらぬ人物からの支援に、驚きを隠せなかった。
「今動かねば、トリステイン王家は後の千年先まで物笑いの種になりましょう。民を守る事こそ貴族の務め。今は何よりも先ず彼の侵略者どもを迎え撃つのが肝要でありましょう」
 マザリーニの言葉に、アンリエッタは深く肯く。そして凛とした声で宣言した。
「もし貴族の務めを果たさんとするのならば、わたくしに続きなさい!」
 大股で会議室を去る王女。皆は言葉もなく呆けていたが――一人、また一人と王女の後に続き会議室を飛び出して行く。
 
 元はといえば、このアルビオン侵攻は自分の咎なのだ、とアンリエッタは思っていた。あの手紙を書いたのは紛れも無く自分。ならば、全ての責は己にある。決着は、自分の手でつけなければならない。それが自分が愛した人と、自分に尽してくれた友人への精一杯の手向けなのだ。
 たった一人の友人が精一杯戦ったように、今度は自分も。アンリエッタは決意を胸に、歩き出した。
 
 
 ワルドが振り上げた杖の動きに呼応するように、巻き起こる風刃。己を食らいつくさんと向かい来るその刃を、ルイズは周りの土を隆起させ、己を囲むように壁を作り遮った。
(やはり……一方向からだけじゃない!)
 壁を削る気配から、ルイズはそう察した。おそらく自分を囲むように三方向から同時に魔法は放たれている。それは彼が「一人」では無い事を示していた。
 壁を即座に四対のゴーレムに変化させ、彼女は身構える。即座に追撃が来るだろう、という彼女の予想と裏腹に、目の前の男は攻撃を仕掛ける素振りを見せなかった。
「流石だよルイズ! 良く今の攻撃を防ぎきったな」
「貴方が遍在を得意とするのは、ニューカッスルで良く思い知ったもの。必ず数を揃えて攻めてくると思ったわ」
「ふむ……やはり手品の種というのは一度バレてしまうと役には立たないようだな」
 そう肩を竦めるワルドの仕草を見て、初めてルイズは気が付いた。今まではマントがはためき判らなかったが、子爵の右腕が、綺麗さっぱり無くなっている。ルイズの視線に、何を見ているのか察したワルドは苦々しく呟いた。
「この腕か? ウェールズを仕留める時に失ってしまってね。まあ名誉の負傷という奴だよ。この僕の腕と王子の首ならば、丁度釣り合いが取れる位だ」
 その言葉に、ルイズはウェールズが戦い抜きこの男を追い詰めたのだという事を悟った。彼は戦ったのだ、言葉の通り、勇敢に最後まで。
 未だ、ルイズの心には恐怖が残っていた。しかし、それを覆い隠すように今闘志が湧き上がってくるのを彼女は感じる。わたしも負けられない。皇太子さまのように、勇敢に戦い抜く!
「良い目だ。そうこなくては面白く無い。折角の舞台だ、派手に行こうじゃないか」
 ワルドは面白そうに顔を歪める。
「さて、もう気付いているかと思うが……こうして君の目の前で話す僕は遍在だ。勿論後ろに居る二人もね。本物の僕はこの村の何処かに居る。その僕を見つけて倒す事が出来れば君の勝ちだ」
「一体、何が言いたいの?」
「余りに戦力差が有り過ぎるからね、ちょっとした親切心って奴さ。これで君にも勝ち目が出てきただろう? さあ、精一杯頑張り給え」
 何が親切心だ。ルイズは余りの屈辱に怒りが爆発しそうだった。完全に舐められている。自分など脅威たりえないとワルドはそう言っているのだ。その上で、さあ来てみろと挑発してくる。
(とことん、馬鹿にしてくれるわね)
 だが怒りを抱えながらも、ルイズは冷静さを失わぬように自らを律する。圧倒的に実力が劣っているのは事実だ。相手はスクエアクラスの中でも、さらにトリステインでも有数の実力者と言われる歴戦の勇士。ちょっと前まで満足にコモンマジックすら使えなかった自分の相手としては余りにも強大すぎる。そのような相手に我を忘れて我武者羅に向かっていっても軽くいなされるだけ。心は熱く、頭脳は冷ややかに、そうやって勝機を窺うしか勝ち目は無い。
 
 ワルドは依然何も仕掛けては来ない。こちらの出方を待っている、いや何が出来るのかやってみせろと言う事だろう。ならお望み通り、思いっきりやらせて貰うわ、とルイズは杖を振り上げた。
 次々と生まれるゴーレム。その数は軽く20を超え、大きさも5メイルと巨大なものから30サント程度の小さなものまで様々だ。
「ほお、これは凄い」
 ワルドが感嘆の声を上げる。
「ここまでの数のゴーレムを制御する力、稀代のものと言っても良いだろう。流石だルイズ、見事に期待を裏切らないでくれる」
 だがルイズはそんなワルドの声に耳を貸さずに心を集中させる。相手が数で来るのなら、こちらはそれを上回る数で。自分が唯一相手に勝る事の出来る点はそれだけだ。際限なく再生するゴーレムの集団で押し切れれば、勝機はある。

「行け!」
 号令と共に、ルイズが作り出した土の僕たちは一斉に三人のワルド目掛け突進していく。燃える家々の下から作り出したものもあった為か、何体かのゴーレムは身に炎を纏いながら突き進んでいった。数多くの巨人が男を囲む光景は、どう見ても男が蹂躙される側にしか見えない。しかし――。
「確かに数は素晴らしい。だが、遅い!」
 男が杖を振るう度、土巨人たちは下の土くれへと返って行く。
「そして脆弱だ! まるで手応えが無いぞ! こんな人形、幾ら居ようと物の数では無い!」
 突き穿たれ、砕き散らされ、次々と破壊されて行くゴーレム達。しかしルイズも次々とゴーレムを作り出し、ワルドの元へと攻め入らせて行く。
 ルイズが作り、ワルドが壊す。延々と同じ光景が繰り返される様は、千日手を思わせた。
 
「昔のあなたは、優しくて、誠実で、努力を怠らない素敵な人だった。一体何が貴方を変えたの!?」
 ルイズが叫ぶ。
 彼女の記憶の中にあるワルド子爵は、何時でも優しく自分を包み込んでくれる紳士だった。どんな時でも笑顔で導いてくれる憧れの人。
「努力すれば叶わない事は無い……そう言って何時も励ましてくれるあなたが大好きだった。わたしはその言葉を胸に、ずっと頑張ってきた。なのにそう教えてくれたあなた自身がその言葉に背いている」
 ゼロのルイズ、そう呼ばれ続けても必死に努力を重ねてこられたのは、ワルドの言葉が胸にあったからだ。努力すれば叶わない事なんてない。そう信じていたから頑張れた。それが何故、このような事になってしまったのか。
「背いてなどいない、僕は変わらず僕のままさ!」
 そう答えるワルドの一撃は唸りを強め、僅かに感情を帯びたかのようであった。
「亡き父の名に恥じぬよう、ひたすらに我武者羅に僕は国に尽くしてきた。戦地を飛び回り、困難な任務を遂げ、ひたすらにだ! だがそんな僕に国は何をしてくれた? あれこれと理由をつけては褒章を渋り、仕舞には地位を与えてやったから満足しろと言ってきた」
 振るわれる杖の軌跡は一層速度を上げて行く。彼の昂ぶりに呼応するように、それは旋風となりゴーレムを砕き散らしていった。
「僕のただ一つのささやかな願いも聞き届けず、僅かな餌で尻尾を振れと言われるこの屈辱、君に判るかルイズ! だから僕は決めたのだ、貴様等が僕の忠誠と努力を踏み躙り、それを認めないと言うのなら……」
 振るわれた杖より起こる烈風が、一気にゴーレム達をなぎ払う。何体もの土巨人がそれに巻き込まれ、無残に消えていった。
「この国を食らい尽くし、糧として己の願いを叶えてやるとな!」
 ワルドの激情は、ルイズのゴーレムを悉く土くれへと変えていった。拮抗していた戦況は徐々にワルドの方へと傾き始める。
 
 ――不味い。
 ルイズは自分の算段に致命的なミスがあったのを自覚した。物量で押し、ワルドに魔法を使わせ精神力を削り取る。それがルイズの狙いだった。鈍重なゴーレムではきっとワルドを倒す事は出来ない。しかし数に任せて囲めば幾ら彼でも魔法を使わずに切り抜ける事は難しいだろう。そうやってじわじわと相手の力を削ぎ、競り勝つ。そういう狙いだったのだが。
 目の前で杖を振るうワルドは、殆ど魔法を使っておらず、純粋な杖捌きのみでゴーレムと渡り合っていた。時折魔法を使いはするものの、あくまで最小限だけ。無駄な威力を出さず、効率良く場を制している。こうやって向かいあって改めてワルドという男は歴戦の猛者であると思い知らされた。自分の思いつきの策など、簡単に破られてしまう。やはり、この男はべらぼうに強い。
 ルイズの頬を、一筋汗が流れた。ルイズがゴーレム作成に要する精神力は大した物ではない。しかし、まったくのゼロではない限り、少しづつではあるがルイズの精神力は減っていくのだ。魔法を殆ど使わないワルドと、次々とゴーレムを作り出しているルイズ。どちらが先に精神力を切らせるかなど、問うまでも無く判りきった事だった。
 不味い不味い不味い。徐々にではあるが、ゴーレムを作る速度が落ちてきている。矢継ぎ早にこれ程ゴーレム作成をする事など、ルイズにとって初めての事だった。故に予想外の疲労が蓄積され、それが魔法に反映されつつある。このままでは、負ける。
「どうしたルイズ、キレが無くなってきているぞ?」
 ワルドもそれを見抜いたのだろう、不敵な言葉を彼女に投げかける。どうした、ここで終わりなのか?言外にそう言っているようだった。
 
 ルイズは必死に思考を回転させ、次の手を探る。最早当初の目論見は崩れた。このまま持久戦を仕掛けても競り負けるだけ、こちらが力尽きる前に勝負を決めなければならない。
 それならばご丁寧にワルドが言ったように、彼の本体を探し出し、叩くしかない。だが一体何処に居るのだろう? この燃え盛る村の中に身を潜めているとでも言うのか。しかし短期決戦を挑むのなら目の前の遍在を相手にしていても仕方が無い。遍在は消え失せようと、また作る事が出来る。死力を尽して一体倒した所で労力の無駄、と言う訳だ。何がなんでも、本体を探し出す。それしか方法は無さそうだった。
 ルイズは気力を振り絞り、ゴーレムの作成速度を速める。疲労を覚える前よりも更に速く、多く。次々とゴーレムを作り出し、ワルド達へと差し向けて行く。この遍在のワルド達を抑えて移動するには拮抗している程度では駄目なのだ。完全に押し止められる状態にしていなければ、即座に魔法で狙い撃ちにされてしまう。無理をしてでもこの男の攻めを凌駕する程の物量を投入し、活路を開く。
 再び勢いを増したゴーレムの猛攻の前に、今度は逆にワルドが押され始める。砕く速度を僅かに上回るように迫り来るゴーレムに、必死の形相でワルドは杖を振るい抵抗する。

 ――行ける!
 全ての遍在がゴーレムに釘付けになった瞬間、ルイズは走り出した。

 目論み通り、遍在達はこちらを気にする余裕はなさそうだ。あとはこの作成速度を維持して遍在の追撃を振りきり、何処かに居るはずの本体を探す。もし先程の話が嘘だったら?と一瞬不安が過ぎるルイズだったが、それは無いはずだ、と思い直す。先程の言葉は、彼の余裕の表れだ。出来るはずが無い、そう思ってるからこそ敢えて自らの弱点を明かし、そこを突いて来いと挑発したのだ。それは絶対的な自信があってこその言葉、そこに嘘を含ませるとは考え辛い。村の中に居る、と言った以上必ず居るはずだ、そう思い村の中を見渡す。辺り一面は炎の海ばかりで、人影や人が潜めそうな場所などまったく無さそうだった。一体何処に居る? このような状況で身を潜めるのなら何処?

 思考に埋没していたルイズがその一撃を回避する事が出来たのは、偶然と言っても良かっただろう。ぞわり、と背中を走る悪寒に逆らう事無く、反射的に横へと飛び退り、転がった。刹那、先程までルイズが居た場所を走るのは凶悪なる風の刃。もし少しでも飛ぶのが遅れていたら、今頃ずたずたに体を引き裂かれていただろう。
 転がりながらも素早く呪文を詠唱し、身を守る為のゴーレムを作り出す。
「……まさか、もう一人居たとはね」
 果たして、彼女の眼前に居たのはワルド子爵であった。こうやって姿を現した以上、目の前の男も遍在だろう。これで遍在は計4体。この数の遍在を作り出せるのは、おそらくトリステインの貴族の中でもこのワルド位なものだろう。4人のスクエアメイジを、ついこの間までろくに魔法が使えなかった自分が相手をするなんてまるで悪い冗談みたい、と思わず苦笑が漏れた。正直3人ですら荷が重い。人数が一人増えた事で、既に勝負は決したも同然だった。4人を相手に圧倒出来る程のゴーレムを作るのは、ルイズであっても不可能だ。最早チェックメイトを迎えたに等しい。
 ワルドの方もそれは良く理解しているのだろう、ゆっくりと、威圧するよう徐々にルイズの方へと歩を進めて行く。
 目の前のワルドにルイズが裂ける戦力は僅か一体。それ以上の数をこちらに裂こうものなら、瞬く間に今押し止めている遍在達がこちらにやってくる事になる。最早八方塞がりだ。あらゆる手が塞がれ、完全に詰んでいる状態だ。
 だが、だからと言って諦める訳にはいかない。最後の最後まで死力を振り絞り、活路を見出してみせる。決して、絶望なんかに屈しはしないとルイズは己の心を奮い立たせた。
 この場を切り抜ける事が出来るとするなら、それはワルドの望外となる攻撃しかない。しかしそれは諸刃の剣、一気に彼女を危機に追い込む可能性も高いが、それでもこのままでは座して死を待つのみ。何もせずに散るよりは、僅かばかりでも可能性のある方に賭ける。ルイズは起死回生の一撃を放つ覚悟を決めた。
 ゴーレムがワルドに迫る。しかし鈍重なそれはワルドの動きをほんの僅か止める事しか出来なかった。神速で振るわれた杖が土の体を粉々に砕き、散らす。間近で見るその行為はあまりに馬鹿馬鹿しく、そして恐ろしかった。思わず目を奪われる程に。
 ルイズが我に返った時、既に仕掛ける機を逸していた。
「これでお仕舞だ、ルイズ!」
 ワルドが杖を大上段に構え、必殺の一撃を放たんと力を溜めながら迫ってくる。おそらく無駄だろう、と判ってはいたが、それでもルイズは少しでも抗おうと身構える。
 だが――その杖は彼女へは振るわれなかった。杖が振り下ろされんとした刹那、ワルドは驚愕したように目を見開くと強引にその軌道を横薙ぎに変え、己の側面を激しく切り裂いた。衝撃音と、砕け散る炎。その余波は杖を握る腕の表面を焦がし、痛烈なる苦痛にワルドの顔が歪む。
 ワルドに放たれたのは一塊の火球であった。それは一度に止まらず、二度三度と続けざまに男へと襲い掛かり、彼を苦しめる。ワルドは素早く詠唱すると杖に風を纏わせ、それを次々と弾いていく。
 
「まったく、さっぱり帰って来ないと思ったら……」
 場を支配する炎にもまったく劣らぬであろう、燃えるように赤い髪を振り乱し駆けつけてくるその姿に、ルイズは軽い驚きと安堵を覚えた。彼女は悪態をつきながらも、杖を振る腕は次々と矢継ぎ早に火球を生み出し、見事ルイズの元へと辿り着いた。
「あんたはどうしてこういつもいつも厄介事に巻き込まれんのよ!」
 キュルケ・ツェルプストーはルイズにぴったりと寄り添いながらも、目の前の男から視線を外さない。油断なく杖を構え、その出方を窺っている。
「状況は?なんて聞くまでもないか」
 目の前の男の顔はキュルケも良く覚えている。嘗てのルイズの婚約者にして、トリステインを裏切った男。あの夜の出来事の中心に居たと言っても良い人物。そんな男とルイズが出会ったのならどういう結果になるのか、彼女には容易く想像がついた。
 
「僅かに命を永らえたなルイズ。しかし一人が二人になった所で対して状況に変化は無いぞ? その程度では、僕を倒す事など出来はしない」
「あら、随分な言い草ね、オジサマ」
 不遜なワルドの物言いに、キュルケも不敵な笑みで応えを返す。
「わたくしをその辺の小娘と一緒にしては火傷しますわよ? この『微熱』、貴方に受け止める事が出来て?」

 二人の不敵な笑いが戦闘再開の合図だった。同時に振りぬかれた杖から放たれた風と炎が中空でぶつかり合い、激しい音と振動が彼等の間を支配した。
「あたしが攻めるから、あんたは防御! あたしじゃああの風は防ぎきれない!」
 キュルケの言葉にルイズが肯く。次々とゴーレムを生み出しワルドにけしかけ、また素早く壁を作り相手の魔法を遮った。キュルケはその間隙を縫うように的確にワルドへと火球を放ち、または周りの炎を巧みに操り男を焼き尽くさんと攻め立てる。
 しかしワルドは二人の攻撃を見事に捌いていく。ゴーレムを砕き、炎を吹き飛ばし、隙あらば二人へと必殺の一撃を叩き込もうとしてくる。手数では圧倒的に劣っているはずなのに、まるでそう思えないような戦い方は伊達に
トリステイン随一の使い手と言われていた訳では無いという事の表れであった。
 
 遍在が一人増えた事によって崩れるかと思われた場の均衡は、キュルケの参戦により再び保たれた。ワルドと二人の攻防は、またしても千日手の様相を見せ始めていた。しかし、先程と大きく違う点が一つある。それはワルドが魔法を使わざるを得ない状況であると言う事。キュルケの放つ強烈な火の魔法を何もせずに防ぎきる事は如何にワルドが優れた使い手であっても不可能であった。彼は襲い来る炎から身を守る為にどうしても魔法を使わなければならず、それは彼の精神力を徐々に削り取っていった。
 しかし、それはルイズやキュルケにとっても同様である。ルイズは百体を超えるゴーレムの連続作成、キュルケは休み無く火球等を作り出し次々と放っているのだ。彼女達の精神力ももう長くは持たないだろう。
 この分だと、おそらくほぼ同時に全員が精神力切れになる。だがそうなった場合、不利になるのはルイズ達の方であった。例え数の上で上回っていようと、正式な訓練を受け多くの戦場を潜り抜けた男の格闘能力に追随するような力を少女二人は持っていないのだから。おそらく為す術無く振るわれる杖の前に命を散らす事だろう。
「こりゃあちょっとヤバいわね」
 軽く言ってみせるキュルケの顔には汗が球となって浮かんで、次々とこぼれ落ちて行く。言葉とは裏腹に相当に無理をしているというのがルイズには一目で判った。
「目の前に居るのは全員遍在よ。本人を探し出して叩かなければ、埒が開かない」
「で、何処に居るのよ、本人は?」
「それが判れば苦労しないわ!」
 叫びながらもルイズは思考する。いったいワルドはこの村の何処に居る?
 彼女は先程の事を思い出す。3体の遍在の包囲を抜け出し、4体目が現れた時の事。最初から4体の遍在を作り出していたのなら、最初から投入しない理由は無い。あれは、明らかに止めを決める為に新たに作り出されたものだ。つまり、本体は自分の動きを把握出来る場所に居たという事になる。ワルドはずっと何処かに潜み、遍在と戦う自分の姿を見てほくそえんでいたのだ。
 この戦いを眺めるのに一番適した場所。そして一番安全な場所。溢れんばかりの自信で向かってきてみろと挑発さえ出来る程に余裕が持てる、そんな場所。それはこの村の何処にある?
 ルイズは考える。深く、深く考えを進める。

 ――ああ、そうか。
 この戦いを見るのに、絶好の場所。この炎に包まれた村の中、最も安全で悠々と眺める事の出来る場所。そんな所があるじゃないか。どうしてこんな簡単な事に気付かなかったんだ、とルイズは歯噛みした。
「判ったわよツェルプストー。本人の居場所が」
 この村の中の何処に身を潜める事が出来るのか、と言う発想自体が間違いだったのだ。ワルドは、最初から潜みも隠れもしていなかった。堂々と姿を現し、この戦いを観戦していたのだ。
「文字通り、『高みの見物』を決め込める特等席、それは……」
 ルイズは空を見上げる。自らの遥か頭上を。
「わたしたちの頭上、遥か空の彼方!」
 彼女の目に映るのは、遥か高くを旋回する一匹の竜の姿。その距離凡そ50メイル、そこにワルドは居た。
 遥か遠景から村を望んでいたのなら直ぐに気付いたかもしれない。しかし炎に包まれ陽炎揺らめく中、さらに目の前の相手と戦いながらでは完全に死角となる場所であった。激しい攻防を繰り広げる最中、誰が頭上を見上げようとするだろうか? まさに相手の目から逃れるのならば絶好の場所であった。
 
 遂にワルド本人の居場所を割り出したが、しかしそれは新たな絶望を彼女達に与えるだけだった。ワルドが竜に乗り旋回する高度は50メイル。フライの魔法で直に近付こうとした所で風竜の速度に追いつける訳も無く、ワルドが魔法を放てば抵抗する事すらできずにあっけなく打ち落とされるだろう。かと言ってこの地上からあの高さまで届く攻撃をするのは至難の技だ。キュルケがフレイムボールを放った所で軽々と避けられるだろうし、ルイズのゴーレムではあの高度に届きようが無い。フーケが行ったように土塊を投擲すれば届かせる事は可能であろうが、あの素早い風竜を捕らえる事は到底不可能だろう。万事休すであった。

「どうすんのよ、あの高さじゃあたしたちには手も足も出ない」
 キュルケの声にも焦りが含まれていた。このペースで魔法を行使し続ければ遠からず魔法を打つ事が出来なくなると自覚していたからだ。このままでは、確実にやられてしまう。
「タバサとシルフィードが居てくれれば……」
 シルフィードの足ならば並の風竜に遅れは取らないだろうし、学生では屈指の実力者のタバサなら、今の状態のワルドとなら魔法戦も互角に戦う事が出来るだろう。しかしその二人は今タルブの避難民の中でも重症を負った者たちを近くの村へと運ぶのに忙しく飛び回っているはず。手助けは期待出来ないのだ。
 そんな事は重々承知だったが、それでもそんな言葉が口を突いてしまう。それは、少女達の心が徐々に余裕を失いつつある証拠であった。

 疲れと焦りを見せる少女達と対照的に、遍在達は疲れた素振りも見せず、舞うように戦い続けている。遍在は姿形こそ術者の似姿であるが、その実態は風によって作られた紛い物。風である身が疲労を覚えるなど、有り得ないのだ。彼等は術者の精神力がある限り動き続ける。逆に言えば、精神力が切れるまで万全の状態で戦い続ける事が出来るのだ。
 
「ねえツェルプストー。あんた博打は好き?」
 唐突に放たれたルイズの言葉に、一瞬虚を突かれたようにきょとんとしたキュルケだったが、すぐにその真意を理解して表情を強張らせる。
「嫌いじゃあないけど……自分の命を賭けるようなデカイのは流石に躊躇うわ。……何か手があるの?」
「ある、と言える程確実な手段じゃないけど」
 歯切れの悪いルイズの口調は、彼女自身それ程良い手だとは思っていないのだろうという事がありありと判った。
「ほんとうに、万に一つって感じの奴よ。私の殆ど全力を使うから失敗したらもうどうしようも無い、それでいて成功確立はお世辞にも高いとは言えない、そんな馬鹿な手。でも今の私にはこんな馬鹿馬鹿しい方法しか思い浮かばなかった」
 だから、強制は出来ない。ルイズの瞳はそう語っていた。
 だが、そんなルイズの様子にキュルケは堪らず笑い出す。
「なあに、ヴァリエール? あんた怖気づいてるの? らしくないじゃあないの」
 戦いの最中だと言うのに、構わずにキュルケは笑い続ける。
「無茶と無謀はあんたの専売特許でしょうが。今更しおらしい事言ったって冗談にしか聞こえないわよ。それにあたしにはこの状況を打開するような考えはまったく浮かばない。だから、一つでも策があるなら乗らせて貰うわ」
 この絶望的な状況の中、多少の無茶位やってくれないと逆に困る、とキュルケは思った。無茶で無謀で、突拍子の無い行動はルイズ・フランソワーズの十八番。そしてそれは目の前の男にとっても驚くべき行動であるはずだ。きっと、意表がつけるに違いない。
「やろうじゃないの、伸るか反るかの大博打」
「ならわたしから絶対に離れないで。でかいのをやるから」
 ルイズの目が細められ、鋭さを帯びる。この一手を打ったなら、目の前のゴーレムを維持する事は出来なくなる。全ての遍在の攻撃の際を見極め、一瞬あるはずの隙を狙って仕掛ける。急く心を抑えながら、ルイズは機会を見極めようと全神経を集中させた。
 
 やがて、時は訪れる。四人の遍在の刻むリズムが重なり、虚となる一拍が。
「行くわよツェルプストー! あたしに捕まって!」
 その言葉に、キュルケは肯く事もせずにルイズの体にしがみつく。ルイズもまた、それを確認する事もせずに裂帛の気合と共に杖を振る。
 ルイズはイメージする。それは、嘗て宝物庫を襲った巨大なゴーレムの姿。30メイルを超える、強大な土巨人。何度練習しても彼女はこの大きさのゴーレムを作り出す事は出来なかった。最も大きくて15メイルが限界。それでも、十分に大きく素晴らしいゴーレムである事には間違い無かったが、やはりあのフーケのような巨大なゴーレムを作ってみたいという欲求はあった。だから密かに何度も練習したのだが――結局、一度だって作れた事は無い。しかし今は必要なのだ、その大きさのゴーレムが。だから彼女は必死に思い出す。あの日、眼前に現れた見事な土巨人の姿を。あの森で自分に襲い掛かってきた恐ろしい姿を。過去の記憶を掘り起こし、その細部に至るまで明確に思い起こし、今、形と為す。
 私はルイズ・フランソワーズ。無茶と無謀が専売特許だって言うのなら――そいつで道理を引っ込める!
 
 微かに大地を揺らす振動に、遍在達は何事か?と首を傾げる。ここに来て何か仕掛けるつもりか。相手の立つ大地を変質させるというのも土メイジの常套手段だが、その程度では裏はかけんぞ、とワルドはほくそえむ。そうやって無駄な策を弄して精神力を消費するのは、ただ死に近付くのみだと。
 
 ルイズが杖を振り下ろすのに呼応して、彼女達が立つ大地が隆起し始める。土が盛り上がり、それはやがて大きな掌のような形を取って少女達の体を何メイルも押し上げた。その掌の後より現れたのはやはり巨大な腕、そして大地を揺るがし巨大な頭がせり上がり、首と腕とが連なる大地はそのまま彼の者の上半身を形成した。流れは止まる事なく直に完全な土の人型が土より生まれ、形を為した。その身の丈は30メイル以上、メイジが作り出すゴーレムとしては最大級の大きさであった。
 やった。遂にやりとげた。多大な精神の消費にへたりこみそうになりながらも、ルイズは心の中で喝采をあげる。
 だが喜びに浸っている時間は無い。作り出すのはまず第一歩、次への攻撃の準備に過ぎない。ルイズは作り出した僕に指令を送る。その内容はこうだ。
 ――走って、全力で跳べ、と。

 巨大なゴーレムが現れた時、遍在達は己の勝利を確信した。巨大とは言え所詮は土から作られたもの、4体で一斉に魔法を浴びせかければ決して壊せないものでは無い。手を誤ったな、とせせら笑う彼等であったが、巨人は彼等の思いもよらない行動を取り始め、その事が行動を鈍らせる結果に至った。
 てっきり攻撃を仕掛けてくると予想していたゴーレムが、遍在達など眼中に無いかのように明後日の方向に動き出したではないか。一体どうするつもりなのだ!?
 ワルドの強さの一つは、その経験であった。あらゆるメイジと戦いその戦法を熟知している為、焦らず落ち着いてどのような攻撃にも対処出来る。しかし、その反面、まったく予想外の行動を取る相手に対して覚える驚愕もまた人一倍であった。常識の物差しで計れぬ行動は、彼を混乱させるのだ。
 まさに今目の前での出来事がそうだった。故にワルドは混乱し、思考を停止させる。己の脳髄の引き出しに納められていない行動に対しどのように対処すれば良いのか激しく逡巡し、身を固まらせていたのだ。
 
 そんな遍在達の混乱など眼中に無く、ルイズはゴーレムの制御に集中する。己の限界を超えた大きさのゴーレムの制御は、彼女の精神力をどんどん削り取っていく。あと少し、あと少しだけ持って。幾度となく意識を手放しそうになる瞬間を覚えながら、それでもルイズは歯を食いしばり耐えた。
 地響きを立てながら駆けていた巨人が一気に身を屈める。そして曲げられた足に十二分に力を蓄え、一気にそれを放出し――跳んだ。
 30メイルもの巨人が全力で駆け、勢い良く跳躍する。その速度は一体どれ程のものか。それは誰もが思いもよらぬ凄まじい速度であった。
 風竜にまたがり、地上での不可思議なゴーレムの行動に混乱していたワルドにとってもそれは同様であった。巨大な土の塊が砲弾のような速度で自分目掛けて飛んでくる。それを認識し、咄嗟に逃げようとした時には全てが遅かった。引き絞られた巨人の拳が、さらに加速して風竜を捕らえようと放たれた。その一撃は、竜の体を捉えるのには僅かに距離が足りなかったが、それで十分であった。2メイル近い大きさの拳が巻き起こした拳圧は触れもせずに竜の腹を引き裂いていったのだ。風竜は声もなく力を失い、地上へと落下していった。
 土巨人もまた、轟音を立てて大地へと倒れこみ、ばらばらに砕け散った。無理な加速と跳躍、そして着地はゴーレムに多大な負荷を与えていたのだ。その衝撃はタルブの村一帯に地震を引き起こす程大きなものであった。大地は大きくぐらぐらと激しく揺れた。
 ルイズとキュルケも落下の衝撃でゴーレムから大きく投げとばされる。咄嗟にキュルケがレビテーションを使い衝撃を緩和しようと試みたが、それでも激しい勢いで二人は大地に叩き付けられ、苦悶の声を上げた。
 
 朦朧とする意識の中、キュルケはぐったりと力なく倒れるルイズの姿を見た。自分より3メイル先に投げ出され、なんとか立ち上がろうと努力している。しかし先程のゴーレム作成が力を奪ったのか、その動作は緩慢で危なっかしい。
 キュルケ自身の体の方は大した損傷は無いようだった。投げ出された衝撃で多少頭がくらくらするが、それ以外は大したことは無い。さあ、速く立ち上がらなければ。ワルド子爵の乗った風竜は墜落したようだが、子爵自身はどうなったのだろうか?あの一撃で倒せていれば良いが。
 
 立ち上がろうとした瞬間、キュルケはそれに気がついた。ルイズの背後に迫る影、それは間違いなくワルドのもの。憤怒の形相で走り、風の刃を纏わせた杖を振り上げ、一直線に彼女の元へと向かっていた。
 ルイズが危ない、そう思った瞬間、キュルケの体は自然に動いていた。
 
 鈍い音と、ぴちゃり、と頬にかかる液体。それがルイズを覚醒させる。誘われるように振り向いたルイズの視界に入ったもの、それは。
 胸を貫かれたキュルケと、燃え行く遍在の姿であった。
「ああ……」
 遍在が風に返るのを見届けたように、キュルケの膝が崩れ落ちる。その体を、ルイズは夢中で抱きしめた。
「ああああああああああああああああああああ!」
 口から漏れる慟哭は、止まる事を知らない。心が黒く、絶望で塗りつぶされた。
 
 そんなルイズの姿を、キュルケは満足そうに見つめていた。
 ――良かった、どこも怪我してない。
 彼女が見てきたルイズ何時だって傷だらけだった。そんな姿を見るのが悲しくて、辛くて、変わってあげたいと思っていた。だから、今こうして彼女の代わりに傷を受ける事が出来て、本当に良かったとキュルケは思う。
(この子ばっかり傷だらけになるのは不公平だもの……これでおあいこよね)
 満ち足りた感情に包まれながら、キュルケの意識は闇へと落ちていった。

「予想外にてこずらせてくれたが……もう頼みの綱の友人も死んだぞ? これでおしまいだ」
 そんなワルドの声が、堪らなく煩わしかった。黙れ、今はそんな下らない言葉を聞いている暇は無い。
「僕の方も大分疲労しているがね、君を殺すのには十分だ。だが君にはもう力が残っていないだろう? 無駄な抵抗はよして、大人しく殺されて友達の下へ行くが良い」
 ルイズはキュルケの体をきつく抱きしめる。消え行く命が、少しでもこぼれないように。必死になって、抱きしめた。
 
 彼女の心の中は、既に一つの感情で塗りつぶされていた。それは純粋な怒り。限界を超えたそれは、一つの思考を形作る。
 ――赦さない。そのへらず口を、黙らせてやる。
 
 ルイズの周りの大地が蠢く。また馬鹿の一つ覚えのゴーレムか、そう思うワルドであったが、次々と隆起していく大地の様子に驚愕し目を見開いた。
 それは形を持たず、水のように蠢いていた。また風のように疾く流れていた。それでいて、大地のように確たる存在を持って存在していた。
 やがて、壁のようにそそり立った土の波がルイズの背後に出来上がった。
 ルイズが、咆哮する。嘆きと、怒りとを備えて。それに呼応するように、波が一斉にワルドへと押し寄せていった。まるで津波のように怒涛の勢いで、圧倒的な質量を持ってのしかかっていく。
 ワルドはそれを必死になって魔法で押しのける。風で作った防護壁の周りを、土が取り囲み押しつぶそうとしてくる。
 馬鹿な、こんな土の魔法は知らない。このようにして土そのものを動かし、攻撃に使うなど、僕は知らない! 圧倒的な質量の前に、彼は震えた。
 ルイズは真っ白な思考の中思う。より速く、強く。相手が抗えぬ程圧倒的な攻めを。ただそれだけを考えていた。
 
 数十秒も続いただろうか、土の津波が勢いを無くし、消えうせる。
 ワルドもルイズも、満身創痍であった。ワルドは既に遍在を維持する精神力も失い、大きく肩で息をしながら立っている。ルイズも既に精神は限界のようで、膝ががくがくと振るえ立っているのがやっとのようであった。
 
 精神力が切れたなら、あとは人の力での殴りあいだ。ルイズはキュルケの体を優しく横たえると、なけなしの精神力を振り絞り、短剣を錬金する。これが正真正銘、最後の魔法だ。
 そのルイズの様子にやる気ありと見たのか、ワルドが杖を構えた。
「さあ来いルイズ。この手で捻じ伏せてやるぞォォォォォォォ!」
 その声に答えるように、ルイズが剣を振り上げ踏み込む。言葉は無い。だが瞳に宿る意思が、全てを物語っていた。
 剣が振るわれる。縦に横に、縦横無尽、疾風怒濤の勢いを持って。それは、まるで達人が振るうような威力を持ってワルドに襲い掛かる。
 その太刀筋が、さらにワルドを混乱させる。これはまるで熟練した達人のようだ。ルイズが剣を使えるなどと、聞いた事も無い。それにこの威力、少女の細腕で出せるものではない。なんだ、なんなのだこれは!
 利き腕を失い、隻腕の身で凌ぎきれる攻撃ではなかった。振るわれる剣が杖を切り落とし、返す勢いで手首を両断する。その切り口から、勢い良く血が吹き出た。
 その時、ワルドは見た。ルイズの背後に浮かぶ、一冊の本の姿を。それが淡く光っている事を。彼は全てを悟った。ルイズの周りで起こる数々の不可思議な現象、それはこの本が原因だったのだと。この本が、ルイズを守り、力を与えていたのだ。

 切り込んだ勢いのまま、ルイズはワルドを押し倒す。そのまま馬乗りの形になり、ワルドを睥睨した。ワルドは必死になってルイズを押しのけようとするが、手首を失った腕は同時に力も失ってしまったように空しく少女の体を撫でるだけだった。

 ルイズが短剣を掲げる。それは真っ直ぐに、ワルドの喉を狙っていた。
「やめろ…やめるんだルイズ。仮にも婚約者だった僕を、殺そうと言うのか」
 必死の懇願にも、ルイズは耳を貸さない。ただまっすぐと、ワルドの瞳を見つめ続ける。それがワルドには何よりも恐ろしかった。
「キュルケが居なかったら、きっと最後まで持ちこたえられなかった」
 それは、目の前のワルドに語りかけた言葉では無かった。己自身に問いかけ、全てを終わらせる為の言葉。
「なら助けてくれルイズ! 僕にはやらなければならない事がある。どうしても、聖地へと赴かねばならないんだ。だから、殺さないでくれ」
「皇太子さまがあなたの右腕を切り落としてくれなければ、こうして組み付く事も出来なかった」
「頼む、元々は婚約者同士じゃないか! お願いだ、助けてくれぇ!」
「わたし一人では、決してここまで来る事が出来なかった。この勝利は、わたしの勝利じゃない。皇太子さまと、キュルケがくれた勝利」
「やめろ、やめろ、やめろおおおおお」
 ワルドの哀願など、彼女の耳には入っていない。もう、止まらなかった。目の前の男は色々なものを奪いすぎた。許す事は、出来ない。
「さようなら、ワルドさま」
 振り下ろされる刃。手から伝わってくる感触は鈍く、苦かった。
 ――さようなら、ワルドさま。わたしの、大好きだった人。
 
 ルイズはゆっくりと立ち上がると、満足に動かない体を引き摺って歩く。向かったのは血に伏せて倒れる少女の下。
「馬鹿ね、あんた。どうして私なんか庇ったりしたの。本当にもう、おせっかいなんだから」
 手から伝わる感触が、キュルケの命はもう失われつつと伝えていた。だがルイズにはどうする事も出来ない。胸に空いた大穴は、一目で致命傷と理解出来るものだ。もう、助からない。
「お願い……目を開けて……死なないで……」
 力を振り絞り、キュルケの体を持ち上げる。体中が悲鳴を上げたが、そんな事は意に介さずに限界を超えて彼女は力を籠める。死なせたくない。彼女を、助けたい、だって――。
 
 ルイズの頬を涙が伝う。やっと、やっと判った。
 
 ――だって、彼女はわたしの友達だから。
 そう、友達だったのだ。両家の因縁だとか、そういうので意地を張っていたけれど、わたしたちは友達だった。ずっとずっと本当は判っていたのに、判らないふりをしていただけだ。
 友達だったから、キュルケは何時もわたしを助けてくれた。何時だって、支えてくれていた。それがどれだけ嬉しかった事か。
 だから、わたしも助けたい。強くルイズは願った。友達を、助けたいと。
 
 死に行くキュルケの体を抱きしめながら、ルイズは炎の中を彷徨った。
 僅かな希望に賭けて、彼女は歩く。森まで行けば、きっとタバサが居る。急いで医師の所へ行けば、きっと助かる。
 ――それは嘘だ。もう数分もしない内に、この命は潰える。
 頭の冷静な部分がそう囁く。だがルイズは歩みを止めない。一歩、一歩、死力を振り絞って進む。
 これは何時か見た夢の光景だ、とルイズは思い出す。紅蓮の炎の中、地獄のような光景が繰り広げられ、友人の亡骸を手に彷徨う自分の姿。まるでその夢の光景そのものだ。しかし一つ違うのは、夢の中の自分は絶望に全てを嘆き諦めきっていたが、今の自分はそうではない事。決して絶望せず、最後まで諦めない、不屈の心がここにはあった。

 だが限界を超えた体は少女の想いを裏切るように力を失い、地へと倒れ伏す。最早立つ事すら出来なかった。
 朦朧としてくる意識の中、ただ一つだけを願う。キュルケを助けたい、死なせたくない。無意識に、ルイズはキュルケの手を握り締めた。もう片手には己の使い魔を握り、ただひたすらに、純粋に、それだけを願う。それはすでに願いではなく、祈りとなっていた。
 
 揺るぎ無き意思だけでは駄目だった。切なる願いだけでも駄目だった。その二つが一つとなったからこそ、奇跡は起こる。
 
 ルイズの使い魔が主の手を離れ、宙へと浮かび上がる。その頁が激しく捲れ上がり、本は開かれた。それはまるで何事かを為さんと腕を広げるような、そんな姿だった。

 キュルケの体が、光になっていく。きらきらと輝き、細かな光の粒となって、それはやがて本の中へと吸い込まれていった。
 
 ――Absorption――
 
 声と共に、ばたん、と閉じられる本。
 目の前で繰り広げられた光景を、ルイズはただじっと見ていた。余りにも不可思議な出来事だったが、何の不安も無かった。きっと、彼女がキュルケを害するような事はしないと、そう確信していたから。だって、彼女はわたし自慢の使い魔なのだから。
 
 本が、ルイズの目の前にやってくる。何かを待ちわびるように、誘うように、ルイズの前で静かに浮いている。
 ルイズは力を振り絞り、本を手に取った。
 少女の手と、金の十字が触れ合った瞬間。
 
 ――Anfang――
 
 声と閃光が、辺りを包み込んだ。


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