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夜天の使い魔23話

「見ろ、艦長。一撃だ! 一撃で敵は総崩れだぞ!」
 自らの横で驚喜するサー・ジョンストン――トリステイン侵攻軍総指揮官――を、冷え切った感情でボーウッドは見つめていた。
 総崩れ。なんと控えめな表現だろう。レキシントン号主砲の直撃を受けた敵の旗艦は文字通り欠片も残さず吹き飛んでいた。哀れな骸を晒す権利すら失い、この世から消滅したのだ。そしてその余波で巻き起こった爆発に巻き込まれ、艦隊を形成していた残りの戦艦も2隻を残し全滅。その残った2隻も戦闘可能とは思えぬ程損傷していた。それは最早戦闘とは言えぬ、虐殺としか言い様の無い一方的な光景だった。
 レキシントン号の主砲の威力は圧倒的であった。射程は既存の砲門を軽く3倍は超え、破壊力は一撃で艦隊を殲滅せしめる。もしこれを地上に向ければ、目の前に広がるような小さな村など一撃で消えうせてしまうだろう。確かにこれは戦局をも変えうる超兵器に相違無い。唯一の弱点と言えば連射が効かない事で、どういう機構なのか知らないが一度打てば次弾まで一時間以上の装填時間を取られてしまう。しかしそんな事は些細な問題と言えた。なにせ、一撃打てば問題なく目的は達せられる事間違い無いのだから。
 甲板上では、兵達が「アルビオン万歳! 神聖皇帝万歳!」と驚喜の喝采を上げていた。誰もが皆この圧倒的な力に酔っていたのだ。この時、末端の一兵卒に至るまで、誰もアルビオンの敗北を疑ってはいなかった。
 
 アルビオン艦隊は毛ほどの傷すら負うことなく堂々とトリステインの地に降り立った。タルブの村の近くにある草原に停泊した艦隊からは次々と兵が地上へと降下し、甲板からはアルビオンが誇る竜騎兵が飛び立って行く。
 まずはトリステインとアルビオンを結ぶ玄関口であるラ・ロシェールを押さえ、橋頭堡を築く。そしてこの地を足がかりにさらに兵を送り込み、兵団を以ってトリスタニアに攻め上がるという筋書きだ。
 
 これが、後の歴史に永く語り継がれる「タルブ会戦」の始まりであった。しかしそれは神聖アルビオン帝国の圧倒的勝利を謳ったものではない。誰もが知る御伽噺の最初の一幕。その始まりこそが、今この時であった。
 
 同時刻――ルイズは何時もと変わりなく授業を受けていた。シエスタが居なくなってから数日、一人で目覚める朝が少し寂しいと感じながらも、彼女は平凡な毎日に戻っていた。教師の解説を聞きながら真面目に勉学に励む、何時も通りの授業風景。
 だがその時、机に置かれた彼女の使い魔がぶるり、と震えると共に――天啓のような何かが彼女の頭の中を走りぬける。
 教師の声だけが響き渡る教室の中、いきなりルイズが音を立てて立ち上がり一気に出口へ向かって駆け出していった。いきなりの行動に皆は呆気に取られ身を固まらせ、しばらくすると一体どうしたのかと教室内は騒然とした雰囲気を作り出していった。
 
 ルイズは全力で走り塔の外に躍り出ると真っ直ぐに北の方角を見つめる。その空は僅かに白んでいるように光り、輝いていた。それは丁度ラ・ロシェールのある方であった。
 手に抱えた己の使い魔からは未だ僅かな振動が伝わってくる。それは言葉を介さぬ漠然とした感覚ながらも彼女に明確な何かを伝えていた。おそらく、それは「脅威」。恐るべき何かが起こりつつあると彼女の使い魔はルイズに必死に伝えていた。
 そして、先程頭の中に浮かんだ光景。見知らぬ村が燃える光景と、その中に立ち尽くすシエスタの姿。炎に包まれながら、彼女は必死に助けを求めていた。
「これは、あなたの力なのね。あなたが、わたしに伝えてくれたのね?」
 物言わぬ使い魔は、彼女の手の中でそうだ、と言っているように思えた。きっと、今見たものは現実だ。ただの幻覚とは思えない。それほどの現実感を持って、その光景はルイズの脳裏に展開されたのだ。今確実にシエスタの故郷で何かが起こり、彼女は必死に助けを求めている。
 
 ルイズは厩舎に向かうと、馬の背に乗り一目散に駆けだした。一秒でも一瞬でも早く、タルブに向かわなければならない。その時の彼女はそれ以外の何も考えてはいなかった。

 街道を全力疾走で北上するルイズとすれ違うように、早馬が魔法学院に向かって駆けていった。馬は全精力をかけて突き進み、信じられぬ速度で目的地へと辿り着いた。その背に乗った男もまた、馬の背から飛び降りると全力で一路駆けて行く。目指すは魔法学院本塔の遥か高くに居るオールド・オスマンの下だ。
 オールド・オスマンはその時王女の婚礼に参加する為の準備に忙しく動き回っていた。一週間程留守にする予定であったのでその間学園の運営に差し障りが無いように書類を片付け、ゲルマニアへの長旅の為の荷物をまとめているところであった。そんな忙しい老人の部屋が勢い良くノックされたのは、オスマンが大量の書類を前に悪戦苦闘している時のことであった。
 扉を叩く音はノックというより激しい殴打音と形容して差し支えなかった。そしてその音の主はオスマンが誰何する前に部屋の中へと飛び込み、大声で口上をまくしたてる。
「申し上げます! アルビオンがトリステインに宣戦布告! 王軍は現在ラ・ロシェールに展開中! 魔法学院の各員に於きましては、安全の為に禁足令を願います!」
 途端、オールド・オスマンは顔色を変えた。
 何時かはこうなると思ってはいたが、まさかこんなに早く事が起こるとは。国を興したばかりのアルビオン帝国は暫く内政に専念し国力を安定させる事を計るだろうと読んでいたのだが、甘かったか。まさか政権を転覆させた勢いそのままに他国に攻め入ってくるとは。余程の馬鹿なのか、それともそんな馬鹿を突き通すだけの何かを持っているのか。
 
「現状はどうなっているのかね?」
「敵軍はタルブに陣を展開し、ラ・ロシェール付近に展開した我が軍と睨み合っている形であります。しかし敵艦隊の奇襲を受け我が航空戦力は壊滅、対して敵は旗艦レキシントン号を始め十数隻がまったくの無傷で完全に制空権を奪われた形となっております。また戦の準備が整っていなかった為我が軍の兵力は掻き集めた二千のみ。敵軍は先遣隊だけで三千を超える数だと推測されます」
「ゲルマニアは動かんのか?」
「……それが」
 使者はその言葉に顔を曇らせる。
「まるでアルビオンの動きに呼応するかのようにゲルマニアは同盟の破棄を通達してきました。それに伴い王女殿下のご婚約も……」
「全てが消え去った、と言う事か」
 これが奴らの切り札か! オールド・オスマンは歯噛みした。ゲルマニアとの同盟を切り崩せるのなら、精強な空軍力を持つアルビオンにとってトリステインなど敵ではあるまい。
 ゲルマニアの支援を頼る事が出来ない以上、トリステインは最早為す術が無い。幾らメイジの数を抱えていようと絶対的な兵力の差を覆す事など出来ないのだから。
 そして今の状況を見るに地上兵力の数で劣っている事を始め、制空権を奪われてしまったのは何より痛い。地上に居る兵達は空からの砲撃に対し抵抗する術など無いのだから。居並ぶ艦隊からの砲撃は容易く地上の者たちを吹き飛ばして行くだろう。そして緒戦の勝利の勢いのままに敵はトリスタニアへと侵攻、労せずして王都を落とすに違いない。状況は絶望的であった。
 オスマンは一つ溜息をつく。これは覚悟を決めなければならないかもしれない。もし生徒達に害が及ぶような事態になったならば、老骨に鞭打って自らが矢面に立つ所存であった。学院長の矜持にかけて、決して生徒達に手は出させない。オスマンは一人で密かに決意を固めた。
「この向かい風は、余りに厳しすぎるのお。お主もそう思うじゃろ?」
 オスマンの呟きに、使者は何も応えなかった。部屋の中に漂う沈黙は重く、二人の男はただ言葉無く向かい合うのみであった。
 
 全力でひた走るルイズの頭上を、ふと黒い影が覆う。その影は彼女を追い越し、その遥か前方で彼女の行く手を遮るようにして地に舞い降りた。
「ツェルプストー」
 キュルケとタバサ、そしてシルフィード。二人と一匹がルイズの目の前に立ちふさがった。シルフィードの背から降りるキュルケの姿を見て、ルイズもまた馬の足を止めその背から降りる。
「一体何の用かしら。わたしは今急いでいるのよ。道を空けて頂戴」
「アルビオンがトリステインに戦線布告したわ」
 告げるキュルケの表情は張り詰めていて、何時もの余裕が感じられなかった。
「アルビオン軍は今タルブって村に陣を敷いている。そしてトリステイン軍もラ・ロシェールに陣を展開してるそうよ。……この先は戦場なのよ、悪い事言わないから引き返しなさい」
「そう」
 返事を返すルイズの表情もまた、張り詰めていた。今のキュルケの言葉を聞き顔の緊張は一層高まり、視線は鋭くなったようであった。
「有益な情報をありがとう。なら尚更帰る訳には行かなくなったわ。さあ、そこを退けて頂戴」

「なっ……」
 予想もしない答えに、キュルケが返答に困ったように言葉を詰まらせた。そして次の瞬間、怒鳴るように言葉を捲くし立てた。
「あんたね、あたしの言う事聞いてたの!?」
「聞いていたわ、十分にね。今タルブにはシエスタが居る。そして彼女が助けを求めている。なら、わたしが退く理由なんて無いわ」
 シエスタ、という名にキュルケは聞き覚えがあった。確か先週までルイズの世話をしていた給仕の名前がそうだったはず。彼女はその給仕の為に戦場へと赴こうと言うのだろうか。

「タルブは今敵の本拠の真っ只中になっているのよ。そんな中に一人行ってどうするって言うの? たった一人、出来る事なんて何も無い。まさか一人で軍隊に喧嘩売りに行くつもりじゃないでしょうね」
「別にアルビオン軍と戦いに行く訳じゃないわ。ただシエスタを助けに行く、それだけよ」
「同じようなもんでしょ! タルブへ行ったなら必ずアルビオンの連中と鉢合わせになる、そうしたら無事に戻れるとは限らないのよ。……どうしてあんたは何時も何時もそうやって危険な所に飛び込んで行っちゃうのよ」
 フーケの討伐も、ニューカッスルでの出来事も、危険に満ち溢れていた。しかし今回はそれを更に上回る事態だ。戦場の最中に無謀に飛び込んだというのなら、その先に待っているのは死しか無い。それだけは辞めさせたいとキュルケは思っていた。今回ばかりは、どうにもならないと。

 そんなキュルケの胸の内を知ってか知らずか、ルイズは静かに語りだす。
「あんたの言う通り、わたしが出来る事なんて何も無いのかもしれない」
 それは穏やかで、静かで、それでいて意思の篭った声であった。
「きっとどんなに頑張ってもどうにもならなくて、傷付いて、こんなはずじゃなかったってまた後悔するんだと思う。でもね、だからってそれが諦めて良い理由にはならない。後悔が自分を傷つけると臆病になるよりは、後悔の中に飛び込んで傷付く方が良い。それが、わたしの選んだ生き方」
 ルイズは空を仰ぐ。真っ直ぐと、輝く太陽を見つめるように。
「だからわたしは行くわ、タルブに。何も出来ないかもしれない、でもそんな中でもきっと僅かでも出来る事があるはずだから。私はそれをする為に行くのよ。大きな後悔の中にも、きっと何かを見出せる、そう思うから」
 ルイズはニューカッスルでの一夜を思い出す。何も出来なかったと絶望した自分。その沢山の後悔は今も胸の内に残っている。それでも、最後に笑っていたウェールズ皇太子の顔は満足そうで、きっとそれは自分のした事がまったくの無駄では無かったという証だと今はそう思えるから。
 ――もう、迷わず進んで行ける。
「だからお願い、そこを退いてツェルプストー」
 だがキュルケはそこを退こうとはしない。未だルイズの行く手を阻むように立ち尽くし、彼女を睨み付けている。
 ルイズもそれに負けじとキュルケを睨み返す。二人の視線が激しくぶつかり、交錯した。お互い一歩も譲らず、己の主張を通そうと我を張り続ける。

「あんたって本当に馬鹿よね。底無しの、とんでもない大馬鹿」
 やがて根負けしたようにくるり、とキュルケが背を向けた。
「そんな馬鹿、一人で放っておけないでしょ。あたしも一緒に着いて行ってヘンな事しないように見張っててあげる。それに、馬じゃタルブに着くのは明日になるわよ。シルフィードの足なら、もっと早く辿り着ける」
 本当は、どうやっても行くのを止めたかった。でも判っていたのだ、きっと止める事は出来ないと。彼女は他人の説得で己の意見を曲げるような性根の持ち主ではない。これと決めたらとことん突き進む、例え待ち受けるのが不可能という壁であっても。それがルイズ・フランソワーズなのだから。
 本当に手のかかる娘だ、キュルケは心の中で嘆息する。一人だときっと無茶をし過ぎる。だから、一人にはしておけない。ほんと、何時もの展開ねとキュルケは呆れ、そして――やはりこうでなくちゃと諦観混じりにほんの少しだけ笑った。

 シルフィードの背に乗るルイズをタバサとシルフィードは無言で迎えた。だがその瞳が彼女の行動を肯定すると告げていた。ルイズはただ一言、「ありがとう」と告げてそれに答える。
 三人の少女達を乗せ、風竜が空に舞う。風を切って飛ぶ速度は、並の風竜のものを遥かに超えていた。韻竜であるシルフィードが先住魔法で風の精霊の加護を得て飛んでいる為だ。ニューカッスル城へと突入した時に迫る速度を出しながらも、体の受ける抵抗は遥かに少ない。おそらく、これはシルフィードの気遣いなのだろう。一刻も早くタルブへ向かいたいと願うルイズの為に、彼女がしてくれた精一杯の事。ルイズは心の中で再びありがとう、と感謝を告げた。

「近くまで行ったら、一度速度を落として低空で進入する」
 タバサの提言に、ルイズとキュルケが肯く。詳しい話は判らないが、タルブ近郊にアルビオン軍が展開しているのは確からしい。恐らく村の近くには兵士もメイジも沢山居るだろうし、空には竜騎兵が展開しているだろう。このような状況で上空から突っ込むのは自殺行為に等しい。なんとしても見つかる訳にはいかない。見つかったら最後、確実に生きては帰れない。

 ルイズはシエスタの事を想う。たった一週間という短い期間を共に過ごしただけの彼女。それなのに、もっと長い時間を共有したような感覚をルイズは覚えていた。それはきっとシエスタが本当に親身になって自分に尽してくれたからだと思う。シエスタは、塞ぎこんだ自分の為に必死に頑張ってくれた。だから今度はわたしが助ける番だ。きっと、シエスタを助けてみせる。例え向かう先に居るのが恐るべきアルビオン軍の本拠であろうと、ルイズの心に恐怖は無い。ただ変わらぬ決意だけが胸の内にあった。
 
 僅か二時間という時間でシルフィードはラ・ロシェールの近郊まで辿り着く。ここまでくればもうタルブは目の前だった。予定通りシルフィードは高度を落とし、見つからぬように身を隠す。
 タルブの南には広く森が広がっていた。その木の高さすれすれを這うようにしてシルフィードは進む。既に上空には何騎もの竜騎兵が当たりを見回っているのが見て取れたが、幸い森の方に目を向けるものはなく、今の所は気付かれている様子は無かった。そしてもう一つ、嫌でも目に入るのは炎上する村の光景だ。遠目からも建物が激しく焼かれ、燃え上がっている様子が判る。おそらく示威行為の一環として村を焼き討ちしたのだろう。余りに無残な光景を前にして、ルイズは静かに怒りを覚えた。
 
 森と村との境目、そこに隠れるように一行は降り立つ。間近で見る村の様子は酷いものだった。家々は殆どが炎に包まれ、または燃え尽き墨となり、破壊の限りを尽されていた。
「これからどうするの?」
「逃げ遅れた人が居ないかどうか確かめながら、シエスタを探すわ」
 キュルケの問いにそう応えるルイズ。シエスタの事も心配だが、この村の有様を見た以上、放ってはおけない。シエスタを探すのと同時に村の人たちも可能な限り助ける。ルイズはそう方針を決めた。
「じゃああたしとあんたの二人で探しましょ。タバサはここで待機。もし重症の人が居たらシルフィードに乗せて運んで欲しいの」
 こくり、とタバサが肯く。そう広い村でも無い、二人で手分けして十分に探しきれるだろうと彼女も判断し、ここで待機するのが一番だと考えたのだ。
「それじゃ、早速手分けして行きましょ」
 タバサを残し、少女は二人、燃え盛る村へと足を踏み入れて行った。

 タルブの村の住人の大半は既に避難しているようで、人の姿は殆ど見られなかった。しかし全員が避難できたという訳では無い。この非情な焼き討ちに巻き込まれ、怪我をして動けなくなったものも少なからず存在した。火傷を負い動けなくなったもの、崩れる家の木材で怪我をした者、若しくは元から体が不自由で逃げるのに手間取り取り残されてしまった者。村を覆い尽す炎の中、ルイズは彼等を人と同じ大きさのゴーレムを使いタバサの元へと運び、そして必死にシエスタの姿を探す。既に避難していてくれるならそれで良い。だが――。
 目の前には、倒れ伏す母親に縋りつき泣く少女の姿があった。子を庇ったのだろう、血にまみれ焼け爛れた肌を晒した姿は一目で息が無いと判った。少女もそれは判っているのだろう、それでも尚目を醒まして欲しいと縋りつき、嗚咽を漏らす。
 奪われた命は、決して零では無い。その中に、どうかシエスタが含まれて居ないで欲しいと祈った。
 ルイズは少女に近付くと、優しく抱きとめる。
「ここは危ないわ。わたしと一緒に逃げましょう?」
 少女は、ルイズの腕の中でただ泣いた。ルイズは少女を背負うと、ゆっくり森へと向かい歩き出す。このような少女を一人にしてはおけない。少しでも長く傍に居てあげたいと、そう思った。

 ――タルブの村はラ・ロシェールから本当にすぐの所にあるんですよ。他には何も無いところですけど、村の周りに綺麗な草原が広がっていて、私にとっては一番の故郷です。きっとルイズ様も気に入りますよ。
 嬉しそうにそう話すシエスタの顔は輝いていた。彼女はきっとこの村が大好きだったのだろう。ここにはシエスタの幸せや思い出が沢山詰まっていたはずなのだ。それが今、燃えている。
 戦争だとか、外交だとか、そんな事は関係無い。ただ、ここで平和に暮らしていた人々の幸せが無残に奪われた。今背中で悲しみに暮れる少女のように。それがルイズの怒りを呼び起こす。
 何時だってそうだ。この連中は何時も何かを奪っていく。沢山の人から何かを奪っていく。己の友人の想い人を奪い、無辜の人々の安らぎを奪い、この上さらに何を奪おうと言うのか。限界を超えて湧き上がりそうになる怒りを、ルイズは必死に堪えた。
 
 少女をタバサに預けると、再びルイズは村へと戻る。タバサが待機している森の付近には他にも多くの避難民が居たようで、逃げ遅れた人達を家族と巡り会わせるのもそう難しい事ではなかった。その中には、勿論シエスタの家族も居たのだが、シエスタの父曰く「娘は一度は避難したのだが、何かを取りにまた村へと行った。そしてまだ戻ってきていない」というのだ。おそらく家に戻ったのだろう、という言葉を頼りにルイズはシエスタの家へと向かう。
 
 一度は無我夢中で避難したシエスタが自宅へと踵を返したのには訳がある。たった一つだけ残された曽祖父の遺品。それだけは、どうしても手元に残しておきたかった。彼女の曽祖父は余りものを持たない人で、死んだ時も殆ど何も残らなかった。そんな中、残された数少ない遺品の一つが今彼女の手の中にある奇妙な眼鏡だった。つけると顔にぴったりとくっつき目を覆うそれは、曽祖父が生前唯一大切にしていたものだ。この眼鏡と、村の外れにある竜の羽衣、それだけが曽祖父が生きた証なのだ。それを炎に焼かせてしまうのはシエスタにとって赦し難い事だったのだ。故に彼女は危険も顧みずこうして燃え盛る家の中へと戻ってきたのだった。
 眼鏡を手に入れて、安堵した時――シエスタは如何に自分が馬鹿なのか思い知らされた。無我夢中であった為に気付かなかったが、既に周りは炎に包まれ、外に出るのは困難な状況であった。入る時は辛うじて耐えられる位の火の勢いだったのが彼女にとっては不幸だった。眼鏡を探す内に火の手は勢いを増し、家を包み込んで彼女を閉じ込める炎の牢獄を形成した。
 炎は容赦なくシエスタの体を炙り、澱む空気が彼女の喉を苦しめる。ああ、と彼女の心を絶望が支配した。最早彼女には為す術が無い。曽祖父の形見を胸に抱きながらシエスタは祈った。誰か助けて、と。
 
 刹那、部屋の壁が吹き飛ぶ。ぽっかりと穴を開けたその場所にシエスタが見たのは、巨大な土くれの人形と、信じ難い人の姿。だが、見間違えるはずも無い。炎の中、まるで熱を感じさせないように堂々と立つ姿は紛れも無くルイズ・フランソワーズのものであった。
「ルイズ様……一体どうして……」
「そんな事聞くまでも無いでしょ」
 そう答えるルイズの姿は、凛々しく、力強く、まるで御伽噺の英雄のようで。
「あなたを助けに来たのよ」
 シエスタは我を忘れ小さな貴族の少女に抱きついた。

「どうしてまた家に戻ったりしたのよ。危険だって判ってたんでしょ?」
 少し嗜めるような口調のルイズに、シエスタはすっと眼鏡を差し出す。
「これは……」
「私の曽祖父の遺品です。たった一つの。これがもし燃えちゃったら、曽祖父が生きた証が消えてしまうようで悲しくて、それでどうしてもこれだけは守りたかったんです」
「そう、そうなの」
 それだけ聞けばルイズが納得するのには十分だった。シエスタが曽祖父に思い入れがあるのは、その話を聞いたルイズには良く判っていたからだ。
「シエスタ、一人で戻れる?」
「ルイズ様はどうなされるんですか?」
「もう一度、村を回ってみるわ。ちゃんと全員避難出来たか見てくるから。シエスタは先に戻って待っていて」
 ルイズの言葉にシエスタは不安そうな顔を見せたが、わかりました、と言うと皆が避難する森へと駆けて行った。

 シエスタを探すまでの間に村の殆どの場所は回りつくした。おそらくもう誰も居ないのだろうが、念の為にもう一度村を回ってみる事にしたのだ。
 家々を燃やす炎の勢いは既に頂点を超え徐々に衰えを見せ始めて来ていた。この炎が消え去った後、残るは嘗て村だったものの残骸と、悲しみだけ。それは余りにも理不尽だ、とルイズは思った。ただの見せしめの為だけに、この村は焼かれたのだ。例え戦争だとは言えそれは赦し難い。

 怒りを抱えながら村の中央を行くルイズの行く手にある炎が、ゆらり、と揺れた。赤き炎の中、浮かび上がる影は徐々に人の形を取って行く。
「タルブの村でゴーレムが出現したという報告があったので、念の為と思い直々に確かめに来て見れば、まさか君に出会う事になるとはな」
 その声、その姿、忘れるはずもない。燃え盛る炎を物ともせずに現れた人影は、彼女の良く知る人物のものであった。
「子爵さま……」
 畏れ、驚き、恐怖。様々な感情がルイズの呟きには籠められていた。
「ニューカッスルで死体は見つからなかったから、生きてはいるだろうと思っていたが……再びこうして死地に赴いてくるとは、まさに愚か者のする事だな。命は大切にした方が良いぞ、ルイズ」
「お構いなく。わたしはわたしがするべき事をしに来たまでです。子爵さまにどうこう言われる筋合いはありません」
 その物言いに、ワルドはおかしそうにくくく、と笑う。
「相変わらず気丈な事だ、流石は僕のルイズ。だが言葉は繕えても足の震えまでは隠せないぞ?」
 見透かされていた――その事実が、さらに彼女の震えてを増大させる。そう、彼女の体は震えていた。幾ら傷が癒えようと、圧倒的な力で蹂躙された記憶までは消す事が出来ない。ジャン・ジャック・フランシス・ワルド。この男の絶対的な実力に自分は抗う事が出来ないと、彼女は嫌と言うほど実感させられていたのだから。それは恐怖となって彼女の体に現れ、無様に体を震わせていた。

「ああ、余り恐れないでくれ、僕のルイズ。僕は君の実力を高く評価しているんだ。あのニューカッスルでの戦いの事を思い返すとね、君には何か不思議な力があるように思えてならないのだ。僕はそれが欲しい。勿論、君自身のメイジとしての実力も高く買っている。どうだ、我が神聖アルビオン帝国へと来る気は無いかね? はりぼてのようなトリステイン王家では君の実力は正しく評価されまい。我がアルビオン帝国ならば実力に見合った地位も富も掴む事が出来る。どうだ、悪くない話だろう?」
「丁重に、お断りさせていただきます」
 考えるまでも無く、即答。そのルイズの様子に理解出来ない、と言った面持ちで呆れたようにワルドは頭を振った。
「何故だ? このままトリステインに残った所で何処か知らぬ男の所へ嫁にやられてつまらぬ一生を終えるだけなのだぞ? だがアルビオンに来れば自由にしたい事をして生きる事が出来る そして力に見合った評価を受ける事が出来る。それはとても魅力的な事だろう。断る理由などあるまい」

「あなたは、わたしの事を何一つ理解していないのね」
 ルイズは静かに言い放つ。これから放たれる言葉がどういう結果を招くのか、彼女には判っていたが、それでも言わなければならなかった。恐怖に屈し、阿りの言葉を並べるような恥ずべき事はしたくない。これから放つのは決別の言葉。
「わたしにとって、地位とか富とか名誉とか、そんな事はどうでも良いのよ。大事なのはたった一つ、この胸に宿る誇りに恥じぬ生き方だけ。それを貫く為なら、わたしは何も要らない」
 そしてそれは、思慕を重ねた相手への、宣戦布告であった。
「あなたの語るものはわたしにとって全て無価値だわ。そんな詰まらないものでわたしを釣れるとでも思ったのかしら? 余り安く見ないで欲しいわ」
 その言葉に、ワルドは大きく顔を歪めた。少女の言葉は、あの男を思い出させる。自分の右腕を奪い去った忌まわしい存在、ウェールズ・テューダー。
 ――君は屈したのだ、我が誇りと覚悟の前に。君の内にある欲望では、決してこの輝きを超える事など出来ない。
 ウェールズの言葉が脳裏に蘇る。それは実に不快な響きを以ってワルドの心に反響していく。
「誇りだと……そんなものが何を与えてくれる!? 下らん、下らんぞ。そのような自己満足で得られるものなど何も無いわ!」
 苛立ちを隠せぬまま、ワルドは叫ぶ。そうだ、誇りなど無価値だ。そんなものを持つだけで何かを為せるのなら、誰も苦労はしない。
「嘗て婚約者だったよしみ、出来る事なら温情を以って場を納めようと考えていたのだが、それも無駄だったな。さよならだ、ルイズ。呪うのならば、そのような愚かな生き方に至った己自身を呪うが良い!」

 杖を掲げるワルドの姿が、心底恐ろしい。ルイズの頭脳の内には勝機など欠片も無く、過去に受けた苦痛の記憶がじくじくと心を苛む。恐怖は手足の力を奪い、彼女を屈服させようとしてくる。
 だが、彼女は退かない。
「呪ったりなんか、するもんですか」
 ぎゅっと己の使い魔を胸に抱き、震える手に有らん限りの力を籠めて、小さなタクトを振り上げた。
「自分で選んだこの道を……胸を張って進んでみせる!」


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