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夜天の使い魔21話

 先に終結したアルビオン内戦を、勝利者であるレコン・キスタ――アルビオン帝国では「革命戦争」と称していた。悪しきアルビオン王家を制し正しき姿に立ち戻らせた、そのような意味合いがその名には籠められているのだろう。アルビオン新政府の者達は好んでこの名称を用い、先の戦いを語っていた。
 
 さて、その革命戦争で活躍した一隻のフネがある。名を「レキシントン」号、嘗て「ロイヤル・ソヴリン」号と呼ばれ、アルビオン王家の象徴ともなっていたフネだ。しかし先の戦争の折にレコン・キスタ軍が王党派より奪い取り、自分達の旗艦として使用していた。船体の大きさは他のフネのゆうに倍を超え、その巨体と舷側に居並ぶ砲門が威圧的な印象を与える。ロイヤル・ソヴリン――「王権」という名をこのフネは存在そのもので示している、そのように見えた。
 この巨艦は先の戦いでイーグル号の特攻にあい、船首部分が粉々に砕けて致命的な損傷を負っていた。その為、今日まで突貫工事で修理が行われていたのだ。アルビオン王家が自らの力を誇示するためにこのフネを用いたように、またアルビオン帝国の者達も同じようにこのフネを用いようとしていたからだ。故に、一日でも早くこの無様な姿を晒さなくて済むよう全力で修理が行われていた。その甲斐あってかたった二週間でレキシントン号は元の姿を取り戻し、再び威容を以って鎮座していた。
 しかしこの巨艦を見慣れていた者は気付いただろう、レキシントン号が僅かに姿を変えている事に。改修を受けたレキシントン号の舳先、そこには巨大な衝角の代わりに長大にして巨大な砲門が備え付けられていた。舷側に突き出たものよりも遥かに巨大で、その形は単純な円筒形ではなく、鋭角であるようでありながら曲面をも併せ持った不可思議な造型をしていた。
 儀装主任――船長となるものは先に儀装主任に任命されるのがこのアルビオンでの慣わしであり、つまり次期艦長――であるヘンリー・ボーウッドもこの巨大砲門の存在に疑問を持つ一人であった。船首に砲門などつけた所で艦隊戦にはなんの役にも立たない。確かにこれだけの巨大砲なら威力も桁外れで射程距離も長いはず。しかしだからといってそれがなんなのだ? たかが強力な砲門一つが付いたところで劇的に戦闘能力が上がる訳では無い。元の衝角の方が断然にマシだ。何を考えてこのような改修を行ったのだろう? 聞けばこれを指示したのは皇帝クロムウェルらしい。素人が口を挟む問題でもなかろう、と心の中で毒づいたところで――。
 
「何故、あんな所に砲門を付けたのか……疑問かね? ミスター・ボーウッド」
 まるで彼の心を見透かしたかのように放たれたクロムウェルの言葉に身を震わせる。本日は姿を新たにした旗艦の姿を皇帝陛下が視察に訪れていたのだった。そしてもちろんその供として主任であるボーウッドが案内についていたと言う訳だ。
「いえ、決してそのような事は……」
 ボーウッドは言葉を濁す。自らの独白を悟られたしまったかのように感じられて、ばつが悪すぎた。
「何、隠す事は無い。顔に出ているぞ? 君は先の戦いで戦艦二隻を落とした優秀な艦長だ。このような奇妙な改修に疑問を持つのは最もな事! だがな、余とて伊達や酔狂でこのようなものを取り付けたのではないぞ。これこそが、余の君への信頼の証! 東方のロバ・アル・カリイエの技術を用いて作られたこの砲は戦局すら変えうる我々の切り札だ」
「戦局を、変えるですと?」
 それはまた大袈裟な、と一笑しようとしたボーウッドであったが、目の前の男の態度はまったく冗談を言っている風ではなかった。本気で、この砲は戦局を変える事が出来ると、そう信じている様子だ。遥か東方、サハラを超えた先のロバ・アル・カリイエには未知の技術があるというのは彼も聞いた事があったが、しかしそれが戦局を左右する程のものであるとはどうしても信じられなかった。
 たかが砲門一つである。一発は一発、所詮どんなに威力があろうが落とせるのはどうやってもフネ一隻、そして打てば装填に時間を取られる為連射は出来ない。どこまで行っても砲は砲だ。
「改修が済み次第、主砲の試射を行う予定だ。ミスター・ボーウッド、そこでこの砲の力を見ると良い」
 クロムウェルがにやりと顔を歪める。そこに満ちた自信が、逆にボーウッドに不安を与えてならなかった。
「その時、君は余の言葉の意味を知る事になるだろう」


 シエスタがルイズお付のお世話係になって三日が過ぎた。この三日で、シエスタは何故自分がルイズに付けられたのか、嫌と言うほど思い知らされていた。
 話しかければ受け答えもするし、簡単な世間話もする。一見普通に見えるルイズの様子であったが、それは極短い時間しか接していないから出てくる感想に過ぎない。一日中一緒に居るシエスタには今のルイズが異常な状態であるとはっきり理解出来ていた。
 今のルイズは基本的に自分から能動的に行動を起こす事は無い。食事を持ってきて欲しいとか掃除や洗濯をして欲しい、そう一日の最初に言う事はあっても、あとは基本的に何も訴えかけては来ない。指示を出したら最後、思考の中に埋没してまったく反応を示さなくなるからだ。ベッドの上で膝を抱え、そのままで何時間も同じ姿勢のまま微動だにしない。極稀に意識を覚醒させると気紛れのようにまた食事を所望して、食後はまた同じような事を繰り返す。眠るのは、それに疲れて限界が来た時だ。余りにも変化の無い生活は、まるで植物の一日を見ているようだ、とシエスタには思えた。
 確かにこんな状態で放置しておくのは不味い。今のルイズは放置しておけば食べる事も寝る事も忘れて思考の迷宮にはまり込んでいれば、何れ死を迎えてもおかしくないのだから。
 シエスタには、何故こんなにルイズが思い悩むのか、まったく理解が及ばなかった。こんなにも長い時間人は悩めるのか、と驚かされる。寝食を忘れる程に悩み、悔やむ。それは一体どのような気持ちなのだろう?
 ルイズの懊悩に引き摺られるように、シエスタもまた徐々に悩みを持つようになっていった。この傷付いた少女をどうやったら癒してあげられるのだろうと。
 
 シエスタは寮塔の廊下をゆっくりと歩いていた。手に持ったトレイには貴族向けの食事一食分を綺麗に纏めたものが乗せられていた。マルトーは「まったく面倒をかけやがって」と文句を言いながらも何時も持って行き易く栄養のある特別なメニューで食事を作ってくれる。口先とは裏腹なその行為に笑みを漏らしながら、シエスタは進む。
 ルイズの部屋に近付いた時、彼女は部屋の前で誰かが待っている事に気が付いた。赤毛に褐色の肌の女性の姿は見覚えがある。確かルイズ様の隣人の――。
「何か、ルイズ様に御用でしょうか? ええと、――」
「キュルケよ。キュルケ・フォン・ツェルプストー」
 そう名乗りながら髪を掻き揚げる仕草は、同性から見ても色香を感じさせるものであった。この学校に居るという事は自分とそう年齢は変わらないはずなのに、なんでこんなに違いが出るんだろう?とシエスタは驚きを感じずにはいられなかった。
「ちょっとあの子と話でもしようと思ってね。だからあなたを待っていたの」
「私を、ですか?」
「こういう状態だと、勝手に入るのも気まずいでしょ? 使用人のあなたと一緒に入った方が都合が良いのよ」
 普段ならお構いなしに部屋に侵入する所だが、流石に今のルイズの状態でそれをする程キュルケは恥知らずでは無い。
「そういう事なら。では、どうぞお入り下さい、ツェルプストー様」
 中に通されたキュルケは、ベッドの上でうずくまるルイズの姿を見止めた時、僅かに歩みを止めたものの、大股でずんずんと歩いて行くと備え付けのテーブルの脇にあった椅子に腰を下ろす。
「ルイズ様、お食事をお持ち致しました。それと、お客様がお見えになってます」
 ルイズはシエスタの呼びかけに顔を上げる。
「ああ、もうそんな時間だったのね。ところでお客様って……」
 そこまで言いかけてルイズは初めて部外者の存在に気付いた。いつもの調子で軽く手を上げているのは紛れも無い仇敵の姿だった。
「ツェルプストー。あんたなんでここに居るの?」
「あら、随分なお言葉ねヴァリエール。あんたが授業サボりまくってるから様子を探りに来たのよ。どんな容態かと思ったら随分と元気そうじゃないの」
「別に病気とかしてる訳じゃないんだから当たり前でしょ。あんたに心配される程落ちぶれちゃあいないわよ」
 そのやり取りを見て、シエスタは驚いた。
 ――この人は、こんな顔も出来るんだ。
 シエスタが今まで見てきたルイズの表情は、何時もとらえどころの無い視線と虚ろな雰囲気を漂わせたものだけだった。しかし今目の前のルイズは、皮肉げではあるもののどこか楽しそうな顔で、言葉の応酬を交わしている。それは初めてみる、ルイズの歳相応の少女としての顔だった。
 

「それで、一日中部屋に閉じこもってなにやってんのよあんたは」
 テーブルに座ったルイズは食事を取りながら、それに向かい合うキュルケはシエスタの煎れたお茶を飲みながら話を続ける。
「別に……ちょっと考え事を」
「考え事ぉ?」
 キュルケがずずい、と身を乗り出す。
「この十日間、ずっと悩んで閉じこもってたっての? 飽きないわね、あんたも」
「だって、仕方無いじゃない」
 そう言ってルイズは俯く。僅かにさざなみを立てるスープの水面が、彼女の感情の昂ぶりを表していた。
「考えないようにしても、ずっと頭に浮かんでくるのよ、あの時の事が。夢の中ですら忘れられない程に、ニューカッスル城での出来事が頭の中に詰まってる。どうやっても、忘れられないのよ」
 やはり、とキュルケは思った。あの激動の一夜はルイズの心に深い傷跡を残していた。それは、一緒に体験を重ねたキュルケの想像をも超えて、少女の心を蝕んでいたのだ。
「あんた……皇太子さまが死んだのは自分の所為だって思ってる?」
「それだけじゃないわ。わたしは姫さまの頼みも果たせなかった。何一つ満足に出来なかった……魔法が使えるようになっても、結局わたしはゼロのルイズでしかないのよ」
 ルイズが己の二つ名を自虐的に用いるのを、キュルケは初めて聞いた。周りの者がゼロと言おうとなんだろうと、彼女はそれに負けず何時も堂々とした振る舞いで努力を続けていたし、決してゼロだと自分を卑下するような素振りを見せる事はなかった。だからその物言いが無性に悲しく、そして苛立たしくキュルケには思えて、気づけば言葉が口から突いて出て来ていた。
「そうね……あんたはゼロのルイズよ。成功率ゼロで、何時だって失敗ばかり。でもね」
 そして思わず椅子から立ち上がり、そうまくし立てていた。
「例え失敗だったとしても、それが全部無駄だったなんてあたしには思えないわ。それに目を背けて何も出来なかったって悲嘆に暮れるなら勝手にしてなさい」
 怒る様子を隠そうともしないまま、キュルケは部屋を出て行った。後に残されたのはただ俯くルイズと状況が飲み込めずおろおろとうろたえるシエスタの姿だけだった。
「食事はもう良いわ、片付けてくれない?」
「は、はい!」
 ルイズの声に弾かれるようにしてシエスタが動き始める。そんなシエスタの様子を尻目に、ルイズは再びベッドに戻っていった。何時も通り、蹲るのか――そう思ったシエスタであったが、ルイズは蹲らずにベッドで大の字になって呆けたように天井を眺めているようだった。何時もと同じようで、僅かに違う行動。それがどういう事を意味しているのか、シエスタには判らなかった。
 
 ルイズは先程のキュルケの言葉を反芻する。
(失敗だったからって、全部が無駄じゃない、か)
 本当にそうなのだろうか? 結果が伴わない行動に意味等有ると言うのか。嘗て自分は、魔法を使えないからゼロと言われ蔑まれた。それは魔法を行使するという結果を残せなかったからだ。結果が出せなければ意味が無い。例えどれだけの努力を重ねようと、それが実らなければしないのと同じではないのか? 何事も為さない者が、一体何を残せると言うのか。
「判らない、判らないわよ……」
 結果こそが「1」なのだ、そうでなければ「0」でしか無い。それはゼロと呼ばれる彼女自身が良く知っていた。そしてその意味の無さもまた良く知っていた。ゼロは所詮ゼロでしか無い。
 混乱する思考の中、それでもキュルケの言葉だけがやけにはっきりとルイズの頭に焼き付いていった。
 

 部屋の外に出てから、キュルケは激しく後悔した。勢いに任せて行動してしまう性分が裏目に出た。まだ録に話もしてないのに、と軽い自己嫌悪に陥る。本当はもっと話をして気を紛らわせてあげたいと思っていたのに。
 でも、彼女は悔しくて仕方が無かったのだ。あのような事を言うルイズ・フランソワーズというものが赦し難かった。キュルケが知るルイズは何時だって歯を食いしばって前に進む少女だった。そんな彼女が、あんな弱気で情けない言葉を吐く所を見たくはなかったのだ。自分の知るルイズがルイズで無くなってしまったように思えて、辛かった。
 
 キュルケは誰よりもルイズの頑張る姿を見つめてきた。一人で必死に魔法の練習に明け暮れるところも、フーケのゴーレムを相手に引かなかった事も、ニューカッスルで自分の身を省みずに戦ったところも。余すことなく、彼女は知っていた。あの姿を知って尚、それが無価値だと――認められるはずがなかった。確かにルイズ・フランソワーズという少女は向こう見ずで無鉄砲かもしれない。でもその行動には何時も誰にも真似が出来ないような芯の通ったものがあったように思う。決して引かず、諦めない。自分の知る他の誰も、あのような振る舞いが出来るとは思わなかった。そこには正視する事も憚られる程に眩しい確固たる価値が存在していたはず。
「例え誰もが、自分自身ですらその価値を認められなくたって」
 キュルケの独白は、まるで祈りにも似ていた。
「あたしだけは、認めてあげるから……だから、早く戻って来なさいよ」

 シエスタが食べ残しを片付けて部屋に戻ってきた時、ルイズは相変わらずベッドの上に居たが、ごろごろと転がり「あー」とか「うー」とか奇妙な声で唸っていて、それがやけに滑稽で思わず笑ってしまった。
「……なによ、なんかおかしい?」
 シエスタの笑い声に、不満げにルイズが抗議の声をあげる。
「いえ、その……とってもおかしいです」
 今までずっと蹲っている姿ばかり見ていたシエスタにとって、このようなルイズの姿は新鮮味に溢れていた。それもいきなり奇妙な言行を見せられては、今までの印象とのギャップもあいまって笑いが出るのも無理からぬ事であっただろう。
「ルイズ様、少し元気になられたような気がします」
「そうかしら?」
 仏頂面で答えるルイズであったが、表情に変化の乏しかった今までと比べたら表情が変わっているという事実自体が彼女の変化を如実に表していた。
「ツェルプストー様は良い友人ですね。ルイズ様の事、励ましに来てくれたんですよ」
「暇だからからかいに来ただけでしょ。それとわたしとツェルプストーは別に友達でもなんでもないわ」
 心外ね、と言いたげな口調のルイズ。
 そういえば、ツェルプストー様もルイズ様とは友達じゃないって言ってたっけ、とシエスタは思い出す。どこからどう見ても仲が良いようにしか見えないのにお互い違うと否定する。二人とも似たもの同士なのかもしれない。多分、素直じゃない所なんか良く似てるんだろう。そう思うと自然とまた笑いがこみ上げてきた。
「いい加減に笑うの止めなさいよ」
 ああ、今度は拗ねた様な表情をしている。それがまたおかしくて、シエスタはさらに笑った。きっと本当のルイズという少女は、こうやって多感に表情を表に出すのが普通なのだ。今まで見てきたのは偽りの姿でしかない。これが本物のルイズ様の姿なんだと彼女は悟った。幾日かを経て、やっと本当に私達は出会うことが出来たと、シエスタにはそう思えてならなかった。
 

 ルイズは毎夜、悪夢を見る。
 内容は決まっていた。あのニューカッスルでの一夜、それも皇太子との別れの場面だ。悪鬼のような婚約者に追い詰められ、ずたぼろにされ、何も出来ない自分。殿下を守らなくてはいけない、そう思うのに為す術は無く、守るべき皇太子に逆に命を救われるのだ。
 その時のウェールズの笑顔が、辛い。
 
「お願いです、そのような顔をしないで」
 ルイズは慟哭し、叫ぶ。
「何も出来なかった、こんなわたしに……そんな顔を向けないで。わたしには、それを向けられる資格なんか」
 アンリエッタの願いである手紙の回収も、ウェールズの望みである勇敢に死ぬ事も叶える事が出来なかった。そんな自分に、何故笑顔を向けるのだろう? 何も出来なかった、無価値な自分。受けるべきは罵声や叱咤が相応しいはずだ。それなのに、何故――。

「その資格が無いと、君はそう言いたいのかい? ミス・ヴァリエール」
 何時もの夢ならばゆっくりと落ちて行く体が、今日は誰かに抱きとめられた。それは、もう二度と聞くことの出来なかったはずの声。自分が守れなかった人の声だった。
「殿下……」
 ルイズはさっと身を離すと、傅き礼を取ると頭を垂れた。顔を仰ぎ見る事など出来るはずも無かった。ただ俯き、じっと地を見る。
「殿下、わたくしは殿下の願いを果たす事が出来ませんでした。そればかりか、姫さまの願いまでも。無能な我が身は誹りを受ける事こそ相応しい。そうではないのですか? 幾ら頭を擦り付けても贖えぬ罪、この命を捧げて赦しが得られるというなら喜んで差し出す覚悟でございます」
「ああ、ミス・ヴァリエール」
 そうやって頭を振るウェールズの声は、悲しげな音色を含んでいた。
「君は大変な思い違いをしている」
「思い違い? 一体何を違えていると言うのですか? わたくしは何も出来なかった、これだけがはっきりと残る事実では無いですか」
「それは確かに目に見える事実だ。だが真実ではない。君は、何よりも大ききなものを私に残してくれた」
「そんなもの、どこにも」
「あるさ、ここに」
 ウェールズは、己の胸を指し示す。
「君はワルド子爵の魔手から必死に私を守ろうとしてくれた。傷付き、血にまみれ、苦痛に苛まれながらも君は決して倒れる事無く戦い続けた。その姿が、どれだけ私に力を与えてくれた事か。君の誇りがあったから私は最後まで戦い抜けたんだ」
 ルイズははっと顔を上げる。そこにあったのは、あの時と変わらぬウェールズの笑顔であった。
「マリー・ガラント号を守った時の事を覚えているかい? あの時、我々は口々にこう言ったものだ。あのような高潔な貴族があと十人居たならば、この戦の行く末は変わっていたかもしれないと。あの場に居た誰もが皆君達に賞賛を送ったのだ。己を省みずにフネを逃がそうとするその姿に、真の貴族を見たのだ。そしてそれは彼等にも力を与えた。最後まで戦い抜き、貴族としての義務を真っ当するという鋼の意思を与えたのだ」

 ウェールズは空を仰ぎ見た。先程まで夜であったはずのそこにあったのは淡い光を放つ双月ではなく、激しく輝く太陽の姿であった。周りの光景もあのニューカッスルから変化し、爽やかな風の吹く草原となっていた。
「あの太陽のように、常に変わらず光り輝き人々を遍く照らす。そんな意思の事を誇りと言うのだ。決して消えない、永遠の炎のようにそれは心にあり続ける。そしてそれは、他人の心にもまた燃え移り力となるのた。私は君から貰ったのだ。誰よりも強い輝きと、何よりも燃え盛る熱い炎を。もしこれが無ければ、私は子爵の凶刃の元容易く倒れていたであろう」
 ウェールズはルイズに手を伸ばす。何かを促すように、それは差し出された。
 ルイズは幾許か逡巡したものの、迷うようにしてその手を取る。ウェールズはその手を力強く握り締めるとルイズを優しく導き、その身を立たせる。
「もう一度、君にこの言葉を伝えよう。ありがとう、ミス・ヴァリエール。君が居たから、私は戦う事が出来た。誓いの通り、勇敢に戦い死ぬ事が出来たのだ。本当にありがとう」
 ルイズはその言葉に声も無くただ泣いた。涙は頬を伝い続け、地へと落ちて行く。
「だから君が罪を感じる必要なんて、無い。君は立派に私を救ってくれたのだから」
 その言葉と共に、ウェールズの姿が段々薄れてゆく。草原に舞う風に紛れるように、段々と色と輪郭を失い、まるで溶けていくかのようであった。
「殿下!」
「願うなら――」
 ウェールズの姿は最早僅かに人型を留めるのみであった。しかしその声だけは、はっきりとルイズの元に届いてくる。
「その輝きで、もっと多くの人々を照らして欲しい。きっと君なら出来ると私は信じているよ」
 ウェールズは言葉だけを残し、消えた。
 草原に一人、ルイズは立つ。しかしもう涙は流していない。瞳に宿るのは嘗てのような揺ぎ無い意思。
「殿下……ありがとうございます」
 彼女もまた、ウェールズがしたように天を仰ぎ見る。そこにある太陽は眩しく彼女を照らしていた。熱く激しく、溢れる輝きで。
 もう、泣かない。もし、私が殿下に誇りを与えられたというのなら、その大本の自分がこんなざまでどうする。それはきっと、ウェールズを始め自分を認めてくれた人への侮辱に他ならない。彼等の誇りを穢さぬ為にも、もう涙は流さないと、そうルイズは決めた。
「私はもう、大丈夫です」
 その独白に応えるように、ウェールズの声が風にのって聞こえたような気がした。

 ルイズは目を醒ます。まだ辺りは薄暗く、日の出には僅かに早い頃合であるようだった。頬に濡れた感触があるのは、きっと現実でも涙を流したからなのだろう。だが悲しみは無かった。長い悪夢から目を醒ましたように、今の彼女の気分は晴れやかで澄み渡っていた。
 その時、窓の外に光が現れた。太陽が山陰より顔を出し、地を照らし出したのだ。ルイズはその光景を、感慨深げに見守る。彼女の前で太陽はだんだんと姿を明確に現し、その輝きもそれにつれてだんだんと増してゆく。照らし出される大地の輝きを、とても美しいと――そうルイズは思った。
 
 まだ誰も起きていないであろう寮塔の中、動いている人間はおそらく自分だけだろう、とシエスタは思った。きっとルイズ様もまだ寝ているだろう。まずは先に洗物を済ませてから朝食を運ぼうかしら、一日の行動スケジュールを頭の中で組みながら音を立てないようにドアを開け、ルイズの部屋へと入っていったのだが――。
「おはよう、シエスタ。あなたって朝早いのね」
「おはようございます、ルイズ様」
 反射的に挨拶を返してから気付く。このようにルイズから挨拶をされるのは初めての事ではないか? 何時もなら泥のように眠りこけている時間だ。
 驚きと共にベッドの方を見やる。そこに居たルイズの姿は、何時もの様に小さく蹲っているものでは無い。ベッドの端に腰掛けながら、少し疲れたような表情をしてシエスタをじっと見つめている。
「今日は随分と早いお目覚めですね……」
「ええ、目が覚めたのよ」
 開け放たれた窓から見えるのは、空に昇り行く太陽の姿だった。朝に相応しい激しい白光が部屋に差し込み、明るく照らし出す。その光景を、ルイズは目を細めながら眺め続ける。
「やっと、目が覚めたのよ」
 輝きに照らし出される横顔は、これまでのどの表情よりも彼女に相応しい。シエスタはその横顔から、目を離す事が出来なかった。


 革命戦争にて更地に等しくなったニューカッスルにてそれは行われた。廃棄艦を用いての、レキシントン号主砲の試射。皇帝クロムウェルも直々に艦に乗り込み視察をする程の力の入れようだ。たかが砲の試射に何故そこまで?とその場に居る者達の誰もがおもわずには居られなかったが、その疑問も直ぐに氷解した。

「どうだね諸君! この主砲の威力は! これさえあればトリステインもゲルマニアも赤子の手を捻るようだと思わないかね!」

 驚喜を全身で表すクロムウェルに追従する者は誰も居ない。誰もが目の前の光景に目を奪われ、言葉を失っていたからだ。
 ボーウッドは体が震えてくるのを自覚していた。これは恐怖か、畏れか。人知を超えた光景を目撃し、彼はただ呆然と目の前の廃棄艦を――否、そうであったものを見つめていた。粉々に砕け散り木屑と化したそれは元が戦闘艦だと誰が信じるだろう。今なら判る、「戦局をも変える」というクロムウェルの言葉の意味が。いや、これはそんな生易しいものでは無い。もしこの砲門が量産でもされたならば、文字通り世界を統一する事も出来るだろう。レコン・キスタが旗印として描いた物語が、現実になるのだ。
 この時初めて、ボーウッドはクロムウェルが恐ろしいと思った。伝説の系統「虚無」を操り、東方よりの知識を転用するこの男の底知れなさ。
「一体、この世界をどうしようと言うのだ、あの男は」
 私は今、何か得体の知れない恐ろしいものに与しているのではないか。ボーウッドの心の奥底が、警鐘を鳴らしていた。
 
 目の前では、クロムウェルが一人高笑いを続けている。それがさらに体の振るえを助長していくのを感じて――ボーウッドは自分の体をきつく抱きしめた。


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