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夜天の使い魔20話

 一介の奉公人でしかないシエスタが魔法学院の本塔を登るのは、この学院に来てから初めての事だった。基本的に仕事は厨房と食堂、それと敷地内に広がる広大な中庭位。平民用の宿舎も塔内には存在しないので、石造りの建物の内部を上へ上へと上がる体験はかなり新鮮なものだった。螺旋階段の途中で備え付けられた小さな小窓から望む光景はまるで自分が鳥になったような気分にさせられる。高い塔の上から下を覗いたらどんな感じなんだろう?と思った事はあったが、まさか本当に体験する事が出来るとは思ってもみなかった。
 長く長く続く螺旋階段はやがて終わりを迎え、続く短い廊下の先には一際大きく立派な扉があった。おそらくここが学院長室なのだろう、とシエスタは当たりをつけた。
 シエスタを先導していた中年教師、ミスタ・コルベールがドアノッカーを二回鳴らすと「入りなさい」という年老いた男の声が聞こえた。間違いなく、この学院の長、オールド・オスマンの声であった。
 
 招き入れられた室内は、彼女が想像していたものより質素なもで、石造りの部屋の中には執務用の机と資料を納める為なのだろう小さめの本棚が備え付けられている他に装飾品の類は無く、敢えて特徴的な部分を挙げるなら部屋に似合わぬ大きな鏡が置いてある位か、とにかく簡素な印象を与える部屋だった。
 執務机にはこの部屋の主、オールド・オスマンが座っていた。髪も顎鬚も長く伸ばし、いかにも平民達が思い浮かべる「魔法使い」といった老人の姿がそこにはあった。パイプを片手に、それなりに立派な椅子の上でゆったりとくつろいでいる様子だった。
 何度か見かけた事はあるが、このように学院の主と対面するなどという事は、シエスタにとって初めての経験だった。自然と体に緊張が走り、身を固くさせる。
 
「緊張しているのかの? お嬢さん」
 老人は少女の内面を見抜いたのか、安心させるような声色でそう呼びかけた。
「なに、不安がる事は無い。別にお前さんをどうこうする為に呼んだのではないのだからの」
 どうやら、処罰を受ける訳では無い。そう判明して、シエスタの緊張が幾らか和らぐ。しかしそれと同時にまた疑問が浮かび上がってきた。それならば、一介の奉公人に過ぎない単なる平民の娘である自分が呼ばれたのは一体どのような用件なのだろう?
「今日お前さんをここに呼んだのはな、仕事を頼みたいからなんじゃよ」
「はあ……」
 仕事と言っても自分が出来るのは給仕と多少の雑用程度でしかないと思う。絶大な力を持つ貴族様が自分達がこうやって何かを頼む、というのは平民のシエスタにとってなんとも意外な光景であった。
「今、ある生徒がちょいと大変な事になっていてのう、ずっと部屋に閉じこもりっきりになっておるのじゃよ。お前さんには、その生徒の身の回りの世話をして欲しいんじゃ。済まんが、今やってる給仕は暫くお休みしてもらう事になるじゃろ。その旨はマルトーに伝えておく。勿論、色々無理をしてもらう以上給金は弾むつもりじゃ。もしどうしても嫌というなら他の娘に代わってもらうが……どうじゃ、この仕事、引き受けてはくれんか?」
 口調には軽いものがあったが、その視線は真剣そのものであった。是非引き受けて欲しい、と目が語っている。
 
 シエスタの答えは決まっていた。
「わかりました、お引き受けいたします」
 どういう理由かは知らないが、自分は選ばれた。ならその期待に応えられるよう精一杯がんばりたい。それがシエスタの答えだった。
「おお、そうかそうか、引き受けてくれるか」
 オールド・オスマンが嬉しそうに笑う。本当に嬉しそうに笑う老人の姿に、引き受けて良かった、とシエスタは思う。
「お前さんが世話する生徒は、年の頃も同じ女の子じゃ。きっと仲良くやれると思う」
 一体どんな方なんだろう?とシエスタは想像を膨らませる。貴族の子女達は皆堂々としていて、自分達平民にとっては高嶺の花だった。そういった方の身の回りの世話など、初めての経験。粗相をしでかさないようにしなくちゃ、と心に固く誓う。
 

 外壁にそびえる五つの塔のうち一つ、寮塔の内部をコルベールの案内の元進む。ここは学院生徒の女子達が住む建物で、もちろんここに入るのもシエスタにとっては初めての事だった。
「その……ミスタ・コルベール。質問をしても宜しいですか?」
「なんだい?」
 気安く答えを返すコルベールの姿を見て、この人が案内役で良かった、と思う。殆どの教師は平民と口を聞く事をあまり好まない。身分違いだと、判っているからだろう。しかしこのコルベールという教師はそういう事には拘らない性分らしく、自分を遠ざける雰囲気を微塵も感じさせなかった。故に、こうやって話しかける事にもあまり躊躇は無かった。
「これから私がお世話をするのは、どんな方なのでしょう?」
「ミス・ヴァリエールはとても努力家で、真面目な子だよ。ちょっと気難しい所もあるけどね」
 そう言われたものの、今一人物像がぴんと来ない。コルベールの嬉しそうな口ぶりからすると、生徒としては優秀なのだろうという事位は察せられたが。
 
 塔を幾階も上り、やっと目的の階層に辿り着く。学院長室へと赴いた高さよりは大分低いが、それでも随分な高さまで登ったようだった。
「ここが、ミス・ヴァリエールの部屋だ……ミス・ヴァリエール、私だ、コルベールだ」
 そう呼びかけながら杖でドアをノックするが、一向に返事が無い。
「聞いていた通りか……」
 渋い顔をしながら、もう一度ドアをノックする。しかしやはり返事は返ってこなかった。
「ドアは……やはり鍵がかかっているか」
 ドアノブに手をかけたコルベールは、そこにロックの魔法がかけられている事を察した。
「仕方ない、ここは強制的に開けさせてもらう」
「あの、宜しいのですか?」
 うろたえるシエスタに、コルベールは苦笑した。
「本来ならこういった礼を失した行為は気が進まないのだがね……既にこのまま放置しておける状況ではない。無理矢理にでも、君とミス・ヴァリエールを会わせなければね」
 これから行う行為に対し気乗りしていないというのは、傍目のシエスタにも良く判った。しかしそれでも彼は呪文を紡ぎ、杖を振る。ドアノブが仄かな光を放ち、シエスタは魔法が使われたのだと理解する。直に魔法を目にする機会が余り無かったシエスタは、これが魔法なのかと興味深げにその光景を見つめていた。
「これは……凄いな」
 やがて光が消えた時、コルベールが驚きの声をあげる。
「一体どうなさったんですか?」
「鍵を外すのに失敗したんだよ」
 驚きの表情を崩さぬまま、シエスタの疑問にコルベールが答える。
「まさか、ここまで強固な『ロック』をかける事が出来るなんて。ミス・ヴァリエールの実力は想像以上だったようだ」
 自惚れでは無いが、コルベールは自分自身の魔法の実力をそれなりに高いものだと評価していた。この学院の教師陣の中に於いても、上位に位置するだろう。その自分が、まさか生徒のかけたロックを破れないとは。それは軽い衝撃だった。
「もう一度やってみるよ」
 再び呪文を唱えるコルベール。しかし先程とは様子が違い、目を瞑り深く集中しながら力強く呪文を唱え、額にはうっすらと汗も浮かんでいる。全力を以って魔法を使おう、という事なのだとはっきり判った。
 再び光を放つドアノブ。
「今度はなんとか成功したよ」
 疲労を隠せない様子で、それでも嬉しそうにコルベールは言った。実際彼は嬉しかったのだ。自分の生徒がこのように成長した事が、堪らなく嬉しかった。この疲労は、彼女の努力の証に相違無いのだから。

「すまない、入らせて貰うよミス・ヴァリエール」
 コルベールは静かにドアノブを回し、物音を立てないように静かに部屋に入って行く。シエスタもその後を慎重について行った。
 部屋の中はカーテンが閉められたままであったので、昼間だと言うのに薄暗い。しかしそんな暗い中でもはっきりと判る立派な天蓋付きのベッドの片隅に、少女は居た。壁にもたれかかるようにして背を預け、膝を抱えてその中に顔を埋めるようにして俯いている。二人が部屋に入ってきたのにも気付かないように、ただじっとそうしていた。

 コルベールは躊躇うようにどうしようか、と思案していた様子だったが、意を決すると口を開く。
「ミス・ヴァリエール。聞こえているかい、私の声が」
 間近からかけあれた声に、ルイズはやっと顔を上げる。それは初めて彼等二人の存在に気付いたといった風で、意外なものを見るような表情が浮かんでいた。
「ミスタ……コルベール?」
 コルベールは、己の情動を表に出さぬよう勤めなければならなかった。ルイズの顔はやつれ果て、泣きはらしたであろう目が腫れぼったく膨れていた。何時も浮かべていた覇気のある表情はなりを潜め、全ての気力が尽きたような表情を浮かべている彼女の顔を、彼は初めて見た。自分の生徒のこのような姿を見るのが、コルベールは何より辛かった。
 しかしその内心を微塵も感じさせないよう、彼は笑顔を浮かべる。ルイズを元気付けようと必死に自分の心を覆い隠し、こんな暗い雰囲気を吹き飛ばしてしまおうとでも言うように陽気に言葉を続けた。
「最近授業に出てきていないからね。心配になって様子を見に来たんだ。調子はどうだい?」
「すみません、勝手に授業を休んでしまって」
 ルイズはそう言って力なく笑う。
「いや、良いんだ。今はゆっくり休みたまえ。存分に、ゆっくりと」
 今のルイズには力が無い、とコルベールは思う。それは前に進む気力だ。かつて彼女が溢れんばかりに持っていたものが、微塵も無く霧散している。それが元に戻る為に必要なのは、休息だ。きっと自分が納得する答えを見つけるまでその力は戻らない。ならば私は余計な事は言わずにいよう、ただ静かに見守るのみ、そうコルベールは決意した。
「だが部屋に閉じこもりきりだと何かと大変だろう? 一人身の回りの世話をする者を連れてきたから、彼女の助けを借りると良い。君はゆっくり静養していたまえ。さ、ミス・シエスタ。ご挨拶を」

 促されるまま、シエスタはおずおずとコルベールの前に出る。そこで初めて、彼女は少女の姿をはっきりと見た。年の頃は自分と同じ位、という話であったが、見た目は自分よりも幾分幼い印象を受けた。力なく落ち込んだ表情にシエスタは深い同情を覚えた。そして同時に、改めてこの仕事へのやる気を持つ。例え貴族が相手でなくとも、このような状態の者を放っておける程彼女は薄情な性分をしていなかった。早くこの貴族の少女が元気になれるように精一杯がんばるぞ!と密かに心の中で鴇の声をあげるのだった。
「本日よりヴァリエール様のお世話を仰せつかりましたシエスタと申します」
 淀みなく紹介の口上を述べられた事に対し安堵して、シエスタは深々と礼をする。
「身の回りの雑事は彼女に任せ、君はゆっくり静養に専念するといい。ではミス・ヴァリエール、私はこれで失礼さえてもらうよ。何か我々に用があるなら彼女に言伝を頼みたまえ」

 そうしてコルベールが部屋より退出し、ルイズとシエスタの二人っきりになった。礼をしたは良いものの、どうしたらいいのだろう、とシエスタはうろたえる。彫像のように固まったままその場に立ち尽くすのみだった。
「……シエスタ、だっけ?」
「は、はいヴァリエール様」
 いきなり投げかけられた言葉に少々どもりながらシエスタは応える。
「ルイズ、で良いわ。その方が呼び易いでしょう?」
 覇気が無い様子でルイズは苦笑しながらそう訂正した。どうやら話は通じ易そうな相手だ、とシエスタは安堵する。貴族の中には平民を家畜と同じようにしか捉えていない者も存在する。目の前の少女がそうでない事に彼女は感謝した。
「シエスタ、早速だけどお願いしたい事があるの。それを、洗ってきて貰えないかしら?」
 そう言ってルイズが指差した先にあったのは、うず高く積まれた下着と洋服の山であった。バスケットに入れられた色とりどりの布の山はかなりの日数を溜め込んだ事を容易に想像させた。

「それから……軽いもので良いから、食事もお願い。お腹空いちゃって」
「判りました、お任せ下さい」
 よっ、とバスケットを抱え部屋を出る。布のみとは言えこの量だと中々の重量であるが、田舎育ちで力仕事にも慣れているシエスタにはどうという事の無い重さだ。
 
 寮塔の脇に備え付けら得た水場で、一時間少々の時間をかけ洗濯を終える。シエスタはこういった雑事は得意中の得意だ。こうして奉公に出る前は家事の手伝いを良くしていたのでたいした苦労も無い。物干しを半ば占有する形で山盛りの洗濯物を干すと、食事も持ってきて欲しいと言われていたのを思い出す。大分時間も経ってしまっていたので怒られるかもしれない、と思い急いで食堂に向かった。マルトーにパンとワイン、それと少々のサラダを渡されて厨房を出たのが約10分後。申し訳ない気持ち一杯で部屋に戻るシエスタだったのだが――。
 
「申し訳ありません、遅くなってしまって」
 息を切らせて戻ってきたシエスタに、彼女が部屋を出た時のままの姿勢で居たルイズは特に怒った風もなく、こう言った。
「大分早かったわね。そんなに急がなくても良かったのに」
 一時間半近く待たせてしまったのに、と思いながらも、きっと彼女は寛容な心の持ち主なのだろうとシエスタは納得した。
 ルイズはシエスタの持ってきた軽食を受け取ると、部屋に備え付けられたテーブルへゆるゆると移動し、ちびちびとそれを食べ始める。食欲はあるようだが弱った腹ではあまり一気に多くの食物を入れる事は出来ないようだ。大した量を持ってきた訳では無いのに、結局ルイズはそれを残す事となった。

「ありがとう、助かったわ。多分昨日辺りから何も食べてなかったから、とてもお腹が空いていたのよ」
「あの、差し出がましいようですが、お食事はきちんと取られた方が宜しいのでは」
 そう言いながらシエスタは思い出す。そういえばここ最近食堂では何時も同じ席が空いていた。その席の主がきっと目の前の少女なのだろう、と納得する。その様子から考えると、随分と長い間食事には不自由していたのではないだろうか。
「わたしも別に食べたく無い訳じゃないんだけど」
 ルイズはシエスタのそんな嗜めに苦笑を浮かべる。
「何時も気付くと食事の時間が終わっちゃってて、結局食べそびれるのよね。ここ最近はずっとそう」
「気付くと、ですか?」
「ずっとずっと、頭の中の考えが纏まらないの。だから必死に考え続けるんだけど、そうしていると何時の間にか一日が終わってる。もう何日繰り返したか判らないけど、最近はそうやって一日を過ごしてる」
 そう語るルイズの瞳は、何処か遠くを見ているようだ、とシエスタには思えた。今の彼女には目の前の光景は写っていない。自分には見えない何かを凝視しているのだと、そう感じた。
「ねえシエスタ、貴方は失敗をした事がある? それも、どうしても取り返しがつかない様な失敗を」
 そう言われたシエスタが思い出したのは、この学院に来た当初の事だった。まだ仕事に不慣れであった彼女は様々な失敗をした。最初の三ヶ月位はマルトーさんにずっと怒られていたな、とシエスタは懐かしく思う。その中でも一番の失態は彼女の給金ではとても弁償すら出来ないような高価な食器を割ってしまった事だ。あの時は目の前が真っ暗になって、とにかく謝り倒した事を良く覚えている。でもルイズの語る失敗は、そんなものよりもっと酷いものなのだろう、彼女の表情を見る限りそうとしか思えなかった。

「あの時、本当はどうするべきだったのか、ずっとずっと考えてる。でもどれだけ考えても答えが見つからない。何千何万と、あの時の光景を繰り返して、どうにかしようとするけど、何時も何時もわたしは失敗する。無様に無能にどうすることも出来ないまま悲劇が起きる」
 ルイズは再び顔を伏せる。外界から全てを閉ざすように、再び殻に閉じこもる。
「わたしは無力でしかないと、ただ思い知らされる」
 シエスタは何も言う事が出来なかった。彼女はその人生で初めて、心からの嘆きというものを聞いた。余りに暗い感情の発露は音の暴力となって彼女の心に進入し、僅か脈を早めて行った。
「ごめんなさいシエスタ、今は一人にして。……さっきの食事は美味しかったわ、ありがとう」

 シエスタは無言で部屋を出た。ルイズの意向を汲んだのもあるが、あの言葉に対しいったいどういう反応を示せば良いのか戸惑っていたという方が理由としては大きかった。仕事は大変でちょっと辛いけれど、それなりに充実している毎日を過ごしていたシエスタにはまったく考える事も及ばない世界がそこにはあった。きっとあのルイズという歳も自分と余り変わらぬ彼女は、自分よりも遥かに多くの事を体験しているのだろう。正直ルイズの語った事を理解出来たとは言い難い。それでも、ただあの姿は酷く悲しいものだと、それだけは直感のように感じる事が出来た。

「あら? こんな所にメイドが居るなんて珍しいわね」
 ぼーっとしていたシエスタは、不意打ちのようにかけられたその声にびくり、と体を振るわせる。
「ごめんなさい、驚かせるつもりじゃなかったんだけど」
 声の主はシエスタよりも若干背の高い、褐色の肌をした生徒だった。長く靡く燃えるような赤い髪と着崩した制服に同性から見ても整った体型が妖艶な魅力を醸し出している。授業から帰ってきた所なのか、手には何冊かの本と何かを包み込んだ紙包みを抱えていた。
「新しく入った子かしら? ここは寮塔、あなたのような給仕が来る場所じゃなくてよ?」
「あの、私本日よりヴァリエール様のお世話を仰せつかった者でございます」
「へえ……ふうん……」
 その紹介に、何か腑に落ちたように肯く。
「ルイズの様子はどうなの? 元気?」
「最近お食事をあまりとっていなかった所為か、少々やつれてはおりますが、体調の方は問題無いようです。先程も食事を所望されたので、運んできたところです」
「そ。なら良いわ」
 それ以上興味は無い、と言いたげに赤毛の女性はその場を後にする。向かった先はルイズの部屋の隣、どうやらルイズの隣人らしかった。
「あのう、貴方様はルイズ様のご友人でらっしゃいますか?」
「友人? そうねえ」
 女性はその問いかけに面白そうに笑う。
「どっちかって言うと、ライバルって感じかしら」
 じゃあね、と振られる手、そして閉じられる扉。
 
 心配そうな様子を見せていたから、友人なのと思ったのだが、違うのだろうか? ライバルという事は、逆に仲が悪いとか? でも今の口ぶりからして、そんな感じはしなかったな、とシエスタは思う。
 それにしてもルイズ様にしても今の女性にしても大分話しやすい。貴族はもっと恐ろしい存在だと思っていたが、シエスタのその認識が少々和らいだ。もしかしたら厳しい仕事になるかもしれない、と覚悟もしていたシエスタだったが、それも杞憂だったようだ。
 ひとまず厨房に戻ろう。厨房の仕事を手伝って、夕食時になったらまた食事を届ける。ひとまずシエスタはそう決めた。
 
 ばたん、と閉じられた扉の内では、キュルケが安堵の溜息を漏らしていた。
 どうやらあのボケ老人は、きちんとした対策を取ってくれたらしい。どんな仕事してるのかと常々思っていたが、意外にやる事はやってるようだ。その事に少しだけ学院長への印象を改めた。
 キュルケもこの一週間、何度かルイズの元を尋ねた。しかし返ってくるのは沈黙のみ、その様子に彼女も心配を募らせていた。
 とりあえず、ああやって世話を焼いてくれる人間がついたのなら餓死する心配は無いだろう。その事にほっとする。部屋に引きこもって死んでしまったなんて最後、惨めすぎる。
 少しあのメイドが仕事に慣れてきたら、一緒に部屋に行ってみようか、とキュルケは思う。何をふさぎ込んでるのか知らないが、一発発破をかけてやらなければ気がすまない。ルイズ・フランソワーズという少女は何時だって胸を張って馬鹿みたいに前に進み続ける、そんな姿が似合ってる。今みたいな状態は彼女に相応しくない。
「それにしても……」
 彼女は手に持った包みを弄ぶ。その隙間からは、香ばしい臭いが漂ってくる。
「食べすぎると体重が気になるんだけどねー、残すのも勿体無いわよねこれ」
 今日の夕食は少し控えめにしましょ、と食事制限を誓うキュルケだった。
 

 空は暗雲に覆われ、一部の隙間も無く天空を埋め尽くしていた。漏れる光は一条もなく大地は暗闇に閉ざされている。風も音も無く静かに暗闇に満たされた凪の世界の中に、彼女は居た。
 大きな湖の中央、小さなボートの上で伏せる少女。それは紛れも無くルイズ・フランソワーズの姿だった。波紋すら立てず浮かぶ小船の上で、彼女もまた微動だにせずに居た。
 
 遠景には、大きく立派な屋敷が見える。所々に尖閣が存在する様相は、まるで屋敷と言うよりも城に近い。屋敷の周辺は広大な森に囲まれ、庭には美しい花々が咲き誇っていた。これこそが、ルイズの生まれ育ったヴァリエール邸である。おそらくトリステインのどの貴族の屋敷であろうと、ここまで立派なものはあるまい。それはラ・ヴァリエール家の力が如何に大きいものであるのかを良く表していた。

 ここは本物のヴァリエール邸では無い。ルイズが作り出した、今の彼女の心を映し出した夢の中の風景。その証拠に、湖の大きさは邸宅に備えられたものとは思えぬ程に大きく、それは広大なラグドリアン湖に匹敵するのではないかと思われる程だった。
 
 そんな夢の中の湖の辺で、そんなルイズの姿を見つめる一人の女性の姿があった。彼女は銀髪を靡かせ、ただ少女を見守り続ける。
 湖の大きさは、今の自分と主との心の距離だ、と彼女は思う。誰であろうと拒絶し心の奥底には近づけたくないというルイズの気持ちがこの湖には現れていた。その中心で一人ルイズは泣き続ける。己を責め、悔やみ、絶望する。それをどれだけ繰り返したのだろうか。
 
 しかし彼女――リインフォースにはどうする事も出来ない。彼女は受動的な存在であった。リンク機構を破損した彼女には、積極的に主とコンタクトを取る能力が失われている。僅かばかり、睡眠によって意識が深層に埋没した時のみ不安定ながら意思の疎通が出来る、それだけの関係。しかし今その僅かな繋がりも主は否定している。夢の奥底ですら、ルイズはただ一人慟哭し続けるのだ。
 それは誰かを支える為に生まれてきた彼女にとって、どれだけ辛い光景であっただろうか。彼女にとって一番の喜びは自らの主の願いをかなえる事。何も出来ぬ無力にまたその使い魔も嘆き悲しんでいた。

 僅かばかりの動きも見られぬ世界は、ルイズの思考が過去に囚われ動いていない事の証明であった。そこで彼女はずっとニューカッスルでの悪夢を反芻し、その光景に苦しむのだ。無力感が彼女を捕らえるくびきとなり、あの湖の中央に縛り付けている。
 
 リインフォースは空を仰ぎ見た。余りに厚い暗雲は既に黒い天井と言っても差し支えの無い質量と禍々しさを持ってこの世界を封じ込める。だが何時かきっとこの空に光差す日が来る、リインフォースはそう信じる。ずっと身近に居た彼女は知っている、ルイズが如何に強い少女であるかを。彼女の心は尽きぬ炎で形作られた太陽であった。どんな困難が目の前に現れようと燃える心火がそれを焼き尽くす。そして溢れる光は、誰もが目を眩ませる輝きを持っていた。今はそれが雲に隠されてはいるが――決して無くなってしまった訳では無い。だからきっと、再びこの場が光で満たされる日が来ると確信していた。
 何時かその日が来たならば、と彼女は思う。次こそは共に手を取り進みたいと。ルイズは自分に深く愛情を注いでくれている。自分もまた、それに答えたかった。私は彼女の、使い魔なのだから。
 
 リインフォースはただ一人、主の帰還を信じ湖の辺でその姿を見守り続ける。凪の世界の中、幸運の追い風は、まだ吹かない。


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