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夜天の使い魔18話

 混乱続くホールの外、バルコニーより竜の羽ばたく音が聞こえる。
「タバサ!?」
 そこに認められたのはシルフィードとタバサの姿。タバサはドレス姿のまま大きな杖を持ち、風竜を丁度バルコニーの高さに滞空させていた。
「脱出する。乗って」
「でも、まだルイズが……」
「早く」
 キュルケを促すタバサの口調は普段よりもほんの僅か、親友のキュルケにだけ判る位僅かに早く、それは彼女が急いている証拠だった。
 キュルケはもう一度辺りを見回す。大分人の減ったホールだが、まだまだ混乱は続いていた。給仕達の避難は遅々として進まず、状況が落ち着くには時間がかかりそうな様子だった。その中に、あの白いドレスの少女の姿は見られない。先程までは確かに居たはずなのに。一体何処へ!?
 タバサが決意を促すように、すっと手を伸ばす。キュルケは、逡巡しながらも――その手を取ると、竜の背へと乗った。きっと、大丈夫。あの子は頭が良いから、きっとこの状況でもなんとか最善手を打つはず。それを信じよう。そんな事、言い訳なのだと自分でも判っていたが、キュルケは縋るようにそう祈っていた。
 
 シルフィードの背に乗ってまずキュルケが目にしたのは、巨大な岩ゴーレムの姿だった。城壁から飛び出る頭が、その巨大さを良く示している。それら巨人が三体、門の前に並ぶように立っていて、断続的に拳を振り上げ、城壁を激しく殴打していた。空には城を囲むように竜騎兵が円陣を組み浮遊しているが、おかしな事にあまり積極的に攻めてくる様子は見られない。時折散発的に魔法を打ち込んでいるようではある。しかし、相手を打ち倒そうという意思がそこには見られないのだ。これは明らかに牽制目的。しかし何故?とキュルケの頭に疑問が点る。攻城戦で何故そんな事をする?
「それで、これからどうするのよ!」
 ゴーレムの拳が劈くような破壊音を奏でるなか、キュルケがそれに負けないように声を張り上げる。
「まさかこのままシルフィードで下まで降りるって言うんじゃないでしょうね!?」
「フネに向かう」
 秘密港に曳航してある「マリー・ガラント」号に向かい、それで脱出するという事らしい。
 風竜であるシルフィードならば、その身一つで浮遊大陸から大地へと降りる事は不可能ではない。しかも彼女は韻竜、精霊を味方につける事が出来るのだから、困難ではあるが選択肢として選んでもおかしくないという風に言う事が出来るだろう。しかしそれをしないのは、一つはシルフィードの体に多大な負担をかけるであろう事が予測される事。この白の国が存在する浮遊大陸は遥か空高くにある。1リーグを超える高さにあるこの場から複数の人間を背に乗せて降りるのは彼女の体に多大な負担を与えるであろう。できるならそんな事は避けたい、というのが主の意向であった。
 そしてもう一つの理由。それはタバサが義理堅い性格だと言う事だ。彼女は一度交わされた約束を決して違える事は無い。少なくとも、キュルケには違えられたという記憶は無い。それに貸し借りにも異様に拘る。自分が施しを受けたならかならずその恩を返そうとする。だから今回も、一度引き受けた――マリー・ガラント号を守って欲しいという約束――仕事を、律儀に果たそうとしているのだろう。
 シルフィードを連れてフネに乗るなら、一度城の下へ回り込み岬に隠された入り口から入るしかない。その為にはまず上に居る竜騎兵達をなんとかして行かなければならないだろう。積極的に攻める姿勢は見せていなくても、飛び込んでくる獲物を見逃す程彼等は寛容ではあるまい。それは、この城へと侵入した時以上の苦難を伴うに違いない。
「この囲み……抜けるの?」
「判らない」
 タバサらしくない、歯切れの悪い答えにキュルケは驚いた。何でも即断するように見える彼女がこうして迷うなど滅多な事では無い。それだけ事態は深刻だという事なのだろう。
「でも、やってみせる」
 シルフィードも不安そうにきゅい、と一声上げる。これだけの数の竜の囲みを突破する事がどれだけ困難なのか、同じ竜の身である彼女には良く判っていた。おそらく不安の度合いで言うならシルフィードがもっとも大きく、恐怖を感じ、不安に震えていただろう。

 二人と一匹は、じっと城の空を窺う。竜騎兵の数はそれこそ数えるのも馬鹿らしい程で、彼女らの頭を悩ませた。その数や竜騎兵のみでも城を落とせるのではないか?と思える程だ。この囲みを突破し、なんとかマリー・ガラント号に辿り着かなければならない。
 焦燥を覚えながらも、彼女達に出来るのはじっと空を見つめる事だけだった。
 
 100メイルか、もっと歩いた先だったか、それともまったく進んでいなかったのか。長い時間を掛けて、僅かばかりの距離を進んだ時、ウェールズはやっと人と出会う事が出来た。
「殿下!」
 年の頃はウェールズと余り変わらないであろう一人の青年貴族が、自らの主の姿を見つけた。彼は勇み皇太子の元へ歩み寄り――近付くにつれその状態を把握し、顔色を変え、地を割れんばかりに踏みしめながら走って傍へと辿り着く。
「殿下! しっかりなさいませ! 殿下、殿下ーッ!」
「案ずるな、たかが……胸に穴が開いただけだ。まだ死なぬよ」
 たかが、これがたかが。穿たれた胸の傷からは血が流れ落ち、どんどん床に流れ出している。どうやら大きな血管や心の臓を傷つけるのは免れたようだが、片肺を潰された苦しみは想像を超えるものであろう。それでも尚気丈に振舞う姿に、涙を禁じえなかった。
「それよりも……状況はどうなっている」
「我らは皆迎撃に。民はフネへと避難させている最中であります」
「そうか」
 その答えにウェールズは満足そうに肯いた。
「ならば私は速やかにイーグル号へ向かわねばならんな。フネが出る為の梅雨払いをせねばならん。……済まぬ、少し疲れてしまった。肩を貸してはくれまいか」
 男は、黙って皇太子を支える。流れる涙を止めようと必死になりながら。向かうは地下の秘密港、そこにあるイーグル号が男達の死に場所だった。
 
 向かう最中、ウェールズを支える人数は次々と数を増やし、最終的には十人近い数の者たちが彼に着き従った。水のメイジは必死に応急処置をし、その命が散らぬよう懸命に魔法を唱えていた。
 ようやくイーグル号へと辿り着いたウェールズを、皆が「殿下!」と叫び迎えた。その深い傷に驚きを隠せないながらも、彼等は己の本分を見失わぬよう必死に平静を保つ。男達は必死に己に言い聞かせる。まだだ、怒りを爆発させるのは今では無い。今感じている全ての激情を叩き付けるのは、あの卑劣な貴族派達。このような所で無駄に浪費してはならない、と。
 やっとの事で船長室に辿り着いたウェールズは、その椅子に倒れこむように座り込んだ。この場所こそが彼の居るべき所だった。ここが指揮を下すべき指令所であり、彼の棺そのものだった。ようやく彼は、最後の場所に辿り着いたのだ。
 両脇には高位の水メイジが二人侍り、絶え間なく治療を施している。まだ殺させぬとばかりに必死の気迫で魔法を唱え、ウェールズの命が零れ落ちないよう全力を尽していた。後ろに侍るのは侍従のパリー。皇太子が生まれた時より使えてきた彼の居場所もまたここであった。
 部屋に集うのは栄え抜きの精鋭30名、ぎゅうぎゅうになりながらも彼等は己が忠誠を誓う主の下へ集う。彼等は待っていた、その言葉を。
「避難状況はどうなっている」
「あと20分程度で完了する予定であります。船員達の必死の努力により既にフネの出港準備は万端、避難が終了次第何時でも出せる状況です」
「ではこちらも急がねばならんな、イーグル号の出港準備を急がせよ。空に居る連中を押さえ込み、血路を開く」
 おお、と男達から鴇の声が上がる。血気盛んに気持ちを高ぶらせながら、彼らは怒声を張り上げた。
「済まぬ皆、このような事に着き合わせてしまって」
 頭を垂れたウェールズを、男達は制す。
「何を仰います殿下。我等空に生き、空に死ぬと決めておりました。このように我等に相応しき死地を与えてくれた事、まさに感謝の極み。まして民を守って死ぬのは最高の誉れ。始祖の御許にて存分に誇れましょうぞ」
「……ありがとう」
 もう一度、ウェールズはもう一度頭を垂れる。
「我等が向かう先は栄光ある死! 全ての恐怖を捨て去って、最後の時までひたすら突き進めい!」
 男達が拳を突き上げる。高々と、天に届くように。再び上げられた声は、先程のものを遥かに超えた大音声となって部屋に木霊した。
「さあ行くぞ、我等アルビオン王国空軍の勇猛さ、卑劣なる連中に見せ付けてやれ!」


 如何ともし難い状況の中、キュルケ達はじっと様子を窺っているしかなかった。竜騎兵達の包囲陣に隙は見られず、どう考えてもこの中に突っ込むのは自殺行為。こんな数十もの数のメイジから集中砲火を浴びたら、一瞬にして絶命する事は目に見えていた。
 フネに辿り着くだけならシルフィードを降りて城の中から港へ向かえば良い。しかしキュルケはその選択を選びたくないと思っていた。自分の仲間を見捨ててまで生きるような真似をして何になるだろう。そのような下衆で安楽な道を行くのなら、喜んで苦難で高潔な道を選ぶ。それは彼女の貴族としての誇りであったのかもしれない。
 
 またタバサも同様に悩んでいた。シルフィードの使う先住の魔法。それを用いれば彼女は人の身へと成り代わる事も可能である。そうすれば一々危険を冒さずにフネへと辿り着く事が出来るだろう。しかしシルフィードは人の姿で居る事をあまり好まない。服を着るのが大層嫌いで、出来るなら一秒だって身につけたくないと思っているはずだ。このように命が懸かっている状況なのだからなんとか説得すればしぶしぶながらも承諾はするだろう。
 しかし、僅かながらでも彼女が韻竜であるという情報を漏らしたくは無かった。ほんの僅かでもその痕跡を残したら最後、確実にシルフィードは方々からの捕獲対象になる。それだけ、韻竜や先住魔法というものは危険を呼び込む存在なのだ。おそらく一度変身したなら、途中で竜の姿に戻る機会は無い。港へと向かう道の最中でも、フネの中でも彼女が元の姿に戻る事は不可能だ。もしフネに乗ったシルフィードが僅かでもボロを出せば、それだけで彼女の身は危険に冒されるのだ。上を抜けるにせよ、中から向かうにせよ、タバサにとっては危険な事には変わりなかった。故にタバサは悩む。どちらがよりマシなのか、と。
 シルフィードもタバサと同じように考えていた。最も彼女の方はもっと気楽なもので、なるべくならあんな布付けたくないわ!程度であったが。
 
「……タバサ、何か言った?」
 ふるふるとタバサは首を振る。キュルケは自分の勘違いだったかしら?と首を傾げる。確かに聞こえた気がするのだ、自分を呼ぶ声が。
 ――聞こえる、確かに聞こえる。
 やはり気のせいでは無い。確かに聞こえるのだ。微かな声が、風に乗って届くように耳へと伝わってくる。それは切に、自分に呼びかけてきているようにキュルケには思えた。
「誰かが、呼んでいるわ!」
 シルフィードも声を上げる。
「これはまるで、精霊の声みたい」
 首をもたげてきょろきょろと辺りを見回すと、「あっちから聞こえる!」とシルフィードは首でその場所を指し示した。
「その……なんだかあたしにも聞こえるのよね、声。誰だか知らないけど、あたしの事を呼んでいるのよ。シルフィードもそうなの?」
「わたしたちに助けて欲しいって、必死に呼んでる」
 どうやらシルフィードにはより鮮明に声が聞こえているらしい。キュルケには、自分の名を呼ばれているような気がする程度にしか聞こえていなかった。
「大変よお姉さま! ルイズさまが凄い怪我で動けないって! だから助けて欲しいってわたしたちを呼んでいるのね!」
 ぎゃあぎゃあとシルフィードが騒ぎ出す。羽をばさばさと動かして大慌ての様子だ。キュルケもまた、彼女が放った言葉に聞き逃せないものがあったのか、思わず声を張り上げる。
「ルイズが……なんですって?」
「大怪我で一歩も動けないって! これは大変だわ!」
 その剣幕から見るに、シルフィードはその声を確かなものと受け取っているようだった。一刻も早く向かいたいと、体全体で示している。彼女はルイズと仲が良い。本当に心配で堪らないのだろう。「お姉さま、早く早く!」とタバサに行動を急かしている。タバサはどうしたものかと思案していた。
「試しに向かってみましょう」
 キュルケはそう提言した。
「まだルイズは見つかっていない。もしかしたら、という事もあるわ。居なければそれで良いじゃない。それに、この状況ではどちらにせよ動きようが無いし、ちょっとその辺りを見てくるくらい良いと思うの」
 それでも尚暫く思案を続けていたタバサであったが、「判った」と肯くとシルフィードに了承を与えた。シルフィードには何処から声がするのか明確に判っているようで、淀みなく目的の場所へ向かっているようであった。
 向かった先は城の中庭。その隅の方に、隠れるように横たわっている少女の姿は、紛れも無く――。
「ルイズッ!」
 キュルケがルイズの元へ駆け寄る。ルイズの体は酷い有様だった。全身の至る所にあざと裂傷が見られ、無事な部分を探すのが難しい位だった。意識は無く、生きている証は微かに口から漏れる呼吸音のみ。間違いなく重症であった。一刻も早く手当てをしなければならない。
 キュルケはタバサと一緒になってルイズを持ち上げると、シルフィードの背に乗せる。
「ルイズさまは、大丈夫なの?」
「大丈夫……とは言い難いわ。手当てが必要よ。出来るなら水メイジの力も」
 こうなったなら一刻も早くマリー・ガラント号に向かう必要があった。城内には最早誰も居ないだろうし、この様子では何時落城するか判ったものではない。フネならば多少備え付けの秘薬もあるだろう。あとはラ・ロシェールまでなんとか行ければちゃんとした治療が受けられるはず。
「タバサ……もう迷っている暇は無いわ」
 キュルケの目は覚悟を帯びていた。やるしかないと、心を決めてしまったようだった。
「覚悟を決めて、行くしかない」
 その言葉を聞いても尚、タバサは逡巡しているようだった。余りにも彼女らしくない振る舞いに、キュルケが疑問を巡らせた時――。
 轟音を立てて、黒い壁が空を覆う。アルビオン王国に残された唯一の戦艦、イーグル号が恐るべき速度で急上昇してきたのだ。切っ先を斜めに空へと向け、風を裂きながらそのフネは現れた。余りの速度に、集まっていた竜騎兵達も驚きを隠せず、陣形に乱れを生じる。
「タバサ!」
 キュルケの意図する所を察したのか、タバサの行動は早い。即座にシルフィードが空へと舞い上がり、一直線に下へと降下して行く。竜騎兵達は皆フネに気を取られており、彼女達を狙う事は無い。
 本当に、良いタイミング! 優男の皇太子に、彼女は心の中で謝辞を述べた。まったく狙ったように出てきてくれた。良い男はこうでなくちゃ。
 流石に城の下にまで敵は居なかった。一度囲みを抜けてしまえばもう安全という訳だ。悠々と、それでいて速やかに彼女達は港へ向かう。
 キュルケは空を、城を仰ぎ見る。黒い船体のイーグル号は、数多の竜騎兵達に囲まれているようだった。魔法を四方八方から浴びながらも落ちないその姿は、流石ハルケギニアに名を轟かすアルビオン艦隊のフネだと関心するものがあった。
 しかしこうやって囮のイーグル号が出てくるという事は、マリー・ガラント号の出航も近いと言う事だ。イーグル号は破格の強度を持っているようだが、それでも長くは持つまい。速やかに出航する必要があるはずだ。
 その考えを裏付けるように、岬の下の秘密港から出てくる一隻の船の姿。言うまでも無くマリー・ガラント号だ。おそらく避難民をぎゅうぎゅうに乗せている為だろう、船足は幾分遅い。確かにこの速度では狙ってくれと言っているようなものだ。囮でもいなければ無事に出航することは叶わなかっただろう。
 城の上空には、岬を睥睨するように鎮座する巨艦レキシントン号の姿が見える。舷側から突き出た砲門の射程は、その大きさに見合うように長大なものだろう。そこから逃れられなければ、命運は尽きたも同然だ。しかしまだ、彼等はマリー・ガラント号の存在に気付いていない。今の内に少しでも距離を稼がなければならない。
 
 ゆっくりと進むフネの甲板に、シルフィードが降り立つ。このフネの甲板に降り立つのも二回目だ。船夫達の姿も驚きはなく、すんなりと自然な事のように彼女達を受け入れた。
「やあお嬢さんがた、また会いやしたね! 今回は少々荒い航海になりそうですが、ご容赦ねがいやす」
「ごめんなさい、挨拶は抜きで!」
 懐かしそうに挨拶をする壮年の水夫に挨拶する間も惜しむように、シルフィードの背より飛び降りたキュルケが急いでまくしたてる。
「酷い怪我人が居るの! 早く中へ運ばないと!」
「なんですって?」
 竜の背を覗き込んだ船夫の顔が、みるみる青ざめてゆく。彼の想像した光景を遥かに超える重症であった。
「誰かっ、手を貸せ! 早く救護室に運ぶんだ! ありったけの秘薬と包帯も用意しろ! ……早く来いってんだ畜生ーっ!」
 男の叫びに回りの水夫達がわらわらと集まり、丁寧にルイズの体を持ち上げ船内へと運んで行く。彼等にとってルイズ達は英雄であり、尊敬するべき貴人であった。余りにも痛々しいその姿に、皆が心を痛め、怒りを覚えずにはいられなかった。
「畜生、畜生……酷い事しやがる、あいつら」
 やるせないように、壮年の船夫が呟く。出来るなら、こんな風な再会はしたくなかった。もう一度会うなら笑って会いたかった。余りにも現実は辛く、重い。
 キュルケはその姿に心痛めたが――今はルイズの様子が心配だった。彼女を追い船内へと向かう。少しでも、傍についていてあげたかった。
 タバサは船内に入らず、甲板で空を見やる。イーグル号がどれだけ持ちこたえられるか、それが命の分かれ目だった。如何なる不測の事態であっても対処出来るよう、彼女はこの場に残る事を選んだのだ。
 
 そのイーグル号の様子と言えば、まさに地獄であった。方々から浴びせかけられる火炎の吐息と魔法で、船体は瞬く間に傷を増してゆく。強固な船体強度を誇るイーグル号であったが、これ程の集中砲火を浴びては沈むのも時間の問題であろう。
「マリー・ガラント号の出航を確認!」
 伝令の声にパリーがうむ、と肯く。船長室より動けぬウェールズに代わり、この老メイジが皇太子の言葉を伝える役目を担っていた。
「我等これよりアルビオンに吹く一陣の風と成らん! 良いな皆の者、なんとしてもマリー・ガラント号を狙わせてはならん! 彼のフネが逃げ延びる事、それこそが我等の勝利。これが殿下の言葉である。各々心に刻みつけ戦いに赴け!」
 男達は無言で肯いた。
 先日砲門を潰されたイーグル号には武装が無い。故に今や浮かんでいるだけしか脳の無い、丈夫なでくのぼうであった。そんな彼等が唯一取り得る戦法、それは――。
 ゆっくりと巡航していたイーグル号が、突如その身を加速させる。フネの常識を超えた速度で、急激に進みだす。まるで見えない巨人の手より放たれたかのように、ぐんぐんと加速していった。その先にあるのは、紛れも無いレキシントン号。
 イーグル号では、風メイジ達が全力でフネに力を与えている。八名の風メイジが全力を持ってフネの推進力と成り代わり速度を与えていたのだ。巨体がまるで風竜のように唸りを上げ、突進して行く。高速で飛翔する姿は、船体の色も相まってまるで黒い砲弾のようであった。いや、まさに砲弾そのものである。戦う術の無いイーグル号は己そのものを一塊の砲弾として、レキシントン号を狙わんと突き進んでいるのだ。
 レキシントン号がその狙いに気付いた時――全てはもう、手遅れだった。黒き弾丸がその船首に突き刺さり、激しく双方の船体を揺らした。
 圧倒的優位に驕りを覚えていたレキシントン号に乗るレコン・キスタの兵達はこの攻撃に驚き、戸惑った。今までなんの危険も無く、耽々と砲撃を加える毎日であった彼等は、咄嗟に反応する事が出来なかったのだ。その時、レキシントン号の時間は止まっていた。
 その間隙を突くように、イーグル号より怒りに燃える烈士達が舞い降りる。何れも精鋭30名、彼等は風のようにレキシントン号の甲板に降り立つと、雷のように進撃を開始した。事態に取り残されいる兵達を次々と葬り去り、船室内へと突入していく。
 王党派の貴族達の強さは恐るべきものであった。既に勝ち戦と驕っていたレコン・キスタ軍と死を覚悟した彼等では、戦意に余りにも差が有り過ぎたのだ。自らの傷も省みず突き進んでくる男達の前に、貴族派は一人、また一人と倒れていった。
 しかしやはり多勢に無勢、王党派の者たちも次々と倒れてゆく。彼等30人に対して迎え撃つレキシントン号の兵は100をゆうに超える。最初から勝負にはなってなかったのだ。それでも彼等は勇敢に戦った。命尽きるその時まで、杖を振るい、決して後ろを見せる事なくアルビオンの空に散っていった。30名を打ち倒すのにレキシントン号が払った犠牲は74名。実に倍以上の戦果であった。

 その頃、パリーは一人船長室に赴いていた。今やこの場に居るのはパリーとウェールズの二人だけだ。他の者は全員、レキシントン号へと突撃していった。
 ウェールズは静かに目を閉じ椅子に座っていた。彼はパリーが来たことに気付くと、ゆっくりと目を開ける。眠気を堪えるように瞼が上がる様が、彼に最後の時が近付いている事を、パリーに感じさせるのだった。
「……ああ、パリーか……攻撃は、成功したか……?」
「殿下の狙い通り、成功致しました。きゃつらめ、大層驚いていた様子。竜騎兵も、レキシントン号の連中も我等に釘付けでしょうぞ。これで、マリー・ガラント号が狙われる事はありますまい」
「そうか……ならば良かった……」
 再びウェールズが瞼を閉じる。力尽きたように、ゆっくりと。
「済まぬパリー……不甲斐無いが、私はここまでのようだ。あとは……任せたぞ。……今まで苦労をかけた、本当にありがとう……」

 閉じた瞼の裏に浮かぶのは、懐かしきアンリエッタの姿であった。もう暫く会っていない彼女は、どれだけ美しく成長したのだろう。死ぬ事に恐怖は無い。ただ、もう一度彼女に逢えない事が、少し悲しかった。
 その時、蘇ったのはラグドリアン湖での逢瀬のひと時の事。
 二人はそこで永遠の愛を誓った。
「水の精霊の御許に於いて、わたくしは誓約致します。ウェールズ様を、永遠に愛する事を」
 はにかむように、それでいて嬉しそうに告げるアンリエッタの顔は、今でも鮮明に思い出せた。月光に光る水面よりもそれは輝いていて、美しかった。
 だがウェールズは誓約をしなかった。彼には判っていた、自分たちは結ばれる事が無いと言う事を。だから彼はその場を濁して、誓約をしなかった。
 だがもし戻れるのなら――今度こそ永遠の愛を、彼女に誓いたい。
 こうして死の淵に瀕した今ならはっきり判る。やはり自分は彼女を深く愛しているのだと。その気持ちに嘘はつけなかった。
 深い悔恨を覚えながら、意識は徐々に闇に沈んでゆく。二度と帰れぬ永遠の闇へと、彼は向かっていった。
「アンリエッタ……すまな……」
 それが、皇太子の最後の言葉となった。
 
 最早、二度とウェールズの瞼が開かれる事はないのだと、パリーは知った。そうして初めて、老人の目より涙が溢れ出す。生まれた時より侍り、こうして死を見取る事になるなど、どれほど悲しい事か。幼い頃は体が弱く、随分と心配させられた。勉強をさぼり剣ばかり振っていたのを嗜めたのも数え切れぬ程あった。やがて立派に成長し、きっと次代の王は皆に慕われる賢王となるだろうと喜んだ。どれもが、思い出に深く残るものばかりだった。自分よりも、ずっとずっと長く生きて幸せになって欲しかった、それだけが彼の望みであったのに。
「坊ちゃま……お休みなさいませ、ずっと、安らかに」
 パリーはそっとウェールズの手を取ると、跪き涙を流した。
「私は殿下に仕える事が出来て、幸せでした」
 だが悲しみに身を浸らせる訳にはいかない。彼には最後の仕事が残されていた。ウェールズより託された、最後の一撃、その撃鉄が彼に委ねられたのだ。パリーは震える手で杖を掲げると、瞬く間に部屋が炎で包まれ、全てを燃やしていった。
 ――叛徒ども、見るが良い。これが我等最後の一撃ぞ。
 炎は勢いを増し、うねるようにして他の船室にまでその勢いを及ぼして行く。
 パリーは最後に、もう一度だけ自らの主の顔を見た。今生から消え去ろうと、決してその顔は忘れぬと近いながら、その面影を魂に刻み付けた。
「では殿下」
 再び杖を振るうと、いよいよ炎は勢いを増して、辺りはさながら炎の海となったかのようであった。それは全てを焼き尽くし、船底まで及び――。
「おさらばで御座います」
 その瞬間、イーグル号は轟音を立てて爆散した。


 轟音と閃光に、マリー・ガラント号に居た皆は誰もが空を仰ぎ見た。
「ああ……」
 何処からともなく声が漏れる。そこにあったのは、雄雄しき姿を持っていた黒いフネが粉々に砕け散る所だった。あまりの激しさに、このフネまで砕けてしまうのではないか、と錯覚させる程であった。
 タバサは何か感じ入るものがあるのか、じっと食い入るようにその光景を見つめ続けた。ぎゅっと杖を握り締めて、一秒であろうと見逃すまいと、瞬きもせずに、自らの眼に眼前の出来事を写し取っていった。
 
 爆発はイーグル号を粉々にするに止まらず、巨大なレキシントン号の船体にも大きな損害を与えていた。船首部分は粉々に砕け、無残な様相を晒していた。この有様ではとても俊敏な航行は望めまい。事実上の死に体と言っても差し支えの無い状態であった。
 
 同時刻、ついにニューカッスル城の城壁が崩された。なだれ込んでくるレコン・キスタの軍勢の前に、既に数を減らしていた王党派の兵達は蹂躙され、抵抗空しくも殺されていく。今ここに、アルビオン王家は長い歴史の幕を閉じた。この勝利を以ってレコン・キスタはその名を神聖アルビオン帝国と変えるのだが、それはまだ先の話である。
 
 ルイズは耳を劈く音で目を醒ます。途端、激痛が全身を苛むが、そんな事は今の彼女にとって些細な事だった。
「ここは……何処……?」
「フネの中よ」
 隣に着き従っていたキュルケが、そう答える。辺りを見回すと、木の天井に壁、脇には小さな丸い小窓が見える。どうやら船室の中らしい。
「殿下は……無事……なの……?」
 キュルケはただ小さくかぶりを振った。
「あたしは傷だらけのあなたを中庭で見つけて、なんとかフネに運んだだけ。他の事は何一つ判らないわ。でも多分……」
 キュルケも窓からイーグル号が爆散する様子は見ていた。それだけで、何が起こったのか凡その検討はつく。
「そんな……」
 そんなキュルケの様子にルイズも何かを察したのか、言葉を失う、彼女が思い出すのは、最後に見たウェールズの笑顔。あまりにも優しく、儚い笑顔。その表情で、全てを悟った。
 ――わたしは、結局何も出来なかった。
  ルイズの双眸から、涙が零れ落ちる。声も無く、静かに彼女は泣いた。体よりも何倍も、心が痛み、苦しい。それは涙を止めなく流させる。
 キュルケは、何も言わずただそんなルイズを抱きしめた。
 
 フネは少女達を乗せてラ・ロシェールへと向かって行く。
 苦難の末、得たものは――何も、無い。
 悲しみと、悔恨のみを残して、アルビオンへの旅路は終わりを告げた。


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コメント
感動しました!泣きました!アルビオン王党派カッコ良過ぎ!
気高いルイズに、雄雄しいウェールズに泣きました!
by: * 2009/03/17 00:13 * URL [ 編集] | page top↑

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