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夜天の使い魔17話

 激しくぶつかり合う鋼と鋼が、赤い火花を散らし二人の男の顔を照らし、各々が突き出した剣と鉄杖がまるで絡み合うように舞踏を開始する。
 一呼吸の間に幾度と無く放たれる刺突。一見すると相手を貫かんとしているこの攻撃は、実の所狙いは他にある。メイジ同士の戦闘――特にこのような決闘と言えるような――となった場合、重要なのは相手の戦闘能力、即ち魔法を封じる事である。この時に有効なのが、相手の手を制する事である。手を傷つけ杖の持てない状態に追い込めば既に勝負は決したと同じ。已む無く決闘をしなければならなかった場合に、相手の手を制し杖を取り落とさせ勝利する、というのは王道にしてエレガントと称される勝利の形であった。勿論、相手の命を奪う場合でもこの戦法が有効なのは言うまでも無い。相手の反撃の手を削いでおき戦う、これもまた戦いの常であるのだから。
 ウェールズが先程より狙いの主眼に置いていたのは手の腱だ。相手の握りの内側に位置するそれを執拗に狙い続ける。さらにそこに意識を持たせながらワルドの正中に位置する急所をも耽々と狙っている。
 ワルドの狙いもまた同様であった。刃の無い鉄杖であろうが、彼の膂力によって激しく擦り上げられたならば、皮膚はずたずたに引き裂かれ切り裂かれるよりも酷い怪我を生むだろう。故に彼の狙いもまた手である。
「デル……」
 ほんの僅かな隙を突き、ワルドが詠唱する。突きを受け止めいなし、魔法の為に杖を振るう余裕を作り出した。
「ウィンデ!」
 至近距離より、放たれる風の刃。必中の間合いより放たれたそれをかわす事は不可能に近い。ワルドは早くも勝利を確信する。
 しかしウェールズは子爵の予想の上を行った。電光石火と言うに相応しい速度で崩された体勢を取り戻し、突き出されるべきだった杖を鋭く巻き取り、風の刃の軌道を変えた。ウェールズの首目掛けて放たれるはずであったそれは彼の脇を通り過ぎ無力化された。
 ワルドは驚く暇すら与えられなかった。巻き取られた杖に絡みつく剣はそのまま蛇の如くうねり、彼の上腕へと齧りつく。上腕の逞しく盛り上がった筋を切り裂かれながら、ワルドの腕は剣により固定される。斬撃と関節固めとが、同時に行われた。
 そのまま気合とともに引き崩されるワルドの体、そして腹に突き刺さるウェールズの蹴り。それは分厚い腹筋を容易く突破し、彼の臓腑まで威力を到達せしめた。
 だがそれに苦痛を感じる暇無く次ぎの攻撃が容赦無く襲い掛かる。ウェールズの左腕より放たれた横殴りの肘撃が、喉を捉えたのだ。何かの削げる音が、ワルドにははっきりと感じられた。
 既に、ウェールズは勝利を掴み取っていた。彼の左手に持つ小さなタクトに生み出されたのは、激しく渦巻く嵐の槍。今のワルドに、それを受け止める事も、かわす事も不可能であった。
 肘を放った左腕が、その勢いを殺す事無く高々と掲げられた。握っていたタクトはまるで光り輝く剣のように屹立し、一直線に天を突く。それはまさしく勝利に拳を掲げる戦士の姿そのものであった。
 次の瞬間、左腕がまるで地を穿つ雷のように振り下ろされる。凶悪に荒れ狂う風の槍は、ワルドの背中を容易く貫いて行く。それは大穴を開け、ワルドの体を食い破った。
 やがて、ワルドの体が霧散するように風となり、消える。遍在であるその身が、再び風に戻ったのだ。
 この間、僅かに5秒。秒殺と表現するのに相応しい圧倒的な速度の勝利だった。背後に居たもう一人のワルドは、挟撃の機会を図る事すらさせて貰えず、驚愕に目を見開いていた。

「どうした」
 振り向かないまま、ウェールズが問う。まるで隙だらけのように見えて、まったく隙が無い。それは彼が恐るべき実力の使い手である事を示していた。
「私の首を、取るのでは無かったのか? 早くも一人、遍在が減ったぞ」
 強い、明らかに先程のウェールズより遥かに強い。先程何度にも剣閃を重ね合わせていたワルドには判る。最早、先程までのウェールズと今のウェールズは別物だ。彼の言う怒りが、その身を変えたのか。剣筋は鋭さを速さを増し、放たれた魔法の威力は想像を超えている。この強さ、一瞬の油断も出来ぬ。

 瞬く間に一人を屠られた事により、一見不利になったようにも見えるワルドだが、彼は手痛い犠牲を払い最も大事なものを得る事が出来た。
 ――その構えの真意、見抜いたり。
 あの奇妙な構えの狙うべき所、戦い方をワルドは見抜いていた。後ろに控えた杖は大砲だ。そして前に突き出されし剣は、それを打つ為の布石。激しい剣戟により相手の杖を押さえ込み、間髪入れずに魔法を放ち、相手を下す。これこそがウェールズの戦闘スタイルに違いないというのがワルドの考えであった。剣と杖、その双方を同時に用いるなど、およそ貴族の発想とは思えない。貴族の力を以ってすれば、武器など必要が無いのだ。魔法によって圧倒的な力を発露させる事が重要であり、小賢しい武器などその前には無力に等しい。故に腰に剣を帯びる事はあってもその意味合いは補助的なものであり、それを主眼にした戦い方というのは聞いた事も無かった。白兵戦をする場合でも、ワルドのように杖を用いたものが一般的である。そこに剣による剣術を融合させる? なんという奇抜な考えだ、とワルドは軽い驚きを覚えていた。

 ウェールズは元々、その風貌から感じさせる印象そのままに荒々しい事は好まない性格であった。幼少から魔法の才覚は目を見張るものがあったが、体は丈夫では無く病気がちであり、少年の頃はしばしば床に伏せる日々を過ごしていた。
 それに心配した父ジェームス一世が、体を鍛える為に彼に勧めたのが剣術であった。元々貴族が武器術を納めるなどと言う事は稀であった。それが王族なら尚更である。なにせ平民の技、所詮下賎なものと蔑まれていたからだ。しかしジェームスはゲルマニアの隆盛を見て、平民の技もまた優れたものを持っているのではないかと思ったのだ。そして自分自身で剣の技を学び、その術理の素晴らしさを体感し、深く感動を覚えた。平民は力を持たない。しかしそれ故にこのように努力を重ね、我々とは違う力を体得したのだ、と。この素晴らしさを息子にも知って貰うべく、また健やかな体が得られる事を願って、王は剣の道を息子に勧めたのだった。
 最初の内、ウェールズは剣術の修行を好まなかった。剣は重く振るのに一苦労するし、練習をした次の日は筋肉痛で体は悲鳴を上げて激しく苦しむ事になったからだ。父の勧めであるからやってはいたが、自発的に、とはとても言い難い状況であった。できれば止めたい、と思っていたのが当時の彼の心の内の声だった。
 
 しかし、我慢して一年が過ぎた頃、彼は己の体に明確な変化が訪れた事を感じた。かつては良く熱を出し、寝込む事が多かったのにそれが無くなった。激しい修行により怪我をする事はあっても、ここの所病気とは縁が無い。また体が非常に軽い。長く走る事、重いものを持つ事、そういった不得手であった部分が何時の間にか解消されている。壮健に、逞しく、彼の体は鍛え上げられていたのだ。生真面目に練習を続けていた成果が実を結んだのだ。
 そのような事を自覚した時、初めて彼の中に剣術というものへの興味が湧いた。そして徐々に、その技術を極める事に熱中して行く事になる。暇を見つけては剣を振り、技を磨き上げる事に血道を上げる毎日が始まった。アルビオン宮廷に於いては「皇太子は剣に狂った」と揶揄される程の熱中ぶりであった。
 剣術の修行を始めどれくらいの時が経っただろうか、齢15を重ねた時、彼の剣の腕は相当なものとなっていた。腕に自信があるという平民達相手でもそうそう後れは取らないと自負出来るだけの実力を彼は持っていた。
 
 ウェールズの師は幾つもの戦場を渡り歩いた古強者であった。体に刻まれた傷は数え切れぬ程、それらが彼の戦歴を自ずと物語っていた。
「殿下、片手で剣を用いるのと両手で剣を用いるのとでは、どちらがより威力があるのかお分かりになりますかな?」
 ある時、師がそんな事を問いかけてきた。
「勿論決まっている、それは両手の場合に相違無い」
「何故です?」
「簡単な事。片手よりも両手の方がより力が出せる。腕一つより二つの方が出せる力が多いのは、子供でも判る事ではないか」
 だが、師はかぶりを振ってその考えを否定した。
「その二つの腕より放たれる力、その大元は足より背中に昇り行くもの。それが分かたれて両の腕へと流れ込むのです。つまり背中で一つであった力をわざわざ分けて用いている事になるのです。勿論、その分けられた力は再び剣にて合しますが、そのまま全て、という訳には参りませぬ。分かれるとき、ほんの僅かながら、失ってしまう力が出てしまうのです」
 彼は手に持っていた鉄の棒を宙高く放り投げる。何の変哲もない、それでいて純粋な鉄の塊の棒であった。
「しかしながら、その力を全て片腕に集中させる事が出来るのならば――」
 目にも止まらぬ速さにて、剣が抜かれる。片手で大上段に構えられたそれは、落下している鉄の棒を見事に捕らえ――。
「その斬撃は、両の手を用いたものを凌ぐ事になりましょう」
 何かが地に落ちる音が、二つ。鉄の棒は見事に真ん中より切断され、大地へと身を横たえた。切り口は鏡面の如く、まるで磨き上げられたかのように鋭いものであった。
 あまりの絶技に、ウェールズは絶句する。固定された鉄を切るのですら困難だと言うのに、宙にある鉄棒を切断するなど、人の域を超えた所業である。人の技とは此処まで到達し得るのかと、知らずに体が震えた。
「殿下、これからは片手で剣を振るう練習をなさいませ」
 男は静かにそう告げる。
「殿下はメイジ。片腕で剣を振るうのはその威力のみならず、もう一つの武器である魔法も貴方様に与えるでしょう。片手に剣を、片手に杖を。その戦い方をお極めなさいませ。それはきっと、確実な力となる事でしょう」
 剣技と魔法行使の融合。単純なようで、誰も考え付かぬ戦い方。それに心引かれた。誰もが為しえぬ、未知の技。それを、使いこなしてみたい。それより後ウェールズはさらに剣の修行に明け暮れた。新たな技術を作り出す、それには想像を絶する苦難が待ち受けていたが、彼はひたすらに技を磨き続けた。何年もの間、ずっと。
 
 威圧するように、ゆっくりと、ウェールズは振り向いた。彼の意思はその体を熱く燃え上がらせ、周りの空気がまるで陽炎のように揺らめいた。
 右手に剣を、左手に杖を。今ここに、彼の求めた業が結実していた。長い努力の末、彼はついにそれを体得したのだ。再び、ウェールズは構える。剣の後に杖を控えさせた、彼の必勝の形。その前に敵は無い。

「もう遍在は打ち止めか、子爵?」
 ワルドはそれに、自身もまた構える事で答えた。
「子爵程の使い手が、たった一体しか遍在を呼べぬという事は考えられぬ……その身、分散させているのだろう? 間諜として活動するのなら、貴様等の本陣として最低一人、遍在を控えさせていると考えるのは当然の事。そして他にも別の場所で活動している。だから、呼べない」
 ウェールズは低く体を落とす。はちきれんばかりの力が漲り、今にも爆発しそうな程であり、必殺の一撃を見舞う隙を窺っていた。
「破れたり、ワルド子爵! 一対一で、この身を下せると思うなよ」
 屈辱と怒りとで、ワルドの顔が激しく歪んだ。声も上げず、必死に怒りを堪えながらも、視線は激しく殺気を放ち、皇太子を射殺さんとしているようにすら思えた。

 二人の体は、まるで彫刻のように動かずに、ただ相手に向き合っていた。外の喧騒も、既に二人には耳に入っていなかった。全神経は全て戦う事に振り向けられ、五感の全てで相手の動向を探る。
 その距離、約3メイル。剣で踏み込むには遠く、魔法を行使するのには近い。微妙な距離に、二人は動けずに居た。おそらく勝敗を分けるのは僅かな隙だろう。それを探り、突く。男達は、全身全霊をそれに傾けた。
 長い沈黙が場を支配した。一体それがどれ位続いたのか、数秒だったのかもしれないし、数分であったのかもしれない、もしかしたらもっと長かったのかもしれない。だが、崩れ去った壁から転がり落ちる小石が床を叩き、ほんの微かな音を奏でた時――同時に、二人は動き出す。
 ウェールズが踏み込む。鋭い刺突が、神速にてワルドの身に迫る。
 ワルドが詠唱をする。瞬き程で完成された魔法が、ウェールズの身に襲いかかる。

 ワルドが放った魔法は「ウィンド・ブレイク」、突如巻き起こった暴風がウェールズの突進を弱める。余りの風勢に突き出された剣が揺らぎ、その軸をぶれさせた。
 間髪入れず、ワルドが攻撃を仕掛ける。大上段よりの全力の一撃。唸りを上げて振り下ろされるそれは、巨大な鉄槌かのような威力を誇るだろう。ウェールズは咄嗟に剣を掲げ、峰でそれを受け止める。あまりの衝撃に、鋼は折れるのではないかと思える程しなり、皇太子の体を潰さんとする。しかし剣はそれを作り出した少女の意思の如く固く、彼の命を守り通した。だが強大な膂力により押さえ込まれた体勢となり、ウェールズは思わず片膝を突く形となった。反撃もままならぬ不利な体勢に追い込まれ、ウェールズに死相が浮かんだ。
 ワルドの顔がにやり、と笑う。勝利を得たものの笑みだった。彼はそのまま力を緩めず、ウェールズを押し潰さんと腕に力を籠めていった。
 
 ぼろぼろになったルイズは、それを気遣うかのように静かに、衝撃を与えぬように風によって中庭に舞い降りた。最早意識無く、彼女はただ横たわり続ける。傍目にはもう死んでいるのではないか、と思わせるが、僅かに上下する胸が彼女が辛うじて生きている事の証であった。
 そこに現れる人影。その姿は紛れも無くまたワルド子爵のものであった。
「まさか予備の『私』まで動く事になるとは……」
 その遍在は、細かな工作や不測の事態の為の予備として位置付けられていた者だった。それを動かさなくては成らない事態に陥るとは、ワルドとしても実に予想外で、不本意な事だった。
「まあ良い、さっさとこちらを始末して上の方を支援しに行かねばな……ウェールズめ、まさかあれほどの使い手だとは、少々見くびり過ぎていたか」
 ワルドが詠唱を始める。杖に纏わされる閃光が、凶悪な光を帯びていった。彼が再び選んだのは「ライトニング・クラウド」、どうしてもルイズを焼き尽くさねば気が済まない様子だ。
「最早幸運もここまでだ。さよならだ、ルイズ」
 
 しかし、そんな彼女の身を守るように、彼に立ちふさがる存在があった。
「本……だと?」
 一冊の本が、ただの本が宙に浮き、ワルドの前に立ちふさがるかのように、まるでルイズを守るかのように、浮いていた。
 これは如何なるマジックアイテムか。このような本の存在、ワルドも聞いた事が無かった。もしかしたら今までの不可思議な出来事の数々は、この本に関係しているのかもしれない。だがしかし。
「本が……たかが紙切れ如きが何をしている!? 滑稽だぞ!」
 本如き、一体何をしようと言うのか。まさかルイズを守るとでも言うのか? 妄想じみた考えに、ワルドは思わず笑いだしてしまいそうになる。ありえない、そんな事はありえない。
「大好きなご主人様を守る騎士気取りか、ならば主従仲良く燃え尽きるが良い!」
 杖が振り上げられ、放たれる雷光。幾重もの閃光が荒れ狂い、ルイズ達の身を焼き尽くさんと襲い掛かる。それはまるで、光の蛇が少女を食らい尽さんとしているような光景だった。
 だが、それが為される事は永遠に無い。
「馬鹿なっ……」
 閃光の奔流は、あっけなく防がれた。
 白き光により描かれた、三つの頂点を持つ輝ける光の図形。未知の言語により記述されたそれは光の盾となり、荒々しき死の使いを見事に退けた。
「そんな馬鹿なっ……!」
 ライトニング・クラウドは風の魔法の中でも最高の威力を誇るものの内の一つ。それがこうもあっけなく防がれるなど、まるで悪夢の様だ、ワルドの心に恐怖が宿る。
 だが、その恐怖も直ぐに終わりを告げた。彼は何をされたのかも理解する間無く――粉々に体を砕かれたのだから。激しい爆発が彼の身を一瞬にして塵に返す。風に返る、などという生易しいものではなく、もし彼が本物であったとしても同じ結果だっただろう。恐ろしい威力を持った爆発は全てを塵に変えていたに違いない。

 ワルドが爆散するのを見届け、力を使い果たしたように、同時に本が力なく空より地へと落ちて行く。主人の下へ辿り着いた本は、主人と同じように、ぴくりとも動かない。主従は共に、ただ静かに横たわるのみであった。
 
 ウェールズを押さえ込むワルドの力が、僅かだが緩む。それはまるで、何かに不意を突かれたかのようであった。それが何かは判らなかったが、隙を逃す手は無い。渾身の力を籠めて、鉄杖を押し返す。ウェールズの全身の筋肉が咆哮を上げ、爆発的な力を両手に送る。
 今度はワルドがその身を崩す番だった。激しい力の前にぐらり、と身を揺らし、思わず一歩後ずさった。ウェールズは鉄杖を弾き上げると、疾風の如き横凪の一撃をワルドの胸目掛け放つ。
 必殺と思われたその一撃を、ワルドは辛くも避ける事に成功した。しかし胸は薄く切り裂かれ、だらりと血を垂らし始める。浅手の傷、痛みなど感じない。しかし思わぬ攻撃に彼の心は不快感を募らせていく。

 遍在が、また一人やられた。一体何が起こっている? ルイズに止めを刺すべく向かった遍在が、あっけなくやられた事をワルドは知覚していた。ライトニング・クラウドが簡単に防がれた事もまた驚きを助長させていた。先住魔法とも、系統魔法とも違う未知の魔法。まさかあれが虚無なのか? なんであれ、恐ろしい力だ。
 
「呆けている暇など無いぞ、子爵!」
 矢継ぎ早にワルドを襲う攻撃。全身を激しく強打する衝撃を感じる。これは、エア・ハンマー! 巨大な風の槌で打ち付けられた体は大きく吹き飛ばされ、宙を舞った。
「調子に……乗るな小僧ーッ!」
 距離を取れたアドバンテージを活かし、吹き飛ばされながらも詠唱を開始する。こうなれば、我が雷で焼き尽くしてくれる! 全力のライトニング・クラウドで全てを押しつぶしてやろう、そう考えた。
「食らえ、『ライトニング・クラウド』! 焼け死ぬが良いウェールズ!」
 激しく襲い来る雷光。しかし、迎え撃つウェールズのタクトに纏われるのも、また雷光。
「雷が、貴様だけの専売特許だと思うな子爵!」
 ウェールズから放たれた雷光が、ワルドから放たれた雷光を迎え撃つ。激しい二条の光がぶつかり合い、まるで太陽のような光を暗き夜に生み出した。その威力に、思わず顔を手で覆うワルド。とても目を開けていられる光では無かった。
「うおおおおおおおお!」
 光の中から、ウェールズが突進してくる。己の身が焼かれるのも省みないまま、彼は雷の嵐の中を突進し、子爵に剣を振り上げる。
(体を焼きながら仕掛けてくるだと! 正気か!?)
 余りにも、ワルドの理解を超えた戦い方だった。こいつは死を恐れないのか? 苦痛を忌避しないのか? 何故、このような戦い方が出来る?
 
 ウェールズが大上段に剣を構え、振り下ろす。それは丁度、先程のワルドとまったく同じ攻撃だった。ワルドは鉄杖でそれを迎え撃つ形まで、まったく同じであった。
 ――次の手は読めているぞ、ウェールズ。
 心の中で、ほくそえむワルド。こうして杖の自由を奪ったなら、そこをすかさず止めの魔法で一撃してくるはず。それを外せば、僕の勝ちだ!
 それを裏付けるように、ウェールズのタクトに纏う風。エア・ニードルで貫き、勝負を決めるつもりだ。あまりに思惑通りの展開に、ワルドは今度こそ勝利を確信した。
 右手を腰溜めに構えるようにして、待ち構える。剣を受け止めた鉄杖は、左手に持たれたものであった。突っ込んできた一瞬、決めに来ると悟ったワルドが密かに持ち手を入れ替えていたのだ。この右手が、彼の切り札であった。
 突き出されるウェールズのエア・ニードル。その切っ先が胸にめり込もうとした刹那、ワルドの右手はウェールズの左手を押さえ込み、死の槍の勢いを止めた。ぎりり、とそのまま締め上げ、無力化する。
「見え見えだぞ、ウェールズ! 貴様の負けだ!」
 だが、ウェールズの顔には、驚愕も、絶望も、そんなものは一切浮かんではいなかった。それは、勝利を確信した者の顔。
「負けるのは貴様だ、子爵」
 みしり。絶望が、音を立ててやってくる。それは、彼の鉄杖にひびの入る音。絶対的な強度を持つそれが、砕け散ろうとしている。
「食らうがいい。これが、この一撃が、私の全てを賭けた一撃だあああああああああああああああああああああ!!!」
 一流の土メイジによって錬金され鍛え上げられ、固定化をかけられた鋼が、切断される。それは鉄杖に止まる事なく振りぬかれ、哀れな卑劣漢の体を両断した。
 
 ワルドの体が、風に返って行く。ウェールズの手に握られた剣は役目を終えた事に満足したように崩れ去った。
 まさに渾身の力を籠めた一撃であった。ウェールズは激しく肩で息をし、全力を使い果たした様子であった。師より見せられた技を再現しようと月日を重ね早幾年。中空に浮く鉄を両断する事は叶わぬとも、固定された鉄ならば、たとえ固定化がかかっていようとも両断できる域まで彼の技術は高まっていた。
「子爵、君の敗因は」
誰も居ない廊下、しかしそれでも、勝利を宣言するようにウェールズは告げる。
「私を剣士だと見抜けなかった事だ。私は皇太子である前に、メイジである前に……一人の、剣士であったのだ」
 ウェールズの切り札は、その身に宿っていた強大な魔法力では無い。彼が一から鍛え上げてきた、技術であった。
 
「いいえ、それは違います殿下」
 不意に、背後から声がした。
「真の敗因は……素直すぎる貴方の性格ですよ」
 ごぶり、とウェールズの喉よりこみ上げるのは、血。胸からは見慣れた鉄杖が突き出ていた。
「本体を倒した訳でも無いと言うのに、安心するのは早すぎますよ……勝利を味わうのは、相手が確実に倒れたのを確認してからにしなくては」
 果たして、そこに居たのはワルドであった。不敵な笑みを浮かべ、背後よりウェールズの胸を貫き、笑っていた。
「しかしまあ、こうして僕本人を引き摺り出したのは賞賛に値します。ここまで追い込まれるとは、本当に計算外でしたよ」
 杖をさらに突きいれる。確かな手応えに、ワルドはやっと満足感を覚えた。
「……ていた」
「……?」
 ウェールズが何事かを呟いている。最後のあがきか?とワルドは耳を凝らす。
「この時を、待っていた。私が勝利を確信すれば、きっと君自身が出てきて止めを刺しに来るだろうと。憎い私の首を、その手で落としに来るだろうと、そう思っていた。ずっと、この時だけを待っていたんだ」
「まさか」
 全てが、僕ををおびき寄せる為の罠だったと言うのか!? ワルドの脳裏に激しい警鐘が鳴らされる。
 ウェールズの足元に、風が巻き起こる。彼の体を中心に、激しい渦を形成し、やがてそれは嵐となった。
「これで本当に終わりだ……子爵。既に我が呪文は完成している!」
 ぞくり、という悪寒を悪寒を感じ、咄嗟に離れようとするワルド。しかし、その判断は少し遅かった。ウェールズを中心に巻き起こった刃の嵐――カッター・トルネード――がその身に襲い掛かった。幾重にも重なった真空の刃が、容赦なく彼の体を切り刻んで行く。特に、ウェールズの体に最も近い、杖を握っていた右腕は杖ごと見るも無残にずたずたに引き裂かれ、既に腕としての形を失っていた。醜い肉塊と化したそれは、ぼとり、と肩のあたりから地面に落ち、無残な姿を晒していた。
「く……おおおぉぉぉぉお」
 ワルドは失った右腕の付け根を押さえ、苦悶の声を上げる。それがこの目の前に居る男が遍在では無く実体であると物語っていた。
「ウゥゥェェェルズゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
 地獄に鳴り響くかのような、恐るべき怨嗟の声であった。万の憎しみと恨みとをない混ぜにしなければ、このような声を出す事は不可能だろう。ワルドの怒りと殺意とは、頂点に達しているようであった。
「やってくれたな、ウェールズ! しかしその深手、貴様の命も長くはあるまい。僕の勝ちだ! 貴様は負けたのだ、アルビオンの皇太子よ!」
「本当にそう思っているのか……? ならばなぜそうまで吼える。顔を歪ませる」
 致命傷を受けながらも、ウェールズの顔は晴れやかだった。その笑みは、勝利者のものとしか思えぬような輝きを持っていた。彼は、己が敗北したなどと微塵も感じていなかった。
「勝ったのは私だ、子爵。君は屈したのだ、我が誇りと覚悟の前に。君の内にある欲望では、決してこの輝きを超える事など出来ない」
「ほざけ! 生きているものが勝者、死に行くものが敗者だ! 未来の無い貴様が勝者などとありえぬ話だ!」
 崩れた壁の向こうに見えるのは――恐らくワルドが呼び寄せたであろう――鞍のつけられた風竜の姿だった。ワルドは片手を失った為苦労しながらも、それに飛び乗る。
「さらばだ、アルビオンの皇太子! 城と共に朽ちるがいい!」
 ワルドはそう言い残すと、空の彼方へと消え去った。
 
 がくり、とウェールズが膝を突く。最早体は限界だった。死が彼を誘い、待ち構えている。あと一刻も経たぬ内、彼は死ぬだろう。
 だが、まだ死ねない。
 ウェールズは最後の気力を振り絞り、歩き出す。向かう先はイーグル号。自分の死に場所はそこだ。こんな所で、無駄に散らしてはならない。必死に自分を守ろうとしてくれた少女に報いる為にも。
「ウェールズは勇敢に戦い、死んだ」
 ずるり、ずるりと這うような速度で進む。真っ直ぐ歩く事すら困難な状況で尚、彼は歩むのをやめない。一歩、一歩、進んで行く。
「そうであったな、ミス・ヴァリエール……」
 民を守る為、誓いを守る為、彼は進む。
 まだ死ねないと、必死に言い聞かせながら。
 あと少しだけ死ねないと、心を奮い立たせながら。
 ウェールズはゆっくりと、しかし確実に、己の死に場所へと向かって行った。


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