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夜天の使い魔13話

 さてここで唐突に朝の寝起きランキング。
 一位、タバサ。
 まったく疲労を感じさせない爽やかな目覚めの模様。最も、元から表情が乏しい彼女である、仮に多少の疲労が残っていたとしても顔に出すとは考え辛いだろう。しかしてきぱきと身支度を整える様から推測するに、休養は完璧の模様。
 二位、ルイズ・フランソワーズ。
 多少眠そうな表情をしているものの、元気に伸びをしている姿は元気溌剌、若さに満ち溢れた力強い目覚めの姿そのもの。のろのろと着替えをする傍らで主を応援するようにふわふわ飛び回る本の使い魔がチャーミングさをアップさせているのもポイント高し。
 そして本日の最下位はこの方、キュルケ・ツェルプストー。
 「あー」とか「うー」とか「もうちょっとぉ」とベッドの上でごろごろ寝転がっております。転がる度にたゆんたゆん揺れる胸の双丘は、この場に男性諸君が居たら釘付け間違い無しのど迫力、男殺しのツェルプストーの面目躍如と言った所か。しかし寝起きは悪い、というかまだ起きてません。
 
 仇敵の寝乱れた姿を見下ろしながら、ルイズは嘆息した。級友の寝姿を見る機会などこれが初めて。彼女自身がイメージしていた姿にかなり合致していたこの光景であるが、直に見てみると感慨深い気持ちになるというか、うん、やっぱりだらしないのねツェルプストー、と腑に落ちる感がある。
 ちなみにルイズ自身だって春先まではこのように寝起きが悪かった、などという事実は既に心の棚の上に片付けられてしまっていた。よってこのルイズ、一片の容赦すらなく心底だらしないなあ、と思っていた。

「何時もこんな感じなの、ツェルプストーって」
「大体そう」
 タバサがルイズの言を肯定する。どうやら飲み過ぎとか関係無く普段からこんな感じのようだ。
「こうすれば起きる」
 タバサはついっ、と軽く杖を振ると、たちまち風が巻き起こりベッドの上のキュルケを床へと押し転がした。ベッドの陰からは「ぐぎゃ!」という声と床が響かせる鈍い音が伝わってきた。
 僅かの後、キュルケがのっそりとベッドの陰から這い出てくる。赤毛がぼさぼさなのと額一面に広がる赤さは確実に着替えもせずに寝入った所為だけではあるまいと見て取れた。
「おはよータバサ。相変わらずきつい目覚ましね」
「おはよう」
 ――なんか全然気にして無いよお互い!? 人一人吹っ飛ばしておいてそれ? あと部屋の中も風で滅茶苦茶なんですけどそれも華麗にスルーですかお二方?
 改めてキュルケとタバサの二人の関係に戦慄するルイズ。思ったよりも深い、そして凄い。
 
 窓の外はまだ暗く、山陰からうっすらと日の光が漏れ出でて、その光が山肌を塗り上げてゆく頃合であった。本来起床するにはまだ早い時間帯と言えたが、フネの出向時刻が早朝である為このような時間に目を醒まさなくてはならなかったのだ。ラ・ロシェールからアルビオンの港町のスカボローまでの行程は約半日程、こんなに早く出立しても着くのは夕刻になる事だろう。
 三人は手早く身支度を整えると、急ぎ足で宿を出た。三人が向かったのは宿に備え付けられた使い魔専用の厩舎である。『女神の杵』亭は貴族専門の宿であるので、当然メイジのお供である使い魔を休ませる為の厩舎も存在した。こちらも他の建物と同様に岩から削りだされた趣のある建築物となっており、大型の幻獣が泊まる事も念頭に置いてか宿本体に劣らぬ程大きく立派な建物となっていた。せかせかと歩く三人が手に持つ包みはサンドイッチが二切れ入った紙包みで、これは朝食を取る時間が無いだろうと見越して昨晩の内に宿に頼んでおいたものだった。他に昼食が入ったバスケットもあるのだが、こちらは三人分纏めてタバサが持っていく手はずとなっている。
「みなさまおはようございますー」
 厩舎ではのんきにあくびをする風竜の姿があった。
 「まだ眠いけどがんばりまーす」と元気に一声あげて、三人を乗せたシルフィードは大空へと羽ばたいた。
 

 アルビオン行きのフネが係留してある桟橋は、ラ・ロシェールの大地にそそり立つ巨木に存在する。山のように高く屹立し巨体を誇示しているその枝の一つ一つが桟橋の役割をしているのだ。この大樹の内部は空洞があり、本来ならばそこに備え付けられた階段を用いて遥か高くに存在する桟橋へと赴くのだが、少女たちはその工程を一足飛びに抜かして悠々と空より桟橋へと向かって行った。
 
 シルフィードは目的のフネを見つけると、その甲板へふわり、と滑り降りた。甲板には如何にも船夫と言った男たちが数人、出港準備に追われていたが、急に現れた竜の姿に皆目を奪われている様子だった。全員その威容に驚き、作業する手を止め風竜の姿を凝視する。船員達は全員が全員、平民である。彼ら達が竜の姿を間近で見る事など、これが初めてなのだろうから無理からぬ事であった。貴族とて、竜騎兵でも無ければ日常的に竜と接する事など殆ど無く、平民にとっては尚更だ。恐らくこれは彼らにとって一生の内でも数える程に印象深い出来事になるだろう。
 
 竜の背より降りた三人の少女に、恐らくこの場の纏め役であろう壮年の船夫が近付いてくる。日焼けした肌とがっちりと筋肉の付いた体、品は無いが礼を失しては居ない人懐っこい笑みが彼の人柄を感じさせる。
「やあやあ、こりゃあたまげましたな! 竜で乗り付けてくるお客様なんて初めてでさ。なんとも豪快な貴族の娘さん達だ!」
 がはは、と大声で笑う様子に、本人の方がよっぽど豪快だとルイズは思った。
「しかし竜ってのは本当にでっかいもんですなあ。甲板もずいぶんと狭く感じちまいますよ。まあ、こちらは料金をたんまり払ってもらえやしたんでまったく問題ありませんがね」
「これが残りの料金よ。スカボローまで宜しくお願い」
「合点でさあ、丁重にお送りしますぜ」
 男はルイズからエキュー金貨の入った袋を受け取ると、にんまりと満面の笑みを浮かべる。竜一匹がお供についているとは言え、貴族三人運ぶにしては随分な額を貰っている。久々の上客に船員達も大喜びだ。スカボローに入港した暁には一晩酒場で飲み明かすだろう事は間違い無い。
「もう暫くしたら出向しますんで、下の部屋でお休みになったらいかがでしょ?」
「ではお勧めに従って」
 シルフィードに軽く手を振って、男の先導に従い三人は船内にある客室へと降りていった。部屋はフネでも上等な部類に属すであろうものだったが、流石に『女神の杵』亭のような貴族専門の宿屋にある部屋と比べたら見劣りするのは避けられなかった。しかしそれでも気をきかせてなるべく快適に過ごせるようにとこの部屋を選んでくれた事は十分に察せられた。

 三人は備え付けられたソファ-正直座り心地は微妙な-に身を沈め、やっと朝食にありつく事が出来た。宿から渡された包みは魚のフライと野菜を挟んだサンドイッチのようだ。さくさくとした感触と野菜の瑞々しい潤いが彼女たちの舌を喜ばせる。
「あとは半日ゆっくりしていればアルビオンね」
 ぺろりとサンドイッチを平らげたルイズは、船室の窓から空を見ていた。まだフネは出航していないようで、眼前に広がる雲がゆったりと流れていく様が見て取れた。
「これは一眠りでもすればあっという間に着きそうね……ところでタバサ、あたしのサンドイッチ半分食べない? ちょっとお腹がもたれてて、食欲が湧かないのよねぇ」
「貰う」
 キュルケは昨日の深酒が祟ったのか、余り調子が良くない様子だった。ソファに完全に体を預けぐったりしている。この体調だと、僅か半日とは言え船旅はきついんじゃないか、とルイズには思えた。船酔いをする体質かどうかは知らないが、多少気を配っておいた方が良いかもしれない。
 そしてタバサは宿から貰ってきたものなのだろうか、大量のハシバミ草を一心不乱に食べていた。見ているだけで苦味が口に広がるかのような食べっぷりだ。
(ほんっとに変わってるわね、あの子は)
 その様子を見ているだけでなんだか気分が悪くなってきそうだ。少し外の空気を吸おう、とルイズは甲板に上がる事にした。

 太陽は既に山向こうから顔を出しつつあった。双月はその光の前に姿を隠し、世界はいよいよ朝の訪れを感じさせる様相を見せて来た。起き抜けには冷たかった空気も徐々に温まってきているのを肌で感じる事が出来、今日はきっと良い天気になるだろうとルイズは少し良い気分になった。
「もやいを放て!」
 船長の声だろうか? 年老いた感はあるものの、張りも声量も十分な声があたりに響き渡る。声を契機に瞬く間にフネの帆は張られ、やがてそれは風を受け止めフネを緩慢に前進させて行った。
 
 ゆっくりと、空が流れてゆく。眼下に見えるラ・ロシェールの町並みは徐々に小さくなって行き、フネはぐんぐんと空に向かって昇っていっているのだと実感出来た。
(こうやってフネに乗るのは何年ぶりかしら?)
 ルイズがこうやってフネで空を行くのは本当に久方振りの事だった。以前にアルビオンを訪れたのは彼女がまだ幼かった頃、病弱だった姉の体が調子の良かった時期を見計らって、家族全員で白の国を旅して回った時以来だろう。あの時はもっと立派なフネだったな……胸が懐かしさで満たされる。
 幼き日の旅路でも、こうやって空から眺める光景に心を奪われたものだった。人が鳥になったかのように、遥か高くから地上を眺める。それが彼女の幼心を掴んで離さなかったのだ。それは、今も同じだ。こうして雲のように高くから見る大地の風景は美しい。広大な緑の中に走る道筋、ぽつんぽつんと見える集落。時にはそれが大きな街を形成しており、人の営みが見て取れる。その光景のなんと素晴らしい事か。人知を超えた眺めが、畏敬と感動とを彼女の心に与えていた。論理を超えた感動が、眼下には存在した。
 しばしの間、ルイズは自らがアルビオンへ赴く理由も何もかもを忘れ去り、ただこの美しい眺めに没頭していた。
 
「どうだいこの眺めは? 凄いもんだろ」
 その声にはっと我を取り戻す。声の主は先程話しをした壮年の船夫であった。
「おっと、邪魔をしちまったか。こりゃあ悪い事したかな」
「いいえ、丁度魅入りすぎていたところだったから」
「そうかいそうかい!」
 がはは、と男は笑い声を上げる。
「ところでお嬢さんがた、こんな時にアルビオンに行こうなんて酔狂だね。今あそこはそうとうにやばい状況ですぜ」
「知っているわ。でも、どうしても行かなきゃいけない理由があるの」
 ルイズは表情を固くしながら答える。なんとしてもウェールズ王子の下へ赴かなくてはならない。それを思い出し、気を引き締める。
「気をつけた方が良い。スカボローの街も相当に物騒だ」
 その表情に何かを感じたのだろう、男も真面目な表情で言葉を続けた。
「大勢は貴族派に決まっちまってる。勝ち馬に乗って荒稼ぎした傭兵達が街中を大手を振って歩き回ってやがんのさ……まるで街の主みたいな面してな。ちょっとでも因縁つけられりゃど突きまわされて大怪我よ。この前のうちの若いのが一人やられてさ、そりゃあ酷いもんだった。今のあいつ等は調子に乗ってやがるから貴族様だろうと躊躇わず喧嘩吹っかけてきまさあ。それがあんたらみたいなお嬢さんがたでも、だ」
「そんなに酷いの?」
「そりゃあもう。それと王党派狩りなんてのもありましてね、王党派だってバレたら最後、酷い目にあいますぜ。……お嬢さん、もしかして王党派に所縁ある人だったりしないでしょうな? もしそうだとしたら絶対にそれを口にしちゃいけねえ。絶対に隠し通さなきゃ駄目だ」
「……ありがとう、心に留めておくわ」
 男の言葉は真摯だった。その声色がどこか悲しそうだったのはルイズの気のせいだろうか? 窺い知る事は不可能だが、きっとこの男は一連の内乱騒ぎで何かを失ったのだろう。そう思えてならなかった。
「今王党派はニューカッスルに追い詰められているって話でさあ。そこで最後の抵抗をしているらしいですが、それももう数日中には貴族派の大攻勢を受けて終わるんじゃないかって言われてやす。御用がおありでしたら急いだ方が良いですぜ」
「何故、私たちが王党派に関係あるって思うの? 貴族派の人間かもしれないじゃない」
「王党派に関係あるのかは判りやせんが、貴族派でないのだけは確信してまさあ」
 男はにやりと笑った。
「あいつら、滅茶苦茶に偉そうなんでさ。我々平民とこんな風に口聞いてくれっこありませんって!」
 そんな事で判断して良いものなのか、と目を丸くするルイズだったが、男の口ぶりからすると、今アルビオンを牛耳ろうとしている貴族派と言うのは彼らにとって歓迎出来ない連中なのは確かなようだった。
「商売柄付き合いがありやすがね、金払いこそ良いもののあいつらが俺たちを見る目つきはもう完全に家畜扱いでね。出来る事なら一秒だって話していたくないってのが丸判りさ。どいつもこいつもそんな感じで……その点お嬢さんがたは実に紳士的でいらっしゃる! こんな良い娘さんたちがあいつらと係わり合いがあるなんて、絶対にありっこ無いってもんでさ!」
「褒め言葉として、ありがたく受け取っておくわ、おじさん」
 アルビオンではくれぐれも気をつけな、と言い残し船夫は再び仕事へと戻っていった。
 どうやら、今のアルビオンは想像以上に物騒らしい。確かスカボローからニューカッスルまでは馬を早駆けさせて丸一日の距離。シルフィードに乗ってゆくならその半分を割るだろうが、何事も無く着きそうには無い気配だ。空はこんなに青いのに、ルイズの心は暗雲立ち込めるが如く憂鬱そのものであった。
 
 脇を見れば甲板に寝そべるシルフィードが――まるで今の自分と同じように――憂鬱そうな表情で空を眺めていた。一人こうやってじっとしているのは実に退屈なものなのだろう、時折首を揺すりながらぼうっとした面持ちでこの船旅が早く終わらないかと言った風を醸し出していた。人にとっては絶景であろうフネからの眺めも、風竜である彼女にとっては見慣れているものに違いなく、さらに一人きりとなれば退屈と感じるのも仕方の無い事だっただろう。
 方法として、フネの乗らずシルフィードに乗ってアルビオンへ行く、というのは決して不可能では無かった。飛ぶことに長けた風竜の身であるのならば、航路さえしっかり確認しておけば空高く浮かぶ白の国へと赴く事など容易い。しかしそれをしなかったのは先ず航路をじっくりと練っている時間が無かった事、そしてシルフィードの体力の問題があった事だ。シルフィードの足でも丸一日以上飛び続けなければならない距離だ、おそらくアルビオンへ着いた途端シルフィードは地に倒れ付す程の疲労を覚えているだろうし、勿論背に乗る自分たちの体力だって相当に消耗しているはずだ。かなり物騒だと思われるアルビオンへと赴くのだ、不測の事態に対応出来ないようなぎりぎりの旅をするのは望ましくない。それが三人の下した判断だった。先程船夫から聞いた話によれば自分たちの想像を超えて遥かに物騒な状況にあるようだから、この判断は正しかったと言えるだろう。
 シルフィードはルイズの姿を見つけると、必死に構って欲しいと視線で語りかけてくるのだが、ただでさえ竜ということで注目を浴びているシルフィード、万が一韻竜とばれたら大変な事になる。ルイズもまた視線で「ゴメンネ!」と謝意を示しながら船室へと戻るのだった。
 
 船室に戻ると、少し落ち着いて休んだ為か先程より大分調子が良さそうなキュルケが上機嫌で読書をするタバサを弄り回している所だった。人形のようにちょこんとソファに座り込んだタバサの横からむぎゅっと抱きかかえ、短く切りそろえられた青髪を手で梳いて遊んでいた。楽しそうな表情のキュルケと、表情が見え辛くはあるが決して不快では無いような様子のタバサ。
(本当に仲が良いわね)
 まるで正反対なのに、実の姉妹のように仲が良い。人柄を思わせる雰囲気は本当に逆、それなのに並ぶ姿は何故か万人にぴったりとしていると思わせるものがある。おそらく、自分以外の誰もがそういった感想を持っているに違いない、とルイズは思っていた。その姿に彼女は自分の姉を思い出す。激しい気性の長姉と病弱で穏やかな性格の次姉。まったく正反対の二人だが、やはり仲が良い。人と言うものは似たもの同士よりもこんな感じで自分の持っていないものを持つもの同士の方が惹かれあうものなのかもしれない。
 さて、自分はどうしよう? 船旅はまだまだ長い、何かをして暇でも潰さなければやってられないとルイズは思案する。旅支度の中には娯楽品など当然のように入っていない。それなりの長旅になると踏んでいたので、旅に必要なものを積むので精一杯だったのだ。
「まだ半日近くあるのよねえ」
 嘆息するルイズを気遣うようにふよふよと近寄り来る己の使い魔を手に取った。まだ旅を初めて二日だが、見ると結構汚れてきているようだった。表紙にあしらわれた美しい金色の十字も埃を帯びてくすんでおり、何時ものような美しさそ損なっていた。
 ルイズは懐からハンカチを取り出すと、丁寧に使い魔の表面を磨き始める。使い魔の世話は主の義務よね、と言いながらも、嬉しそうにその作業に没頭していった。

 そうこうして昼が過ぎ、午後のうららかな陽気と倦怠とが引き起こした午睡に少女達が身を委ねていた頃、不意に甲板が騒がしくなった。
「あら、ちょっと転寝してるうちにもうアルビオンなのかしら?」
 あふぅ、とのん気にあくびをするキュルケ。ルイズもまた寝起きでややぼうっとする頭で上の階の喧騒を聞いていた。タバサは一人、手に杖を持ちながら身構えた様子でキュルケの言に「違う」と異議を唱えていた。
「空賊」
 ――空賊!
 二人の眠気が一気に吹き飛んだ。空賊はその名の通り、空を闊歩する盗人どもで、こうしてアルビオンと大地とを結ぶ艦船を標的に略奪を繰り返す集団の事だ。船員にはメイジ崩れが混じっている事も多く、平民しか居ない普通の定期航路船では太刀打ちする事は愚か逃げる事すら不可能だ。
「まったく、あと少しでアルビオンだって言うのに!」
 窓の外には既に雄大なアルビオン大陸の姿があった。目的地目の前でこのような事態に遭遇したのだから、ルイズの毒づきたくなる気持ちも無理からぬものだろう。
 
 三人は急いで甲板へと駆け上がる。
 黒塗りで、大型のフネが後方からぐんぐんとこちらのフネへと距離を詰めてくるのが見える。側面に突き出た砲門の数はざっと20を超え、戦う為のフネなのだと己を誇示しているかのようだった。船足は空賊の方が段違いに速い。このままでは追いつかれるのも時間の問題だろう。
「お嬢さんがた」
 厳しい目で空賊船を見やる彼女達に声をかけたのは、もう初老と言っても良い男だった。身形や雰囲気から言って、彼がこのフネの船長なのだろう。
「このフネはもう駄目だ、逃げ切れやしねえ。あんたがたは竜でここから逃げなされ。あんな連中に歳若い娘ごが捕まったら何されるかわからん。なあに、あいつらの目的はこのフネの積荷だ。あんたがたに気を払っている余裕なんて無いはずだ」
 船長の隣では、壮年の船夫もそうだ、と肯いていた。
「気前良く大金を払ってくだすった貴族様を目的地までお送りできなかったとあれば船乗りの名折れでさ。さあ、早く」
 まったく、お人好しだ。若い娘を差し出せば保身もしやすくなるだろうに、彼らはそれをしない。矜持だ。船乗りとしての矜持が、それを許さないのだ。彼らの全員が己の生き方に誇りを持っているのだと、その目が物語っていた。
 彼ら船乗りが己の誇りに殉じる覚悟を持つのならば、ルイズ・フランソワーズもまたそのような生き方をする者達を見捨てるなどという生き方はしていない。誇りには誇りで返礼しなければならない。それが彼女の生き方。
 明らかに目の色を変えたルイズに、キュルケはうろたえた。あれは「やる」時の目だ。梃子でも動かぬ、これと決めた時は何時もこうなるのだ。
「ちょ、ちょっとルイズ! まさかあの連中に喧嘩売ろうって言うんじゃないでしょうね? 幾らなんでも無謀過ぎよ!」
 居並ぶ砲門は容易にこのフネを砕くだろう。雨のように降り注ぐ矢が体を貫き、乗り込んできた屈強な男達に切り殺され、貴族くずれ達の魔法で小さな体躯を消し飛ばされる。それが落ちだ。どう考えたって勝ち目など無い。
 第一、土メイジのルイズの本領はこの場所では発揮出来ない。木製の船上では錬金する事すらおぼつかないのだ。何を作り出すことも叶わない、言わば翼をもがれた鳥に等しい状況だ。
「判っている、判っているわツェルプストー」
 声すらも、座っている。完全にやらかす気だ、とキュルケは悟った。
「わたしだって、完全に勝ち目が無いのに戦おうなんて無謀な事は考えないわ。だから逃げるの。……わたしたちも、このフネも」
 ルイズは杖を掲げる。見据えるのは眼前で今にも併走しようとしている黒塗りのフネ。
「これが今の私の全力全開……一発で精神力が切れるから、あとは頼んだわよ」
 短い詠唱が、大空に響き渡る。手に持った杖は横一文字に振られ、それはまるで砲門を切り裂くように見えた。
「食らいなさい、わたしの『錬金』を!」

 刹那、黒塗りのフネに変化が訪れた。
 突き出た砲門のその悉くが、どろり、とまるで泥のように解けてゆく。形を失ったそれは、土くれと成り果てて遥か下の大地へと落下していった。
 空賊の船には、明らかに動揺が見られた。恐らくメイジが居たのだろう、その尋常の無さが混乱を生んでいるのだ。並のメイジ一人ならば錬金でどうこう出来るのはせいぜい一門、しかも至近距離でなければ不可能だろう。そんな常識的な考えを覆すかのように、ルイズは全ての砲門を、遥か遠くから錬金で融解せしめた。平民であろうと驚きの光景だが、魔法の理を知るメイジにとってそれはどれ程驚愕すべき事であったか。
 ルイズがふらり、と倒れ掛かるのをキュルケが受け止める。宣言通り、この錬金は彼女の全力であったようだ。激しく肩で息をするルイズの顔面は蒼白で、体力の全てを使い切った様子だった。
「あとは……このフネが逃げ切れるようにちょっとでも良いからわたしたちが撹乱すれば、きっとどちらも逃げられるわ」
 シルフィードに乗って遠くから魔法で牽制し撹乱、その隙にフネが逃げる。頃合を見計らって自分達も離脱。それがルイズの描いたシナリオだった。
(まったく、無茶ね)
 無茶ではあるが、無謀では無い。まあどっちでも大変な事には変わらないじゃないの、と思いながらも感心するキュルケだった。ヴァリエールはこうでなくてはならない。
 
 シルフィードの背に乗る三人を、船長と数名の船夫が見送りに来た。
「……お嬢さんがた、あんたらを乗せた事、一生の誇りにしまさあ。あんたがたは、まさに貴族だ。どうか、良い旅を」
「あなたたちも、どうか無事で」
 シルフィードが空に舞い上がる。まだ逃げる訳にはいかない。これからもう一仕事しなければならないのだから。
「まったく、楽な仕事じゃあ無いわね。良いことヴァリエール、向こうに着いたら夕食はあんたの奢りよ」
 キュルケが冗談めかして言う。まったく、たかが学生三人が――一時とは言え――空賊相手に喧嘩を売る。刺激的過ぎてくらくらしそうだ。
「まさかメイジが沢山居たりして」
 あはは、と笑い飛ばそうとして――キュルケはその言葉を放った事を、心底後悔した。
 黒塗りのフネから雨あられのように飛んでくるファイアーボールやウィンドカッター。様子から見るに二桁を超えるメイジが乗り込んでいる事は明白であった。狙いの精度も良く、シルフィードは己の機動力を駆使してなんとか交わしているのが精一杯、上に乗るキュルケとタバサは魔法の詠唱すらおぼつかない。体力を使い果たしているルイズに至っては、その背にしがみ付くのに必死といった有様だった。
 なんとか魔法を唱えてみても、一発放てば十発返ってくる状況だ。牽制するという役目も忘れて必死にその場しのぎをするだけに留まっていたが、それが逆に絶妙な陽動となり、彼女達が乗っていたフネは徐々に黒船を引き離していく姿が見て取れた。
「大分離れたわ……わたしたちも離脱しましょう」
「言われなくても!」
 二人の言葉を聞くまでも無く、タバサも十分な距離が離れたと判断された瞬間、素早く反転し黒船から距離を離し始める。本職の龍騎士もかくや、と思える程見事な竜捌きだ。あの激しい攻撃の最中一発も魔法を食らう事無く、また自身も時折詠唱をしていたのだから彼女の才覚やまさに恐るべし、と言えよう。
「これからどうするの!」
 キュルケがルイズに問う。既にアルビオンの大陸線は見えており、アルビオンへ行くだけならば直ぐにでも、と言う状況だ。
「王党派は今ニューカッスルに陣を敷いているそうよ。このまま空中からニューカッスルに近付きましょう」
 ニューカッスル城の周りは既に包囲されており、陸路での接近は困難だろうとルイズは判断した。ならこのまま大陸側面から回り込み、なるべく貴族派の目を逃れて進むべきだと。
「タバサ、それにシルフィードも、行けそう?」
 タバサは小さく肯いてそれに答える。シルフィードも元気一杯だと示すように一声嘶いた。やる気十分、何処までも飛んで行けそうな勢いだ。

(この場所はスカボローからそう遠くは無い場所。という事はやはりニューカッスルまで半日程度かかると見て良さそうね)
 船旅の次は竜の背に乗って目的地に急行とはなんとも慌しい、と思わずにはいられなかった。それに山道では山賊に襲われ、今度は空賊。次は一体何が来るのかしら、とうんざりしそうになった。願うならこのまま無事に着いて欲しい、そう思うルイズ。
 
 しかし希望的観測は往々にして裏切られるもの、今回もまさにその通りだった。三時間程飛び続けた頃だろうか、ふと後ろを向いたキュルケは、思わず目を瞑ってしまった。絶対に見たく無いものが、眼前に現れたからだ。
「ねえヴァリエール、あれあんたにも見える?」
 つんつん、と肩を叩き背後を見るように促すキュルケに従い、ルイズも後ろを振り向いた……が。彼女も思わず目を背けた。どうしてこうまで最悪の展開になるんだろうか?
 夕闇に照らされ彼女達の後方から近付いてくるのは、先程遭遇した黒い空賊船だった。その後ろには彼女達が乗ってきたフネが続いている。
「……結局、捕まっちゃったみたいね」
「そうみたい」
 あれだけ苦労したのに、それが全て無駄だった。ルイズにはそれが堪らなく悔しかった。
 黒船の船足はシルフィードの飛行速度よりも大分早い。徐々にその距離が狭まってきていた。この分では遠からず追いつかれる。
「どうしてわたし達の後を着いてくるのよ!」
 思わずルイズが叫ぶ。一難去ってまた一難、少しは休息させて欲しい。
「そんなに先程の悪戯が置きに召さなかったのかしら?」
 キュルケも苦笑していた。まったく、どこまで運が無いのかと。
「着いてくるんじゃなくて、多分目的地が同じ方向」
 タバサは冷静に状況を判断していた。いちいち自分達のような者を追って来るとは考え辛い。なら、偶然同じ方向に向かっていて、今ここで二者の航路がぶつかった。そう考えるのが自然だと彼女は判断した。最も、口にこそ出さなかっただけだだが、運が無いと思っているのは彼女も同様だった。
 
「一度アルビオンの岸側へと寄せてやり過ごしましょう。大人しくしていれば、こちらをどうこうしようとは考えないはずだわ」
 キュルケの提案は至極妥当なものだった。一旦やり過ごせば、足の速いあちらとかち合う事は二度と無くなる。あとはその後ろを悠々と飛びニューカッスルへと向かえば良いのだ。
 しかしルイズは難しい顔をして、言外に賛同を表さなかった。あの気の良い船員達を見殺しにするのは、なんとも気の重い話だったからだ。
「あんたの考えてる事は判るわよ、ルイズ」
 キュルケもそれを悟ったのだろう、諭すように言葉を続けた。
「でもね、あたしたちじゃあどうしようも無いでしょ? さっきは各々が全力を尽した、その結果がこれ。それを受け入れましょう。何より今大事なのはニューカッスルまで行って王子様に会う事なんでしょ? それを優先させなさい」
「わかってる、わかってるけど……」
 それでも納得出来ない。ルイズは激しく葛藤した。
 だが選択肢は存在しないに等しい。空賊に立ち向かうなら今度こそ玉砕する破目になるのは目に見えていた。先程の激しい魔法戦で、三人の精神力は底を尽きかけていたのだから。今取れる手段は逃げの一手しか無い。
 シルフィードは素早く雲の合間に身を隠し、そのまま目視が困難な状況を維持しながら岩の合間に素早く潜り込んだ。目の前を、二隻のフネが通り過ぎてゆく。ルイズはその光景をぎゅっと拳を握りこんだまま見つめ続けた。
 十分にフネが遠ざかったのを見計らって、再び空路を行くシルフィード。これでもう背後を脅かされる事も無いだろう。
「あの連中の目的地もニューカッスル方面なのかしら」
 ルイズがふと疑問を漏らす。
「王党派の軍の足元に空賊の本拠があるなんて、考えたくも無い話ね」
「もしかしてあれが王党派のフネだったりして」
 キュルケの言葉に、それは無いだろう、と苦笑して返すルイズ。栄えあるアルビオン貴族が空賊に身をやつすなど、冗談では無い。


 飛び続けるうちに空は色を変え、今や完全に漆黒に包まれていた。頃合は既に夜半だろうか、頭上では煌々と月があたりを照らしていた。飛行時間から考えてそろそろニューカッスルに着くはずだ。
「ところでニューカッスル城ってどの辺りにあるのか知ってるのかしらヴァリエール?」
「その辺りは抜かり無いわよ。フネに乗ってる時にちゃんと聞いておいたわ。ニューカッスルの領地の南端にある岬の先だそうよ。このまま岸沿いに飛べばその内見えてくるはず」
 幸運にも、こうやって大陸沿いに進む進路はニューカッスル城へと赴くのには非常に都合が良かった。包囲しているであろう貴族派と出会う事も無く、目的地へと近付く事が出来るのだから。下手にスカボローから真っ直ぐ向かうよりも労力は少なくて済んだと言えるだろう。あとは素早く城へと降り立ってしまえばなんとかなる、と踏んでいたのだが。
 その考えも直ぐに甘かったと思いしらされた。
 
 あれがニューカッスル城だ、と三人は直ぐに気付いた。目的の岬の遥か上空、そこにあったフネが余りにも目を引くものだったからだ。その大きさは先程の黒い空賊船より遥かに大きく、少なく見ても倍を超える巨体を誇っていた。横から飛び出す砲門はぱっと見では数え切れぬ程膨大であり、その全てが巨砲である。そのフネから発射される弾丸が耳を劈かんばかりの轟音を立てて世闇に響く。それは遥かに離れているルイズ達の下へも容易に届いてきた。フネの周囲に目を凝らせば、何騎もの竜騎兵がフネの周りを飛び回っており、油断なく辺りを警戒していた。
 もし、上空からニューカッスル城に近付こうものなら、あの数多の砲門と竜騎兵達の牙が一斉に彼女達を襲うだろう。かと言って他に道は無い。この有様では城の前にも兵士達が陣取っていて、真正面から近付くのも無謀に違いない。
「ここまで来てチェックメイトなんて笑えないわ」
 キュルケもルイズも苛立ちを隠せなかった。あと少し、あと少しなのだ。ほんの数リーグにも満たない距離が、今の彼女達には無限の道程に等しかった。
「……こうなったら賭けに出るしか無いわね。岬の下から気付かれないように接近して、一気に上昇、即座に城の城壁内へと降りる。この案はどう?」
 ルイズの提案に、タバサは「悪くない」と一言返す。
「かなり激しく飛ぶから、荷物は捨てて」
 う、とその言葉に一瞬躊躇いを覚える。確かに荷物を背負ったままで激しい飛行は無理だろう。重量を減らすという意味でも、理に適っている。しかし、高価なものは何も持ってきてはいないとは言え、自分の持ち物を捨てるのには些か抵抗を覚えるルイズだたった。
 対照的に、キュルケは即座にほいほいっと手荷物を空へと放り投げてしまった。彼女は思い切りが良いし、何よりタバサを信頼していた。タバサが言うのだから、絶対に必要な事だと判っていたからだ。
「さ、あんたも早く捨てなさい。そうじゃないと何時までも辿り着けないわよ」
「判ったわ、捨てれば良いんでしょ捨てれば」
 ルイズもえいっ、と荷物を捨てる。さらば、野営道具達。何時か使うかも、と仕舞っておいたのを引っ張り出してきて、使ったのは初めてだったけれど、たった二日しか使っていなかったけれど、長く使った道具のような愛着があった。初めての旅路を共に駆け抜けた、その事はきっと思い出として残るだろう。寂寥と共に、それらは黒い夜空を穿ちながら落下して行った。
 各々の荷物が捨てられ、シルフィードは幾分身軽になった。今やその背に乗るのは三人のメイジの卵達と、一冊の使い魔のみ。
 岬の下の岩に上手く隠れながら、なんとかニューカッスル城の真下まで辿り着く事が出来た。未だ砲撃の轟音は鳴り止まず、巨艦が未だ去っていない事を物語っていた。
 
「準備、良い?」
 タバサの言葉に、ルイズとキュルケが肯く。これより先は文字通り命懸けだ。
「しっかり捕まってて」
 シルフィードの巨躯が、唸りをあげて空へと舞い上がる。これまでに感じた事の無い程圧倒的な速度が激しい風を生み、容赦なくルイズの体を打ちつけた。両腕に限界まで力を籠めて、必死にしがみ付く。
 おそらく、人生で最も長い一瞬になるだろう、ニューカッスル城突入作戦がここに幕を開けた。


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