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夜天の使い魔12話

 荒くれ者どもが、必死に岩肌を駆けていた。皆必死の形相で、ひたすらに足を動かし続け少しでもあの場所から遠ざかろうと全力で走っていた。
 集った時には十数人も居たその人数は、今や僅か三人にまで減っていた。
「ちくしょう、とんでもねえ餓鬼だぞ、あれは」
 男の一人が息を切らせながら毒づく。
「たかが小娘一人、楽な仕事かと思ったのによ」
 正味な話、舐めていたと言わざるを得ない。貴族というものは普段強者の側に立っているだけに、その余裕を崩されると以外と脆い。大抵の場合、あのように奇襲をかけた時点で九割がた仕事は終わっていると言っても過言では無かったのだ。一旦奪われたペースを奪い返す事も出来ず、無様にうろたえながら死んでゆく、それが通例だった。
 しかしあの少女は違った。見事に――いや、奇天烈に、か――窮地を切り抜け、自分達を壊滅せしめた。苛立ちの中に一分の賞賛の念が浮かぶのを、止める事は出来なかった。
 
 ともかく、こうなっては壊滅状態と言っていい。最早仕事の遂行は不可能だ。予め渡されていた前金は大した額ではなかったが、ここまで減った人数で割るならそれなりの金額と言えるだろう。この金を生き残りの連中で配分し、さっさとずらかろう、それが男たちの総意だった。
 思えば余りに話が旨過ぎた。たかだか貴族の小娘一人を殺すだけでたんまりと大金が手に入るなんて話、何か裏があると勘繰るべきだったのだ。このような仕事をしているなら、慎重さなんてものは幾ら有っても足りないなんて事は無い。金に目が眩んだ時点で、こうなる運命だったのだと諦観する。
 
 あの悪夢のような渓谷からもう何リーグ離れただろうか、必死に走り通してやっと三人は一息付く事が出来た。全員が全員、一人残らず疲れきった表情をしており、お互い一気に老け込んだな、と思いあった。
「ここまでくりゃもう安心だろう」
「ああ、そうだな」
 男たちはその場にへたり込む。精神的にも肉体的にも、疲労は極限に達していた。
「当分、貴族絡みの仕事はしたくねえな」
 その言葉に他の二人も肯く。平民が貴族を相手取るのは唯でさえ命がけだと言うのに、こんなとんでもない体験をした後であるなら当分は貴族の顔すら見たくないというのも無理からぬ事であった。
「さて、これからどうする」
「もうアルビオンに稼ぎ話はねえだろ。他の土地へ行こうぜ」
「ならガリアが良い、あそこじゃあ今平民貴族くずれ問わず人を集めてるって話だ」

 アルビオンの革命騒ぎに隠れるように、傭兵達の間で流布されている話がある。それはガリアが傭兵達を掻き集めているという話だ。勿論、表立ってはまったくの平穏を装ってはいるガリアなのだが、裏の界隈では有名な話である。「世界統一」などという馬鹿な話を持ち上げているアルビオン貴族派に対する防衛策なのか、それとも自らが何れかの国へと攻め入る為の準備なのか。そんな事はどうでも良いのだが、働き口があるのは確からしい。大勢の決したアルビオン内戦に見切りをつけ、傭兵達の大半はガリアへと流入していると噂話には上がっていた。
 それが本当なら、ガリア行きも悪くない。しばらくは稼がせて貰おう。
「お……」
 おお、それじゃあガリアに行こうじゃねえか。そう言おうとしたが、男は声を発する事が出来なかった。喉からこみ上げるのは熱、そして己の血液。ごぶりと赤黒い液体が、口腔より滴り、大地を汚した。
 何事か、と思う刹那、熱感を覚えたのは胸であった。とっさにか、それとも支える事が出来なくなったのか、頭をかくんと垂れて己の胸を覗き見る。
 
 ――なんでぇ、俺の胸に穴が開いてやがんのよ?
 僅かばかりに動く目を脇へと滑らせたなら、長年つるんできた悪友の首がずるり、とすべり落ち地へと落ちてゆくところだった。悲しみよりも、まず何故?と疑問ばかり頭に湧いてきた。
「言ったはずでは無かったかね? 私は甘っちょろい王様とは違う、と」
 小気味良くブーツが大地を蹴る音と共に、その男は現れた。黒い外套に身を包み、僅かに見える顔に付けられたのは白い仮面。彼の語る言葉は静かでありながら凶器を思わせる危うさを秘めており、それは自身の雰囲気もまた同様であった。
「本当に役立たずだ、所詮平民は塵芥だな」
 あからさまに、侮蔑の篭った言葉であった。
「しかし思わぬ収穫もあったのは事実……特別に慈悲をやろうでは無いか」
 仮面の男は今や死に瀕した男の前へ立つと、杖を大上段に振り上げる。鉄で出来たそれは一見するとまるで細剣のように見え、先は鋭く磨き上げられて銛のように鋭い。
「貴族自らの手によって殺される、貴様ら平民にとってこれほど名誉な事はあるまい? さあ、遠慮は要らん。驚喜にむせび、絶頂の中地獄に落ちろ」
 世にも醜悪な文言が、男が今生で聞いた最後の言葉となった。その事に不平の一つも思う間も無く、彼の思考は永遠に停止した。
  振り下ろされた杖が、男の頭蓋を柘榴のように砕き散らした。目も背けんばかりに無残なその死に様にも、仮面の男は何の関心も持たなかったように平然と踵を返す。
 
 仮面の男の思考には、既に殺した男たちの事など微塵も残っていなかった。その思考の大半を占めていたのはたった一つ、先程目にした光景だけだ。
「素晴らしい、なんて素晴らしいんだ」
 謳うように、喜悦が言葉を紡いでゆく。
「君は想像以上だよ……何処までも私を喜ばせてくれる!」
 男は大仰に空を仰ぐ。仮面に隠された瞳は、真っ直ぐにラ・ロシェールを見据えていた。
 
 風を切って空を往くシルフィードの背中は、馬を走らせるよりも爽快感があり「これは癖になるわね」と思わず心の中で唸るルイズ。しかし現在の彼女の状況は最悪と言って良く、くらくらと眩暈を起こす視界と微妙な嘔吐感が絶え間なく襲ってきておりとてもこの快適な空旅を楽しむ事は出来そうにない。それが少し悔しい。
 シルフィードの背にはまず首元にタバサが、そしてその後ろにキュルケとルイズが乗る形になっている。三人もの人数を乗せているので若干窮屈であったが、それでも落ちる心配はしなくて済む程には余裕があり、シルフィードが立派な体躯の持ち主であると自然と察せられた。学院でシルフィードの背に乗せてもらった事は何度かあるルイズであったが、このように飛んだ状態の背に乗るのは初めての事だった。彼女の身長を越える大きさの翼を力強くはためかせ大空を飛んで行く躍動感がそのままに背中から伝わってくる。圧倒的な圧力を感じさせる鼓動はそれだけで畏敬の念を抱かずにはいられなかった。

「そういえば、あたしはラ・ロシェールに行くのは初めてね」
 ぐったりとしたルイズと対照的に、キュルケははつらつとしてこの旅を楽しんでいる様子だった。長く美しい赤毛を靡かせて気持ち良さそうに風を受けている。
「別にアルビオンに行く用事も無いしね……タバサはどうなの? 行った事ある?」
「今回が初めて」
 タバサの受け答えは相変わらず素っ気無い。そして何時もの如く本を手に持ち視線を落とし、ひたすら読書に耽っていた。何処でも変わらないのは大したものね、とルイズは関心した。
「ねえねえルイズさま、どうしてこんな遠くまでお出かけしてきたの? わたしルイズさまの芸をとっても楽しみにしてたのに、見られなくてがっかりしちゃったのよ! いきなり出かけちゃうなんて、なにか大事な用なのかしら?」
 シルフィードも退屈とばかりに会話に参加しようとする。それは別に構わないのだが、余りにも質問が際ど過ぎる。やっかいな質問をしてくれるなあと思わず頭を抱えた。
 ルイズが周りを見渡すと、キュルケはおろかタバサまで興味があると視線を投げかけてくる。シルフィードはなんでなんでーときゅいきゅい鳴いていた。
 どうやって白を切り通そうか、働かない頭で必死に考える。品評会という一大行事の前に居なくなっても不思議じゃないような、それらしい理由は何か無いかしら?

「そ……その、急にアルビオンの白い雲が見たくなって、なんてー」
「無理有り過ぎ」
 即効でタバサから突っ込みが入った。早い。星が流れるより早く、的確な突っ込みだった。
「アルビオンにはヴァリエール家の隠し財産一億エキューが埋められていて、その存在に気付いたアルビオン貴族派に先んじて財宝の回収を私が」
「荒唐無稽」
「実はアルビオンには幼い頃から会ってなかった婚約者が居て、今大変な目に! 死に瀕した彼を救うにはこの懐にある妙薬ツンデーレの力が」
「ちょっと面白いけど説得力に欠ける」
 あー、駄目ですか。まあ即効で思いついた言い訳じゃ駄目かあ。ルイズは言葉に窮した。
 
 しかしタバサの突っ込みは容赦が無い。「雪風」の二つ名はこの突っ込みからきてるんじゃないの?と思いたくなるような早さと冷たさだ。情け無用にバッサリバッサリ。脇ではキュルケが「タバサの突っ込みは容赦無いのよねえ、相手を問わず」とニヤニヤしていた。おのれツェルプストー、その乳もぐぞ。
「ま、要するに簡単には答えられないような事なんでしょ。こーんなヘタクソな嘘でも並べなきゃならない程だし?」
「そう、そうなのよ。なにせ姫様の密命なんだから」
「なるほど、あのお姫様の密命、と……そりゃ大変ねヴァリエール」
「そうよ、大変なんだから……って、何故それを!?」
「今あんたが言ってたじゃない」
「言って無いもん! わたし、そんな事絶対に言って無いもん!」
「いえいえ、ばっちり口に出していましたわよ? それはもうはっきりと」

 思わぬところから言葉がまろび出て、それがまた思わぬ失態となる事はまま有る。今のルイズはまさにそれだった。流石に「ついついうっかり喋っちゃいました」は格好がつかない。ヴァリエール家の秘奥の一つ、逆ギレを駆使し有耶無耶にしようと試みたが、キュルケはさらにニヤニヤとした笑みを浮かべ、タバサも腑に落ちたような表情を見せると読書に戻った。シルフィードも「みつめいー♪ みつめいー♪ ところでお姉さま、みつめいって何?」と大空の下楽しそうに歌っていた。どう見ても誤魔化せてません、ありがとうございました。
 
「くっ、バレてしまったものは仕方ないわ。でも皆には秘密なんだからね! 本当は誰にも知られちゃいけない位とっても大切な用でアルビオンまで行くんだから」
 幸いにして、どんな用件で行くのかまではバレてはいない。今のようにうっかり口を滑らせなければ、あとは大丈夫だろう。そう、あくまで今のはうっかりだ。ちょっと気が緩んでいただけなのだからしっかりとしていれば問題ない、と気を持ち直した。
 ラ・ロシェールで別れるまでの辛抱だ。まさか彼女たちもアルビオンまで来るつもりは無いだろう、そう思っていたのだが。
 
「良いわよ、一蓮托生のアルビオン旅仲間ですもの。仲良く行きましょ」
 ――何言ってやがりますかこの乳おばけ?
 ああ、疲労の余り幻聴まで聞こえてきたか、とルイズは己の耳を疑った。
「あーら、意外そうな顔してるじゃないのルイズ」
 ほっほ、と小悪魔のようにキュルケは笑った。
「あんたをおちょくる為だけにこんな山奥まで来たんじゃ割に合わないでしょ。折角なんだから白の国を拝んでおくのも悪くないって考えても良いじゃない。これからは、気軽に来れるような国じゃなくなるかもしれないんだし」
「……知ってのね、今のアルビオンの状況」
 わたしは姫様に聞かされるまで知らなかったのに。ツェルプストー家の情報網も侮れないわね、と思うルイズ。
「あたしはあんたと違って外の事にも意識を向けているの。あんな石造りの塔に閉じこもりっきりじゃ、時代遅れになっちゃうもの、そんなのごめんだわ」
 やれやれと心底嫌そうにキュルケは肩を竦めた。
「そんな訳だからタバサとあたしでちょっと危険なアルビオンへの旅を楽しもうって腹積もりなのよ。ついでだからあんたも拾って行ってあげるわ」
「ついでって、どっちかと言うとわたしに着いて来る気満々に見えるのは気のせいかしらツェルプストー?」
「気のせい気のせい」
 手をひらひらさせながらおざなりに否定するキュルケに、「素直じゃない」と呟くタバサだったが、その声は風に消え、二人の下へ届く事は無かった。
 
 太陽が地平に沈む遥か前に一行はラ・ロシェールに着く事が出来た。ルイズが想定していたよりもかなり早い。
「シルフィードは凄いわね!」
 暫く休んだ為気分も大分回復してきたルイズは、喜色満面にはしゃいだ。
「これでも大分ゆっくり飛んだの。三人も背中に乗せてるからちょっと慎重に飛んだのね」
 謙遜してみせるが、シルフィードも満更では無さそうに目を細め喜びの表情を見せる。風を友とする風竜にとって空を飛ぶ事で褒められるのは何より嬉しい事なのだ。
「シルフィードは確かに凄いわよ」
 対してキュルケはシルフィードに乗るのは初めてでは無いので、その驚きも少ない。彼女がそれを初めて体験したのは召喚の儀式のすぐ後、風竜を喚んだタバサにせがんで乗せて貰った時だ。その時はあたしもルイズみたいだったな、と懐かしく思った。
 しかし、そんな彼女もまた大きな驚きを覚えていたのだった。それは疾く駆ける風竜に対してでは無い。眼前に広がる、小さな街に対してだ。
「でもこっちの方が私には驚きよ。良く作ったわねこんな街」

 ラ・ロシェールは岩山の間に存在する小さな街である。人口は約三百程、渓谷に挟まれており、その為に昼でも薄暗く、所々に灯りがともっているのが見て取れた。それだけならば特に-かなり特殊ではあるが、他国でも存在するような街の形態である-目を引くような街では無いのだが、このラ・ロシェールには一つ、どの街にも無い特色があった。上空から見える建物の一つ一つ、それら全てが岩で構成されていた。岩を材料にして組み上げられたのではない。岩をくりぬき、建物として作り上げた、土のメイジ達が生み出した芸術とも言える様相は、流石メイジを数多く抱えるトリステインであると唸らされるものがある。ゲルマニア出身のキュルケにしてみれば、まさに壮観である。

「驚いた? 驚いたでしょ」
 ルイズは我が事のようにえっへんと小さな胸を反らせる。
「この位の大きさの街でも、こんな風にして作ろうと思ったら多くの土のスクエアメイジが必要なんだから。ハルケギニア中でもこのトリステインでしか見られない光景よ」
「そうねえ……これは関心するわ」
 その言葉に拍子抜けするルイズ。
「随分素直じゃない」
「あら、『実力』に対して敬意を払うのはゲルマニア人の気質ってものよ? 凄いものは凄いと素直に認めなければ、自らがそれに並ぶ事も、それを使う事も出来なくてよ?」
 ふうん、とルイズは曖昧に返事をする。トリステインの貴族とはやはり感性が違う、と思いながらも、それをどこか許容している自分が居た。
 
「驚くのはこれ位にして……まずは宿を探しましょ? 今夜はフネが出ないみたいだし、一晩ゆっくり休みましょう」
 キュルケの提案に、二人も頷く。三人とも、既に体力はかなり消耗しており、ゆっくりとベッドに横になりたい心境だった。

 三人が取った宿はラ・ロシェールでも最も高級な貴族専用の宿であり、名を『女神の杵』亭と言った。周りの建築物よりも瀟洒に錬金で造形されており、一目で高級と判る外観をしていた。中に備え付けられた丁度品も岩から削りだした立派なもので統一されており、訪れた貴族達は感嘆の声をあげずにはいられないだろう。
 三人が取ったのは宿の中でも大部屋に類するもので、全員が相部屋である。予算が無尽蔵にある訳では無いし、知らぬ土地で一人部屋というのはなんだか寂しい気がしたからだ。ベッドは簡素であるが立派な作りをしており、寝具の類は皆高級品と行って良く、彼女達の御眼鏡に見事かなったようで、少女たちはご満悦であった。
 
 部屋を取った後、ルイズとキュルケは桟橋へ明日の乗船の為の手続きへと向かい、タバサは残りシルフィードの世話をする事となった。
 ルイズ達が首尾よく明日の朝一番の乗船許可を取り付け宿に帰ってきた頃には日は大地に落ち、薄暗いラ・ロシェールの街は完全に闇に包まれた。夕食には丁度良い頃合と言えた。

「料理の味はどんなものかしら。立派な宿だし、ちょっと期待しちゃう」
 普段漂わせている色気もなりを潜め、今は食い気が全面に出ているキュルケ。彼女もまだまだ育ち盛りなのだ。
「そうね、もうおなかぺこぺこだし美味しいものが食べたいわ」
 ルイズの方も、食欲の権化と言った様子で夕食に思いを馳せていた。思えば、昼食を取っていない。もう彼女のおなかは完全に空っぽだった。
 二人が宿の一階にある食堂に顔を出した時、既にタバサは席に着いていた。本を読みながら二人の到着を待っていたらしい。
「お待たせタバサ。待った?」
「別に」
 料理のオーダーはシェフのお勧めに任せる事にした。何が出てくるか楽しみに待つのも一興。
 先ずは軽くワインで乾杯、かちんとグラスを合わせる。
「この旅路が幸先の良いものでありますよに、ってとこかしら?」
 そういってキュルケがワインを飲み干す動作は、同姓の目から見ても色気がある。掲げたグラスの傾け方、表情、それらが彼女の女を物語っている。これには羨望を覚えずにはいられないルイズだった。なにせ彼女がワインを飲む様など「子供が背伸びして初めて酒に手をつけた」ようにしか見えず、色気どころか酒を嗜む雰囲気すら出せていない。でもそれはタバサも同様だろう、と思っていたルイズなのだが、タバサがグラスを傾ける様を見て思わず固まってしまった。
 ルイズよりもさらに小柄で年端も行かぬ少女然としているタバサであるのに、そこから醸し出される雰囲気は高貴さに溢れていて、とても見た目の年通りとは思えぬ大人を感じさせた。氷のような表情のまま、目を僅かに閉ざし静かにグラスを傾ける様子は妖しい美しさを放っており、見るものを惹き付ける要素が確かにあった。思わず息をはっと呑む程に、そこに潜むのは確固たる美であった。
 
 くやしい、非常にくやしい。女としてくやしい。
 ルイズはワインボトルを引っつかむとどばどばとグラスに注ぐと、一気に飲み干した。色気がなんだ、今のわたしは色気より食い気よ! さっさと料理持ってこんかいくぎゅぁぁぁぁぁぁぁぁ!
「あら、良い呑みっぷり」
 キュルケの感嘆を他所に、次々とグラスを傾けるルイズ。最早その姿は公爵家の息女のものでは無く、自棄酒を煽る一人の少女でしかなかった。
 
 ばんばんグラスを空けるルイズの様子にやや引きながら、ウェイターが前菜のサラダを机に並べた。
 その瞬間、タバサの様子が一変した。
「もっと持ってきて。追加」
 ウェイターにそう告げると、瞬く間に己のサラダを食い尽くす。皿に一欠けらの野菜屑すら残さぬ徹底振りだ。
 これには酔いが回りつつあったルイズも一発で醒める程にびっくりした。「食べるの早!」と思わずグラスを手から落としそうになった程だ。無表情に次々と切り分けられた野菜を口に運びもりもりと食べる様は妙な迫力があった。先程までの美しさは何処へやら、完全な食欲魔人である。
(これじゃあ、男は寄って来ないわよねえ)
 キュルケは内心嘆息した。片や酒をあおりまくる少女、片やひたすらサラダを貪り食う少女。その二人に挟まれたあたしはどう見えてるんだろう? 密かに周りを伺うと、まばらにテーブルに着く貴族達は皆こちらに好奇の目を向けていた。己の色香に目を見張る者は一人も居ない。まあこの様子じゃねえ、と諦めが入ってきた。年若い淑女の集団というより手のかかる妹二人を連れて旅するお姉さん三人の姉妹旅行にしか見えないこの状況では、良い男なんて寄って来ようが無い。
 ――とりあえずあたしも飲むわ。
 彼女もグラスにワインを一気にあおり始めた。
 
 主采が届く頃には、キュルケとルイズの二人は良い具合に出来上がっていた。タバサだけはワインは軽くに止めていたので酔っては居ない。代わりに絶え間なくサラダを貪っていた。
「メインディッシュは……魚料理? へえ、凄いわねえ」
「わたしも魚は久しぶりよ。値段分だけの価値はありそうね、この宿」
 酒飲み二人組が感嘆の声を上げる。こんな山奥のラ・ロシェールに限らず魔法学院ですら魚は滅多には出てこない。沿岸部でもなければ、基本的に魚は高級食材であるからだ。魚の鮮度を保ったまま目的地に輸送する為には水のメイジの力が必要である。中々に手間がかかるのでおいそれとは手に入れる事が出来ないのだ。学院の食事も基本的に肉類が中心であり、稀に出てくる魚料理は贅沢品と皆には受け止められていた。
 卓に並べられたのは白身魚のムニエル。香ばしい香りが食欲をそそる。思わぬご馳走に嬉しい悲鳴を上げながら、早速一口。身に良く染み込んだ塩味と、酸味の利いたソースが絡み合い舌を喜ばせる。これは旨い。
 しばし無言で娘達は食事を楽しんだ。
「ところでさあ」
 すっかり皿も空になった頃、ルイズが口を開く。
「あんたたち、どうやってわたしを追いかけてきたの? わたし誰にも行き先言って無いってばさー」
 かなり酔いが回ってきてぐらんぐらんと身を揺らしながら問いかける。
「ああ、それぇ?」
 キュルケの方も大分酔いが回ってきて、気だるそうに答えた。ちなみにタバサは主采を片付けた後、一人ひたすらハシバミ草の盛り合わせを食していた。
「どこから話そうかしらねぇ。まずは品評会の事からかしらぁ?」

 ――時は遡る事一昨日の正午近く。
 学院の中庭に設けられた特設会場では、品評会の結果が発表されていた。壇上で恭しく礼を取り、オールド・オスマンより煌びやかな杖を授かっているのは大方の予想通りタバサであった。頭に乗った小さなティアラは本日来賓であるアンリエッタ王女よりの賜り物だ。
 その後ろに控えるのはキュルケであった。彼女の評価は素晴らしくも次点であったので本来ならば何の表彰も無いはずであったのだが、王女の計らいにより宝石のアミュレットが贈られた。二人とも最も目を引き、また本人達の実力に使い魔の風格も十分であったのでこれには皆が納得した。
 
「やっぱりタバサとシルフィードには一歩及ばず、か」
 あーあ、と残念そうにしてみせるキュルケだったが、表情は晴れやかでそれを感じさせるものは無い。元々大した拘りのあった行事でもないし、友人のタバサが選ばれたのならそれは素直に喜ぶべき事だからだ。
 タバサの方も彼女らしく大した感慨は持っていないようであった。このようなもので評価される事には些か程の価値もない、と言った風に澄ましたままだ。

 初夏の一大行事も終わりを告げ、生徒達はお昼時という事もあって皆食堂へ向かったようだった。例外はただ二人、品評会の主役であったと言っても過言では無い少女達だけだ。キュルケとタバサは塔へと入り行く皆の姿を眺めながら佇んでいた。
 彼女達の関心事は品評会などでは無い。今日姿を見せなかった一人の少女についての事だ。
 意外な事に、タバサもルイズの動向にはかなり興味を持っていた。最近己の使い魔と懇意にしているという事もある。しかし彼女自身も僅かづつではあるが、彼女に対して興味を持ち始めていたのだ。あの何者をも省みない程に真っ直ぐな気質が、彼女の心の奥底に眠る何かに甚く触れる。そんな気がするのだ。
 
「あなたも気になる? ルイズの事」
 タバサの僅かな表情の揺らぎを、彼女の親友は鋭く見抜く。奔放な為大雑把にも見えるキュルケだが、実のところその観察眼は鋭い。好き勝手にやって生きていく為には、それ位の力は身につけておかなければならない。そうでなければ通したい我も通せないのだから。
「きっとまたどうしようもない、くだらなくてしょうもない事に巻き込まれてるんでしょうけど」
 キュルケは物憂げに嘆息した。なんか最近はずっとこんな調子な気がする。気ばかり揉んで、心配して、厄介ごとに巻き込まれる。春の召喚の儀式からどうも運の巡りが良くない。最近は男運も良くないし。今年は厄年かしら?そう思わずにはいられなかった。
 ――まあそれでも、放っておけないんだから仕方ないのよねえ。
 気になるんだから、しょうがない。彼女は自分の心に正直に行動を起こす事にした。
「まずは、知ってそうな人に聞いてみるのが一番かしらね?」

「おや、ミス・タバサにミス・ツェルプストー。二人とも、品評会では素晴らしい活躍でしたね。このように素晴らしい品評会は久方振りでしたよ」
 キュルケが目星をつけたのは禿頭がトレードマークの冴えない中年教師、ミスタ・コルベールであった。偏屈な教師が多い中で、彼は物腰柔らかく話し易い部類の教師で、時たま授業で変ながらくたを作って見せびらかす以外では実に優秀で親しみが持てる人物だ。
 勿論話し易いのも重要な事であったが、ルイズの欠席を伝えた教師であるのだからなんらかの事情を知っているのかもしれない、という考えが働いたのもある。今一番大きな手がかりを持っていそうな人物こそ、このコルベールであった。
「あらありがとうございます先生。練習した甲斐がありましたわ」
 ほほほ、と澄まし笑いで愛想を振りまくキュルケ。
「ところでヴァリエールはどうしちゃったんですの先生? せっかく悔しがらせてやろうと思っていたのにいきなり居なくなっちゃうなんて興ざめも良い所でしてよ」
「いやあ、私もミス・ヴァリエールの事を聞いたのは品評会が始まる直前でね。本当にぎりぎりになってからオールド・オスマン直々に伝えられたんだよ」
「あら、そうなんですか、本当に残念」
 笑顔のまま礼をして、コルベールの元を離れた。これ以上話をしても、得られる情報は何も無い。
 オールド・オスマン直々に。この言葉に引っかかりを覚える。何故、学院長であるオールド・オスマンがたかだか一生徒の欠席を伝えなければならないのか? 順列がまるで逆だ。彼の翁には最終的に伝えられるというのが本来の流れのはず。これではまるで、学院の中ではオールド・オスマンしかルイズの不在を知らなかったかのようではないか。そうでもなければ、直々に伝えるなんて事あろうはずが無い。
 
「となると、やっぱり原因はアレかしらねえ」
「あれ」
 タバサが杖で指し示したのは、学院の門の脇に置かれていた煌びやかな馬車だった。
「やっぱそう思う?」
「明白」
 昨日今日で変わった出来事など、王女来訪以外に無い。ならそれが関係あると誰だって考えるだろう。
「まあアレが関係してるっていうのは殆ど疑いようが無いのは判ってたけどね。問題はアレがルイズに何を押し付けたのか、って事よ。わざわざ朝っぱら早くから行かせる位ですもの、相当にきな臭い何かに違いないわ」

 ルイズを動かした用件は一体何なのか、それが判らなければ自分たちも動きようも無い。かと言ってそれを知る方法は思い浮かばない。王女に直に聞くのが最も手っ取り早いのだが、一般の生徒が王女に接見――それも他国の者ならばなおさら――など許される訳が無い。そうなるとはっきり言って、現状では八方塞だ。

 さてどうするか、なんとか知恵を振り絞ろうとするキュルケ。
「どんな用件か判らなきゃ、何処に行ったかすら判らないじゃない。なんとかしてそれを知る手段を考えなきゃ」
 だがタバサはその言葉をふるふる、と小さく首を振って否定した。
「その必要は無い」
 キュルケの脳内が疑問で埋め尽くされる。目的を知らずしてどうやって行き先を特定すると言うのか?
 友人の顔色を察したのか、タバサは言葉を続ける。
「荷物の量からみて遠出なのは間違い無い。おそらく目的地は国外」
 これはキュルケにも推測出来た。シルフィードの語った様子から、明らかにルイズは遠出を意識した準備をしているからだ。あまり国土の広くないトリステイン、日を跨いで進むとするなら目的地は国外と考えるのは自然な流れだ。
「なら選択肢は三つ、ガリア・ゲルマニア・アルビオンのどれかに向かったはず。それさえ判ればあとは簡単」
 一体どういった名案が飛び出すのか。キュルケの胸は期待に高鳴る。
「こういう場合、考えるより力押し」
「へ?」
「乗って」
 タバサはキュルケの返事も聞かずにシルフィードの背に乗った。一方、キュルケの方は意外な言葉にしばし固まっていた。力押し? なんですと!?
「早く」
 自分を促す言葉に我に帰ったキュルケは、思考を空にしたままシルフィードの背に飛び乗った。
 
「でまあ、魔法学院の周りの他の国に続く街道沿いにある村に聞き込みをして回ったって訳ぇ。まさか道の無い所を駆けて行くとは思えないし、絶対にあんたの姿は何処かの村で目撃されてるはずだってタバサは考えたの。シルフィードの速さがあるなら不可能じゃないのよね、これも。最初はびっくりしたけど下手に考えるよりはずっと効果的な手段だったわぁ。でもまあ、聞き込みで時間がかなりかかったんで途中の村で一泊してから追いかけてきたんだけどぉ」
 ふむう、とワイングラスを傾けながらルイズは唸った。良くもまあこんな手段まで使って追いついてきたものだ、と本気で関心している。酔いが回り定まらない思考はとても単純に彼女を賞賛していた。ツェルプストーちょーすげーばかみたいにすげーあははははは。
「でぇ? あんたは一体なんでアルビオンに行くのよぉ? 誰にも言わないからぁ、お姉さんに話して御覧なさいよぉ?」
「だめー、絶対にひみつー。昔姫様がアルビオンの皇太子に出した手紙を回収しに行くなんて口が裂けても言えないんだからー」
 一瞬で機密が漏洩した。これだから酒は怖い。
「なるほどぉ、昔の男に出した恋文にヤバい事書いてあるから取ってきて貰って処分しちゃおうって事ねぇ、それは秘密にしないと色々ヤバいわねえ」
「ヤバいっしょー? ヤバいっしょー?」
「激ヤバぁ」
「やばいよねーあははははははははははは」
「あははははははははははは」
 何がおかしいのか、二人は笑い転げる。
 そしてタバサはただもくもくとハシバミ草のサラダを食べ続けていた。彼女の前に積まれたサラダボウルは既に10皿を越えているだろう。うず高く詰まれ、ぐらぐらと僅かに揺れながら自己主張をしていた。
 ちなみにタバサがここまでサラダを食べ続けていたのは彼女が大食漢で野菜好き、というだけではない。目の前の二人の様子に、多少現実逃避をしていたという側面もあったのだ。
 ――この酔っ払いを介抱するのは、もしかしなくても自分?
 酔った二人を部屋まで運び、介抱する事を考えると頭が痛くなってくる。そんな現実もサラダを食べ続けている限りやってこないとばかりに、彼女はハシバミ草を口に含み続けるのだった。
 

 ルイズが目を開けた時、目に入ったのは薄暗い中仄かに浮かび上がる磨き上げられた岩の天井。そしてその背には柔らかなベッドの感触が伝わってきた。頭は重く、思考がはっきりしない。あれ? わたし一体何をしていたんだっけ……?
 ぼうっとしたまま幾許かの時が過ぎ、徐々に思考が鮮明になってきた。確か先程まで食堂で夕食を取っていたはずだ。かなりワインをあおっていたから、酔いつぶれてしまったんだろうか? なんか色々言ってはいけない事を口走ってしまったような気もするが、きっと酒の見せた幻覚に違いない。うん、きっとそうだ。それで納得しておいた。しかし酔いつぶれてしまった割にはあまり酔いが残っている感触が無かった。わたしってこんなにお酒強かったっけ?とルイズは不思議に思った。
 
 ふと、横に光源を感じた。なんだろう、と首を動かしたルイズの視界に入ったのは、ランプの灯りの元で本を読み続けるタバサの姿だった。その向こうにはだらしなくベッドに寝転がるキュルケの姿が見えた。口を半開きにして涎を垂らし、着替えもせず爆酔する姿は、とても彼女の男友達に見せられるものでは無い。見せたら一発で関係も破局だ。
 ルイズはゆっくりと体を起こす。外の様子は真っ暗だが、下からは僅かに喧騒が漏れ聞こえてくる辺り、深夜にはまだ少し早い程度の時間だろうと彼女はあたりをつけた。
 時間が時間だけに再び眠りに落ちるのも悪くないのだが、一度覚醒した意識は中々静まりそうも無い。しばらく起き続けて、眠気が訪れるのを待とうとルイズは考えた。
 そんなルイズの動きが気配を発したのだろうか、タバサがルイズの目覚めに気付いた。
「ごめんなさい。眩しかった?」
 読書を中断しようとする彼女に、大丈夫、と身振りを交えて答える。
「ちょうど酔いが醒めたところみたい。わたしも暫く起きているから、気にしないで」
 その言葉を受け、タバサは何事も無かったかのように読書に戻った。
 
 そういえば、とルイズは思う。彼女が見る限り、何時もタバサは本を読んでいた。初めて会った場所も図書室だ。まるで何かに執着するかのように本を読み続けるその姿に興味が湧いたというのも無理の無い事だっただろう。
 そっと脇から本の題名を覗き見る。
「『ハルケギニアに生息する薬草とその効能及び秘薬作成の手引き』? こういった本が好きなの、タバサは」
「必要だから」
「必要?」
「そう」
「何時も読んでる本も、必要だから読んでるの?」
「そう」
 ――必要だから。
 その一言には、ルイズには想像も出来ない想念が籠められているように聞こえてならなかった。きっと、それは彼女の求める何かと合致したものなのだろう。
 二人の会話は、そこで途切れた。タバサは本を読み続け、脇ではルイズがそれを眺める。そんな時間が緩やかに過ぎていった。
 やがてタバサが本を読み終わる。
「おやすみなさい」
 挨拶とともに、ランプの灯りが消され、辺りは完全な闇に包まれた。部屋に残る光は、僅かに差し込む月光のみである。
「おやすみ、タバサ」
 ルイズもまた、挨拶を返す。
 言葉を多く交わした訳では無い。ただ単に、ちょっとした時間を共有した、それだけの事だったが、僅かにタバサとの距離が縮んだようにルイズには感じられた。
 ――この旅が終わったなら、もう少し話をしてみようかな。
 そんな事を考えながら徐々に眠りに誘われ、彼女の旅の二日目は終わりを告げて行くのだった。


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