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夜天の使い魔11話

 ルイズが目を醒ましたのは、明朝地平に太陽が顔を出し始めた頃だった。天は白んでおり、木々の間から漏れてくる陽光がやけに眩しい。
 最近は大分朝も早く起きる習慣が根付いていたとは言え、そんな彼女にしても早めの起床であった。馴れぬ野宿での休息は体を十分に休めたとは言い難かったようで、意識は覚醒したものの体は倦怠感に包まれ、普段よりも自らの体が重くなったような錯覚を彼女に与えた。のろのろとした動作で毛布を剥ぎ取るとゆっくりと立ち上がって、体をほぐすように軽く動かす。幾分か疲労感は感じるもののこれならラ・ロシェールに着くまでは十分だろうとルイズは判断した。
 寝起きの為かまだ少し頭がぼうっとする。樹に背をもたれかけて少し水を口に含み、喉を潤しながらこれまでの経緯を思い出していた。
 ――昨日の夜、アンリエッタ王女が口にしたのは驚くべき内容の話であった。
「現在アルビオンでは革命騒ぎが起きているのをご存知かしら?」
「いいえ、さっぱり存じ上げませんでした」
 自らの不明に少々顔を赤らめさせるルイズ。
 
 魔法学院は全寮制であり、外界からの情報はかなり遮断されている状況にある。情報源があるとするなら、馬を走らせ自らの足で話を聞いて回るか実家やそれに類する筋からの手紙によるものしか無かった。勿論ルイズもその御多分には漏れず、何もしなければまったく外の様子など判らない立場にあった。彼女は水メイジでも無いので秘薬の類を頻繁に調合する訳でも無いので街には余り出向かない性分であり、さらに交友関係が狭いのでそちらからの情報も無い。実家から便りは来るが両親や姉の性格から言って余計な事を書いてくる事は殆ど無い。よって外の国の状況がどうなのかという依然に国内の動向ですら良く把握していないのが現状だった。

「礼儀知らずのあの人たちは、よってたかって王様を縛り首にしようとしているのですよ! なんて酷いのかしら! この世の全ての人々があの愚かな行為を許そうとも、わたくしと始祖さまは許しませんわ、ええ、許しませんですとも!」
「わたしもです、姫様!」
「ルイズ・フランソワーズ!」
「姫様!」
 がばっと二回目の抱擁。それにしてもこの二人、ノリノリである。
 
「馬鹿げた事に、あの恥知らずな人たちはこのハルケギニアを統一するつもりだそうよ。そんな夢物語、信じられますか? ……しかしこの話が大法螺であれ真実であれ、今目の前では始祖が授けし栄えある三本の王権の一つ、アルビオン王朝が倒れようとしているのは事実なのです。そしてアルビオンが倒れた暁には彼らの矛先はまずこのトリステインに向く事でしょう。彼の勇壮なるアルビオン空軍の力を以ってすればトリステイン一国なんて容易く制圧されてしまいます。そうなれば全て終わりだわ。ですから、ゲルマニアとどうしても同盟しなければならないの」
 そこで一息、一旦言葉を切る。
 
 ルイズは「なんでわざわざゲルマニアなんかと……」と思ったが、冷静に消去法で考えるとそれしか選択の余地が残されていない事は判っていた。ガリアは絶対に力を貸してはくれないだろう。「無能王」と称されるガリアの王様はトリステインに限らず国外の動向になんて気を払ってはくれないのは目に見えている。ロマリアだって二国間の争いに手を出したりはしないだろう。そうなれば条件次第で同盟を組んでくれそうなのはゲルマニアしか無かった。本来ならば、トリステインの第一の同盟国はアルビオンなのだろうが、皮肉なことにそのアルビオンが敵に回ろうとしている。状況は最悪だった。
「勿論、礼儀知らずのアルビオン貴族達はトリステインとゲルマニアの同盟を望んではいません。小国であるトリステインだけなら容易い相手でしょうが、そこにゲルマニアが加わるとなると話が変わってきますから。……ですから彼らはわたくしの婚姻の妨げになるような材料を、血眼になって探しているのです」
 それはそうだろう、新興の国とは言えゲルマニアの国力は強大だ。いや、新興だからこそ勢いがある、と言うべきか。彼の国がトリステインに助力すれば、アルビオン一国の力で立ち向かうには相当に骨が折れるだろう。ならばその同盟を組ませないように仕向けるのは必定、と言えるだろうが、一々そんな事を説明すると言う事は……。
 
「も、もしかして姫様の婚姻を妨げるような材料が?」
 ルイズの言葉に、王女は悲しそうに肯いた。
「それはわたくしが以前したためた一通の手紙なのです。それがアルビオン貴族の手に渡ったなら、彼らはすぐにゲルマニア皇室にそれを届けるでしょう。それを読んだなら彼の皇室は、決してわたくしを許さないに違いありません。そうなれば婚姻は潰れ同盟は反故、トリステインは一国でアルビオンに立ち向かわなければならなくなるでしょう」
「……その手紙は一体どのような内容なのですか? 国を揺るがす程の事が書いてあるなんて」
 それは最早手紙ではなく機密文書では?と思わずにはいられないルイズ。
「ごめんなさい、それは言えないわ」
 アンリエッタは暗く沈んだ様子のまま、かぶりを振る。
「でも今のトリステイン王室にとっては非常に危険な内容が記されているのは確かなものなの。そして都合の悪い事に、この手紙は今アルビオンにあるのです」
「アルビオンですって! では、既に敵の手中に?」
「いいえ、それを持っているのは反乱勢力ではありません。反乱勢力と骨肉の争いを続けているアルビオン王室の、ウェールズ皇太子の下に……」

 ウェールズと言えば、次代のアルビオンを担うとされていた凛々しき王子であったはず、とルイズは記憶していた。女子ならば誰もが虜になるであろう端麗な容姿に加え人柄も素晴らしく、その声望は国を越えトリステインにも伝え聞こえていた。
「ああ、破滅です! ウェールズ皇太子は遅かれ早かれ反乱勢力に捕らえられてしまうでしょう。そうしたら、あの手紙も明るみに出てしまう! そうなったら破滅です! 同盟は解消され、トリステインは一国でアルビオンと戦う事に!」
 嗚呼、と天を仰ぐアンリエッタ。
 ルイズもこれは大変だ、と顔面蒼白である。
「では姫様、わたしに頼みたい事と言うのは」
「そうです、その手紙をウェールズ皇太子から取り戻してきて欲しいのです。先に信頼の置ける者を使者として向かわせたのですが、まったく音沙汰もなく最早頼れるものは誰もいないのです。そう、たったひとりのおともだち、あなたを除いて!」
「姫様! どうぞこのルイズにお任せ下さい! 見事手紙を取り戻し必ずや姫様のお手元へお届けに参ります」
「なんて心強い! 頼んだわ、ルイズ・フランソワーズ。あなたならきっとやり遂げる事が出来ると信じています」
「姫様!」
「ルイズ!」
 がばっと三回目の抱擁。本当にこの二人はノリノリである。

「アルビオンの貴族達は、王党派を国の隅まで追い詰めていると聞き及んでいます。事態は一刻の猶予もありません」
「ならば明朝の早い時間にここを発つ事に致します」
「頼みましたよ、ルイズ。トリステインの命運はあなたの双肩にかかっているのです」

 それで今こうしているのよね、と思いながら携帯食に手を伸ばす。あまり美味しくは無いが、空腹は最高の調味料と化して彼女の食欲を促進させた。瞬く間に一食分を平らげてしまった。

「アルビオンかあ……」
 食後、まったりしながら一人ごちる。
 ルイズがアルビオンに行くのは初めてではない、とは言え前回の訪問は幼少の時の事である。既に記憶も定かではないし、大体馬車に揺られながらの旅だったので今回とはまったく趣も勝手も違う。実質初めての訪問と言っても差支えが無い状況だろう。
 こうして少し冷静になると、思うよりも遥かに困難な任務だと実感出来た。戦が起こっている不慣れな土地を踏破し、目的地に無事着いた後はなんとかウェールズ皇太子に手紙を渡して貰えるように交渉しなければならない。そして最後はまた物騒な土地を駆け抜けて無事トリステインまで戻らなくてはならないのだ。これはちょっとしたどころか大層な冒険だ。
「流石の私でもちょっときついかも」
 これをちょっと、と形容する辺り、ルイズの自信は相当なものだ。

 -まあ、なんとかなるかな。
 ごそごそと懐から取り出したのは大きな青い宝石の付いた指輪だった。「これで身の証を立てれば、ウェールズ皇太子も快く手紙を渡して下さるでしょう」と言ってアンリエッタ王女がルイズに託したもので、「水のルビー」と言われる輝石である。なんでも母から譲り受けた品だそうで、これがアンリエッタからの使いであるという何よりの証拠となるらしかった。そうであるなら、とにかく目的の場所まで辿り着けさえすればなんとかなるという事だろう。
 指輪にはめ込まれた青い石は曇りなく照り輝いており、素人目であろうと大層な価値を持つと一目で判る品だった。王女は「手紙を取り戻した後邪魔になるようだったら売り払って路銀の足しにして貰って構いません」と言っていたが、そんな事とんでもない!とルイズには思えた。大体、こんな立派な指輪をそこいらでぽんぽん売る事など出来はしないだろう。この旅が終わったならきちんとお返ししなければ。
 
 朝食を取る間に目もすっかりと醒め、腹ごなしも十分に済んだ。
「そろそろ出発しましょうか」
 あとは一路、ラ・ロシェールに向かうだけだ。記憶によれば二つの月が重なり合う「スヴェルの夜」である今日はアルビオン行きの船が出ない。どんなに早くても船に乗るのは明朝となるので、必要以上に焦って進む事は無いだろう。
 ルイズ一人旅の二日目が幕を開けた。
 
 太陽が天に差し掛かり、もう少しで正午だろうという頃合。
 道程は既に森を抜け険しい谷に囲まれた山道へと差し掛かり、ラ・ロシェールが近い事を示していた。この分なら夕刻までには到着出来るかもしれない。
(順調ね)
 そう喜んだのも束の間、事態は急変を告げた。
 不意に、崖の上からルイズの元へと振り来る幾重もの炎。
 ――あれは、松明!?
 彼女の乗っていた馬はその炎に恐れ慄き、嘶く声を辺りに響かせながら前足を高々と上げ、恐慌を全身で表した。ルイズはなんとかそれを沈めようと必死に馬を御そうと試みるが、激しく暴れる馬からその小さな体は投げ出されるように地に落ちた。
 しかし幸いにもその不幸が彼女を救った。
 振り落とされた瞬間、唸りをあげて飛来する矢がちょうど先程まで彼女が存在した空間を貫いていったのだ。運が良いのかちょうど馬の影に隠れるような形で落下したようで、激しく射掛けられる矢の雨は一つも彼女に当たる事は無かった。しかし哀れな馬はその身を貫かれ、力なくその場へと倒れ絶命した。
 ルイズは一瞬、地に打ちつけられた衝撃で思考を奪われたが、次の瞬間にはもう行動を起こしていた。彼女は自らの腰の左右に括り付けられた袋を掴むと、勢い良く中空へと放り投げた。袋の中身は激しく散らばり、彼女の目の前に広がり行く。ルイズは素早く呪文を唱えると、それを錬金し鉄の皮膜と為して薄い防護壁を作り上げた。彼女が放り投げたのは土である。これは自分が土のメイジだと自覚した日から、緊急時の為に持ち歩いていた備えである。それが役に立った。
 放り投げられた土は即座に錬金され、彼女を護る防壁となり矢の雨を食い止めていた。もちろん、壁と言っても非常に薄い鉄の膜でしか無いので完全に矢を食い止める事は不可能であったが、その勢いを減じ殺傷力を奪うには十分過ぎるものを持っていた。

(やばい、これはやばいわ)
 ルイズは無様に蹲りながら心の中で舌打ちした。ぱっと見相当の数の矢が飛んできていた。これはかなりの人数に襲われているに違いない。山賊の類なのだろうか? 一人旅の貴族は金を持っているに違いないとでも思って襲ってきたのだろうか。まさかアルビオン貴族の差し金では無かろうが-昨日今日に出発した自分の情報が手に入れられるとはとても思えない-なんにせよ厄介な事態だ。
 地の岩を錬金して少しづつ壁を補強しているので矢でやられる事は無いだろうが、このままではジリ貧になってしまう。やがて精神力が切れれば為す術も無く彼らに蹂躙されてしまうだろう。ここは手早く事を済ませなければならなかった。
 ちらり、と壁から顔を出して様子を伺うがまったく人の姿は見当たらない。あちらもかなり手馴れているのか、位置を悟らせないつもりだろう。
 こういう荒事は土メイジには不向きだ。火や風のメイジなら辺り一面を燃やすなり竜巻を起こすなりして攻撃出来るのだろうが、土メイジにはそういった手段が存在しない。
 
(母さまみたいな人ならちょちょいのちょい、なんだろうなあ)
 思い浮かべたのは母が杖を振るう姿。強力な風メイジであるルイズの母は杖の一振りで大の男を何メイルも吹き飛ばし、まるで塔のように高く巨大な竜巻を作り上げる事が出来る。そのような母であるなら、このような状況ものともせずに潜り抜けるには違いない。
 普段は苦手意識のある母であったが、この時ばかりはその力が羨ましいと生まれて初めて思った。
 
 さて、崖の上に陣取るのは一見で荒くれ者と判るような粗野な男達であった。その数は十人をやや越える程か、上手く身を隠しながら各々が弓を構え、油断無く崖下を覗き込んでいた。
「ちっ、失敗か」
 一人が吐き捨てるように呟く。
 平民が貴族を相手にする時に肝要なのは、まず奇襲で決める事だ。気付かせないように必殺の一撃をあの鼻持ちなら無いメイジどもに叩き込むのだ。杖さえ握らせなければ所詮ただの人である。故に用いられる手段は弓での狙撃や待ち伏せ、毒殺等が主なものである。今回は対象が通る道を把握出来ていたので、待ち伏せて弓で狙撃という手段を取ったのだが-。

(クソッタレが、あんなの有りかよ)
 彼らには見えていた。目標の少女に射掛けられた矢が、奇妙な軌跡を描いてその脇を通り抜けて行くのを。まるで矢が自らの意思で避けているかのようだった。これは幾度かメイジを相手取った事のある彼らにしてみても初めての事態であった。あのような魔法があるとは恐るべき事だと、改めて貴族への畏敬と恐怖とを募らせる。
 
「しかしやべーなあ、こりゃ持久戦だぜ?」
「まあ相手は土使いの小娘だ、ちょっと粘れば根を上げるさ」
 男達は気楽に笑いあった。とっさに錬金を用いた所からして、相手は土メイジに違いないと当たりをつけたからだ。このような奇襲時の対処には自らが最も得意とする魔法を使うのが人の心理と言うもの。命が懸かっている時に不得意な技法を用いる命知らずなんて居るはずが無いからだ。
 相手が土メイジなら直接的攻撃手段は無いに等しい。ならば取る手段は持久戦である。精神力を使い果たした所を狙う、これもまたメイジ戦の王道であった。少し矢で脅かしつけておけばその場を動く事は無いだろう。あとは牽制して無駄に魔法を使わせ、弱った所を好きにすれば良いと高を括っていた。
 
 しかし彼らは不幸な事に知らなかった。ルイズ・フランソワーズという少女はそんなにやわな性根の持ち主では無いという事を。それを知らないという一点は、あまりにも致命的であったと言わざるを得ない。

 男達は皆、一斉に何か違和感を感じる。これは一体!?
 ――足元だ、足元が揺れている!
 最初は僅かばかりだった揺れが徐々に強く、誰にも著明に近く出来る程に大きくなっていった。
「一体何だってんだよ!」
 集団の中でも一際若い、血気盛んな青年と言った面持ちの男が一人、揺れの中何事か、と眼下に広がる崖を覗き込む。そこで彼は信じられない光景を見た。
 ひび割れる崖の斜面がずんぐりとした人型――大体10メイル程度の大きさだろうか――に切り取られ、今まさに崖から這い出ようとしている様だった。
 
 相手の居る場所が判らない。かと言って無差別広範囲に影響を及ぼすような魔法は土系統の魔法には存在しない。そう考えがちだが本当にそうなのだろうか? ルイズは思考を働かせた。とにかく今必要なのは「目に見えない相手をどうにかする事」だ。その為の手段は何かないだろうか?
 
 ここで思い浮かんだのはフーケの用いていたゴーレムの姿だ。あれならば申し分無い。しかし辺りは一面切り立った岩肌、ゴーレムを作るには些か不向きな地形である。土ゴーレムを作るにしても一度岩を錬金して土に変えて作成しなくてはならないので二度手間であるし、そんな手間のかかる工程を取っていてはやられてしまうだろう。それに崖の高さは20メイル強と言ったところか。フーケの30メイル程もある巨体ならともかく10メイルが精々のルイズのゴーレムではあの場所に辿り着くのは不可能だ。
 
 ならば、と発想を変えてみる。自分の手持ちのカードで最も優れているものは何だろう、と。
(誰にも負けないと言ったらやっぱり数よね数)
 ルイズは高度な貴金属への錬金が苦手だ。しかしその変わり誰にも真似出来ない程の量を一度に錬金する事が出来る。これは前に自分の力を試した時に把握した特性であった。やるつもりなら何十メイルもの範囲の地面を一気に錬金する事も可能なのだ。そしてゴーレムを操る技術は精緻さに欠けるものの誰の追随も許さぬ数を一度に操れる。10体程度などお手の物だ。
 これを活かして突破口を開けないものだろうか。数瞬の逡巡の後、彼女が閃いた戦法。その一手がまず崖の壁面でゴーレムを作る事だった。

 錬金してゴーレムを作るのが手間なら、崖そのものをゴーレムにしてしまえば良いんじゃないか? それが第一の発想であった。ゴーレムの中には岩ゴーレムというものが存在している。勿論その名の通り岩を用いて作られるゴーレムの事だ。適度な大きさの岩を組み合わせて作るのが定石で、中々に手間が掛かるので余り使われる事は少ない種類のゴーレムである。基本的にゴーレムを作るならそこいらの土を固めて錬金するのが手っ取り早いからだ。
 さて、今回の場合まず普通にゴーレムを作る為の土が非常に少ない。その代わり岩なら幾らでも存在している。しかしその岩は崖そのものであり、ゴーレムを組成するには甚だしく不向きなように思えた。
 ――でも、一個の岩の塊からゴーレムを作れないなんて誰も言って無いのよね。
 言って無い、というより試す必要が無い、のが正確な所だ。先程の言ったように土からゴーレムを作る方が簡便であるからだ。一々面倒な方法を取るなど余程の物好きがする事だろう。故にこれは一種の賭けであり、実験にも等しかった。しかし理論上は材料が存在するのだから作れないはずが無い、とルイズは確信していた。
 
 崖が人型にぴしり、と割れ行くのを見て、ルイズは己が賭けに勝った事を知った。ずんぐりとした人型が崖からのっそりと身を起こし、両手を挙げてその存在をアピールしていた。今にもがおーと叫びだしそうな様相だ。
 そしてその数は一体に留まらない。次々と壁面より起き上がるその数は、計六体にも及んだ。ルイズの精神力ならばもっと作る事も可能であったが、ここは不測の事態に備えて温存しておくべきだと判断して余裕のある数にしたのだった。
「さあて」
 一体のゴーレムを自らの盾とするように動かす。これで矢はもう怖くない。
「それじゃ、反撃と行きますか」
 まず二体のゴーレムがそれぞれ崖の両脇へと移動する。そうして崖を背にするように直立した。次いでさらに二体がその目の前へ。壁面のゴーレムはややその身をかがませると手を前で組む。後から来たゴーレムはその手によいしょ、と足を乗せた。壁面のゴーレムはそのままの体を起こし、それに連動するように後から来たゴーレムはさらに壁面のゴーレムの肩へと足をかけた。そのまま後れ足も肩に上げ、丁度ゴーレムの肩にゴーレムが乗った形となった。上に乗ったゴーレムは既に崖に手が届く高さにまで着ており、ここまでくれば上へと上がるのは用意である。二体のゴーレムは見事崖の上へと到着する事に成功した。
 
 その様子を見て「よし!」と小さく声を上げるルイズ。目論みは上手く成功したようだ。
 
 男達は狼狽していた。地響きがしたと思ったらいきなり巨大なゴーレムが崖下から現れたのだ。ゴーレムは崖の上へと降り立つと、ゆっくりとその巨体を動かし始めた。
 ゴーレムへの一番の対抗策はそれを操るメイジを倒す事だ。しかし今この状況で崖下を狙うのはかなり困難だ。それにあちらもこちらの様子がわからないだろうから下手な手出しは出来ないだろうが、下手に弓を射って防がれでもしたら一発で場所が割れ、即座にゴーレムの餌食となるだろう。下手な行動は薮蛇になりかねない。
 
 ――こりゃあこのまま逃げるのが得策かね。
 仕方が無いよな、と逃げに入ろうとした彼らだが、次の瞬間、巨大なゴーレムは思いもしなかった行動に出た。
 
 両手は上に高く挙げ、足は軽やかにスキップ。可愛さをアピールしながら実に楽しげに辺りを跳ね回り始めた。ずんぐりとした体躯が妙に愛嬌のあるゴーレムがそのように振舞う様は中々に可愛らしく見えた。だがしかし、それは見た目だけである。鈍重な巨体が跳ね回る度に地面は大きく揺れ、とても歩くのはおぼつかない状況に陥ってしまった。
 
 ある者は「ひいいいいい」と声を上げて四つんばいのまま立ち上がれなくなり、ある者は必死にその場から逃れようと走るがスキップするゴーレムの足にヒットして彼方へと吹っ飛ばされた。ある者は我を忘れて「こんちくしょおおおおおお!」とゴーレムへ向かっていったが揺れに足を取られて転倒、そのまま踏まれてぺしゃんこになった。
 
「ちくしょう、なんなんだよこれは!」
 正直滅茶苦茶だ。馬鹿っぽいが確かにこれは酷い、実に有効的な攻撃だ。貴族の考える事は訳が解からん、と毒づいていたら何時の間にかゴーレムの数が一体増えていた。さらに酷くなる大地の揺れ。
 そして何故か崖下からどんどん岩が放り投げられてくる。最早辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
 男達が激しい地響きと揺れの中で思ったのは一つ。

 ――もう勘弁して。
 
 こんな仕事を請けてしまった事を、一人残らず後悔していた。
 
 崖下のルイズは、なんとかその場は凌げたようだと一息ついていた。
「でもこれは諸刃の剣ね」
 敵が見えない状況で、なんとか相手に損害を与えようと考え付いた戦法の割にはかなり効果が上がっているようだったが、誤算が二つあった。

 一つ、地面がかなり揺れる。正直ちょっと気持ち悪くなってきた。
 二つ、揺れで崖から岩が落ちてくる。矢より危なくない?

「これじゃあ痛み分けって感じよぅ」
 錬金で作った急造の背もたれに身を預けながら、ぐったりするルイズだった。
 しかしそんな中でも彼女はゴーレムの操作を怠らない。崖の上の四体はずっとスキップ三昧、落ちてくる岩は崖下の二体に受け止めさせ、それを崖上に投げ返す。自らの身を護り攻撃手段にもなる一石二鳥の行動だった。
 岸の上からは「ぎゃー」とか「ひぃー」とか悲鳴が聞こえてくる辺り確実に効果は上がっているようだが、何時止めれば良いのか判断がつかないのが困りものだった。精神力に余裕はあったが、気分的にもう限界に近いので正直もう止めたい。
 
 そんな時、思わぬ救いが空から現れた。
 ぐてーっとしているルイズを遮る何かの影。空を見上げると、そこに見えたのは見慣れた風竜の姿。
「……シルフィード?」
 きゅい、と答えながら、翼をはためかせ地へと降りてくる。
 その背に乗っていたのは-まあ想像はしていたが-キュルケとタバサの二人であった。
 
「……あんた一体何してんの? なんか上えぐい事になってるわよ」
 じと目のキュルケに言い返す気力も無かったルイズはおざなりに一言。
「あー、自衛?」
「いやあれは自衛にしても酷いわよ。もうなんていうか、ぐちゃぐちゃ? 絶対に近寄りたくないわ、あれ」
「そんなに酷いの?」
「気の弱い子なら当分夢に出るわね」
 キュルケの顔色から察するに、相当に凄惨な状況になっているようだった。見えない位置に居て本当に良かった、と思うルイズ。
「とりあえず上にもう人は居ないのね?」
「動いてるのは、居なかったわね」
 杖をついっと振ってゴーレムの動きを止める。これでやっと落ち着ける、と一安心した。ずっと大地が揺れ続けるとあんなに気持ちが悪くなるものなんだとルイズは初めて知った。
 揺れは収まったものの、まだ地面が揺れているような錯覚を受ける。これは当分動けそうにないだろう。残り少ない水筒の水を飲み干し、気分を落ち着かせた。

「ところでなんであんたがこんな所に居るのよ」
 ラ・ロシェールに向かう山道で学校の級友に合う。偶然にしては出来すぎている、というか絶対に有りえない。ルイズの疑問も最もだった。
「どこかのだれかさんがぁー? いきなり品評会をさぼるからぁー? 華々しい結果を残したあたし達の戦果を見せ付けて悔しがらせようかなーって来てみた訳よ」
「こんな所まで?」
「こんな所まで」
 この距離ではシルフィードで飛ばしてもかなりの時間がかかる。
 そもそも、ラ・ロシェールに行くなんて誰にも話していない。どうやって追いついてきたんだろう、と関心すら覚えた。
「あんた、暇人を通り越して変人よ」
 うんざりした調子のルイズに、心底楽しそうにおっほっほと笑ってキュルケは返礼する。
「ヴァリエールに嫌がらせをする為なら例え火の中水の中、何処までだって行きますわ」
 ここまではっきり言い切られると呆れを通り越して感動すら覚える。この日、ルイズのキュルケ観は「仇敵ツェルプストーの娘」から「仇敵ツェルプストーの変人」に変わった。
「とりあえずシルフィードに乗りなさいな、ルイズ。あたし達も朝から飛び続けてきてちょっと疲れてるし、まずはラ・ロシェールで休みましょ」
 促されるまま、ルイズはシルフィードに乗った。三人だと少々狭いが、シルフィードの広い背中なら乗れない事は無い。
 
 崩れた山道よりラ・ロシェールを目指し飛び立つ風竜。それを崖の上から眺める一人の男の姿があった事を、三人が気付く事はなかった。物言わぬ骸に囲まれながら、男は唇を醜く歪ませ――愉悦の表情を浮かべながらその場を去って行ったのだった。


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