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夜天の使い魔10話

 夜半、ルイズが習慣である読書をしていた所、彼女の使い魔が宙でくるくると回り始めた。「誰かがこの部屋に迫ってきている」というサインだ。どうやって知っているのかは定かではないが、自らの部屋に向かうものを確実に察知する。例えどのような忍びの熟練者であろうと逃れる事は出来ないのではないか、と思える程だ。
 
 ルイズは小首を傾げる。このような夜遅くに自分を訪ねてくるような人物にはまったく心当たりが無かったからだ。外は暗闇に包まれ、空には煌々と二つの月が淡い光を放ち僅かに大地を照らしているばかり、と言う頃合だ。静寂がその場を支配し、時折梟の鳴き声がほうほうと響き渡るのみ、早い者ならば既に就寝し夢の世界へと旅立っている事だろう。そのような時分に人を訪ねてくるなど些か礼を欠いているとしか言い様が無い。
 
 そこで彼女は一つの考えを閃かせる。逆転の発想と言う奴だ。つまり――。
(こんな時間でなければ尋ねてこれないような理由を持っている人物)
 そう考えた場合、彼女の脳裏に思い浮かぶのは一人の人物の姿しか無かった。
 
 やがて、ドアがノックされた。長く二回、短く三回。それは何かを告げたる符丁の如き響きを以って静寂の中を通り過ぎた。
 ルイズはゆっくりと椅子から立ち上がると、静かにドアに近付いた。ドアを開ける時もゆっくりと、静かに。自らの予測が正しければ、こうするのが望ましいと思ったからだ。
 
 ドアが開かれた先に居たのは、黒い頭巾で顔を覆い、その身も同じような黒いマントで包み込んだ少女の姿であった。背丈や雰囲気から察するに年の頃はルイズと余り変わらないようだ。彼女は周りを伺うように二三度辺りを見回すと、するり、とルイズの部屋へと入ってゆく。ルイズはそれを確認すると素早くドアを閉めた。阿吽の呼吸の如く行われたそれはまるで事前に打ち合わせでもしてあったかのように滑らかで自然に行われたのだった。
 漆黒の少女がマントの隙間から小さな杖を取り出し、ルーンの呟きと共に杖を振る。光の粒が部屋の中を舞い、きらきらと宙を舞った。ディテクトマジック――魔法探知の魔法である。それを唱えた彼女は一瞬はっとして机の方を凝視するが、直ぐに平静を取り戻し静かに杖を仕舞った。
 
 そこでやっと、少女は自らを覆う頭巾を取り去る。果たして、そこに居たのはアンリエッタ王女の姿であった。遠目からも殊更に魅力を放っていた彼女であるが、間近で見るとその美しさと高貴さがさらに引き立っているようだった。まさにトリステインの華と言うに相応しい様相であった。
 ルイズはその姿を認めると即座に膝を折り頭を垂れた。そして心の中でやはり、と一人ごちる。
 
「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ。ああ、そんなに畏まらないでちょうだい。あなたとわたくしはおともだちじゃないの!」
 感極まったように彼女は礼を取るルイズをひしと抱いた。その姿は王女のそれではなく、まさしく年頃の少女が旧交を深めるものに相違無かった。
「勿体無いお言葉でございます、姫殿下」
 だがしかし尚もルイズは己の分を弁え、礼を崩さなかった。公爵家令嬢である彼女自身も平民から見れば高嶺の花であろうが、それならば王女は追随を許さぬ天上の華であった。私情に流されて分を弁えぬ等許される身分の方では無いと彼女は良く知っていたのだ。
「そのような態度はやめてちょうだい」
 アンリエッタの声は、少し悲しそうだった。
「ここは宮廷では無いのよ、ルイズ。母上も、枢機卿も、厭らしい宮廷貴族達も居ないわ。昔のように、二人だけ。そうでしょう? 今のわたしたちはただのアンリエッタとルイズ、おともだち同士で良いの。余り他人行儀に振舞われると悲しくて胸が張り裂けそう」
 その言葉を聴いて、やっとルイズは頭を上げた。

 アンリエッタとルイズの二人は所謂幼馴染の間柄であった。年の頃も丁度同じであり、その為幼い王女の遊び相手として公爵家の令嬢であるルイズが選ばれたのは必然と言っても良い。
 
 アンリエッタにとってそれは幸運な出来事だった。先王の一粒種として些か過保護なまでに育てられた彼女に同年代の友達などまったく居なかったからだ。故にルイズは彼女に出来たたった一人の友達であった。アンリエッタにとって、ルイズは彼女自身が思うよりもずっと大きな存在であったのだ。
 今回の訪問も――思惑は多少あるにせよ――久々の友人との再開に心弾ませていたのだが、唯一の友達と思っていた少女は余りにも聡く分を弁えすぎていた。己の身分が恨めしいと思った事は何度もあれ、ここまでそれが鬱陶しいと感じたのはアンリエッタの生涯で初めてであったのではないだろうか。友情の間には、身分という悲しく冷たい河が横たわっていた。
 
 ルイズにとっても、アンリエッタという少女と過ごした日々は何物にも変えられない輝かしい思い出の日々であった。無能という烙印を押され爪弾きにされていた彼女にもまた友人は少なかったからだ。
 しかし嘗ては身分等余り気にはしなかったが、年月を経て自らを知るようになり、また友人が誰であるのかを知るようになってから、純粋な友人として振舞う事は出来なくなってしまった。またゼロと呼ばれる己への劣等感もあり次第に顔を合わせる事も少なくなっていったのだった。今回の訪問は一体何年振りの再会だっただろうか? ルイズの心にも懐かしさがこみ上げる。
 
 ルイズはその感情でやっと頭を上げた。相手は王女、自分はその臣ですら無いただの少女。しかし、それでも友達なのだと、やはりそう思えたから。
 脳裏に蘇るのは懐かしい思い出。一緒に広大な庭を駆け泥だらけになって笑いあったこと。子供らしくくだらない事で喧嘩をしたこと、いたずらをして侍従にかんかんに怒られたこと。もう大分昔の事であるのにはっきりと思い出せた。
「あの頃の楽しい思い出は、未だに色褪せる事は御座いません、姫様」
「ああ、ルイズ・フランソワーズ!」
 感極まったように、アンリエッタはルイズを抱きしめた。
「ええ、そうですとも! わたくしだって一日たりとも忘れた事は無かったわ。あなたと過ごした日々はどんなに楽しかった事か。毎日が楽しくて幸せで、なんの悩みも無かったもの」
 アンリエッタの横顔もまた、昔に想いを馳せているようであった。遠い視線の先に映るのは、きっとルイズが思い出したような懐かしい光景であったに違いない。
「自由は素敵ね。自分のしたい事が出来るって、なんて素晴らしい事なんでしょう。わたくしは皆から羨まれる身分なのでしょうが、わたくしからすれば皆の方がうらやましいわ。王女なんて肩書きはまるで鳥篭のよう。わたくしを縛りこそすれ、何事かを為す機会を与えてくれたりはしないわ」
 美しい唇から溜息が零れ落ちる。表情は一転、憂えたものへと移り変わった。
「わたくし、結婚することになったの」
 声色の調子からも、アンリエッタがそれを望んでいないのは確実であった。王侯貴族の女子ならばお家の都合で嫁ぎ先が決まるなど珍しい事では無い。好いた相手と結ばれる事など夢物語だ。
 しかし――現実がそうであっても、やはり想い人と添い遂げたいと望む気持ちが消える訳では無い。それが一国の王女であっても、だ。
 同じ恋に夢見る年頃であるルイズには、アンリエッタの気持ちが痛い程良く解かってしまった。割り切る事は出来るだろう、だがそれが辛くない訳が無い。
「……おめでとうございます」
 しかしそう返す他無かった。ここで言葉だけ同情してみせようと、世の中を嘆こうと、それは友人の悲しみを助長させるだけだ。この言葉しか、ルイズには残されていなかった。
 
 気まずい沈黙が二人の間に流れる。
 アンリエッタは口を滑らせた、と己の迂闊さを呪った。せっかくの再開だったのに、すぐに水を差すような事を言ってしまった浅慮さにあきれ返ってしまった。
(ああ、まったく……なんということでしょう!)
 普段宮廷で神経を張り詰めている分、気が緩んでしまったのだろう。普段通りの彼女であればこんな粗相など有り得なかったはずだ。彼女とて伊達に王女と呼ばれている訳では無い。感情のままに言葉を発するような短慮さは慎む事に馴れていた、そのはずだったのだが。
 とりあえず何か雰囲気を変えなくては、何か話題になりそうなものは。必死に考える王女殿下。トリステインの華がうろたえる様は、世界広しと言えど今この時にしか見られない、真に稀少な姿であった。宮廷貴族達に見られたらさぞかし笑いの種になる事だろう。
 
「あ、あのルイズ、机の本は一体何なのかしら? とても強い魔力を感じるわ。あなたの持ち物なのだからさぞかし名高いマジックアイテムなのでしょう」
 とりあえず浮かんだ話題がそれだった。先程唱えたディテクト・マジックに反応した唯一にして強大な魔力の持ち主。それが机に置かれた本だったのだ。あのような強大な魔力の反応は、彼女の人生でも初めてであったので、興味をそそられたのも確かであったし、とっさに目に入ったのでなんとかこれで雰囲気を変えよう、と苦し紛れに思ったのも確かだった。
 ルイズはその問いに対し、誇らしげな態度を持って応えた。
「これなるはわたし自慢の使い魔です、姫様」
 その表情、その声、その態度。ルイズの全てが一変の曇りも無く誇りに満ちていた。
 アンリエッタは驚いた。それこそ文字通り声も無い程驚いた。本が使い魔? そんな事は有り得ない。もしかしてわたくしのおともだちは気でもふれてしまっているのではないだろうかと本気で心配になった。
「さあ、あなたも姫様にご挨拶して」
 アンリエッタはさらに驚いた。本が宙を飛んでいる!? 目を見張るような光景に完全に言葉を失った。
 本はふよふよとアンリエッタの目の前に躍り出ると、優雅にくるり、とその身を一回転させた。そしてルイズの傍らに近寄ると、その腕に抱かれるようにゆっくりと落ちていった。
「なんとまあ……ルイズ・フランソワーズ、あなたって昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずなのね」
 どこか呆れたように、それでいて関心したような言葉だった。
 
 それから暫く二人は他愛無い話に興じた。学園生活の事、宮廷貴族への陰口、市井のくだらない噂話等等。年頃の街娘となんら変わらぬように、時を忘れ姦しく言葉を交わしあった。

「姫様、そろそろお話下さいませんか? こんな夜分にわたしめの所へ忍んできた訳を。ただ旧交を温めに来ただけ、という訳では御座いませんのでしょう?」
 そのルイズの言葉に、アンリエッタは身を固まらせた。僅かばかりの時間ではあるが、彼女が実に立派に聡明に育ったかというのは会話の中から良く解かった。そんな彼女に隠し事をし続けるなど出来ようはずも無い。
「わたしたちはおともだち、でしょう? 何も遠慮なさらずに」
 ルイズは微笑みながらそう言った。賢いだけでなく本当に素晴らしい淑女に育ったと、アンリエッタは友人の成長に驚きを隠せなかった。
「先程、結婚すると言ったでしょう?」
「はい」
「相手はゲルマニアの皇帝。トリステインとゲルマニアの同盟の為に、嫁ぐ事になったの」
「ゲルマニアですって!」
 それまでの淑女然は何処へやら、ルイズは声を荒げて叫んだ。ゲルマニアと隣接し目を光らせてきたラ・ヴァリエール家の人間ににとってみればなんともとんでもない話であった。
「あんな野蛮な成り上がりどもの国と同盟を結ぶなんて、一体どうなされたのです姫様!」
 やはりゲルマニアと聞いていては黙っていられない。自然と興奮してくる自身の心をルイズは抑える事が出来なかった。
「でもしかたがないことなのです。同盟を結ぶ為なのですから」
「同盟だとか結婚だとか、ゲルマニアの連中はなんて破廉恥なんでしょう!姫様、ゲルマニアだけはいけません。NOゲルマニアです、それはもうあそこだけは何があってもいけません、ラ・ヴァリエール家の娘が言うのですからそれはもう確かな事ですわ、姫様!」
 代々恋人奪われ伴侶を寝取られ、ヴァリエール家の恨みは骨髄である。なんというか、正確にはゲルマニアというよりツェルプストー家に、だが。
「ええ、でも判っていましたわ。好きな人と添い遂げることが出来ないなんてそれこそ幼少の頃から判りきっていた事なのですから」
 興奮したルイズに感化されたのか、やたらと芝居がかった様子でよよよと泣き崩れるアンリエッタ。
「なんて可哀想な姫様!」
 ひし、とそんな彼女を抱きしめるルイズ。
「ルイズ・フランソワーズ!」
 ひし、と抱き返すアンリエッタ王女。
「なんでも遠慮無くご相談なさって下さい。不肖このわたくしめが全力で姫様をお助け致します」
 今のルイズは使命感に燃えていた。こんな可哀想な境遇にある友人を、放っておけるだろうか。いや、無理だ。これは全力でお助けしなければ!
「今のわたしはゼロと蔑まれていた駄目な子供ではありませんわ。きちんと魔法の使える一人前のメイジです。如何なる困難が迫ろうとも、必ずやそれを退けてご覧にいれましょう」
「本当に立派になったものね、わたくしのおともだちは」
 嗚呼、と胸を手にあて盛大に感嘆してみせる。最早その気持ちは舞台の上のヒロインと言った様相だ。
 ルイズもそれは同じである。既に二人は彼女達だけの世界を作り上げていて、そこに埋没してしまっていたのだった。
「でもたった一人の大切なおともだちに、危険な事をさせる訳にはいかないわ」
「いいえ、ともだちならばなおさらです! 煮えたぎる地獄の釜の中であろうと、竜のあぎとの中であろうと、このルイズ・フランソワーズが如何様なる場所にでも赴きますわ!」
「なんて心強い言葉でしょう! でしたらわたくしも遠慮なく言わせて貰うわ。ここに来たのはあなたに頼みたいことがあったからなのよ。それは-」
 それは、ルイズが想像していた以上にとんでもない事柄であった。



 アンリエッタ王女が来訪した次の日の朝――。
 遂に使い魔品評会の日がやって来た。例年の二年生も興奮で眠れぬ前夜を過ごす者が多々出ていたが、今年程その数が多い事は無かっただろう。王女殿下の御前で己の力を詳らかにする、その重圧と興奮とに支配された者達は睡魔を物ともせず、血走った目でこの朝を迎えた。トリステイン貴族にとってこのような晴れの舞台は中々に無い。
 
 しかし何事にも例外はある。
 キュルケ・フォン・ツェルプストーは何時も通りに目を醒まし、何の気負いも無いように大きなあくびをしながら身を起こした。
「ふわぁ、今日も良い天気ねー」
 外は快晴、絶好の品評会日和である。
「あんまり強い日差しはお肌に良くないんだけどねえ」
 ベッドの袂には彼女の使い魔フレイムが寝そべっていた。主人と違い未だ目を醒ます気配は無い。キュルケはそんな使い魔の様子を一瞥すると、やれやれと言った面持ちで被りを振る。
(今日は沢山頑張って貰わないといけないから、もうちょっと寝かせてあげましょう)
 別に何が何でも一番になりたい訳でも無いし、王女に良い所を見せたいとも思っていない。でも、他人に無様な所を見せるのは彼女の矜持に反する事だ。適当に、やれる範囲で全力。それが今日の彼女の方針だった。
「さて、ヴァリエールの様子でも見に行きましょうか?」
 寝坊をしているのか、はたまた興奮で眠れなかったか。この一大行事に気合を入れまくっていた小さな少女の様子を想像すると笑いが止まらない。
 
「おっはよー、ヴァリェール。昨日は良く眠れたかしら?」
 何時もの如く無断でアンロック、勝手に押し入る。
「……あら?」
 彼女の目の前に現れたのは、主の居ないからっぽの部屋だった。これは予想以上に気合入ってたのかしら?と心の中で一人ごちるキュルケ。
 多分もう外で準備万全、王女殿下の前で良い所を見せようと張り切っているのだろうと何も気にせず部屋を出た。
 
 しかし、朝食の時間になって、いざ始祖への祈りを捧げる頃合になってもも姿を見せない。ルイズの席だけが切り取られた空白のようにぽつんと空いていた。流石にちょっと気になった。

 そして塔の前の広場に設営された小さなステージを前に二年生全員が集ったというのにやはり何処にも姿が見えないという事態になっては、これはおかしいと思わざるを得なかった。
「ねえタバサ。今日ヴァリエールの姿を見た?」
「見て無い」
 隣に居るタバサは何時もの調子でそっけなく答える。
 
 ステージの横に誂えられた観覧席では王女とオールド・オスマンが小声で何か言葉を交わしていた。その様子がどうにも胡散臭く思えてならなかった。つい先日まで、ルイズ・フランソワーズという少女はやる気満々是が非でも己が一番になるのだという気概に溢れていた。事ある毎に「見てなさいツェルプストー。わたし達の華麗な一芸に皆が釘付けになる所をね!」と小さな胸を逸らせ過剰なまでの自信で語っていたような者が、いきなり当日姿を現さないというのはなんとも腑に落ちない。
 何かあったとしたなら、原因はあからさまだ。判りきっている。しかし問題は原因ではなく結果だ。ルイズは一体どうしてしまったのか、それが問題なのだ。キュルケの胸中から疑念が絶える事は無かった。

 一人気分の乗らないキュルケを他所に、品評会は始まった。
 各々が時間を掛けて創意工夫を凝らしただけあり、どれも見応えのある素晴らしいものであった。主の力と、使い魔の努力が形となった姿は、見る者を素直に感嘆させるだけの価値があった。
 
 キュルケが披露したのは、彼女の二つ名「微熱」と火蜥蜴の使い魔という印象に違わぬものであった。
 使い魔のフレイムが吐き出す火焔を、主は巧みに杖を振り、中空を無尽に躍らせ見事な炎のアートを作り上げた。数メイルにも及ぶ巨大なそれはツェルプストーの紋章に相違無い。豪壮にして優美なそれに、会場からは万雷の拍手が沸いた。この品評会屈指の名演と言えるだろう。
 
 しかし、それですらも彼女達には及ばなかった。
 「雪風」のタバサとその使い魔風竜のシルフィード。
 彼女達主従が行ったのは実に単純な事。ただ、自由に空を飛びまわり、駆け抜けただけ。たったそれだけである。
 だが、竜が空を駆けるというのはそれだけで何物にも変えがたい魅力がある。人知及ばぬ強力な幻獣である竜。それを従わせ、自由に飛び回ってみせる姿は誰もが羨望せずにはいられない強烈な魅力を放っていたのだ。それを前にしたならば、どのような小手先の技も消し飛んでしまう。
 
 このように、大変盛況に、そして滞りなく品評会は進んでいった。中には溢れんばかりに敷き詰められた薔薇の中へ使い魔と共に寝そべり、「馬鹿だ」「ああ、馬鹿だな」と非常に失笑を買った愉快なメイジも居たが、凡そ何の問題も無く会は進められていったのだった。
 
 そうして最後、それを勤めるのは公爵家の令嬢ルイズ・フランソワーズのはずであったのだが――。
 ステージに上がってきたのは少女ではなく頭の禿げ上がった冴えない中年教師、ミスタ・コルベールであった。
「本来ならばミス・ヴァリエールが使い魔を披露する番であるのですが、急用の為今朝早くラ・ヴァリエール領へと戻る事となりましたので、以上を持ちまして全生徒のお披露目を終了したいと思います」
 会場から失望の声があがる。最後にこれとは、なんとも締めに相応しくない流れだと、辺りがざわめいた。
 
「まったく、後先を考えずに事を進めてしまわれるのは自重なさって欲しいものですな」
 喧騒の中、観覧席でオスマンが盛大に溜息をついた。
「その……申し訳ありません。気の緩みと申しますか、勢いでと申しますか、あの時は私もどうにかしていたようで」
 横ではアンリエッタ王女がなんともばつの悪そうな表情をしていた。
 オールド・オスマンがルイズの事を知ったのは品評会の始まるすぐ前、もう既に事が起こってしまった後であった。
「王女様直々の勅命とあらば、断る訳にも行きますまい。しかしですな、せめて一言我々に話を通してからにして貰いたいのです。我々にも責任というものがありますからのう」
 老人はこめかみを押さえて再び嘆息する。なんとも嫌な予感が当たってしまった。少し自重しろ小娘、と心の中で毒づいたのは彼だけの秘密である。

 そんな思わぬアクシデントが最後にあったが、無事品評会は終了した。あとは結果発表を待つばかり、である。
 キュルケとタバサ、そして使い魔達は皆より離れた場所で静かな時を過ごしていた。特に結果に興味は無い二人、それならば喧騒の中に居るよりもこうしてゆっくり出来る場所の方が居心地が良かった。
 
「まったく、ルイズは何処に行っちゃったのかしらね」
 ぽつりと呟くキュルケ。別に誰に聞かせる訳でも無かった言葉なのだが、意外な所から答えが返ってきた。
「ルイズさまなら朝早くお馬でお出かけしてたのを見たわ、きゅい!」
 頭上から響いたのはシルフィードの声。
「盲点だったわ……使い魔の厩舎も乗用馬の厩舎も近くにあるんですものね。ルイズの事を見てても不思議は無いか」
 そこらへんを散策するならいざ知らず、街からも遠く離れたこの魔法学院から何処かへと出かけるなら馬は必須だ。ルイズが出かけたとするなら、馬に乗らないという事は有り得るはずも無く、そうであればその姿を使い魔達が目撃するのもまた必然であった。
 
(しかしまあ、これで一つだけはっきりした事があるか)
 キュルケが得た確信。それは「彼女は決して実家に帰ったのでは無い」と言う事。仮にも公爵家の令嬢である娘がその身一つ、馬一頭で里帰りなど正気の沙汰ではない。緊急時であるなら家の方から馬車の一台でも回してくる事だろう。
 王女の来訪。ルイズの急な外出。朝からどうにも嫌な予感が募って仕方が無い。
「まったく、また何か厄介ごとに首を突っ込んだのかしらあの娘は」
 無茶と無謀と思い切りの良さが売りの好敵手の事を考えると、途端に気が滅入ってくるのであった。この前フーケの一件で死に掛けたばかりだというのに、なんでまた直ぐにこうややこしそうな事に巻き込まれているのだろうかあのおちびは。ルイズ・フランソワーズは努力家で頭も回る賢い娘であると、キュルケの目からもそう見える。しかしどこか根本的に馬鹿だ。あまりにも後先を考えなさすぎる。これと決めたら一気呵成に突っ走る姿勢は好ましい部分もあるが、逆にそれが災いする事もある。今回はどう考えても後者の方であるだろう、しかもとびっきりの。
 何時の間にか、キュルケは親指の爪を噛み締めていた。
 
「ねえシルフィード、ルイズが何処に行ったかまでは、流石に判らないわよねぇ」
「ごめんなさい、わたしが見たのはルイズさまが出かけるところだけなのね」
 しょんぼりと答えるシルフィード。
「でも、お馬に沢山荷物が括り付けてあったのを見たわ。きっと遠くにお出かけするんじゃないかしら」
 ふむ、とキュルケは熟考する。
 シルフィードの話が確かだとするならば、ルイズが目的とする場所はかなり遠いという事になる。野営を入れて二三日程度の距離と仮定すると、馬の足から逆算するなら国境まで行く事だって可能だろう。とすると、彼女の目的地は国内では無く国外なのだろうか?
(そういえば……)
 なにやらアルビオンの方が揉めているらしい、と実家筋から漏れ聞こえてきていたのを思い出す。内乱の気があり、王家とそれを倒さんとする勢力が激しく争っていると。
 まさかねえ、と一笑しようと思ったのだが、こういう悪い予感は良く当たるものだ。それがルイズ・フランソワーズに関するものなら尚更。
「嫌な雲行きになってきたわ」
 雲ひとつ無い晴れ渡る空の下、キュルケの独白にシルフィードがきゅい?と小首を傾げていた。
 

 赤く染まる夕暮れの中、人気の無い森の一本道を駆け抜ける一つの人馬の姿があった。
「そろそろ野営の準備をしなきゃ駄目かしら……」
 日の高さを見て一人ごちるルイズ。その顔には色濃く疲労が浮かんでおり、彼女の体力は既に限界に近い事を表していた。彼女が乗る馬もそれは同様であり、遠くない頃合には休息が不可欠であるだろうと思われた。
 早朝、誰もがまだ寝静まった時間に魔法学院を飛び出してから早半日以上、途中昼餉の為に小休止は取ったもののそれ以外の時間はずっと走り通しだったのだ。大の大人ですら厳しいだろうこの行為に、か細い少女であるルイズは良く耐えたと言えるだろう。
 
 彼女が今目指しているのはラ・ロシェールと言う港町である。トリステインより遥か南、山間にあるそれは空高く浮く白の国との窓口であり、天と地を繋ぐ架け橋であった。山間に設けられただけありその規模こそ小さくはあるが、二国を繋ぐこの街の活気は大層賑やかで常に人がごった返している……そうルイズは聞き及んでいた。彼女が実際にこの街へ赴くのは初めての事であるし、勿論アルビオンへ行くのも初めてだ。
 しかしルイズには未知の土地へと赴く不安など微塵も無かった。彼女の心は使命感で満ち満ちており、やる気がごうごうと燃え盛っていた。
 ちなみにあれだけ気合を入れていた使い魔品評会の事はすっかり彼女の頭からは抜け落ちてしまっていた。常に目の前に迫る事に全力投球、いちいち後ろは振り返らない。実に思い切りの良い思考形態をしていた。
 
 今彼女の目の前にはごつごつとした岩肌で作られた山々が重なり合う様が映し出されていた。あと何刻か走れば森を抜け山道になるのだろう。このまま走り続ければ夜が更ける前に山中へと入れるだろうが、山間部での野営は御免被りたい。岩肌で横になっては思うように疲労も回復出来ないだろう。
(ここは森の出口で野営ね。明日一日頑張れば、なんとか夜になる前にラ・ロシェールにはつけるはずだわ)
 そうルイズは判断した。気持ちには逸るものがあるが、無理をし過ぎれば逆効果になる。ここは自重して堅実に行こう。
 幸い今日は雨一つ降りそうにない雲行きだった。この分ならいきなり夜雨に濡れて体を冷やす心配も要らなさそうだ。

 野営と言っても馬をそこらへんの樹に括り付けて、粗末な携帯食を食べた後は毛布に包まって寝るだけだ。
 だがルイズにとってこのような経験は生まれて初めてであり、一人旅という未知の体験に僅かな興奮を覚えていた。疲労が体に溜まっているはずなのになかなか寝付けない。
 既に空は闇に包まれ、空は満天の星空で埋め尽くされている。きらきらと数多の光が輝く様は、魔法学院の塔から眺めるそれともヴァリエールの屋敷から眺めるそれとも違う新鮮な美しさがあると、そう感じられた。
 -無理矢理にでも寝ないと明日がきつくなるわね。
 まだまだ美しい夜空を眺めていたいという誘惑を振り切り、ルイズは目を閉じた。瞼の裏に浮かぶのは昨日の王女との邂逅、そしてここ幾日か必死に練習してきた芸の事。
(あー、そういえば今日って使い魔品評会だったっけ)
 一日の終焉間際にやっとそれを思い出し-彼女はそのまま眠りへと誘われて行ったのだった。



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