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夜天の使い魔09話

「それでね、お姉さまは虚無の日はいっつもお部屋に閉じこもりっきりなの! 一人で静かに本を読んでいるのが好き。でも一日中お暇なんだからもっとシルフィのお相手して欲しい」
「なんか見た目の印象通りな休日の過ごし方ね」
「わたしそういうのは良くないと思う。もっとお外にでて体を動かさないと健康に良くないのね」
 トリステイン魔法学院でも余り人の訪れる事の無い一角で、柔らかな日差しの下語らう少女と竜の姿があった。ルイズ・フランソワーズとシルフィードである。
 
 先日の事――。
 ルイズとキュルケに韻竜だとばれてしまったシルフィード。タバサにとっては少々厄介な事態と言えたこの出来事であったが、当人であるシルフィードには嬉しい誤算が待ち受けていた。
 
「今後は絶対に人前で喋っちゃ駄目。絶対に駄目」
 きつめの口調でそう念を押すタバサ。一見何時もと変わらぬ表情のようであったが、シルフィードにはきっちりと怒りの様相が見て取れた。
(ひええ、お姉さまがお怒りになってる)
 彼女が怒るのは非常に珍しいので、その様子にシルフィードは肝を冷えあがらせる。
「でも、あの二人の前でだけなら喋っても良い」
 怒られておちこむシルフィードだったが、続く言葉に一瞬で天にも舞い上がらんばかりの気持ちになった。彼女は元々おしゃべり好きだ。本当ならば色々な人とお話してみたいと思っていたのだ。しかし彼女が韻竜であるというのは絶対の秘密であった。それが白日の下に晒されたとするなら、彼女自身の身を危うくする。その事を敬愛するお姉さまから聞かされた為渋々口を噤む事となったのだ。しかし欲求とは抑え難いもの、無理をする日々は少しづつ彼女にストレスを与えていった。
 ――やっぱり一杯誰かとお話したい!
 そう思っていた所でのこの事件。結果的には棚から牡丹餅、まさに天からの恵みに等しかった。
 一方のタバサも、ほんの少しばかりの安堵を得ていた。伊達に韻竜の主をやってはいない、彼女だって自らの使い魔の心情位容易に察していた。かと言って余り頻繁に構ってやる事は出来ない。そんな中で起きた偶然が、丁度良い方向に作用してくれそうだと思ったのだった。
「もし良かったら、話し相手になってあげて」
 そのようなお願いを、ルイズとキュルケの二人にしてみた。
「きっとあの子も喜ぶ」

 シルフィードとキュルケもうまが合ってすぐに仲良しになった-お姉さまのお友達であるからして、シルフィードの印象も良かったからだ-が、意外にもルイズとはさらにうまがあった。無口な主人を持つシルフィードと物言わぬ使い魔を持つルイズ、ある意味似たもの同士の二人は何処か共感めいたものがあったのだろう、すぐに打ち解けて仲の良い友達となった。お互い話し相手に飢えていたというのも、大きな理由の一つであったのかもしれない。
 ルイズは暇を見てはなるべくシルフィードの元へ向かうようになった。ルイズにとってシルフィードは実に話し易い相手だ。自分をゼロと蔑んでいた訳でも無い、つまり色眼鏡で彼女を見ない。純粋な行為で接してくれる。それがとても嬉しかった。
 今日もルイズはシルフィードとお戯れ中である。なるべく人が来ないような所で談笑する様は年頃の男女の逢引にも似た様相があった。ちなみに人が近付くとどうやって察知してるのか知らないが本がくるくる回って教えてくれる。本当に主人思いの使い魔ね、とルイズは自身の使い魔への親愛の情を深めていた。
 ちなみに今日はシルフィードの背中に乗せて貰ってのお喋りだ。厚い鱗の下からほんのり伝わる体温と巨大な生物故の緩やかで大きな息遣いがなんとも心地良い。
(やっぱり竜の使い魔も凄いわね……)
 竜と言えば使い魔の華、やはり少々羨望の念を持ってしまうルイズだった。

「そういえばルイズさまの使い魔ってご本なのよね。お姉さまも本が好きだからルイズさまの使い魔も気になっているかもしれないわ」
「そう? タバサは本が好きじゃなくて本を読むのが好きなんだろうから、こんな風に読めない本は特に興味無いんじゃないかしら」

 ぱらぱらと己の使い魔を捲る。やはり何度見てもその内容は奇妙だと、今ですら思う。それになんだか呼び出した当初と内容が微妙に変わっているような気がするのだ。勿論文字が読める訳では無いから確実に変わっているという確証は無い。しかし微妙に頁構成が変化しているとルイズには思えた。それが本自体の振る舞いの変化と関係しているのだろうと言う事はなんとなく察しはついたが、何故このような事が起こるのかは謎だった。
 
「シルフィこんな風に空に浮かぶご本なんて見た事無い! とっても不思議でとっても素敵な使い魔、ルイズさまは凄いのね」
 なんだかとっても気恥ずかしい。ルイズの頬がちょっとだけ朱に染まる。自分を褒められる事も滅多に無かった-昔の話で、今は逆に羨望される事も多い-が、使い魔を褒められる事はもっと無かった。いや、シルフィードが初めてじゃないだろうか。
(これは……自分が褒められるより嬉しいかも)
 親が子を褒められた時の気持ちはこのようなものかもしれない、とルイズは想像した。やはり自慢の使い魔を褒められるのは単純に嬉しい。
 本もその言葉に喜んだのかシルフィードの回りを嬉しそうに飛び回る。シルフィードはその姿をみてさらにきゅいきゅいと声をあげて喜んだ。とても奇妙な使い魔同士の触れ合いに、微笑ましい気持ちになるルイズだった。
「まあわたしの自慢の使い魔だからね、品評会でもシルフィードには負けない自信があるわ。とっておきの趣向も用意してあるしね」
 そう言ってからルイズは気付く。
「あなた達、品評会の練習って全然してないんじゃない?」
 ここ数日の様子を思い返してみてもそのような素振りがあった記憶がまったく無い。タバサは図書室で本を読んでいる事が殆どのようだし、シルフィードの様子は言うまでも無い事だ。実は影でこっそり練習でもしているのだろうか?
「きゅいきゅい! そうなの、聞いて欲しいのルイズさま! お姉さまったら全然わたしと遊んでくれないのよ! 他のみんなはあんなに楽しそうにしてるのにシルフィだけ仲間はずれ! とっても悲しいの」
 残念そうにうなだれるシルフィードの様子に、それは無いと自分の考えを否定した。
「韻竜だって事を抜きにしたってシルフィードは立派な風竜ですものね。下手な小細工は無用って判断したのかしら?」
 竜を喚んだ、ただそれだけで非凡ではない事の顕れだ。今回ばかりは他の者達では太刀打ち不能だろう。
(まあ、わたし達位ね、対抗出来るのは)
 本気でそう思っていた。ラ・ヴァリエールの意地っ張り精神は伊達じゃない。
 しかしシルフィードはふう、と大きな口で溜息をついた。
「そんなんじゃないのね。お姉さまは全然品評会とか言うの興味ないみたい。わたしもそんなの興味ないけど、せっかく一緒に遊ぶ機会が増えると思って期待してたのに……」
 ここ数日で、シルフィードはタバサの事が大好きなのだと良く理解出来たルイズにとって、彼女の落胆振りは同情に値するものであった。確かにタバサの性格を鑑みれば品評会が眼中に無くてもおかしく無い。
 ルイズはタバサと大して付き合いが深い訳では無いが、フーケの一件で行動を共にして以来それなりに縁が出来た為か、おおまかな彼女の人となりは判った。
(わたし達とは、根本的に違う所を見てる娘なのよね)
 他の大多数の生徒達のように、学院生活を謳歌しようなどとは露ほども考えていない。常に貪欲に知識を溜め込み、腕を磨く。その繰り返しで日々を埋めていく、そういう生き方をしている。それはまるで刀剣を鍛える様のように、自らを叩き、堅く鋭く磨き上げていく。彼女は剣にして鍛冶工、ただひたすらに己を高め行く鋼の意思を持つ存在。
 彼女には何か目的がある。おそらく命を賭けるべき悲願にも類する切なる何かが。そうでなくては、人はあそこまで真摯に生き続ける事は不可能だ。
 そしてそれに関わらない一切の出来事には興味が湧かないのだろう。彼女の進むべき道には品評会等という行事は含まれていない、故にどうでも良い事なのだと考えている。それがルイズの見立てだった。
 
 つまり無駄を好まない性格なのだろうが、そうとは言えもう少し自分の使い魔に気を使ってあげても良いのではないかと思ってしまう。シルフィードは快活でおしゃべり好きだ。確かに過不足無い程度の触れ合い-きちんと本人の意向と栄養状態を考慮した食事を手間を掛けて用意したり、細めに体を拭いてあげたり、きちんとした世話はしているのだ、タバサは-はあるのだが、シルフィードが一番求めているのは大好きなお姉さまとの触れ合いなのだ。沢山話をして、沢山触れ合う。一番欲しているものが与えられていないのは辛い状態だ。例え他が満たされていたとしても、真の満足は得られないのだから。
 
 シルフィードの広い背中でごろりと寝転がりながら、
「なかなかままならないものね……」
と呟く。どうにかしてあげたくてもこればかりは他人が口を挟む問題では無い。メイジと使い魔の関係は相互の間で築くもの。門外漢が下手に手を差し伸べるというのは無粋の極みであろう。

 視界一杯に広がる空の中、己の使い魔が浮いている。
 私はどうなのだろう? そう自問する。最近はなんとか意志めいたものが判りかけてきたので多少の意思疎通は行えていると感じてはいるが、言葉を交わせる訳でも無いこの主従関係、本当にこの子の望む事をして上げていられるのだろうか? そう不安になるルイズ。
 彼女の使い魔も相当に人懐っこい、そこがシルフィードとだぶる。もしかしたら、もっともっとコミュニケーションを求めているのかもしれない。でもどうやってそれをすれば良いのだろう?

「あらお二人さん、あんまり元気なさそうじゃない?」
 不意に掛けられた声に、反射的に身を起こす。シルフィードも僅かに体を揺らしたのを感じた事から、彼女も驚いたらしい。
「キュルケさま! こんにちわ!」
 こんな所に一々来る者など限られているし、本が反応もせず素通りさせる者などルイズを除けば二人しか居ない。
「こんにちわシルフィード。ついでにルイズも」
「わたしはついで扱いか」
 元気良いシルフィードの挨拶に、キュルケはにこやかに手を振って応える。ルイズについてはとりあえずついで扱いらしい。
「随分と辛気臭い顔していたわよヴァリエール? 悩むなんてらしくないじゃない」
「ちょっと主従関係について思いを巡らせていただけよ。思ったより難しいんだなあって」
「ふうん」
 ルイズの言葉に何か思わされる所があったのか、キュルケも思案を巡らせ始めた。
「使い魔召喚の儀式からそろそろ2ヶ月経つものね。色々思う所も出てくるわよねえ」
 一月や二月も経てばお互いの事が段々と判ってくる頃だ。そして関係性の馴れが色々なトラブルを引き起こす頃合でもある。
(こういう時期に品評会、って言うのは良く考えられているわよね)
 主従一丸となって一つの目標に向かって努力する、その事に因ってお互いはより強く結びつく事が出来るだろう。もしお互いの関係が上手く行っていなくてもその改善を促す事になり、仲の良い主従であるならより一層絆を深めるのに役立つ。傍目から見ている分には単なる学校行事でしか無いと思ったものだが、当事者になるとその有意義さが良く判る。流石良く考えられているのね、とキュルケは関心した。

「ところでルイズ、あんたの使い魔ってまだ名前決めてないんでしょ? まず悩むも何もそれからじゃないかしら」
「そう、なんだけどねー」
 未だルイズは己の使い魔の事を「本」と称している。これは傍目から見ると実に奇異だ。使い魔の事をかなりお気に入りなのは誰の目から見ても明らかであるというのに、名前すら付けていないなどと言う事は普通では有り得ない。契約が為された使い魔に対し主人が先ず行うべきは命名である。名をつけるという行為によってメイジは自らが主人である事を示す。そしてその名を以って使い魔は使い魔として初めて成り立つのだ。それを怠るなどメイジとしては失格だ。
 勿論ルイズは必死に名前を考えた。己の使い魔に相応しい、他のどの使い魔よりも素晴らしい名前をつけようと、自らの知恵と知識の全てを動員し考え抜いた。しかし幾つか候補が浮かぶ度、心のどこかで声が聞こえるのだ。これは違う。こんな名前じゃない、と。
 この本を表す本当の名前、その存在の全てを秘めた真実の名、それは既に存在するのではないか? そしてその事を何処かで理解してるから、どうしても名前が付けられないのではないか?
 もし名前を無理に付けるような事をしてしまったなら、それはこの本の存在そのものを穢すような気がする。そしてそれは、主として決してやってはいけない事だ。
(わたしがするべきなのは名前をつける事じゃない。名前を探し出す事なんだ)
 それで良いんだ、とルイズは思う。形式よりも、大事にしなければならない事があるなら、それを大事にするべきなのだ。それこそが、信頼というものの礎となるのだから。

「そういうあんたこそ、品評会の準備はどうなのよ」
 今の話題をあまり続けられても答え様が無いので困るルイズはそのように切り替えした。キュルケもまた余り品評会に熱心であるようには見えない。
「私達は完璧よぉ。当日はフレイムの華麗な火捌きをとくとご覧あれ」
 ふふん、と得意気な様子のキュルケ。隠れて練習でもしているのだろうか、相当に自信があるようだ。
「可哀想に……どんなに頑張ったってわたし達には敵わないのに」
 それに対するルイズは心底同情しているようだった。こちらもまた自信満々であった。
「ふふふふふふふ」
「ほほほほほほほ」
 シルフィードには、二人の間に火花が散っているように見えた。ヴァリエール家とツェルプストー家、長い因縁が血に刻まれているのであろうか、お互い視線を激しくぶつけ合いながら一歩も引く様子は無い。
(二人とも仲良しみたいに見えるのに喧嘩が多いのね。とっても不思議)
 韻竜である彼女にとって、二人の関係は不可思議の一言。最も世の中には「仲が良いほど喧嘩する」という言葉もあるのだが、人間の格言などまったく知らないシルフィードには実に奇妙な関係に映るのだった。
 興味深げに様子を見守るシルフィードの目の前で、二人が生み出す喧騒はだんだんとエスカレートしていく。馬鹿馬鹿しい程単純な罵りあいから遂には杖を振り出して、ルイズはゴーレムを作り奇妙なポーズで威嚇させ、キュルケは火球を宙に湛え今にも放たれんとした様相だ。
 流石にここまでエスカレートすると不味い。シルフィードは声を張り上げる。
「こらー! 喧嘩は駄目ったらだめー!」
 こうやって喧嘩の仲裁をするのは何度目なんだろう? 正直ちょっと疲れるけど、でも楽しい毎日。
 それが、あの日から手に入れたシルフィードの新しい日常であった。
 

 ――そこは、まるで地獄だった。
 美しかった花畑は紅蓮の炎の糧となり、ごうごうと命を燃やしていった。空は一面戦艦に埋め尽くされ、地を埋めるのは死に絶えた骸の山であった。その中を彼女は歩いてゆく。双眸からは止め処無く涙が零れ落ちるが、拭う事はしなかった。むしろ全てを流しつくさんばかりの勢いで、泣き叫んだ。そうでもしなければ、悲しみの前に胸が張り裂けてしまいそうだったから。
 彼女だけでは無い。皆が涙を流し、悲しんでいた。子供が事切れた親に縋りついて泣いていた。恋人を失った若者が慟哭していた。老夫婦が、己より先に死んだ子の不幸に涙していた。そこには、悲しみが満ちていた。
 彼女もその手に骸を抱えていた。既に力なく四肢は垂れ下がり、嘗て目に湛えられていた美しい光は失われていた。その胸に開けられた痛々しい穴からは止め処なく血が溢れ、赤く大地を染めていった。
 空の戦艦から放たれる砲撃が地を穿ち、揺らす。それに呼応するように無数の竜が暴れ周り、炎の息吹が全てを焼き払ってゆく。目を覆わんばかりの蹂躙がここにはあった。
 まさに、ここは地獄だった。
 
 ――どうして。
 彼女は天に叫ぶ。
 ――どうしてこんな事に。
 天は、何も応えなかった。
 
 
 そこで、目が醒めた。
 息は激しく乱れ、夜着は汗を吸いぐっしょりと濡れていた。
 ここの所はずっと安眠していただけに、この悪夢の訪れはルイズの心を激しく乱した。
「こんな良い日に、最悪の目覚めなんてね……」
 皮肉な巡り合わせに苦笑する。今日はアンリエッタ王女殿下がこの魔法学院を訪れる日だ。真に目出度い良き日であるはず、それなのに体は震え、悪寒が駆け巡る。ぎゅっと両手で己の体を抱きしめた。少しでも早くこれが収まるようにと。
 幾らばかりの時間が経っただろうか、やがてその心は平静を取り戻す。
 最悪の、夢だった。きっと今までの人生の中でも屈指の悪夢だっただろう。夢の中で感じた恐怖も悲しみも生々しく、彼女の記憶に刻まれている。本当に夢であったかと疑いたくなる程に、現実感が溢れていた。

 ――夢は、時にその人の未来を写す鏡となる。
 
 そんな格言が思い出されてしまった。
(そんな訳、無いわよね)
 あのような凄惨な状況がこれから訪れるなんて、あるはずが無い。ちょっと疲れていてたまたま夢見が悪かっただけなのだと己に言い聞かせる。
 
 本が、心配そうにルイズの周囲を回る。
「ありがとう、大丈夫よ」
 それでも尚、本は心配そうに回り続ける。微妙にその軌道が安定していないあたり、本もまた動揺していたのかもしれない。
 その様子を見て、段々と和やかな気分になってきた。
「さあて、気分を入れ替えて……今日は特に身嗜みに気を使わなくちゃね」
 王女殿下の手前、ラ・ヴァリエール公爵家の娘が無様な格好をする訳には行かないのだから。
 ――まずは水浴びでもしてこなきゃね、こんなに汗だくじゃ。
 今日のルイズの朝は、大分慌しくなりそうな気配だった。
 

 魔法学院の正門から本塔の入り口までの間を埋め尽くすように、学院の全ての貴族達が整然と並んでいた。彼らは門から本塔入り口までの道を形作る生け垣そのものとなり今かと王女の来訪を待っていた。
 
「なんか面倒ねぇ」
 退屈そうにキュルケが呟く。トリステイン国民ならば皆が敬う王女殿下であったが、ゲルマニア出身の彼女にしてみればなんら関係の無い事であったからだ。
「アンリエッタ姫様はトリステインの華なのよ。あんたなんかよりもずっと綺麗で清楚で可憐で、それはもう素晴らしいお方なんだから」
 むう、とむくれながらルイズが口を挟む。生粋のトリステイン貴族としては見過ごせない態度だ。
「絶対にあたしの方が美人だと思うけど」
 ルイズの言葉もなんのその、さらに気だるそうにするキュルケ。こうした形式ばった行事は苦手な性分なのだ。だって、めんどくさいし。
 
 やがて、蹄が奏でる軽やかな音が聞こえ始めた。一堂の間に緊張が走る。いよいよ王女殿下がやってくるのだ。
 門を潜り現れたのは、金銀にて彩られた豪華な四頭立ての馬車であった。それを引くのは美しきユニコーン。四方を魔法衛士隊に固められ、ゆっくりと魔法学院の皆々の前に姿を現した。
 それに呼応するように居並ぶ生徒達が一斉に杖を掲げた。その音が歓迎の音曲の如く広場に鳴り響く。
 
 馬車が止まると、召使達が本塔の入り口まで緋毛氈素早く敷き詰めてゆく。
 そして、アンリエッタ王女が皆の前に姿を現した。気品溢れながらもやわらかさを感じさせる表情、整った顔立ち。風評に恥じぬ美しさに、生徒達の間から歓声が上がる。
 王女はそれに笑顔を浮かべながら手を振って応えた。さらに歓声は大きくなる。
 
「やっぱりあたしの方が綺麗じゃない」
 熱狂の中、キュルケは一人冷めていたが。
 またヴァリエールの小言が飛んでくるかな?と身構えていた彼女だったが、何も起こらないので拍子抜けする。
(絶対に突っ掛かってくると思ったのに)
 怪訝に思ったキュルケは、横に居るルイズの顔を盗み見た。
 そこに有ったのは、意外にも歓声も上げずに真剣な表情で王女を見続ける彼女の姿であった。
 
 皆に笑顔で応えるアンリエッタ王女の顔に影があると、それを見抜いたのはただ一人、ルイズ・フランソワーズだけであっただろう。華のような笑顔の中に、潜む煩懊がある。彼女にはそれが判った。いや、彼女だけがそれを知る由を持っていたのだ。
 ――何か、お悩み事でもあるのかしら?
 今の王女の表情は何かを必死に覆い隠しているようだと、その様がさらにルイズの心配を掻き立てるのだった。


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