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夜天の使い魔31話

 ガリアの王が代替わりを果たした時あたりからだろうか、彼女は何時の間にかそこに居た。決して表立って姿を現す事はしなかったが、ある時は無能王とチェスに興じる姿を側近達に目撃され、またある時は一人世闇に包まれた庭園の中を行く姿を目に留まらせた。彼のヴェルサルテイル宮殿に足を運ぶ者にとって、彼女の存在は既に当たり前のものであった。
 しかし、それにも関わらず――彼女と言葉を交わした者は誰一人として居ない。いや、居るとしたらそれは彼女と親交を持つであろう無能王ジョゼフただ一人。
 確かに皆が目にしているのに、誰もが居ると確証するのを躊躇ってしまうかのような希薄な存在感を持つ人物。宮殿の人々は何時しか彼女を、畏敬と恐怖を入り混じらせながらこう呼ぶようになった。
 ――魔女、と。


 しかし他人にどう呼ばれているかなどと、その魔女本人にとってはどうでも良い事だった。彼女は元より他者の風聞等さして気にしない女性であった。彼女の頭にあるのはただ一つ、己の宿願を成就させる事のみ。それ以外の事象など塵芥に等しかった。

 時はルイズ達がオルレアン邸を訪れるより遡り、タルブ会戦が終了して間も無い頃合。トリステインでは未だアルビオン軍侵攻の恐怖から覚めやらぬ時期であったが、ハルケギニア随一の大国ガリアではそんなものはなんの関係も無く穏やかに時を刻んでいた。首都リュティスの人々の口には噂話としてタルブ会戦が語られるものの、その言葉の端々にだからどうした、という気持ちが込められているのは明白であった。例え隣国が攻め込まれようとこの強国にとってはなんの関係も無い事であるからだ。それに万が一トリステインが破れ、調子に乗ったアルビオンの有象無象が攻めて来ようとやはり人々は慌てなかっただろう。ガリアの国土はトリステインのゆうに10倍以上、国力もそれに比する。多少アルビオンが力をつけた所で精強なるガリアの軍勢の前では捻り潰されるのがおちだからだ。故にこの戦いは人々にとって脅威としてではなく、むしろ退屈な日常に生じた絶好の刺激として好ましく語られる事になったのだった。
 王宮で政務に関わる者にとっても大体は同じような捉え方であった。例え攻めてこようと軽く追い返せるだけの国力を保持しているのは明白であったし、そんな事よりも不安定な内政――無能王を快く思わぬ者には事欠かないのがこの国の宮廷である――を安定させる為に外敵よりも内部に目を光らせていなければならなかったからだ。表向きは誰もがジョゼフに恭順の意を示しているが、影で故オルレアン公を慕う者は未だに少なくない。彼らはジョゼフを簒奪者と見なしている。隙あらばその王座を奪い返そうと目論んでいるに違いない、それがジョゼフの側近達の意見であった。彼等にしてみれば異国の戦場などよりもこの王宮こそが戦いの舞台だ、と言いたいに違いない。
 しかし、このガリアでただ二人だけ、この戦いを深刻に受け止めている者が居た。
 一人はガリアの頂点に君臨する「無能王」ジョゼフ。
 そしてもう一人が彼の「魔女」である。
 特に彼女にとって先程の戦いが生み出した結果は頭痛すら感じさせるものだった。

 グラン・トロワの奥深く、薄暗い一室で無能王とチェスを刺す彼女の表情は苛立ちを隠そうともしない険しさを映し出しており、その眼光はそれだけで人を射殺してしまうのではないか、という程に猛っていた。
「貴方にとって予測を超えた事態というのは娯楽の一つなのだと理解はしているけれど」
 盤面と駒が奏でる軽い音は何時もより僅かに大きく、また勢いがあり、表情に劣らぬ程の険が指し手に籠められていると言外に語っていた。
「どうやってこのシナリオを修正するつもりかしら? アルビオンを駒としてトリステインを併合。その後に彼等を尖兵として共にロマリアを落としそのまま『聖地』へと赴くのが筋書きであったはず。そう、このようにね」
 魔女の指し手がジョゼフを追い詰める。チェック。
「流石は魔女だ、一度刺した手は全て記憶し、通じはしない。チェスで遅れをとりそうになる相手はこれで二人目だな」
 しかしジョゼフはそんな魔女の苛立ちをものともせぬように、笑う。
 無能王の手が軽やかに盤面を撫でる。洗練された動きと共に繰り出される手は、魔女ですら凌駕する奇手であった。
「一見行き詰まりを見せたように見える局面でも、見る者が見ればこのように抜け道はあるものだ。そうだろう?」
「ならば聞かせて貰えないかしら、貴方の次の手を」
 再び魔女の駒が盤面を叩く。先程よりもまた幾分か強めに。
「あのレキシントン号に積んだ魔力砲門を失った失態を取り戻せるだけの妙手をね」
 神聖アルビオン王国の旗艦・レキシントン号に積み込まれていた主砲は彼女にとっても虎の子の一つ、砲撃型巨大傀儡兵――彼女が設計した魔導兵器――の砲門を転用したものだ。大型傀儡兵には砲門が二門備え付けられていたが、一門はレキシントン号に、もう一門は現在開発を進めている大型戦闘用ゴーレム「ヨルムンガンド」へ搭載される砲門設計の過程で失われていた。つまり、もう換えが無いのである。もう一度作ろうにも材料も機材も揃っておらずこのハルケギニアの大地で再生産は不可能。これを失ったのは彼女にとっては実に手痛い出来事であったのだ。怒りを覚えるのも当然だろう。
「そう怒るな、我が魔女よ。あの敗戦を痛手と感じているのは我が身も同じ」
 些か痛快ではあったがな、とジョゼフは一人ごちる。
「しかしだな、まったく無駄であった訳ではないぞ。彼の戦いの結果、思わぬ相手が餌に食いついてきた。釣り上げた稚魚をさらなる餌とし新たな獲物を釣り上げるとしようではないか」
「狙う獲物は何なのかしら?」
 駒を進め、彼女は静かに問う。
「もちろん、お互いにとって今最も大きな関心を寄せる対象に決まっている」
 冷笑を浮かべながら、ジョゼフはゆっくりとクィーンを進め――。
「もう一人の魔女、あの翼をもった少女だよ」
 チェック・メイト。
「どうだね、このゲームはこれで決まりでは無いか?」
「そうね。やられたわ……色々と」
 魔女の言葉に満足したのか、ジョゼフは満足気に肯くと軽く手を叩く。その音に答えてか、程無くして小姓がやってくると、机に手早くティーカップを並べ、茶を注いだ。
 二人は暫し無言で茶を楽しむ。それは傍目からは勝負の余韻に浸っているように見えただろう。しかしこの二人にそんな物は存在しない、と知っているのはお互いだけだった。このような余興如きでそのような物に身を浸らせる訳には行かない。真の遊戯――いや、全てを賭けた闘争――は未だ継続中なのだ。二人が出会ったその時からずっと。

「それで」
 沈黙を破ったのは魔女の方からであった。
「具体的にどうするのか聞かせて貰いましょうか?」
「ならばまずは一度現状整理と行こうではないか」
 ジョゼフは片手で駒を弄りながら、言葉を続ける。
「まず我等が手駒神聖アルビオン帝国。先の戦いで航空艦隊の半数以上を失い、攻め手としては大きく力を削がれた形だ。正直な所利用価値は随分と減ってしまったな」
「まったくもってその通りよ」
 彼女は深く深く溜息をつく。
「彼等の存在は盛大なデコイにして有用な矛であり盾だった。それを失った今計画は変更を余儀なくされている。それは言うまでも無い事ではなくて?」
「確かに捨て駒としての価値は減じてしまっているが、囮としての力は未だ顕在だ。神聖アルビオン帝国有る限りハルケギニア中の国がその動向に釘付けになっている事は疑いようの無い事実だ」
 虚無を使うと称するクロムウェルが率い、始祖ブリミルが打ち立てた王権打倒を掲げるアルビオン帝国の動向は、事にブリミルと所縁深いトリステインとロマリアにとって目の離せないものであるだろう。また新興国であるゲルマニアにとっても、彼の国がどのような利用価値を持つのか興味は尽きないはず。
「本来想定した使い方は出来ずとも、まだまだ使える駒である事に変わりは無いさ」
 神聖アルビオン帝国建国には随分と労力を使ったのだ。役に立って貰わなければ困る――声色にはそのような感情が含まれていた。

「さて次はトリステインだ。形式上戦勝という事になってはいるものの……実状としては内憂外患、基盤はがたがただ」
「航空艦隊の全滅に加え、ゲルマニアとの同盟破綻」
「その通り。しかもゲルマニアとの同盟破棄の原因を巡り宮廷では喧々諤々のやり取りが終わる事無く繰り返されているそうだ。外の脅威を退けた次は身内で罵りあいとは、トリステイン貴族は諍い好きと見える」
 ジョゼフが皮肉り笑うのも無理は無い。アルビオン帝国を退けたとはいえその脅威は未だ去ったとは言い難く、にも関わらず国の危機も省みず貴族達は結論も出ない議論ごっこに熱を上げているのだ。俺が無能なら奴らは正真正銘の馬鹿だろう、そう思わずにはいられなかった。
「この通り、今のトリステインには国を纏める事が出来る強い王が存在しない。唯一奮闘しているのがやり手と目されるマザリーニ枢機卿だが、政治的手腕はあっても人を惹き付ける魅力には欠けている。今のトリステインは砂上の楼閣そのものよ」
「貴方の放った毒が、良い頃合に作用した結果かしら」
 魔女の示す毒とは、たった一枚の封書だ。取るに足らない少女がしたためた、淡い想いを乗せた文。それが国をも侵す劇薬となり今トリステインを襲っている。
「ブリミルに因る者どもが、ブリミルの教えにより窮地に立たされる」
 茶を一口飲み下した無能王の口から、くく、と堪えきれぬ声が漏れ聞こえる。それは絶えぬ愉悦か、尽きぬ歓喜か。
「実に、実に痛快だ」
「ゲルマニアという国の動向はどうなのかしら?」
「今の所は静観を見せているようだ。あそこの皇帝は元々欲深い。幾らでも介入を拒むやり方はあるだろうよ。一見大駒に見えるが、一先ず無視しても構わん」

「なら南のロマリアはどうかしら。この国の動向は我々二人にとって実に重要な位置を占めている」
「奴らか」
 にやり、とジョゼフが唇を歪める。
「お高く纏まっているかと思いきや、何に痺れを切らしたのか知らんがこちらに接触を図ってきた。しかも秘密裏に、だ」
 魔女の瞳に宿る光が、僅かに強まった。
「それは私達が仕立て上げた囮に食らい付いたのか、それとも」
「例の魔女に食らい付いたか……か? 時期的に見て後者だろうな」
 「羽を持った少女が、恐るべき力でアルビオン艦隊を殲滅した」、そんな夢物語のような話は広く流布していなかった。当然だ、余りにも馬鹿馬鹿しい話なのだから。ラ・ロシェールへと従軍した者の幾人かはその光景を目撃していたが、故に吹聴して回る事も無かった。しかし、ほんの少しづつ、酒の席の冗談等でその話は人を伝って行った。水が土に染みこんで行くように、少しづつ、確実に。
 また一方でこの話は形を変えて広まる事となる。曰く、「見たことも無い奇跡のような魔法で、アルビオン艦隊が全滅した」と。
 それもまた、広く語られる話ではなかったが、こちらの方は先程の真実に比べれば大分多くの人々が知っていた。ラ・ロシェールの上空に現れた黒い太陽の姿は近隣の住人達全てが目撃していたのだから。
 このような些細な噂話から、ロマリアはおそらく真実を、あの戦いで何があったのかの詳細を手に入れたに違いないとジョゼフは読んでいた。
 ハルケギニア中の寺院を束ねるロマリアには、それを利用した独自の情報網が有る。世間一般に流布していないような情報であろうと、何処からか手に入れてしまうのだ。この大地の人々に深く根ざすブリミル信仰、その頂点に君臨するのが彼等ならば、頑なな人心を溶かす事も容易い。如何なる秘密であろうと、彼等の前には存在しないも同然なのだ。
「虚無の担い手が現れつつあり、未知なる魔法、とくれば虚無を疑うのは道理。そしてその情報を集めるものまた道理。そしていざ情報を集めてみて出てきたのがあれだとしたなら、連中はさぞや慌てている事だろうな」
「その口ぶりからすると、彼女の力よりも彼女の存在そのものを彼等は重要視しているように聞こえるのだけれど?」
 魔女はロマリアが動きを見せたのはその強大な力故にと考えていた。6000年間牛のような歩みでほぼ停滞を見せていたハルケギニアの魔法より戦乱の中磨かれたベルカ式魔法の戦闘能力は桁違いに高い。こと一対一の戦闘に於いては多次元世界に渡り最高峰と呼ばれた文明の戦闘魔法を備えているのだ、そもそも勝負になるという前提が間違っている。そのような力を前に脅威を感じたのだと考えたのだが、ジョゼフの語り口はそれを否定しているように聞こえた。
「奴等にとって、真に恐ろしいのは力の強弱などでは無い」
 ジョゼフはそんな魔女に、語り聞かせるように言葉を紡ぐ。
「恐れているのは、伝説の崩壊だ。何物をも凌駕する虚無の魔法を用い、強大な力を備える使い魔を従えた伝説のメイジ、ブリミル。それを崇拝する事により維持されてきたこの社会の秩序が崩壊する事を、何よりも恐れているのだ」
 ハルケギニアの大地に住まう者全ては、ブリミルの影響から放たれる事は無い。王であろうと、平民だろうと、誰一人の例外無く。その事を一番痛感しているのは、他ならぬジョゼフだろう。
「クロムウェルの出現は、奴等に疑心を与えはしたが恐れるものではなかった。出自こそ不可思議なものの、使う魔法は虚無そのものだからな。アルビオン王室が滅んだ事に対する焦りが見えてこないのも、クロムウェルが真の担い手ならばそれで良し、と考えているからに他ならぬ。連中にしてみれば虚無の担い手が揃いさえすれば良いのだ。人が死のうが、王権が途絶えようが塵芥、結果的に担い手さえ見出せればな」
 だが、と彼は語気を荒立てる。
「あれは、あの『魔女』は、奴等にとって真に恐怖の対象だろうよ。系統魔法でも先住でも無い、伝説の虚無ですら無い新たなる魔法の担い手! 虚無の復活を嘲笑うかのように現れた伝説の簒奪者。さしずめロマリアにとってはエルフどもの言う悪魔、シャイターンに相違無い存在だ」
「あら、怖いわね。なら私もせいぜい目を付けられないようにしておかないといけないわ」
 魔女にしては珍しく、冗談めいた物言いだったが、それは裏返せば自分の存在は決して気取られる事が無いという自信の表れでもあった。
 しかしジョゼフの方は魔女とは裏腹にやや真剣味を帯びた視線で「そうだ」と一言返す。
「アルビオンという盛大な囮を作り上げたのもその為だ。万が一にも我々の動きは気取られてはならぬ。寺院の形を取り社会基盤に根付くロマリアの勢力は敵に回すと厄介だ。負けはしなくとも、勝ちを狙に行くのが難しくなるからな。連中の目は他所に向けておくのが肝要だ」
「なら彼女の存在は実に都合が良いとも言えるわ。二枚仕立ての目くらましがあるのなら、こちらの動きも寸での所まで気取られずにすむでしょう」
「その通り。そして折角興味を見せてくれているのだ、せいぜい働いて貰おうではないか。彼の魔女を排除するにしても、引き入れるにしても、何れの場合でも役に立つだろう」
「ふうん、それが貴方の次の手?」
「ロマリアに限らず、彼の存在に目を向けなくてはならないのは我等も同じ。なら早めに対応しておくに限る。何しろ本来なら盤上には存在しなかったはずの駒だ、その存在を見極めておくのは有用であろう。勿論、それに止まらず……」
 ジョゼフは手で弄り回していた駒の一つ、ルークを盤上に立て――。
「本来取るべきはずだった駒も戴くがね」
 それを軽く指で弾いた。城の形を模した駒は彼の指に逆らう事も出来ずに倒れると、ころころと円を描き盤上で踊る。

「さて最後に我が方の状況を確認するとしよう。計画の進捗具合はどうなのかな、我が魔女よ?」
「虚無の方に関しては予定通りよ。むしろ早まったと言っても良いわ。あとは人員の選定さえ済めば数を揃えるのは容易な事ね」
「ふむ、流石だな」
 魔女の言葉にジョゼフは満足そうに肯く。
「問題なのは四大系統の方よ。こちらの方は思うような成果が上がっていない」
「……それは意外だな。虚無の再現すら為し得たというのに系統魔法で躓くと?」
「貴方がたにしてみれば虚無とやらは手の届かない伝説だったのでしょうけど、こちらからしてみれば難易度的にはまったく逆なのよ」
 魔女は再び溜息をつくと、苛立ちを交えながら言葉を続けた。
「貴方からのご注文は『系統魔法の個人能力の強化』だったのだけれど、はっきり言って現状が最も優れた形なのよ。私達の目から見て、系統魔法は非常に面倒な手順を敢えて踏んでいる魔法形体なの。そしてそれを貴方がたに授けたブリミルという人物は人間が限界ぎりぎりで運用出来る所を見定めスクエアという上限を設けた。これを超えて能力を発揮させる事は不可能では無いけれど、使い手の方が持たないのよ」
「その口ぶりからすると強化は成功したようだが? 身体に負担が掛かるとしても、それは想定の範囲内だと思えるのだが……」
「三日と持たずに廃人になるような兵を運用する自信があるなら、幾らでも処理に取り掛かるけれど、それで良いのかしら?」
「流石にそれでは使い物にならん。しかし三日とは随分と短い」
「言ったでしょう、スクエアがぎりぎりの線なのよ。彼の方も試行錯誤して決めた限界なのでしょう、遊びが殆ど存在しない」
「ふむ……」
「なので違う方向からのアプローチに切り替えたわ。貴方なら知っているでしょう、ヘクサゴン・スペルの事は」
「俺とて王族の端くれ、知らぬ訳が無い」
 ヘクサゴン・スペルとはブリミルの与えし三つの王権に連なる王族のみに許された特殊魔法である。二人の王族がそれぞれトライアングルクラスの魔法を用い、双方を組み合わせ強大な威力を為す。3と3を足して6、故にこれをヘクサゴン・スペルと言う。
「あれと同じ要領で、複数人の魔法を組み合わせ増強する手法を今研究中よ。実験段階では既に王家と同じヘキサゴン・スペルの再現までは成功しているわ」
「おお……」
 思わず感嘆の声が漏れる。6000年に渡る系統魔法の歴史を、この魔女は短い期間で悉く打ち破っていく。
「最終的には4人以上での複合使用による魔法運用が出来るよう改良を重ねている所よ。実現すれば普通のメイジでも先住魔法に拮抗する事が出来るようになるでしょうね」
 系統魔法で先住魔法を打ちのめすのは、ジョゼフの宿願の一つである。エルフ達が恐れる虚無では無く、取るに足らない四大系統で彼らを打ち倒す。これもまた彼の復讐の一つであった。
「ならばヨルムンガンドの方は」
「既に量産に着手しているわ。近日中に第一号が完成するはずよ」
「なんと! あとは数が揃うのを待つばかりか!」
 大型戦闘ゴーレムヨルムンガンド。ジョゼフの発案を元に魔女が作り上げた、無能王ご自慢の兵器だ。サハラ侵攻の際にも主力となると目されているこのゴーレムの完成報告に、彼は内心玩具を与えられた少年のように喜んでいた。
「でも想定よりも燃料の数が足りていないのよ。貴方の可愛い使い魔に言っておいて下さらないかしら? 余り羽を伸ばさずに少しは働きなさい、とね」
「余り我がミューズを悪し様に言わないでくれ、魔女よ」
 目の前の魔女と己の使い魔の折り合いの悪さは彼も十分に承知していた。まさに水と油、犬猿の仲と言って良い。出来ればお互い一生顔を会わせたくないと思っているに違いない。
「アルビオン王室の行動も予想外なら、彼の魔女の出現も予想外だったのだ。こればかりは、彼女の責任ではあるまいよ」
「まあ良いわ。なら次の機会にはたっぷりと確保して貰いましょう」
 ヨルムンガンドはその巨体と構造故に一体建造するのにも多大な時間を要する。材料が切れる頃には次が手に入っているだろう、と魔女は考え、一先ず追求を終わりにした。
「ところで、こちらからも聞きたい事があるのだけれど良いかしら?」
「なんだね?」
 まさか質問が来るとは思っていなかったジョゼフは、少々面食らう。彼女が自分からこのように問いかけてくるというのは非常に稀な事だ。そして次に放たれた言葉に、さらに彼は面食らう事になる。
「貴方の娘を、私にくれないかしら?」
「……なんだと?」
 ハルケギニアを掌に転がす無能王も、流石にこれには驚きを隠せない。
「あの可愛らしい建物で我侭放題やってる娘……そう、イザベラだったかしら? 彼女が欲しいのよ」
「当然、理由を聞かせて貰えるのだろうな」
「これよ」
 ことり、と小さな音を響かせそれは盤上に現れた。闇の中尚黒として認識出来るほどの漆黒を備えた小さな輝石。それは今の会話の流れから繋がりを感じさせない、違和感のある物としてジョゼフには捉えられた。
「この石が一体、どうしたと言うのだ」
「これはね、杖よ」
「杖? これがか? おれの目には単なる安物の宝石にしか映らんぞ」
 そのジョゼフの言葉に呼応するように、石が――闇の中、返す光も無しに――ぎらりと輝いた。思わぬ現象に彼は僅かに顔を歪める。
「あまり迂闊な事は言わない方が賢明よ。気難しい性格をしているから」
 気難しい、性格だと? 魔女の言葉に驚きを覚えるジョゼフは、先程から驚いてばかりだな、と苦笑した。人知を超えた人物だと知ってはいたが、何時になっても驚かされる事ばかりだ、この魔女には。
「意思と知性を備え、自ら考え、主と共に戦う杖。それを私達はインテリジェント・デバイスと呼ぶ」
「成る程、その杖を俺の娘に与えたい、そういう事だな? しかし何故」
「少し誤解があるわね」
 魔女は、静かに訂正した。
「この杖を貴方の娘に与えるんじゃない、貴方の娘をこの杖に与えるの」
「まあ、どちらでも良い事だが、まだ質問の答えを聞いてはいないぞ我が魔女よ」
「この子は私にとって正真正銘最後の切り札なのよ。誰が手にしても、貴方達にとっては望外の能力を授かる事でしょうけど……それだけでは不足。この子を扱う者は誰よりも強力な魔導師になる才覚を持つ者で無くてはならない」
「それが俺の娘だと言うのか? 奴は魔法の才など俺の次に無いような娘だぞ? とてもそうは思えない」
「それは貴方がたの基準でしょう」
 にやりと笑う女の顔は、禍々しくも美しく、まさに魔女であった。
「私から見れば彼女は輝石の原石よ。最も、彼女に匹敵するであろう才覚の持ち主は何人も居たのだけれどね、全てこの子のお眼鏡には適わなかった」
 出来ればこれで決まって欲しいものね、と魔女は一人ごちる。
「それに、想像して御覧なさい? 無能と蔑まれた貴方の、やはり無能と蔑まされるその娘が全てのメイジを超え頂点に君臨する姿を。最高の意趣返しではなくて? こう考えれば貴方にとっても悪い話では無いと思うのだけれど」
「随分と上手い言葉で誑かしてくるではないか」
 ジョゼフは笑う。暗い部屋を埋め尽くすように、彼の哄笑は残響し、辺りの悉くを支配した。
「良いだろう、くれてやる。精々有効に使ってくれ」
 尚も笑うジョゼフ。確かに傑作だ。魔女の提案は十分に彼の心を刺激し、またそれが為される時の事を夢想すると自然と笑いが零れ落ちてくる。
 しかし――そんな無能王の言葉に女は何も答えない。魔女からの返答が無い事を訝み、ジョゼフは思わず言葉を続けた。
「どうした? 望みを承諾したのだ、少しは喜んだら良いのではないか?」
「ええ、そうね」
 魔女の言葉はあからさまに歯切れが悪く、それが彼には意外だった。
「では早速貰い受けるわよ」
 そう言って彼女は席を立つ。話はここまでだ、と行動で語っていた。
 音も無く歩みを進める魔女が、その背中越しに男に問う。
「ねえ、貴方は自分の娘が可愛くないのかしら?」
 魔女の声には如何なる感情も込められてはいない。平坦に、冷たく――まるで、殊更そうであろうと装おうとしているかのような声だった。
 それに答える男の声も、また平坦だった。特に感慨も無く、当然だと言うように音は紡がれる。
「解からんな……大事だとかそうでないとか、そんな事は考えた事も無かったからな。思考の埒外であるという意味では、きっとさして重要視してはいないという事なのだろう」
「そう」
 小さな魔女の足音が、部屋に響き、消えた。
 失われたその気配に語りかけるよう、無能王は一人哀れむ。
「感傷とはらしくないぞ、魔女よ。お前も俺も、同じものだろうに」


 その日少女は上機嫌だった。
 滅多に無い父からの呼び出し。同じヴェルサルテイル宮殿に居ながら、顔を会わせる事も稀で、親子の語らいなど年に数える程しかない。そんな数少ない機会が、思わず訪れたのだ。
「ああ、グラン・トロワを訪れるのも久しぶりだ」
 お供も連れず、足取り軽やかに一人建物の中を歩く彼女こそ、ジョゼフが一子イザベラであった。普段は挑発的で生意気そうな表情を浮かべている彼女も、今日は可愛らしい笑顔で一杯だ。見る人が見れば似合わない、という感想を持つかもしれない――本人の耳に入ったならば、烈火の如く怒り狂うだろうが。
「それにしても、父上はなんだってこんな場所にわたしを呼び出したのかしら?」
 イザベラが疑問に思うのも無理は無い。彼女が言伝で父に来るよう言われたのは、グラン・トロワの奥にある一室。いつもなら美しく花々が咲き乱れる庭園で優雅な一時を過ごすものなのだが……。
 疑念を抱きながらも、少女は歩みを進める。その先にあるのが、運命の分岐点とも知らずに。

 三人目の魔女がこの大地に生まれいずるまで、あと僅か――。


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コメント
更新乙です
今回はガリアの裏事情ですか。魔女と無能王のやりとりがいい感じです
そして章題の意味、三人目の魔女はまさかのイザベラ。これは想定外でした
しかしインテリジェントデバイスですか。なんだか口振りからして只のデバイスではなさそうですが、はたして
さて、ルイズの前に立ちはだかる敵は強大ですが、どうなるのか楽しみです
by: 青鏡 * 2008/02/21 00:19 * URL [ 編集] | page top↑
更新乙
プレシアさんミョズじゃなかったんだな。
by: * 2008/02/21 23:33 * URL [ 編集] | page top↑

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