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夜天の使い魔30話

 まだ太陽も昇らぬ、早朝と呼ぶにも早すぎるような暗闇に支配された頃合にタバサは目覚めた。意識が浮かび上がる瞬間、何故だかとても切なかったような気がする。やさしくて、うれしくて、そしてさびしい。そんな感情を覚えたのは久方振りだ。それに心を囚われそうになるが――彼女は強靭な意志でそれを振り払い、冷徹なる仮面を被りなおす。私は、タバサ。主の望みを叶える為の魔法人形。躊躇いなど、微塵も持ってはならない。
 タバサは自分を抱きとめていたキュルケの腕を、彼女が目覚めてしまわないよう、静かに丁寧に己の身から解くと、音を立てないように寝台から滑り降りた。もう休息の時間は終わりだ。これからは、北花壇騎士団の騎士として任務を果たさなければならない。
 そっとドアノブに手をかけ扉を開く。僅かに軋む蝶番のか細い声だけが部屋に響き渡った。

 身支度を整え階下に降り立つと、何時よりそこに居たのだろう、既に老僕が玄関の前に控えていた。姿勢を正し、直立不動にて主を出迎える。
「お早う御座います、お嬢様。もうお立ちになるのですか?」
 青髪の少女は無言で肯く。
「ご武運を……どうかご無事で」
 その声には答える事無く、タバサは両の手で屋敷の大きな玄関扉を押し開け、進む。その後姿を老僕は静かに見送った。
 一体何度、敬愛する少女をこのように見送らなければならないのだろう、とペルスランは思った。彼の小さな少女が死地に赴くのを自分はただ見つめ続ける事しか出来ない。それがどれ程の苦痛であるか。余りの理不尽と、己の無力とがない交ぜになって彼の心を苛んだ。
 背後より、足音が聞こえる。鋭くはっきりと、広い屋敷に響き渡るように、それは次第に大きくなって行く。振り向いたペルスランがそこに見たのは――。

「まだ眠いのねー」
 気持ち良く眠っていた所を叩き起こされたシルフィードは少々ご機嫌斜めだ。霞む眼を見開いて周りの様子を見てみれば、まだ地平に太陽が顔を出し始めたような早朝では無いか。本来ならまだ夢の中に居る時分である。
 タバサはそんなシルフィードの頭をぺちぺちと軽く叩きながら「早く起きる」と彼女の覚醒を促している。
「お姉さまったら本当に横暴なんですから! こんな我侭なお姫様、シルフィ以外に付き合っていける人居ないのね!」
 ぶつぶつと文句を言いながらもシルフィードは――実にだるそうに――巨体を持ち上げる。
「うー、体が重い。お姉さま、もうちょっとだけ時間が欲しいの。先に玄関で待っていて」
「五分」
 言葉短くそう言い残すと、タバサはシルフィードが寝屋にしていた厩舎を後にする。それの様子を見ながら、幼い風韻竜はしたり、と笑うのだった。
「とりあえずこれで万事おっけー?」
 そう言って小首を傾げる先には、赤い体躯を輝かせた火蜥蜴、フレイムの姿があった。彼はそれに答えるように長い炎の舌をちろちろと揺らめかせ目を瞬かせた。おっけーおっけー。
「お姉さまは何時も一人で無茶し過ぎなのです。だから、こうした方が良いとシルフィも思うのよ?」
 ところで、とさらにシルフィは問う。
「五分ってあとどれ位待てば良いのかしら?」

 玄関の前、開けた空間に佇む二人の人影をその目が捉えた時、タバサは足を止めずにはいられなかった。彼女達はそんなタバサの心中も知らないように、気安く手を上げてのんきな声で彼女を出迎える。
「おはようタバサ。幾らなんでも早すぎじゃない、こんな時間に出かけちゃうのは」
 ふわぁ、と大あくびしながら言うのはキュルケだ。まだ半分寝ぼけているかのような顔つきで、見れば少し足元も危うい。そんな彼女を脇で――ちょっと嫌そうに――支えているのはルイズであった。
「おはよう。わたしも寝覚めは良い方だと思ってるけどね、あなたの場合は格別みたいね。いやほんと、朝早すぎよ」
 時折もたれかかってくるキュルケをてい、てい、と必死に押し返す様は実に滑稽だ。
「どうして」
 いつもと変わらぬ、簡潔なタバサの言葉。しかし今回はそこにはっきりと感情の色が見て取れた。
「そりゃあ、ね」
 キュルケが寝ぼけ眼のまま、ちょっと照れ臭そうにしながら――それでも確固たる意思を込め自分の思いを伝える。
「あの人に全部、話聞いちゃったのよね、あたし達。なら、放っておけないじゃない?」
「危険」
 タバサが突き放すように言い放っても尚、キュルケは己の意思を変える気は無いとさらに言葉を続けた。
「危険なのはね、もう慣れっこなのよ。この胸の薄いちびっ子の所為で」
 ねえ?と意地悪く笑いながらルイズの頭をぐりぐりと撫で回すキュルケ。
「薄いって言うな! ……ま、危険だから、なんて道理は通用しないわよ。あなただって散々わたしの危険な事情に足突っ込んできてたんだから、今さら危険だから来るな、なんて言えっこないのよ。あなたがしたように、今度はわたしが遠慮無く危ない事情に足突っ込ませて貰うわ。そりゃもうずっぽりと」
 キュルケの言を受けるルイズもまた、タバサの意思を受け取るつもりなど毛頭も無いようだった。
「あたし達、友達でしょ? 友達が危険な場所に赴こうとしているのに……見過ごす事なんて、出来ないわよ」
 タバサは俯き、沈黙を守るのみ。どうするべきか逡巡しているようだった。
「頑なね」
 ルイズの呟きに、あんたがそれを言うか、とあきれるキュルケだったが、確かに目の前の少女の態度は頑なであった。彼女は理解しているのだろう。ガリア王家からの任務は彼女自身にとってある種の私闘に近い。自らの目的を果たす為の手段なのだ。そこに他人を巻き込みたくない。例え言葉に出さなくても彼女がそう思っているという事は手に取るように理解出来た。伊達に付き合いが深いと自称している訳では無い。
 三人の間に沈黙が流れる中、上空より大きな羽音が聞こえる。ばっさばっさと言うその音は、彼女達にとっては馴染みの深いものだ。
「お姉さま、こういう時のご好意はありがたく受け取っておくものなのね!」
 風韻竜が焦れたように少女達に語りかける。
 その声に、諦めがついたのか――タバサは一言小さく「わかった」と告げるのだった。

「ところで、その任務の内容とやらは何なの?」
 少しづつ熱が高まる空の上、竜の背の上で涼しい風を受けすっかり目が醒めたキュルケが当然の疑問を口にする。タバサに課せられる任務は所謂「汚れ仕事」であるか「生還困難な程の任務」であるらしい。どちらにせよ、人が率先してやりたがる類のものでは無い。どうせ今回も碌な物では無いのだろう、キュルケはそうあたりをつけていたのだが――。
「吸血鬼退治」
 タバサの口から出てきたのは、予想通りとは言えやはり驚きを隠せないような、聞くだけで思わず気分が落ち込むような文言であった。
「ほんっとうにヤバい仕事が来てるのね。あんたの国、こういった事件沢山あるの?」
 思い返すと、タバサが急に授業を休んだりする割合はそれなりに高い。つまりそれだけ多くの数の任務に従事しているという事だ。
「それなりに」
 なんでもないようにタバサは答えるのだったが、吸血鬼だとかそういう恐ろしい化け物がぽんぽん湧くとは随分と恐ろしい国ね、と思わずにはいられなかった。
 一方、その会話を傍で聞いていたルイズの精神にも緊張が走る。吸血鬼。それは恐るべき化け物だ。その相手をするとなると、油断は赦されない。ぎゅっと腕の内の使い魔を抱きしめる力を強める。
『主ルイズ、質問を宜しいでしょうか』
『ん、何かしらリインフォース』
 その様子を察したのか、リインフォースが話を振ってくる。
『吸血鬼、というのはどのような存在なのでしょうか』
『そうか、リインフォースはここに来て日が浅いものね。解からない事もあるか』
『他の世界にも吸血鬼と呼称される生物は幾例も確認されておりますが、それらがこの世界に於ける吸血鬼ど同等のものであるかどうかは不確定でありますので』
 成る程、とルイズはリインフォースの言わんとする事を理解した。
『吸血鬼、って言うのはね、まあその名の通り血を吸う化け物よ。先住魔法を使いこなす恐ろしい存在。何が恐ろしいかって、あいつらは人とまったく同じ姿をしているの。人の姿をして、人の中に紛れ、狡猾に獲物を吟味して行く。頭も回るから、やつらの姦計で疑心暗鬼に陥り人間同士で殺しあったりしてしまう事も珍しく無いわ。そういった混乱の中を突いて吸血鬼は獲物を食らい、生き長らえる。本当に厄介な相手よ。また吸血鬼は血をすった相手の内一人を屍人鬼として意のままに操る事も出来る。云わばメイジにとっての使い魔みたいなものよ。先住魔法と屍人鬼、この二つを巧みに使いこなす吸血鬼は間違いなく人の天敵ね』
 尤も、そう得意気に語るルイズ自体も吸血鬼など見た事は無いのだが。
『大体は他の世界に存在する吸血鬼と同じようなものですね。やはり太陽光に弱いのですか』
『そうそう、弱点は太陽の光なのよ。……なんかリインフォースの知ってる吸血鬼とあまり変わらないみたいね、こっちのも』
『ええ、不思議な事に』
 何故でしょうね、と彼女も呟く。
『世界は違えど、このように共通したような生物が見られる事は珍しく無いのです』
 ふうん、とルイズは生返事を返す。正直彼女の言葉をきちんと理解する事は出来ない。彼女が知る世界はこの大地、ハルケギニアだけだ。数多の世界を駆け抜けてきたリインフォースとはやはり感じ方が違う。
 でも、そんな良く解からない所で感銘を受けているリインフォースの様子は素直に微笑ましかった。
「吸血鬼相手ならなんか作戦立てた方が良いんじゃないかしら?」
 リインフォース相手に講釈を聞かせている内に、だんだんとルイズの心には不安が首をもたげてきていた。こうやって思い返しても恐ろしい相手だ。無策でぶつかっても返り討ちだろう。
「その辺りは、何か考えがあるの?」
 そのようなルイズの問いに、タバサはやはり無言で肯き、肯定した。
「相手が隠れているのなら、おびき出す」
 ――おびき出す?
 その言葉に、ルイズとキュルケは同時に顔を見合わせてしまうのだった。

 サビエラ村は、ガリアの首都リュティスより遥か南東、500リーグ程離れた場所に存在する小さな山間の村であった。人口は300人今日、山と森に囲まれた静かな場所である。そのサビエラ村で最初の犠牲者が出たのは二ヶ月前の事である。十二歳の少女の死体が、森の入り口で発見された。体中の血を吸い尽くされ、その身はまるで枯れ枝のように変わり果てていた。喉には牙を突き刺したであろう二つの孔がはっきりと穿たれていた。それからも一週間おきに犠牲者は増え続け、現在その数九人。小さな山村の出来事とは言え、放置しておく事は出来ない状況となっていた。
 勿論、ガリア王室もこれまで何の手も打たなかった訳では無い。タバサが派遣されるより前に一度トライアングルクラスの手誰が吸血鬼退治の為に送られていた。しかし彼はなんの成果を上げる事無く――犠牲者の一人として名を連ねる事となった。しかもご丁寧に村の中央の広場に晒し者となって発見されて、だ。頼みの綱の王宮騎士ですらあっけなく殺されてしまった事で、村人の雰囲気にも諦観が漂うようになってきていた。
 それは、この村を取りまとめる村長の胸中も例外では無かった。白髪と白髭が印象に残る初老に差し掛かった、一人の老人。柔和であったろう表情は今は見る影も無くしぼみ、暗い影を落としていた。
 ――王宮はまた騎士様を派遣してくださるそうじゃが、どうなる事やら。
 村長は深く溜息をついた。先々週、この村に王宮騎士が訪れた時は、もうこれで何も不安に思う事は無くなるのだとそう思い喜んでいた。それがあっと言う間に殺され、無残に広場に晒される事になるとは。今度来る騎士もきっとそうなってしまうに違いない、彼はそう思っていた。
「村長さん、王宮から騎士さまが来なすった」
「そうか、来たか」
 今日明日には来ると思っていたが、随分と早いお着きだ。出来るなら、今度の騎士様は前の方よりも腕利きであって欲しい、そう願ったのだが――報せを伝えに来た男の顔色がどうにも良くないのが気になった。
「どうした、具合でも悪いのか?」
「いえ、そういう訳じゃございませんが……」
 顔色だけでなく、歯切れまで悪い。今でも村人の顔色は悪いのが常であるが、それがさらに悪化したように村長には見受けられた。
「一体どうしたと言うんじゃ。話してみなさい」
「はあ。それがですね、今度来た騎士さまが……」
 男が口を開こうとした瞬間、家の扉が勢いよく開け放たれる。
「ここが村長の家で宜しいのかしら。おほほほほほ」
 その声の主を見て、村長は男が何故このような表情をしていたのか、良く解かった。
 そこに居たのは、とても手誰とは思えぬ若い娘の騎士が一人と、お付であるだろう子供二人だった。長身で長い赤毛の騎士はどう見ても王宮からの選りすぐりと言うよりも何か手違いでここに来てしまったのではないかと言う程に軽薄な様子を漂わせており、傍らに侍る二人の小柄な少女達は、一人は無表情に自分を見つめておりもう一人は憮然とした表情で手荷物を握り締めている。その様子はまるで避暑に訪れた放蕩貴族のようで――村長はさらに心が重くなって行くのを感じていた。ああ、こりゃ駄目だ。
 そんな村長達の心象を知ってか知らずか、女騎士は陽気に宣言するのだった。
「ガリア花壇騎士団キュルケ、参着! このあたしが来たからにはもう安心よ、大船に乗ったつもりで居なさいな」

「囮作戦?」
 タバサの提言に、キュルケは一瞬きょとんとしてしまう。
「それってつまり、あたし達を餌に吸血鬼を釣り上げようって訳?」
 そう、と肯定したタバサの語る作戦概要とはこうであった。
 王宮から派遣されてきた騎士がとんでも無い無能者だったら吸血鬼はどうするだろう? おそらく嬉々として始末にかかるはずだ。彼等としても自分の餌場にいちいち餌場に探りを入れてくるような輩は目障りに違いないのだから。そいつがどうにも阿呆ならさっさと始末して安寧を取り戻そうとするに違いない。そうやって襲いかかって来た所を逆に仕留める、単純ながら確実な方法である。
 そこでタバサが考えた作戦がこれだ。
 まずキュルケがタバサに代わり王宮から来た騎士役を務める。彼女には散々無能で駄目な騎士を装って貰い、吸血鬼の油断を誘う。
 そしてタバサとルイズはその付き人として振舞う。一見平民のように見せかけ、彼女達はキュルケを注意深く見守る役となる。そしていざ吸血鬼が現れたなら、隠し持っていた携帯用の補助杖を使い一気に攻撃、吸血鬼を叩く。これがタバサの立てた作戦だ。
 これは、お互いがお互いの技量を信用するからこそ成り立つ作戦であった。もし吸血鬼に不意に襲われたとしてもキュルケ程の使い手ならば多少は凌げると信じていなければ囮役は任せられないし、囮側のキュルケとしてもルイズとタバサの二人が確実に吸血鬼を仕留めるだけの技量を持つと確信していなければこのような役は引き受けられない。誰でも出来そうな大雑把で単純な策であったが、その実彼女達でしか成り立ち得ない作戦であった。

 しかし、この役目は大変過ぎよ、とキュルケは嘆息した。心はどんなに疲労しても笑顔を絶やせないのが辛い所である。
 今彼女は村長から事件のあらましを聞いている所である。話自体は興味深く、聞き逃せないものであったが――大して興味が無いように振舞わなければならないのがまず辛い。自分の心と裏腹な行動を取るのがこれ程面倒だとは思いもしなかった。基本的にキュルケは心の赴くまま素直に生きる女性である。そんな彼女が己を偽らなければならないのは本当に大変な事なのだろう。
 さらに大変なのがもう一つ。それは、今膝の上に乗っている小柄な少女――タバサの存在だ。彼女の事をキュルケはいとおしそうに、髪を触ったり体を撫で回したり、とそういう芝居をしなければならないこの状況が実に大変なのだ。今の彼女は「少女愛好家の、自堕落な女貴族――まあ腕はそれなり――」というふりをしている。付き人を従えているにしても、二人は多い。そこでなんとか尤もらしい理由を考えなければ、という事でこういう話になったのだが――。
 確かにタバサは可愛い。整った顔立ちや小柄な体格はまるでお人形のようだとも思う。だからと言って、そう言った感情を抱いている訳では無い。キュルケが好むのは自分の心を燃やし尽くしてくれるような男性。同性相手にその炎は燃え上がらない。だからまあ、大変なのだ。精一杯、「こんな感じなのかな?」と思うままに必死に演技しているが、ちゃんと出来ているのかその実不安であったりするキュルケだった。
 ちなみにすぐ傍らではルイズが幾許かほっとしたような表情で出された茶を飲んでいる。彼女だって同性に興味は無い身であるからして、流石にあの役は嫌だったらしい。

「吸血鬼被害が始まってから、夜は誰も外を出歩かんようになったんですじゃ。ですが忌々しい事にあの吸血鬼はこっそり家に忍び込み、血を吸うようになりまして……朝起きて干からびた死体を目にしなければならなかった家族の悲しみようといったら、目を背けんばかりのものでした」
「ふうん」
 気の無い返事だが、ちゃんとキュルケの耳は情報を捉え把握していた。室内にまで忍び込んで血を吸うとは、本当に厄介な奴のようだ。
「今村人達は疑心暗鬼に陥っております。屍人鬼の事は騎士様もご存知でしょう? 吸血鬼が意のままに操れる人間の事ですじゃ。村人の中の誰かが屍人鬼になって吸血鬼を手引きしてる、皆そう思っていまして……中には村を捨てる者も出始めております」
 村長は、机に頭をこすりつける。
「どうかお願いします騎士様。あの邪悪な吸血鬼を一刻も早く退治してくださいませ。このままでは、村はばらばらになってしまう」
 彼の必死さが伝わってくるような嘆願であった。もう形振りは構っていられないと、言うまでも無くその姿が語っていた。
「だから任せなさいって言ってるじゃない」
 退屈そうに彼女は答える。
「そろそろ仕事のお話は終わりにしたいわ……あら?」
 もう話を切り上げよう、と露骨な態度を見せたキュルケだったが、その目の端に新たな人物の影を認め、一旦動きを止める。
 僅かに開け放たれた扉の影、まるで彼女から身を隠すようにしながら室内の様子を探っていたのは、幼い少女だった。年の頃は5歳程度だろうか、長い金髪が美しい可憐な少女であった。
「まあまあ、なんて可愛らしい!」
 キュルケが目を輝かせる――振りをした。純粋に可愛らしい子供だと思うが、これまでの行いを鑑みて、やや大袈裟に己の感情を表してみた。
 少女はその声に驚いたように身を竦ませ、さらに扉の影に身を隠そうとした。そこには、明確な怯えが有るようキュルケには見受けられた。
「そこに居るとても可愛らしい少女はあなたのお子さんなのかしら? 紹介してくださらない」
「お入りなさい、エルザ。騎士様にご挨拶するんだよ」
 村長に呼ばれた少女は、おずおずと室内へと入ってくる。そして固い表情で一礼すると、直ぐにさっと村長の影に隠れてしまった。
「あらあら、随分と人見知りな妖精さんのようね」
「いいえ、そのようなことではございません。この子は、メイジが恐ろしいのですじゃ」
 その一言で、キュルケは大体の事情を察した。大方、両親がメイジに無礼打ちにされたのだろう。傲慢な貴族の中には少々気分を害しただけで平民を傷つけるものも居る。勿論、そんな事は軽々しくして良いものでは無い。事が露見されれば処分されるし、最悪貴族の位を剥奪される。しかし大体の場合そのような暴虐が王宮等に知れる事は無い。何故か? それは被害者である平民が訴えないからだ。彼等は貴族が恐ろしいのである。メイジというものが持つ魔法という力が恐ろしいのだ。もしお上に申し付けたとしても、処分が下される前にその貴族からの報復があったら、と思うと中々訴えられるものでは無い。また旅の途中商人等が貴族の不興を買ったとして、一体何処の貴族に無礼打ちされたのかなど解かるはずもない。こういった背景もあり、平民は非常に貴族を恐れるのである。
 そしてまた、その場に居合わせたものが並以上の恐怖を貴族に対して抱くようになるのも決して珍しい事では無い。この目の前のエルザという少女の如く。
「そう……」
 その言葉には偽りの無い哀悼が籠められていた。特にキュルケの出身国であるゲルマニアは他の国よりも貴族と平民の垣根が低い。少女の境遇に自然と同情を覚えてしまったのだった。

 村長から話を聞き終えた後、その家の一番立派な一室を貸し与えられた三人は早速作戦会議に入った。
「あんな感じで良かったのかしら」
 キュルケがベッドに横になりながらタバサに問う。その顔には疲労の色が隠せない。ぐったりぐんにょりとやる気を全て削がれ、褐色の軟体生物となってそこに横たわっていた。
「あたしもうこの村には一生来れないわよぉ」
「でも、効果は抜群」
 愚痴るキュルケに、僅かな慰めだろうか、タバサは彼女の演技を賞賛した。
「まああんだけ駄目人間装えば吸血鬼も油断するわよね、きっと」
「くっ、あんたは良いわよね、涼しい顔してお茶飲んでただけなんだから」
「いやいや、平民の真似も意外と肩凝るわよ?」
 口ではしれっと言っているが、ルイズは心の中では割とキュルケに同情していた。あんな演技、やれと言われても絶対にやりたくない。ご愁傷様、どうか彼女の心に安らぎを与えたまえ、と彼女は始祖に祈った。
「で、これからどうするの?」
「情報収集」
 タバサはそう言って自分とルイズを指し示す。そして「夜まで休憩」とぐったりしたキュルケの方を指し示した。
「なるほど、駄目な騎士様は一人休んでお付のものに仕事を押し付けました、って筋書きね」
 なるほど、とルイズは感心する。これはさらに騎士が駄目な奴だと印象付けるのに役立つ上、本物の騎士であるタバサ自身も動き回って情報を集める事が出来る。それでいて決して不自然では無い。それに、キュルケが一人待機として残る事により不測の事態に対応する事も可能だ。
「それじゃ早速行きましょ、タバサ。駄目駄目なご主人様はここでぐーっすりお休みになってくださいましねー」
 いつもキュルケにからかわれるルイズだ、この機会を幸いとキュルケをからかいつくす。このような事は中々無い。意地悪な笑みを浮かべ、実に楽しそうにルイズは部屋を後にする。閉じた扉の後ろから、何やら喚き声が聞こえるような気がするが、アーアーキコエナーイキコエナーイ。

 ルイズとタバサの二人は調査を開始した。最初は手分けしようかとも思ったのだが、このような事に馴れていないルイズが一人で行動したとしても成果は上がらないだろうと考え、結局二人一緒に行動する事になった。
 まずは犠牲者となった家々を回る事とした。その数は全部で八件、どの家も家族を失った悲しみに深く包まれていた。聞き込みは主にルイズが――タバサに聞き込みはどう考えても無理――行ったのだが、やり辛い事甚だしかった。死んだ家族の事を話すのは辛いのか、度々言葉につまり泣き出すし、まったく関係ない思い出話に会話がすっ飛んでいく事もあったし、さらには「貴方たち、大変ね。最近の貴族はこんな子供に仕事を押し付けるなんて酷過ぎる」とこちらが同情されてしまう事もあった。ちなみにタバサは今年で15歳、ルイズは16歳と立派に結婚適齢期のレディである。わたしってばそんなに子供っぽい?とルイズは少し鬱になるのだった。
 聞き込みで解かった事は大して無い。
 まず被害者が何れも若い女性であるか小さな少女である事。その数はいずれも4人、きっちり分けたように半々であった。そこに殺された騎士の一人を加え被害者は全部で9人、これは報告の通りであった。
 状況は最初の被害者以外はどの家も同じで、扉はきっちりと閉められ窓も厳重に閉じられていたにもかかわらず吸血鬼の進入を許していた。寝ずの番をしていた家もあったが、何時の間にか眠らされてしまっていたという。
「先住魔法かしら?」
「眠りの先住魔法」
 タバサの言によると、眠りの先住魔法は系統魔法とは違い初歩中の初歩、吸血鬼でも簡単に操れると言う。
「系統魔法だとけっこう苦労する魔法なのにねえ……」
 改めて先住魔法と系統魔法の違いをルイズは認識する。杖を持ちながらの長い詠唱とそれなりの実力が必要な系統魔法とは違い、先住魔法の場合少ない言葉で簡単にそれを成し遂げてしまうのだ。
 吸血鬼はそれを用い、家族を全員深い眠りに誘ってからゆっくりと獲物を味わっているらしかった。しかしここで疑問が一つ持ち上がる。
「一体何処から吸血鬼は進入して来てるのかしらね?」
 厳重に閉ざされた家々。幾ら先住魔法の使い手だろうと何の痕跡も残さずにそのような場所に侵入する事は不可能だろう。
「部屋の様子も何一つおかしいところは無いし……」
 今二人が調べまわっているのは最後の犠牲者が出た家である。窓は厳重に板が貼り付けられて封鎖され、それらが剥がされた様子はまったく無い。家の入り口となる扉の脇には家具が山のように積まれている。夜にはこれを扉の前に積み上げ、堤防としているのだろう。仮に鍵を開けたとしてもこの家具の山に阻まれ家に入る事は困難だ。まったくもって、隙が見当たらない。
 ――まさか、言い伝えの通り霧になったり蝙蝠になったりして進入してきてるとか? 有り得ないわよねえ。
 巷に伝わる昔話では、吸血鬼はその身を蝙蝠や霧に変える事が出来ると言われている。そうやって姿を変えて人を襲いに来るのだと。しかしそれはまったくの迷信である。彼等は自分の姿を変化させる程高等な先住魔法は使えない。彼等の武器は、あくまでも人と見分けがつかないというその一点だけであるのだ。
 うーんと唸るルイズを尻目に、タバサは無言で部屋中を歩き回る。なんらかの痕跡が無いかと丹念に調べているのだろう。こういった事も随分手馴れているようだった。
 やがて一通り部屋中を調べまわったタバサは、何を思ったのか部屋に備え付けられた暖炉に潜り込み始めた。どうやら煙突を調べているらしい。
「ちょっとタバサ、煤だらけになっちゃうわよ!?」
 ルイズの静止も聞かず、タバサは丹念に煙突を調べる。
「そんな細い所、幾ら吸血鬼だって通れないわよ」
 見たところ小柄なルイズでもつかえてしまいそうな細い煙突だ。おそらくルイズより一回り小さいタバサでもぴったりはまり込む事は出来ても動く事は叶わない。この家のみならず、他の家も大体同じ位の太さの煙突であるからして、ここから吸血鬼が進入して来るとはとても思えなかった。
 ルイズの言葉に納得したのか、それとも気が済むまで調べ終わったのか、タバサは暖炉から這い出てくる。その姿はやはり、煤だらけだ。顔も服も真っ黒である。
「こりゃ一度戻らないと駄目ね」
 辺りに舞い広がる煤がルイズの周りに充満し、思わず顔を背けてしまった。その視線の先では、窓越しに荷物を満載にした荷馬車があぜ道をゆっくり進んで行くのが見えた。村を捨てる者が出ている、という村長の言葉は真実なのだろう。そしてそれを選ぶものは、きっと少なくないに違いない。
 ――早く解決して、村の人たちを安心させてあげたいわね。
 ルイズは心の底からそう思った。

 村長の家に戻ろうと外に出たルイズ達の目に、奇異な光景が映った。10人ばかりの屈強な男達が各々鍬や太い棒等を手に取り、殺気だった様子でずんずんと歩みを進めている。尋常な様子では無い。
 一体何が起こっているのかしら?と首を傾げるルイズだったが、その集団の尻に従うタバサの姿を見つけると慌ててその後を追った。
「もう、さっきまで傍に居たと思ったのに!」
 男達は、二人の少女が後に付いてきているとはまったく気付いていないようだった。誰も彼もが殺気立ち、他人の様子に気を配る余裕等無いのだ。
 彼等が向かったのは村の外れ、ぽつんと立てられた一軒のあばら屋であった。とても人が住んでいるとは思えないような古びたそれを、男達はぐるりと囲み、脅すように叫ぶ。
「居るのは解かってるぞ、吸血鬼! 出て来い!」
 まったく以って穏やかでは無い。二人は暫く事の成り行きを見守る事にした。
 男達は口々に「出て来い」!と叫び続ける。その声に耐えかねたかのようにぎいいと扉が開くと、中から出てきたのは一際大きいな体を持つ男だった。年の頃は40位か、鍛えられ盛り上がった筋肉が自己を主張している、周りの男達に比べても一際屈強な男であった。
「いい加減にしろお前等! 誰が吸血鬼だと? 失礼な事を言うんじゃねえ!」
 激しい怒りを顕にしながらその男はがなり立てる。しかし周りの男達は意に介し無いようにさらに詰問を加えた。
「貴様等が一番怪しいんだアレキサンドル……このよそ者め! さっさと吸血鬼をだしやがれ!」
「だから吸血鬼なんて居ねえって言ってるだろうが!」
「居るだろうが、外に出てこねえで家に閉じこもってる婆がよ!」
「てめえ、人のおっかぁになんて事言うんだ!
 どちらも語気荒く、一触即発の雰囲気を漂わせていた。ちょっとでも均衡が崩れれば、間違いなく刃傷沙汰だ。
 出て行って事態を収拾するべきだろうか?とルイズは迷う。しかしどうやって? 今の彼女は騎士のお付という事になっている。そのような少女が出て行ってどうなるものでも無いとしか思えない。なら魔法で無理矢理止めるのか? それは愚策だ、折角のタバサの策が全て無駄になってしまう。
 緊張しながら男達を見守っていると、やがて焦ったように村長がやって来た。
「お前たち、止めるんじゃ! 村人同士で争ってどうする!」
 納得は出来ない様子であったが、村長にそう言われたからには矛を収めるしかない、と男達はしぶしぶ引き下がった。大男アレクサンドルも悪態をつきながらあばら屋の中へと戻って行く。
 これこそが、吸血鬼被害の真の恐ろしさだった。吸血鬼に狩られるのみならず、お互いを疑い、争い、自滅して行く。お互いを信じあっていれば決して起きない悲劇。しかし、そんな奇麗事が通用する程、人は上等には出来ていない生き物なのだ。
「……戻りましょう」
 男達も散り散りになった所で、ルイズがタバサにそう声を掛ける。一刻も早く、ここから立ち去ってしまいたかった。このような形で人々が傷つけあうのはとても悲しい事に思えたから。

 村長の家に戻ったタバサは、キュルケを通し村の若い娘を村長の家に集めるように指示した。集められた人数は15人程で、三人が泊まる部屋の隣にある大部屋に彼女達は詰め込まれた。そこは村長の家でも一番大きな部屋であったが、流石にこの人数となると手狭であり、娘たちからは抗議が上がったが「これも吸血鬼退治に必要な事だ」と村長が説得すると一先ずその声は収まった。
 これで、村の娘達に危険が及ぶ可能性は大分減った。狩りに襲ってきたとしても、三人の内一人は必ずこの家に残っている事になっている。被害が出る事はまず無いだろう。
 さて、後はこれ見よがしに餌を吊るすだけである。夜半、盛大に酒を煽るとキュルケは村を散策し始めた。酔っ払った様子で、如何にも頼りなく、まるっきり隙だらけに。時折「こんな任務受けたくなかった」だの「さっさと終わらせて帰りたい」だのぶつぶつ呟きながら歩く様は、紛う事無き酔っ払いである。
 勿論、これは彼女の演技だ。彼女は酒に強い。多少の量を煽ったところで簡単に酔いはしない。
 ――さてこれで釣れますかどうか。
 上手く行ってくれると良いけど、とキュルケは心の中でこぼす。いい加減無能者の演技も飽きてきた。愚痴で零す「さっさと終わらせて」というのだけは本心だ。

 夜闇を割いて、悲鳴が響き渡る。

 まさか、とキュルケは舌打ちをする。よりにもよって村長の家の方い吸血鬼は出たらしい。こうしてあからさまに出歩いている邪魔者を排除せずに獲物を狙うとは完全に誤算だった。あまりにも無能に振る舞い過ぎて舐められてしまったのかしら?
 キュルケは走る。幸いそう広い村では無い為、直ぐに村長の家に戻る事は出来た。家の前ではルイズがきょろきょろと辺りを窺っている。
「こっちに出たのね?」
「襲われたのは村長の娘さんのエルザちゃんよ。確かに二階は警戒してたけど一階は無防備だったからね……盲点と言えば盲点かもしれない。今、タバサが彼女を宥めているわ」
 ルイズは釈然としないような様子でキュルケに状況を説明する。
「エルザちゃんの話だと大柄な男が窓から入ってきて連れ去ろうとしたって。わたし達が部屋に駆け込んだ時にはもう居なかったんだけど」
「なんで攫わなかったのかしら? 十分にその時間はあったように思えるわ」
 その疑問はルイズも持ち合わせていたのだろう、それが今の憮然とした態度の正体であるとキュルケはすぐに気付いた。
「まあ、被害が出なかったんだからそれで良いか」
 キュルケは深く考える事は止めた。それは自分の仕事では無い。あの聡明な友人の仕事だ。彼女ならきっと、この出来事に隠された狙いにも気付く事だろう。
 その後念のため三人は代わる代わる交替で見張りをしたが、幸いその晩はもう何も起きる事はなかった。

 村長の娘エルザが襲われた事は、すぐに村中に知れ渡った。その衝撃は三人が思うより遥かに大きく村人達を恐怖に震え上がらせた。今まで襲われていたのは精々10歳前後の少女から20代の若い女性であった。それが今回襲われたエルザは5歳。つまり、襲われる対象が此処に来て広がったと言う事だ。その事に幼い子供を持つ親は動揺し、急遽幼児も村長の家に集められる事となった。
「いやはや、これじゃまるで孤児院ね」
「まったくだわ」
 げんなりとした様子でルイズとキュルケは顔を見合わせる。そこかしこから聞こえる子供の騒ぐ声や赤子の泣く声がずっと絶える事が無い。余りの騒々しさに、耳がおかしくなりそうだ、というのが二人の共通した意見だった。
「さて、今夜はどう出てくるかしらね、吸血鬼」
 どういう目的か知らないが、昨夜相手は村長の家を襲ってきた。その事から歩き回って誘い出すのはあまり効果が無いと判断し、今日は三人で村長の家に篭って様子を見ようという事になった。
 幼女から年頃の娘に至るまで村中の「獲物」は村長の家に集められている。馬鹿正直に襲ってくるのか、それとも何か策を弄してくるのか、彼女達は相手の出方を待った。
 やがて日が暮れ、再び夜がやって来る。
 夕食は、その場に居る全員で取る事になった。30人近い人数が一度に集まって食事をすると流石に騒がしい。昼と変わらず、食卓もまた戦場のようであった。
 タバサは普段と変わらぬように黙々と食を進めているが、何時もと違う点が一つだけあった。傍らに座る小さな少女、エルザの姿である。昨夜彼女が襲われた後タバサがずっと付きっ切りで居てあげた為だろうか、エルザはすっかりこの無口な少女に懐いていた。
「ねえ、このサラダ美味しい?」
 凄まじい勢いで深緑色のサラダをぱくつくタバサを、エルザは嬉しそうに眺めている。
「これはね、ムラサキヨモギって言うんだよ? この村の名物なんだ。とっても苦いから苦手な人も多いんだけど、とっても体に良いんだよ」
 必死にタバサの気を引こうとする様は、実に微笑ましい。このような少女を狙うなんて、とキュルケは未だ見ぬ吸血鬼に敵意を燃やした。
 一方、ルイズは無言で食事をしていた。今日の彼女は口数少なく、何か考え込んでいるような様子だとキュルケには見受けられた。
「何悩んでる訳? 何か解かったとか」
「別にそういう訳でも無いんだけど」
 ルイズの返答は、やたらに歯切れが悪い。何かひっかかるものを感じたが、深く追求する事はしないでおいた。ルイズという少女は自分の内に悩みを抱え易い傾向にあるが、話すべき事はきちんと話してくれる。そんな彼女が話したがらないのだから何か理由があるのだろう、そう思ったのだ。

 夕食が終わり、娘達は皆寝支度を始めた。三人は今夜も交代で見張りをする事になっていた。まずはタバサ、次にルイズ、最後がキュルケだ。演技の都合上、キュルケが番をしている所を誰かに見られるのは良くない。彼女は面倒な見張りはお付の者に任せて自分は眠ってしまったと、そのように振舞わなければならないのだ。
 だがそんな順番分けも徒労に終わった。タバサが一階で見張りに付いて、他の二人はいざ眠りに入ろうとした時に、それは起こった。
 硝子の割れる音と、湧き上がる複数の悲鳴。
 タバサは、窓を割り押し入ってくる大柄な男の姿を捉えていた。筋肉質で大柄な男性。その姿に彼女は見覚えが有った。
「あれは、アレキサンドルよ!」
 腰を抜かしている娘の一人が叫ぶ。
「やっぱり、あいつが屍人鬼だったんだわ!」
 アレキサンドルの様子は昨日とはまったく別人のように豹変していた。目は血走り赤く光り、唇の隙間からは牙が覗いている。獣の唸り声のような奇妙な呼吸音をさせながら、かれはぐるり、と周囲を見回した。屍人鬼――アレキサンドルは俊敏な動きで手近に倒れていた娘の髪を引っつかむと、そのまま強引に連れ去ろうとする。こうなっては最早演技をしている余裕は無い。タバサは懐に忍ばせていた携帯用の杖――彼女のトレードマークとも言える大きな杖は、今は三人が泊まる部屋の中である――を素早く振り、速読呪法を用いて風の刃を作り出した。狙うは娘を掴んでいる屍人鬼の、腕。刃は見事男の腕を両断し、娘の自由を取り戻した。

 屍人鬼の反応は早かった。腕を切られたと見るや、入ってきた窓から一目散に逃げ出したのだ。勿論、それを黙って見過ごすタバサでは無い。彼女もそのまま窓から躍り出ると、追撃に入る。屍人鬼の走力は、人間のそれを軽く凌駕する。まともに走っていたらとても追いつけるものではない。彼女はフライの魔法を唱え、空より屍人鬼を追いかけた。流石にシルフィードのような速度は出ないが、それでも走るよりは断然に速い。あっと言う間に逃げる屍人鬼に追いつくと、その前に回りこんだ。
 僅かな月明かりの下、小さな少女と大柄な屍人鬼は対峙した。男は凶眼を以って少女を威圧するが、受ける少女はまったくそれに気後れなど見せなかった。むしろ氷雪の如く冷たい視線を以って彼を射抜き返す。
 それに、恐れを為したのか、屍人鬼は月に吼えるように叫ぶと傍らに埋めてあった杭を片手で軽々と抜き去り、構える。
 杭が、大きく振りかぶられた手より放たれる。元々鍛え抜かれたアレクサンドルの体、それが屍人鬼となった事によりさらに強化されはなたれた杭はさながら砲弾と変わらぬ威容を以って少女を突き穿たんと飛来する。
 だがそれは少女を捕らえる事は無い。彼女は北花壇騎士団が一人、タバサ。幼き頃より幾重もの死地を越えてきた少女の前に、それは死足りえない。まるで踊るように優雅に宙を舞いタバサは弾丸を回避すると、返礼とばかりに杖を振る。
 一つの杭を放った男に返礼されたのは、無数の氷の槍であった。長さ1メイルもの巨大な氷の杭が次々と降り注ぎ、屍人鬼の体を地に縫い付ける。
 それでも尚、屍人鬼は動きを止めない。吸血鬼により生きる死体として利用されるその身は、この程度では死ぬ事が許されないのだ。タバサは地に降り立つと地面より土を一掴みすると、男の身にかけ、錬金する。土はみるみる内に液体――油となって男の体を包んでいった。
「この者の魂に、安らぎを与え給え」
 振られた杖に呼応するように、男の体が燃え上がる。屍人鬼となったものはもう二度と元に戻る事は無い。火に包まれ、灰になり、やっと男は安息を手に入れる事が出来るのだ。
 目の前で燃え行く男の体。それに呼応するように、彼方でも火の手が上がるのをタバサは見た。それは丁度、村の外れ、目の前で燃える男が住むあばら屋の方角であった。

 アレクサンドルが屍人鬼となり娘を攫おうとしたという話は瞬く間に村中に広まった。アレクサンドルが来襲した折、家の外に逃げ出した娘が逃げる先々で吹聴して回った為だ。
 既に幾人もの犠牲者を出し、怒りの中に居た村人達の行動は早かった。

 ルイズとキュルケが村はずれに辿り着いた時、既にあばら屋はごうごうと炎に包まれ、燃え尽きようとしている所だった。怒りに燃える村人が遂に凶行に走り、この家に火を放ったのだ。
「ざまあみやがれ、吸血鬼!」
「さんざん俺達を食い物にしてきた罰だ、燃えちまえ!」
 周りを囲む村人達が口汚く罵りの言葉を投げかける。炎が燃え盛る姿を前に、彼等は驚喜して罵倒を繰り返した。
「おい、証拠が見つかったぞ!」
 そうやってその場に走ってきたのは、先日アレクサンドルと口論していた男である。
「こいつが被害者の家の煙突に引っかかってた」
 男が取り出したのは薄汚い布切れだった。ぼろぼろの、煤で汚れたそれは、衣服から破けたもののようだった。
「俺は見た事あるから知ってるが、こいつはあの婆の服と同じ布だ。やっぱりあの薄気味悪い婆が吸血鬼だったんだ」
「そうか、やっぱりか! あの枯れ枝みたいに細い体で煙突から出入りしてたって訳かよ。息子が屍人鬼でこうして証拠も上がった、やっぱりこいつは吸血鬼だったんだ!」
 周りを囲む男達は何かに取り付かれたようにさらに罵声を浴びせた。死ね、死ね、と。それは怒りを通り越してなんらかの儀式をするようにすら見える程熱狂的で恐ろしかった。
 その様子を、二人は無言で見詰めていた。キュルケは呆然と、ルイズは何かに耐えるように唇をかみ締めながらこの光景を目に写す。
「本当に、ここの家のおばあさんが吸血鬼だったの?」
 呟くキュルケに、ルイズが辛そうに答える。
「違う、違うわ。でもね」
 その声には悔しさが滲み出ていた。何がそんなに悔しいのか、キュルケには理解出来なかったが、彼女がこの光景に何か後悔を抱えている、それだけは良く解かった。
「この人達にとってはそれが真実で……この事件はもう終わったって事よ」
 夏の暑い夜の中、目の前では炎が熱く燃え盛るというのに、二人はまるで冬の寒空の下放り出されたような感覚を覚えていた。村人達の熱狂も、彼女達には降り注ぐ氷雪に等しかった。
「ご苦労様でした、騎士様」
 言葉無く立ち尽くす二人の傍に、村長がやってきてそう告げた。後ろには隠れるようにしてエルザが付き従っていた。
「これで、この事件も解決したんですな。良かった、本当に良かった」
 安心しきった顔の村長とは裏腹に、二人の表情は陰鬱に彩られていた。

 部屋に戻った三人は、黙々と帰り支度を進めていた。この吸血鬼騒動はもう終わったのだ。これ以上ここに居る理由は無い。それに、今回の吸血鬼騒動ではまったく役に立っていなかったと三人を責める風向きも強く、一刻も早く立ち去った方が賢明だろうと判断したのだ。
 きい、と蝶番の音がする。振り向くと、扉から顔を覗かせていたのはエルザだった。
「おねえちゃん……もう行っちゃうの?」
 寂しそうに幼女は呟いた。彼女は大分タバサに懐いていたから、このまま分かれてしまうのが寂しいのだろう。
 タバサはその言葉にこくん、と肯く。
「ならね、最後におねえちゃんに見せたいものがあるの。おねえちゃんの大好きなもの。ね、良いでしょ?」
 必死に誘うエルザの様子に、キュルケも「行って来れば?」と促す。
「あたし達は先にシルフィードの所で待ってるから。時間は気にせず、ゆっくりお別れしてきてあげるのよ」
 タバサは再びこくんと肯く。その途端、エルザの顔がぱあっと輝いた。
「じゃあ早速行きましょ、こっちこっち!」
 はしゃぐエルザに手を引かれ、タバサは部屋を後にした。

 エルザに連れられ村の中を歩くと、どの家からも喜びの笑い声が漏れ聞こえてきた。この二ヶ月間、彼等は吸血鬼に怯えながら過ごしてきたのだ。それから開放されるというのは名状し難い程に嬉しい事なのだろう。
 二人は村を横切り、森の中を進んでいく。そして、唐突に開けた空間に、それは存在した。
 それは、あたり一面に広がるムラサキヨモギであった。
「ほら、おねえちゃんの大好物が、こんなに沢山! 嬉しい? 好きなだけ摘んでも良いんだよ」
 無邪気に跳ね回りながらエルザは告げる。
「死んじゃってからだけど、ね」
 四方から伸び来る枝に、流石のタバサも反応出来なかった。懐に忍ばせた予備の杖を抜く暇も無い。両手と腰を縛られ、彼女は体の自由を失った。
 しかしタバサは動じない。いつもと変わらぬ冷たい視線で、目の前の少女を射抜く。
「やはりあなたが、吸血鬼」
「なあんだ、やっぱりバレてたんだ」
 てへ、と可愛らしく下を出しながら答えるエルザ。その口には――白く長く、牙が覗いていた。
「そう。わたしが吸血鬼よ。煙突から忍び込んで、女の子達の血を吸っていたの。こんなに事を荒立てるつもりなかったんだけどね、色々手違いがあっちゃって大騒ぎになっちゃった。だから一芝居打ったの。あのお婆さんを吸血鬼だと思わせて殺させて、その隙にわたしは逃げるつもりだったんだ。だから別におねえちゃんを殺す必要なんて無いんだけど」
 楽しげにタバサの周りを回りながら、幼女は語る。無邪気な様は、とても人の血を糧とする吸血鬼には見えない。しかし、唇から覗く牙と、怪しく輝く赤い瞳が紛れも無く彼女が吸血鬼だと物語っていた。
「でもね、人の中に紛れて獲物を狙う吸血鬼にとって、正体がバレちゃうのってとっても都合が悪いんだ。どうもおねえちゃんは感づいてるみたいだったから、念の為と思っておびき出したんだけど、思った通りだったみたい。それにね、メイジの血はとっても美味しいの! 平民のとは違って、力に溢れてるみたいにまろやかで味が深い。そんなご馳走を目の前にして、我慢なんて出来る訳無いじゃない。でね、血を吸う前にひとつだけ教えて欲しい事があるんだ。なんでわたしが吸血鬼だって気付いたの?」
 笑いかける少女の瞳は笑っていなかった。答えなければ即座に殺す、と目が物語っていた。
「あの煙突は、どんなに痩せていても老婆が通れるようなものじゃない。通れるとしたら、ちいさい子供。それは直ぐに解かった。でもどの子供か、最初の内は判断が付かなかった」
 しかしタバサはその視線に晒されてさえ尚、なんでもないように自分の考えを語り始める。
「昨日あなたが襲われた時、まずおかしいと感じた。余りにもこちらの動きの裏をかこうとし過ぎている感じがした。こちらの動きを良く知る子供は、あなたしか居ない。でもまだ確証が無かった」
 昨日の襲撃の時点で、ルイズやタバサが違和感を覚えたように、タバサもまたそれを感じていた。幾ら屍人鬼を使役しているとは言え、こちらの動きが読まれ過ぎている。故に考えたのだ、吸血鬼はこの村の中、身近に潜んでいるのではないか、と。
「だからこうして確信したのは、ついさっき」
「なるほど、まだ決め付けてた訳じゃないのか」
 うんうん、とエルザは肯く。
「でもこうして知られちゃったし、やっぱり死んでもらわないと都合悪いのよね。ごめんね、おねえちゃん。なるべくおいしく食べるから、許してね?」
 小さな口が大きく開き、上顎から伸びた牙が一層際立って見えた。さながら狼のように見える其れは凶悪ながらも月光を受け白く美しく輝いていた。
「いただきまーす」
 エルザの牙が、タバサの首筋を捉えようとした瞬間――。
 空から、無数の火球が振ってくる。
「な、何?」
 驚いてエルザは後ろへ跳び下がる。火球は次々放たれ、それはエルザとタバサの間に炎の壁を作り、そして彼女の体を縛る枝を燃やし尽くした。
「タバサー!」
 上空より、タバサの良く知る友人の声が響き渡った。上空を舞うのは、己の使い魔とその背に乗ったキュルケ。キュルケの手には、タバサ愛用の大きな杖が握られていた。彼女はそれを、持ち主の方へと力いっぱい放り投げる。
 空から降って来た杖は、違う事無く主に元へと辿り着く。タバサは杖を握り締めると、即座に呪文を唱え始めた。
 突然の乱入者に驚きながらも、エルザは反撃を加えようと木の枝を操りタバサを縛ろうとする。しかしそれらは全て炎に阻まれ、燃えて消えるのみ。タバサを包む炎は絶対無敵の盾となって彼女を守護していた。
 エルザの心が焦りを覚えた時、不意にどん、という衝撃が彼女を襲った。どうしたんだろう、と己の胸を見た彼女は、そこから氷の槍が生えている事に気がついた。巨大な、彼女の胴体の半分を超える太さの氷の槍がその身を刺し貫いていたのだ。即死はしなかったものの、堪らず膝を折り、倒れる。
「なあんだ、あのおおきなおねえちゃんもメイジだったんだね。てっきり偽者かと思ってたのに」
 その口調に悔しさは篭っていたものの、不思議と憎しみは感じられなかった。
「二人ともこんなに強いなんてずるいよ……さっさと逃げちゃえば良かったかな」
 燃え広がる炎はやがて幼女の体をも包み――やがて小さな体を土に返して行くのだった。

 炎が静まった頃、シルフィードと共にキュルケが空から降りてくる。
「間一髪だったみたいだけど、大丈夫だった?」
 焦る様子のキュルケと裏腹に、殺されかけていたタバサの方はやはりいつもと変わらずに冷静だった。ただこくん、と無言で肯く。
「まったく、あの子を疑ってたなら疑ってたって教えてよね! 心臓に悪いじゃないの!」
 そう言うキュルケは本気で怒っているようだった。
「まったく、あんたはあんたで勝手に無茶するし、何時の間にかルイズはどっか行っちゃうし……あんた達、少しは協調性ってものを考えて行動しなきゃ駄目よ?」
 しかし、そんなキュルケの言葉も耳に届いていないように、タバサは森の奥を見つめていた。その先に、何かが見えるかのように。
 キュルケも釣られて奥を覗く。しかしその先にあるのは木々に囲まれた闇だけだ。タバサは一体、何を見ているのだろう?
 タバサは視線を逸らさない。ただじっと、そこを、その先を見つめ続けるのだった。


 深い森の中、金髪を振り乱し一人の幼女が駆けて行く。一直線に、何かを目指すよう一目散に進んでいった。その速度はとても子供のものとは思えない。まるで狼が駆けるように木々を縫って彼女は走った。
 だが、唐突に彼女は足を止めた。
 彼女に立ちはだかるように、一人の少女が立っていた。桃色がかった金髪を靡かせ、まるで彼女を待っていたかのように。
「成る程、もう一人居る事には気付いていたけど……双子だったのね、貴方達は」
 少女、ルイズ・フランソワーズは誰に聞かせるとも無く呟いた。
「へえ、『わたし』に気付いていたんだおねえちゃん。凄いね!」
 そして金髪の幼女、エルザは思わず感嘆の声を上げる。
「思えば、被害者の子達は年齢の高い子と小さい子、交互に出ていた。それは二人の嗜好の違いを表していたのね。それにあの証拠として出てきた布。エルザはずっと村長の家に居たはず。なら、それを仕掛けられるのは他の誰かしか居ない。でも、屍人鬼のアレクサンドロでは体格が大きすぎて不可能よ。なら誰が?と考えたならもう一人の存在を頭に思い浮かべるのは自然だわ」
「凄い、本当に凄い! 良くそこまで解かったね。感動しちゃった」
 ぱちぱちぱち、と拍手してエルザはルイズを褒め称えた。
「そう、わたし達は双子なの。時々入れ替わって入念にこの餌場を育ててたんだ。片方は餌場の管理、もう片方は外界の情報を集める、そんな生活をしてた。けど、ある日わたしがちょっと粗相しちゃってね? 大事になっちゃったんだ。あの子は直ぐ場所を変えようって言ったんだけどね、それって笑える話だと思わない? せっかく餌場を手に入れたのに、全然手をつけずにどっか行っちゃうなんて勿体無い! だからちゃんとお食事してから他の餌場に行こうって二人で話し合ったんだけど……」
 楽しそうにエルザは語る。月光を浴びながら、くるくると踊って謳うように語る。
「そのうち王宮からメイジがやってきたんだ。わたしメイジは大嫌い! だったお父さんとお母さんを殺した奴らだもの。でもね、実は大好物! メイジの血ってとっても美味しいんだもの。だからね、思ったの。このままこの餌場を派手に狩っていれば、もっともっとメイジがやって来るんじゃないかって。そうすればご馳走を食べ放題。素敵でしょ?」
 にやり、とエルザが笑った。童女の顔に浮かんだそれは、歳不相応に不気味で歪んだものだった。
「でもあの子はメイジが来て凄く焦ったの。このままじゃ殺されちゃうから、さっさと餌場を変えようって。ほんと、あの子は臆病者。何時も慎重にとかちゃんと計画を立てて、とか口煩いったらありゃしない。だからあの子はもう要らない。わたしはもう一人でやっていけるから、最後に囮になってもらって……」
「メイジがあっちのエルザを倒した隙に、そのメイジを倒して血を吸う。そう考えていたのかしら?」
「そうそう、その通り。おねえちゃん凄いね、わたしの頭の中が解かるみたい!!」
 ルイズの言葉に、エルザはより一層はしゃぎ始める。とても、とても嬉しそうだが――その目は笑っていなかった。
「だからおねえちゃん、そこを退いて? おねえちゃんは凄く面白い話を聞かせてくれたから、特別に見逃してあげる。わたしが欲しいのはメイジのおねえちゃんだけだから」
 ね?と甘えて言葉を発するエルザに、ルイズは冷徹に言い放つ。
「それは、出来ないわ」
「えー? どうしてー?」
 口調はふざけていたが、エルザの瞳は細められ、狩猟者のものと変貌する。目から漏れる光は禍々しく輝き、ルイズをねめつけていた。
「さっきは色々理屈を並べていたけどね、あんなの後付よ」
 独白する。目を閉じ、何かに許しを請うように、ルイズは言葉を続けた。
「村人の中に屍人鬼が居る事も、それが二体だということも、吸血鬼がエルザだという事も、全部知っていた。わたしは全部解かっていた」
 夜天の書を従えし夜天の王。その僕の力を以ってしてなら、例え人と同じ姿をしていようと、人とそうでないものを分かつ事など容易い事だった。リインフォースの探知により、ルイズは早々に吸血鬼の正体に辿り着いていたのだ。だが。
「でも、証拠が無かった。いきなり決め付けて、問答無用に退治するなんて出来ないから、わたしは捜査の成り行きを見守った。きっと証拠が集まると信じて」
 しかしルイズは村人の心情を真に理解しては居なかった。彼等は完全に追い詰められていたのだ。あからさまな嘘も見抜けぬ程に。その結果、悲劇が起こってしまった。
「ほんと、何時もこうじゃなかったって事ばっかりね、わたしは。いつも一歩遅くて、あとちょっとだけ足りなくて。いつもいつも失敗ばかりしている」
「何よそれ、何言ってるか全然判らないわ」
 明らかに彼女を対象としていない語りに、エルザは焦れたようだった。短く言葉を紡ぐと、精霊に呼びかけ魔法を使う。
「もう良い。死んじゃえ」
 森の木々の枝が不自然に伸び、それは鋭い鞭のように変化してルイズを狙う。四方八方、あらゆる場所から枝は伸び、少女を貫かんとしていた。
「……嘘」
 しかし、それは決してルイズの体に届かない。大地より伸びた土がそれを悉く阻んだ。それは彼女を守る腕であり、敵を食い破る牙であり、全てをなぎ払う刃であった。
「そんな、おねえちゃんもメイジなの? そもそも、杖が無いのにどうやって魔法を使っているの? 知らない、こんなの知らない」
 それまで終始余裕を崩さなかったエルザの表情が、初めて驚愕に歪んだ。
 そんなエルザの様子が目に入らないかのように、ルイズの独白は続く。
「こんな事をしても、贖罪にはならないと思うけど……それでも、真実を知るものとして、汚名を着せられたまま死んだあのお婆さんの名誉の為、わたしはあなたを、倒す」
 ゆっくりと、ルイズの目が開け放たれる。その視線が、真っ直ぐエルザを捉えた。恐れを知らぬ、真っ直ぐな瞳。それに、吸血鬼は思わず後ずさる。しかしその動揺を悟られぬよう、彼女は強気に言葉を放つ。
「倒すって、ばっかじゃないの! わたしは吸血鬼よ、人間が敵うはずないじゃない!」
「悪いけど、馬鹿はわたしの専売特許なのよ。それにね」
 ――お二方はシャルロットお嬢様のがご友人でございますか?
 そんなペルスランの言葉が脳裏に蘇る。
「友達を殺しに行きます、って聞かされてね、引き下がる奴は馬鹿にも居ないわよ!」
 あの時、ペルスランの言葉にそうだ、と自信を持って答えられない自分が居た。でも、やっぱりわたしにとってタバサは友達だ。ルイズははっきりそう思う。例えタバサがそう思っていなくても、わたしはそう思っている。だから、守りたい。友達を助けたい。
 思い出す。タバサの母の心の中で見た輝きを。タバサはまだそれを目にしていない。あの輝きを、知らないのだ。それを見せるまで、死なせたりするもんか。
「リインフォース!」
 彼女は己の従僕の名を叫ぶ。そして従僕は、即座にそれに答えた。
 掲げた右手に杖が現れる。そして、左手には光り輝く十字をあしらった、古い本。それは、彼女の戦う意思の表れだった。
「通りたかったらまずわたしを殺してみなさい吸血鬼!」
「いいわ、ならあなたから殺してあげる。腕を引きちぎり、足を引きちぎり、腸をぶちまけて無様に泣き叫ぶ所をながめてあげる!」
 無数の枝が伸び、ルイズを狙う。その数は先程とは比べ物にならない数であった。しかしルイズは臆す事は無い。燃えるような瞳で吸血鬼を見据え、杖を振り払う。それに呼応するように大地が隆起し、次々と枝へと向かっていった。
 貴族の少女と吸血鬼の人知れぬ戦いを、ただ二つの月だけが見つめていた。


 タバサとキュルケがルイズを発見したのは、ちょうとサビエラ村の出口、外れも良い所だった。村を表すように立てられた柵の脇で、彼女は一人ちょこんと座り込んでいた。
「ちょっと、あんた何処行ってたのよ。随分探したのよ? せめて一言言い残して行きなさいよ」
 本当にもう、こう協調性の無いちびっこ達なんだか、と嘆息するキュルケに、ばつの悪そうな顔でルイズは答えた。
「急にお花を摘みに行きたくなったよの。それはそれとして……」
 ふらり、とルイズはキュルケにもたれかかる。
「ごめん、凄く眠くて……堪らない……」
「ちょ、ちょっと!? あたしの胸で寝るなー! おーい、起きろー、起きろってばー!」
 キュルケの腕の中、すやすやとルイズは眠りに落ちていた。キュルケは必死に揺さぶって彼女を起そうとするが、揺すろうが叩こうがまったく眠りの世界から帰ってくる様子は無い。
「あたしだって寝不足なんだから、こら、おきろー」
 そんなキュルケをタバサはそっと手で制した。そしてルイズの体を抱きかかえると、シルフィードの背へと運んでいく。その姿に、おや珍しいと思わずに居られないキュルケ。タバサがこのように他人に気遣うなど、滅多な事では無い。
「珍しいわね、一体どういう風の吹き回し?」
 好奇心を刺激されたキュルケは、自然とそう聞いていた。
 タバサは少し振り返ると、ただ一言答える。
「貸し一つ、だから」
 そう言うタバサの瞳は、いつもよりちょっとだけ柔らかかった。


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22 : 24 : 46 | 夜天の使い魔 第二部 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
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コメント
年内30話更新達成おめでとうございます!ここ最近の更新速度は本当に凄かったですよ

自分は外伝は読んでないので今回の話は新鮮でした。やはりルイズがかっこいいですね。
疑心暗鬼は本当に嫌になりますね。こういう陰惨とした部分がしれっと入ってるのもゼロ魔クオリティですね。

今回リインの杖が出ましたが、あれはユニゾン無しでも使えるようですね。まぁユニゾン時程の圧倒的な力は使えないようですが。

今までのペースもうれしかったですけど、やはり自分にあった速度が一番です。焦りすぎず、頑張ってください。楽しみにしています
by: 青鏡 * 2007/12/31 23:23 * URL [ 編集] | page top↑
最新話の感想
更新お疲れ様です。
初書き込みですが、いつも楽しく読ませていただいております。
今回の話を見て分かっていたのに止められなかったルイズの自己嫌悪が分かりやすく描写されていたと思います。
力を持っているのに、正体も分かっているのに、それをとめることが出来なかった本人の気持ちが良く現れていたと思います。
きっと、これからもこのような事が度々起こりルイズが自己嫌悪に陥ることがあるかもしれませんが気高く立ち直ってほしいものです。
因みに、杖なし→土系統の魔法。
杖、書持ち→土+リインの魔法を使えるようになると言う解釈でいいのでしょうか?

ここ最近の鬼のような更新速度にはびっくりしましたが、体調にはお気をつけ下さい。
by: 海鮮えびドリア * 2008/01/01 02:07 * URL [ 編集] | page top↑
ちょっと見ない間にメガっさ更新されていてびっくらこきました(笑)
一気読みしてたらいつの間にか年越してましたね。

という事で、新年明けましておめでとうございます。
そして30話達成お疲れ様です。


さて、物語としては折り返し地点を迎え、いよいよ黒幕が暗躍しそうな雰囲気、彼女達がいかなる試練に挑むのか、目が放せませんね。

では、今年も連載、頑張って下さい。
by: CHUNEN * 2008/01/01 02:13 * URL [ 編集] | page top↑

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