ルイズが目を醒ましたのは、明朝地平に太陽が顔を出し始めた頃だった。天は白んでおり、木々の間から漏れてくる陽光がやけに眩しい。
最近は大分朝も早く起きる習慣が根付いていたとは言え、そんな彼女にしても早めの起床であった。馴れぬ野宿での休息は体を十分に休めたとは言い難かったようで、意識は覚醒したものの体は倦怠感に包まれ、普段よりも自らの体が重くなったような錯覚を彼女に与えた。のろのろとした動作で毛布を剥ぎ取るとゆっくりと立ち上がって、体をほぐすように軽く動かす。幾分か疲労感は感じるもののこれならラ・ロシェールに着くまでは十分だろうとルイズは判断した。
寝起きの為かまだ少し頭がぼうっとする。樹に背をもたれかけて少し水を口に含み、喉を潤しながらこれまでの経緯を思い出していた。
夜半、ルイズが習慣である読書をしていた所、彼女の使い魔が宙でくるくると回り始めた。「誰かがこの部屋に迫ってきている」というサインだ。どうやって知っているのかは定かではないが、自らの部屋に向かうものを確実に察知する。例えどのような忍びの熟練者であろうと逃れる事は出来ないのではないか、と思える程だ。
「それでね、お姉さまは虚無の日はいっつもお部屋に閉じこもりっきりなの! 一人で静かに本を読んでいるのが好き。でも一日中お暇なんだからもっとシルフィのお相手して欲しい」
「なんか見た目の印象通りな休日の過ごし方ね」
「わたしそういうのは良くないと思う。もっとお外にでて体を動かさないと健康に良くないのね」
トリステイン魔法学院でも余り人の訪れる事の無い一角で、柔らかな日差しの下語らう少女と竜の姿があった。ルイズ・フランソワーズとシルフィードである。
――アンリエッタ姫殿下、来訪。
その報せがオールド・オスマンの元に届いたのは初夏の一大行事、使い魔品評会が後一週間に迫った夜の日事だった。
魔法を使う、というのがどういうものかあれこれと想像した事なんて、幼少の頃から数え切れない程あった。両親や姉達が魔法を使う度に羨望を募らせ、何時かは自分もああなるんだと心に堅く誓ったものだ。
そして今−魔法を使えるようになってから感じているこの感情は想像していたものを遥かに超えている。もはや形容する事も憚られる程の喜び、生活の全てを変える程の利便性、自らの力が形となって現れる事の快感! 全てが未知のものだった。
――その後の顛末。
ルイズは二日後に目を覚ました。
体中の痛みに悪態をついていたものの、その様子は大怪我をしていたとは思えないほどに元気そうであったと言う。ただ、楽しみにしていた「フリッグの舞踏会」に出る事が出来なかったので大層落ち込んだが。
――みんなみたいに、ふつうに魔法が使ってみたかった。
その声が、彼女の意識を覚醒させる。
森を貫く道は段々と細くなり、遂には馬車では通れなくなってしまった。
「ここからは徒歩で行きましょう」
そう言って先に進むミス・ロングビルを先頭に三人は森の中へと入ってゆく。そうして暫く歩いただろうか、やがて一行の目の前に開けた場所が現れた。そこは中々に広々としており、大体学院の中庭と同じ位であろう。そしてその中央に廃屋はあった。屋根や壁は一目で判る程ぼろぼろで、長年手入れをされていない様子であり、誰も住む者が居ない事を外観が物語っていた。
トリステイン魔法学院の長、オールド・オスマンの秘書にミス・ロングビルという女性が居る。知的で物静かな雰囲気を持った女性で、スタイルや顔立ちも麗しく男性教師の間ではかなり人気の高い人物だ。コルベールなどは見た目にも判り易い程熱を上げているが、本人は色恋沙汰には興味が無いとばかりにそ知らぬ顔で日々を過ごしている。
召喚の儀式より早一週間。
使い魔を得た二年生達の一番の楽しみは、召喚した使い魔達と戯れる事だ。使い魔は一人前のメイジの証とも言える。小さい頃より念願だったそれを得た少年少女達の放課後は、専ら主従の親睦を深めるのに費やされていた。ある者は使い魔の目を通して人では見られぬ光景を楽しみ、ある者はその背に乗り地を駆ける。僅か七日ではまだまだ楽しみ足りないと言った様子だ。
「ルイズ!」
一瞬飛んだ意識が、何処か遠くから呼びかけるような声によって引き戻された。しかしまだ頭がはっきりしない。
(わたしは一体何をしていたんだっけ?)
ルイズは必死に頭を働かせる。使い魔の召喚に「失敗」したけどなんとか進級は出来て、何時も通りゼロと呼ばれる毎日で、学院から破壊の杖が盗まれて、それから――。